ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一〇一話 アイバン 聖王暦二一六年五月上 エストレガレス帝国/リドニー

 ――なんでワシがこんな目に。

 

 

 

 

 

 

 リドニー要塞の屋上から川の対岸を見て、魔術師アイバンは胸の奥で呟いた。リドニーは、フォルセナ大陸で最も流域面積の広いアルヴァラード川の中州に建つ天然の要塞だ。旧アルメキア時代、最大の敵だった北の大国ノルガルドの侵攻に備えて建設された砦である。

 

 北の対岸にはノルガルド兵約七万が陣取っていた。それを指揮するのはノルガルドの軍師グイングライン。白狼王ヴェイナードの右腕で、名実ともにノルガルドのナンバー2と言える騎士だ。他にもノルガルドの名だたる将が集まっている。率いている兵やモンスターも、水上や空での戦いに特化した者たちばかりだ。リドニー攻略専用に編成された部隊である。リドニーの南はすぐ王都ログレスだ。ノルガルドにとっては帝国侵攻には必ず落とさなければならない拠点であり、帝国にとっては絶対に守らねばならない城だった。

 

 そんな要所に、なぜ自分などが配置されたのか――アイバンは全く理解できなかった。アイバンは、旧アルメキア時代より魔術師団に属し、それなりの地位を得ていたが、それは決して騎士として優れていた訳ではない。魔術も統魔力も戦術眼も並以下の実力しかなく、政治的手腕も無い。彼が優れている点はただひとつ、愚王ヘンギストやその佞臣どもに目を付けられることなく静かに王宮で生きていく術に長けていることだった。戦場で活躍できるような術は持っていない。それでも一応中級程度の魔術は心得ているため、皇帝や四鬼将など強者のサポート役に選ばれたというのならまだ話は判るのだが、今回共にリドニーへ配置されたのは、パラドゥールという神官と、シラハという得体のしれない男だった。

 

 パラドゥールは神官騎士団に属している男だが、高位の司教であり剣の心得は無い。アルメキアクーデターの夜、ゼメキスの陣営に就くことに否定的だった神官騎士団を扇動したのがこの男である。聖職者でありながら権力欲に憑りつかれ、常々王宮へ侵出する機会をうかがっていたとの噂だ。旧アルメキア王宮内に腐るほどいた愚臣の類である。そんな男だから、騎士としての実力はアイバンと大差ないであろう。

 

 シラハという男に関しては全くと言っていいほど情報が無かった。判っていることは、東方の小さな島国に伝わる武術を使う騎士である、ということくらいだ。東方の島国の武術と言えば剣聖エスクラドスが使う刀による剣技があるが、シラハの武術はそれとは違うようである。刀は持っておらず、槍の穂先に似た短剣のような武器を使うらしい。全身黒装束に身を包んだその姿は騎士というより暗殺者だ。暗殺者は人を殺す術に長けてはいるが、はたしてそれが戦場で役に立つのかは大いに疑問だった。相手の不意を突いて殺す暗殺術と大軍同士で殺し合う戦争ではまるで話が違う。

 

 この防衛部隊の総大将はパラドゥールだが、彼の命により用意したモンスターもアイバンには理解できなかった。多頭の水蛇ヒュドラが一体と、水兵マーマンが数体、半馬人ケンタウロスが数体、そして、食死鬼グールが大量だ。ヒュドラとマーマンは水上での戦いを得意とするためリドニーでの防衛には欠かせない。ケンタウロスは弓を得意とするので空を飛んで川を越えてくる敵には有効だろう。ただ、その数はあまりにも少ない。敵側の五分の一にも満たない数だ。いかに防衛に特化したリドニー要塞とは言え、これでは戦力差がありすぎる。さらに理解できないのがグールである。グールは体長一メートルほどの小柄な鬼で、死肉を喰らうという忌まわしきモンスターだ。フォルセナ大陸で召喚できるモンスターの中では最弱と言ってよいほどの力しかない。その分、召喚に使用する魔法の力・マナが少なく、低い統魔力の騎士でも簡単に従えることができるのだが、この重要な局面で多用するようなモンスターではない。こんなモンスターを使うくらいならば今からでも水兵や飛行モンスターを召喚した方が良いのではないだろうか。敵将グイングラインが率いているモンスターは水上モンスターや飛行モンスターが中心だ。昨年十二月の侵攻時よりも数が少なくなっているのは確かだが、それでも、こちらの戦力で立ち向かえる相手ではない。

 

「パラドゥール殿、本当にこんな戦力でノルガルドと戦うつもりなのか?」我慢しきれず、アイバンはパラドゥールに問うた。

 

「無論だ」と、パラドゥールは自信に満ちた表情で頷いた。「総帥から直々に命令を受けたであろう? 『どんな手段を用いても構わんから必ず防衛しろ』と」

 

「確かにそうだが、いくらなんでも無茶すぎる。新しい総帥は、いったい何を考えているのだ」

 

 帝国樹立後、軍総帥の座には魔術師団長のギッシュが就いていたが、戦績が振るわなかったせいだろうか、先月、アルメキア時代からゼメキスの腹心であるシュレッドがギッシュに代わり総帥の座に就いた。帝国四鬼将最後の一人と呼ばれている騎士だったが、帝国樹立後は長らく姿をくらましていた。デスナイト・カドールの企みによって一年以上地下牢に囚われていたとのことである。そんな長く戦場を離れていた男を総帥にして大丈夫なのだろうか? いや、大丈夫なわけはない。実際、今回のような理解に苦しむ命令を出しているではないか。

 

「今さらじたばたしても始まらん。覚悟を決めろ!」パラドゥールが言った。どこからそんな自信が出てくるのか、全く理解できない。

 

 対岸のノルガルド兵が、歓声と共に動きはじめた。水兵は川へ入り、高空モンスターは羽ばたいて川を越える。地上部隊も、対岸から中州の東端へかかった橋を渡る。

 

「来たぞ! 事前の作戦通り行け!」パラドゥールが兵やモンスターへ命令を下す。事前の作戦と言っても、アイバンが聞いているのは、兵は砦の壁上で待機、中州の東端――下流側にかかった橋の手前にヒュドラを配置、ケンタウロスは兵と同様に壁上に留まらせ、マーマンとグールを川へ侵入させる、というだけだ。

 

「マーマンはともかく、グールを川に侵入させるなどどういうつもりだ? あれでは敵水兵の格好の獲物ではないか」

 

「まあ見ていろ」パラドゥールの顔は相変わらず根拠の判らない自信に満ちている。

 

 グールが川を進んでいく。比較的浅い場所を選んでいるとはいえ、流れに足を取られて思うように動けていない。いや、足どころか、小柄なグールはちょっとした深みでも腰や胸まで、ヘタをすれば全身が水に浸かってしまう。そこへ、敵軍のマーマンやリザードマンが襲いかかる。上空からはグリフォンやロックも襲う。戦うことさえままならぬ状態のグールは、ほとんど何もできず倒れていく。自軍のマーマンが援護するも焼け石に水だ。数的に圧倒的に劣っているだけでなく、敵水兵の中にはトリトンやリザードガードといった上位クラスの水上モンスターの姿もちらほらあるため質の面でも劣っている。到底勝てるような状況ではない。開戦から半時も経たぬうちに味方側のモンスターは半数近くにまで減ってしまった。

 

「どうするのだパラドゥール殿! ただでさえ戦力差があるのに、さらに味方を無駄死にさせて、あれでは捨て石ではないか!」たまらずパラドゥールに詰め寄るアイバン。

 

「その通り、奴らは捨て石――おとりだ」パラドゥールは不敵に笑った。

 

「おとり……? そなた、何を考えている……?」

 

 アイバンははっとして周囲を見回した。もう一人の騎士、シラハの姿が無いことに気が付いた。

 

「あの男はどこへ行った?」

 

「シラハか? 奴は、島の西へ向かってもらった」

 

「島の西……?」

 

 首をひねるアイバン。西は上流側。東とは逆に、南のログレスへ続く橋が架けられている。リドニーの地形上、敵が侵攻してくる可能性はほぼゼロだ。一体何をしに行ったのか。

 

 と、アイバンが戸惑っていたら。

 

 川から多数の呻き声が聞こえてきた。見ると、さっきまで一方的な戦いをしていたノルガルド側の水上モンスターが苦しみ始めている。ある者は胸をかきむしり、ある者は全身痙攣し、ある者はその場に嘔吐し、そして、倒れ、水の中へ沈み、あるいは浮かぶ。味方のモンスターも同様だった。それだけでなく、魚やカニなど川に住む生物も腹を上にして浮かぶ。それも、水面を覆うばかりの数だ。

 

 驚愕の表情で見ていたアイバンだったが、すぐに何が起こったのか気が付いた。大きく目を見開いてパラドゥールを見る。「そ……そなた、まさか川に毒を注いだのか!?」

 

「ああそうだ」当然と言わんばかりの顔で頷くパラドゥール。「あのシラハという男は、毒の知識に長けているそうだからな」

 

 確かに、毒は暗殺者が最も得意とする術だ。しかし、川幅の極めて広いこの地域で多くのモンスターを瞬時に死に至らしめるなど、よほど強力かつ多量の毒が必要になる。それほどの毒を用意し、ためらうことなく使用するあのシラハという男に、アイバンは得体のしれない恐怖を抱いた。

 

 毒によって川の中のモンスターが敵味方問わず死んでいく。だが、東の橋はどうだ? 見ると、敵兵はヒュドラの目の前にまで迫っていた。ヒュドラの五つの頭が鎌首をもたげ、一斉に口を開いた。そこから吐き出されるのは氷の息。冷気によって皮膚を裂き、肉を切り、骨さえも断つ強力な攻撃だ。橋上に真っ直ぐ並んだ敵などは格好の的だ。さらに、あのヒュドラには事前にアイバンが肉体強化の魔法をかけてある。魔術の才の無いアイバンがまともに使える数少ない魔法のひとつだ。肉体強化の魔法は術をかける側よりもかけられる側の力に依存するため、アイバンのような魔術の才の無い者であろうとギッシュやランギヌスといった優秀な魔術師であろうと同じ効果が得られるのだ。この魔法により、ただでさえ強力なヒュドラの氷の息はさらにその威力を増し敵兵を倒す。それを避けようと川に飛び込んだ兵達もまた毒にやられる。そして、空を飛んで川を越えようとするモンスターも、ケンタウロスの矢によって次々と撃ち落されている。

 

「ふはははは! 見ろ! 奴らの慌てふためきよう! もはや勝敗は決したな!」パラドゥールは高らかに笑った。ノルガルド側は序盤から一気に兵を進めたのが仇となった。兵は壊滅状態だ。

 

 だが、アイバンはパラドゥールのように笑う気にはなれなかった。「そなた……よくこのような残忍な戦い方を……」

 

 毒自体は比較的多く戦場で用いられる。武器に毒を塗るのはもちろん、大型のサソリギガスコーピオンといった毒針による攻撃を得意とするモンスターもいる。毒を用いる黒魔法もありアイバンも心得ている。しかし、やはりその性質から卑怯な戦法と考える者も少なくない。まして、川に大量の毒を注ぎ無差別に殺戮するなど鬼畜の所業だ。騎士や兵・モンスターといった戦闘員だけでなく環境をも犠牲にしてしまう。この川は東へと流れ海へ続いている。川辺には多くの集落がある。そこでも大きな被害が出るかもしれない。

 

 そんなアイバンの思いを察したのか、パラドゥールは「気にするな」と言って続けた。「ここから川下側はノルガルドの領地だ。我が国の民に被害は無い」

 

「それはそうだが……しかし……」

 

「どのような手段を用いても構わぬと総帥からの命令だからな」

 

「しかし、このような卑劣な戦い方、ゼメキス陛下に知られたら……」

 

 皇帝ゼメキスは生粋の武人だ。敵に正面からぶつかり打ち砕く戦法を得意とする。力任せとも言えるが、これ以上は無いほどの正々堂々とした戦い方だ。そんな戦いを好むゼメキスが、今回のような戦い方を許すわけがない。

 

 だが、パラドゥールは動じた様子もなく、ふん、と鼻を鳴らした。「それは報告書を適当に偽っておけばよい。そなた、そういうのはお手のものだろう?」

 

 見透かすような目を向けられ、アイバンはぎくりとなった。確かにそれは、アイバンが最も得意とすることである。武力も魔力も統魔力も低いアイバンが、旧アルメキア王宮内でそれなりの地位を得ることができた唯一の手段と言っていい。帝国樹立後も、敵兵と一切刃を交えることなく一目散に逃げ出したいくさを、圧倒的戦力差にも構わず勇敢に立ち向かい惜敗したとするなど、己の身を守るために最善の偽装をしてきた。

 

「……まさか、ワシはそのために……?」

 

 ようやく自分がこの地に配属された理由を理解したアイバン。パラドゥールは唇の端を吊り上げ不敵に笑うと、眼下に広がる戦場に目を向け、もう一度高らかに笑った。

 

 

 

 

 

 

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