ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一〇三話 ランス 聖王暦二一六年五月上 西アルメキア/エオルジア

 ランスがゼメキスの出撃を知らされたのは、オークニーでの戦略会議中のことだった。

 

 トリアから出撃したゼメキスの部隊は南西へ進軍。予測では、五日後にオルトルートへ到達すると見られた。この知らせを受け、ランスはすぐにオルトルートへ戻った。全力で馬を走らせれば、ゼメキスよりも早く戻ることができるはずだった。

 

 しかし、ゼメキスの進軍の速さはランスの予想を上回っていた。わずか三日でオルトルートに到達すると、そこから半日も経たず城は制圧されてしまったのだ。

 

 ランスが会議に出ている間、オルトルートを守っていたのは旧パドストーの騎士グラウゼだ。特に防衛戦に優れた才を発揮している騎士だったが、グラウゼは開戦後すぐにオルトルートからの撤退を決断したのだ。それも仕方がない。ゼメキスが率いていた兵の数は二十万。オルトルートに駐屯していた兵の三倍以上である。まともに戦えば全滅もあり得る戦力差であったため、グラウゼの決断は英断と言えた。

 

 ランスはオルトルートの北西エオルジアでグラウゼと合流すると、兵を補充し十万の兵で守備に就いた。

 

 ゼメキスが制圧したオルトルートの南東のソールズベリーはイスカリオの領地だ。ゼメキスがこのままエオルジアへ侵攻してくるなら、オルトルートに守備兵を残す必要がある。仮に五万を残し十五万で侵攻して来たとしても、エオルジアの守りの堅さを考えれば十分に防衛できる数だ。エオルジア城の南には大きな湖があり、そこから流れ出た川が北東へと続いている。オルトルートからエオルジアを攻めるにはこの川を越えなければならない。斥候の情報では、ゼメキスの部隊は進軍の速さと突破力を重視したものであり、渡河戦を想定した水兵は組み込まれていないとのことだ。川に架かる橋は狭い。橋の手前で待ち伏せすれば、十万の兵力でも十五万を迎え撃つことは十分可能だ。

 

 だが、ゼメキスはランスの予想外の行動に出る。なんと、オルトルートの守備を完全に放棄し、二十万の全兵力でエオルジアへ進軍して来たのだ。オルトルートをイスカリオに制圧されればゼメキスの部隊は完全に孤立する。帝国とイスカリオが同盟を結んでいるという様子はない。開戦から各地で激しく戦いを繰り広げており、最近もトリアの南東カーナボンをめぐって戦っているはずだ。

 

 ゼメキスの戦い方は、完全にランスの理解を超えていた。退路を確保しない。それはつまり、退くことが許されない――死をも覚悟した特攻だった。

 

 

 

 

 

 

「――報告します! ゼメキスの部隊が橋を突破! まっすぐこちらに向かってきます!」

 

 エオルジア城内に構えた本陣で、ランスの前に跪いた兵はそう告げた。開戦からまだ数時しか経っていない。橋の手前には第一陣として五万の兵を置き迎え撃つ手はずだったが、ゼメキスはその圧倒的な突撃力を守備陣の一点に集中させ、突破したのである。

 

「ランス様、ここは一度撤退しましょう」副将を務めるグラウゼがそう提案した。「これは、追い詰められた帝国の最後の足掻きです。ここでゼメキスを倒す必要はありません」

 

 最後の足掻き……確かにそうかもしれないと、ランスも思う。西アルメキアは帝国からオークニー・エオルジア・オルトルートの三城を奪い、王都ログレスへと迫っていた。南のイスカリオもソールズベリーとカーナボンを奪い、北のノルガルドも何度も帝国へ侵攻している。帝国の兵力は大きく疲弊しているはずだ。いま、二十万もの兵を率いて出撃すれば、本土を守る兵はほとんど残らないだろう。現在西アルメキアは、メレアガントとゲライントがオークニーから出撃しディルワースを攻めている。ディルワースを守る帝国兵は三万にも満たない。あの二人ならば確実に制圧できるだろう。その後、王都ログレスやトリアなど周辺の都市を制圧すれば、ゼメキスの部隊は後方からの補給が絶え、いずれ疲弊する。そこを叩けば簡単に勝てるだろう。今ここでゼメキスと戦わず撤退するという選択は、決して間違いではない。

 

 しかし――。

 

「グラウゼさんのその判断は正しいと思います」ランスは言った。「ですが、ひとつだけ気になる点があります」

 

「何でしょう?」

 

「あのゼメキスが、そんな無謀な戦いに出るとは思えません。勝ち目があるからこそ挑んできたのだと思います。撤退すれば、ヤツの思い通りになるかもしれません」

 

「ヤツの思い通り……?」

 

「はい。例えば、もしメレアガントさんやゲライントがディルワースの攻略に失敗し、さらに、カドベリーから出撃した帝国軍にオークニーを奪われたとしたらどうでしょう?」

 

 グラウゼははっとした表情になり、机上に地図を広げた。「オークニーを帝国に占領された場合、メレアガント様やゲライント殿は退路を失います。本国へ戻るには、強行離脱するしかありません。多くの兵を失うでしょう」

 

「そうです。その上でこのエオルジアも放棄すれば、二十万以上の兵がキャメルフォードに迫ることになります」

 

 グラウゼは大きく息を飲んだ。キャメルフォードは西アルメキアの交通の要所。南西の街道は王都カルメリーへ直結している。キャメルフォードを落とされることは、喉元に刃を突きつけられるようなものだ。帝国との開戦直後、ランスはデスナイト・カドールとのいくさに敗れキャメルフォードを奪われたが、その時は大きな苦境に立たされた。もし今回またキャメルフォードを落とされるようなことになれば、西アルメキアと帝国の戦況は完全に逆転する。

 

「し……しかしメレアガント様らが敗れ、更にオークニーを奪われる可能性は、極めて低いかと思います」グラウゼは額に汗を浮かべながら言った。

 

「その通りです。今の話は、最悪の事態を想定したにすぎません」ランスは落ち着いた口調で続ける。「しかし、今はその最悪の事態を想定して動くべきだと思います」

 

「ランス様……一体何を……?」

 

 ランスは一度深い呼吸をすると、決意と共に言った。「ここで、ゼメキスを討ちます」

 

「な……! そんな……」グラウゼは戸惑いの声を上げ、迷うような表情になった。だが、やがてその迷いを捨てたのか、言った。「恐れながら、それは無謀です。今のランス様では、まだゼメキスには及びませぬ」

 

 ランスはにこりと笑った。「気にしないでください。私もそう思います。アルメキアのクーデターから一年。訓練と実戦を重ねて、私もあの頃より少しはましになったと思っていますが、それでも、ゼメキスにはまだまだかなわないでしょう」

 

 ならば、と言いかけたグラウゼを制し、ランスはさらに続ける。「何も、ゼメキスに一対一の戦いを挑むわけではありません。私とグラウゼさん、そして、兵とモンスター、みんなが一丸となって、ゼメキスと戦うのです」

 

「皆で一丸となって……」グラウゼは息を飲んだ。「しかし、ゼメキスは二十万の兵を率いています。我々の倍。まともにぶつかっては、やはり勝ち目はありません」

 

「もちろんです。しかし、二十万の兵は、まだ川を越えていません」

 

「――――」

 

 ランスは、机上に広げた地図のエオルジア付近を指さした。「橋を突破されたとはいえ、二十万の兵全てが迫っているわけではありません。あの橋は狭いですから、まだ一万程度しか渡れていないはずです。橋を守っていた第一陣も、突破されただけで、まだ兵が全滅したわけではありません。うまく指揮を執れば、挟み撃ちにできます」

 

「まさか、ランス様は……!?」ランスの意図をくみ取ったのか、グラウゼは大きく目を見開いた。

 

 ランスは力強く頷いた。「橋を、落とします」

 

 ランスの策に、グラウゼはもう一度大きく息を飲んだ。

 

 南の川に架かる橋は、いざという時のためにすぐに落とすことができる造りになっている。水辺に近い拠点の橋はどこもそうだ。橋を落とせば、対岸の敵兵は川を越えるのが著しく困難になる。防衛側に圧倒的有利な状況となるのだ。

 

 無論、橋を落とした側にもリスクはある。防衛に徹している間は良いが、相手が撤退した場合、追うことは非常に困難だ。そして、防衛に成功した後、逆にこちらから攻める場合は、大きく迂回するか、再び橋を架けるか、どちらにしても時間を要することになる。

 

 だが、ここでゼメキスを討てば、もう南東へ進軍する必要は無くなる。

 

「やりましょう、グラウゼさん」ランスは、力強い声で言う。「西アルメキアとエストレガレス帝国の命運は、今この戦いにかかっているのです」

 

 その言葉に、戸惑いの表情だったグラウゼにも、決意が宿った。グラウゼは、「判りました」と頷いた後で続けた。「ですがランス様。ランス様がいま仰ったことには、ひとつだけ間違いがございます」

 

「間違い? 何でしょう? 重要な戦局です。遠慮せずに仰ってください」

 

「はい。ランス様は、メレアガント様らのディルワース攻めが失敗し、オークニー城をも奪われるのが最悪の事態、と仰いましたが、それは断じて違います。西アルメキアにとっての最悪の事態は、ここでランス様が命を落とすこと」

 

「――――」

 

 グラウゼは、右の拳を握り、左胸に当てた。アルメキア時代より伝わる、忠誠を誓う仕草だ。

 

 そして言った。「ランス様、決して無茶はされぬよう、お約束ください」

 

「判っています」ランスも、同じ仕草を返した。「私はここで命を落とすわけにはいきません。私の目的は、ゼメキスを討つことだけではありません。ログレスを奪還し、アルメキアを再興するまで、私は戦い続けねばならないのですから」

 

「ランス様……このグラウゼ、どこまでもランス様にお供いたします」

 

「ありがとうございます――では、行きましょう」

 

 ランスは、グラウゼと共に城外へ打って出た。

 

 

 

 

 

 

 ランスの作戦は、順調に進んだ。

 

 橋を落とす命令は即座に第一陣へと伝わり、実行された。これにより、エストレガレス兵二十万のうち大半が川向こうに残され、川を越えたのは一万五千程度に留まった。対する西アルメキアの兵は、ランスとグラウゼの率いる兵、そして、突破された第一陣の生き残りを合わせて約八万。いかにゼメキスとはいえ、到底覆すことは不可能な戦力差だ。

 

 だが――。

 

 この圧倒的有利な状況の中、ランスの背に冷たい汗が流れた。

 

 思い出したのだ。二年前の、リドニー要塞をめぐるアルメキアとノルガルドの戦いを。

 

 ノルガルドの前王ドレミディッヅ率いる兵は十万。対するゼメキスが率いた兵はわずか二万。後方からの援軍も見込めず、絶望的な戦いであったという。

 

 にもかかわらず、ゼメキスはノルガルドを打ち破った。

 

 今の状況は、それと同じではないだろうか。

 

 大きく首を振り、考えを振り払うランス。あの戦いでノルガルドが敗れたのは、敵総大将のドレミディッヅがゼメキスとの無用な一騎打ちに応じたからだ。自分は、そんな愚かな戦いはしない。

 

 ランスは冷静に戦況を分析する。橋が落ち、本隊から分断されたゼメキスと兵一万五千は、当然のごとく、総大将であるランスの首を獲るため真っ直ぐに突撃してくる。これを見こし、ランスは正面に兵三万を集めていた。これでゼメキスの突撃を受け止め、左右から兵一万ずつ、後方から第一陣の生き残り三万で包囲し、数で敵をすりつぶす作戦だった。

 

 だが、それでも、ゼメキスを止めることはできなかった。

 

 ゼメキスの勢いはとどまることはなく、一時ほどで正面の三万の兵を突破した。

 

 ランスは、ついに戦場でゼメキスと対峙することとなった。

 

 

 

 

 

 

 ランスの前に現れたゼメキスの姿は、まさに鬼神であった。

 

 二メートル近い長身を包み込む漆黒の鎧、身の丈程の巨大なクロスボウ、そして、多くの敵を斬り捨てた剣。その全てが返り血に染まっている。にもかかわらず、剣の刃が鈍っている様子は無い。どのような武器であろうと人を斬れば斬るほど刃は衰え斬れ味は鈍っていくはずだが、ゼメキスの剣は敵を斬れば斬るほど鋭さを増しているのではないか――そのような錯覚を覚える。

 

 そして、ここまで凄まじい戦いを繰り返したはずのゼメキスの眼光もまた鈍ってはいない。

 

 ゼメキスは、剣よりも鋭い視線でランスを睨みつけた。多くの兵を斬り、三万の部隊の中を全力で走り抜けてきたはずだが、その目にはわずかな疲労さえも宿っていない。

 

 ――戦場こそが我が生きる道。

 

 アルメキアクーデタの夜、ゼメキスが言った言葉を思い出すランス。その言葉の恐ろしさを知った気がした。

 

 ゼメキスは、ランスを上から踏み潰すような口調で言った。「――小僧、尻尾を巻いて逃げなかったことは褒めてやろう。だが、せっかく拾った命をむざむざ捨てに来るとは愚かな!」

 

 ランスは、高ぶった心を抑えるように、一度大きく息を吐き出た。「……ゼメキス、ようやくこのときが来た。お前が起こしたこの戦乱で、どれだけ多くの人々が辛い目に遭っているか」

 

 ゼメキスは、「ほう?」と、声を改めた。「父親の仇、と、感情を乱して闇雲にかかって来るかと思ったが、意外だな」

 

 だが、すぐに嘲笑するような顔になり、続けた。「フン。この世に存在するのは、力ある者とそれに屈した者だけ。強者が君臨し弱者がへつらう、それが世界だ! 小僧、貴様も思い知るがいい!」

 

 ゼメキスの言葉に、ランスの胸の奥から怒りが湧きあがった。強者こそが全て――そのような考え方をする者が王となり、民を統べ、兵を率いている。そんな国を許すわけにはいかない。ましてそれが、かつて自分の父が、祖父が、代々の先祖が治めていた国であるのなら、なおのこと。

 

 ランスは、胸に怒りの炎を燃やし――。

 

「――――」

 

 しかし、静かに目を閉じた。

 

 仲間たちの顔が浮かぶ。

 

 ログレス王宮からの脱出に力を尽くしたゲライント、ゼメキスを足止めしてくれたハレー、国を追われた自分たちを受け入れてくれたコール、ともに戦うと言ってくれたメレアガント、多くのいくさでランスを支えてくれたグラウゼ、そして、パドストーのみんな……。

 

 ランスは目を開き、ゼメキスの視線を跳ね返すように、まっすぐな目を向けた。「――私たちはひとりで生きているわけじゃない。いつも誰かに支えられている。みんなを不幸にするだけの力なんて、許されるはずがない」

 

 ゼメキスに対する怒りは消えていない。胸の内に燃え上がった炎は、さらに勢いを増している。

 

 だが、それで心が乱れるような若さは、もう消えた。

 

 決して十分な時間とは言えないが、多くの訓練を重ねた。ゼメキスには到底及ばないが、幾多の戦場で戦った。この一年で、ランスは怒りを力に変える術を覚えていた。

 

 ランスは、両腰に携えていた二本の剣を抜き放った。「これ以上悲しむ人を増やさないためにも、不幸な人を生まないためにも……エストレガレス皇帝ゼメキス、お前を討つ!」

 

「少しはいい面構えになったようだな」ゼメキスも剣を構えた。「よかろう! かかって来るがいい!」

 

 互いに剣を構え、二人の騎士は睨み合う。

 

 先に動いたのは――そのどちらでもなかった。

 

「――ゼメキス! これは一騎打ちではないぞ!」

 

 側面に回り込んでいたグラウゼが走り、ゼメキスに向けて剣を振るった。

 

「フン! 笑止! この俺が気付いておらぬと思ったか!」

 

 ゼメキスはグラウゼの攻撃を受け止めると、すぐさま反撃に転じ剣を振るう。グラウゼは左手の盾でその攻撃を受け止めたが、その威力に大きく弾き飛ばされてしまう。

 

「――こっちも行くぞ!」

 

 ランスが叫んだ。だが、動いたのはランスではない。背後から火竜サラマンダーが飛び立った。ここまで多くの敵を退けてきたランスの切り札とも言える存在だ。ゼメキスに向け、灼熱の炎を吐き出す。ゼメキスはわずかに身を丸めただけでこの炎に耐える。そして、炎が消えた後、巨大なクロスボウを右腕一本で構え、サラマンダーに向け放った。いかに空を飛ぶとはいえサラマンダーは体長五メートルを超える巨体だ。ゼメキスの鋭い矢をかわすほどの敏捷性は無い。矢がサラマンダーの胸に突き刺さった。大きく体勢を崩し、地面へ落ちる。

 

 その側を、ランスが走り抜けた。

 

 ゼメキスの前で大きく跳躍すると、二刀を同時に斬り下ろす。

 

 ゼメキスは左手の剣一本で受け止める。

 

 激しく剣が交わり、火花が飛び散る。

 

 

 

 ――祖国アルメキアのため……そして、みんなのために、私は負けない!

 

 

 

 西アルメキアとエストレガレスの命運をかけた戦いは、間もなく決着を迎える。

 

 

 

 

 

 

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