ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一〇五話 ランス 聖王暦二一六年七月上 西アルメキア/王都カルメリー

 カルメリー城内の会議室は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 

 会議の座に着くのは、君主ランスを始め、アルメキア時代からの側近ゲライント、旧パドストーのコール老公、その嫡男メレアガント、そして、グラウゼやアデリシアたちだ。西アルメキアの主だった騎士のほとんどが一堂に会していると言っていい。これほど多くの騎士が集まるのは、開戦後初めてのことだった。それはつまり、現在の西アルメキアが極めて重大な局面にあることを意味している

 

 エストレガレス帝国軍が、王都カルメリーに迫りつつある。

 

 それも、北東のキャメルフォード、東のファザード、両方面から。

 

 キャメルフォード方面から迫るのは、皇帝ゼメキス率いる兵二十万。他に、新たに軍総帥となった帝国四鬼将最後の一人シュレッドや、今回のいくさで連戦連勝を続ける剣聖エスクラドスも将として入っている。

 

 ファザード方面から迫るのは、王妃エスメレー率いる兵十万。副将を務めるのは、今や『ログレスの双子の悪魔』と呼ばれ恐れられる存在となったミラ・ミレの二人の騎士だ。

 

 それに対し、現在西アルメキアが率いることができる兵は五万にも満たない。首都であるカルメリーは防衛に特化した造りではあるものの、到底覆せる兵力差ではない。

 

 ランスは、決断を迫られていた。

 

 

 

 

 

 

 追い詰められた帝国の最後の悪あがき――そう思われていた皇帝ゼメキスの兵二十万による特攻は、恐ろしいまでの破壊力だった。トリアより出撃したゼメキスの部隊は瞬く間にオルトルートを制圧すると、そのまま全兵力をもってエオルジアへ侵攻。エオルジア戦では、ランスの策によってゼメキスと兵一万五千を兵八万で包囲するという状況まで持って行ったものの、この圧倒的な戦況すらもゼメキスは覆した。エオルジアを落としたゼメキスはそのままキャメルフォードへ侵攻し、これも数日で制圧された。

 

 さらに、カドベリーからオークニーへと侵攻した王妃エスメレーとミラ・ミレの部隊も思わぬ伏兵となった。女だからと侮っていた訳ではない。だが、ノルガルドから人質として差し出されたエスメレーが帝国のために本気で戦うことはない、ミラとミレは仕官して一年ほどの新米騎士、と考え、油断していたのは確かだ。これがとんでもない誤りだった。エスメレーの部隊は、ゼメキスにも劣らぬ速さでオークニー城を制圧すると、そのままキャメルフォードでゼメキスと合流し制圧。休むいとまもなく南へ進軍しファザードとベイドンヒルをも制圧したのだ。

 

 さらに、この機に乗じてノルガルドも動いた。白狼王ヴェイナードは帝国方面に集めていた兵を西アルメキア方面へ移動させ、ゴルレへ侵攻。ゴルレを守るのはコール老公と女騎士アデリシアだったが、白狼の圧倒的な武と策の前に敗北し撤退。すでに南のキャメルフォードは帝国領となっていたため強行離脱するしかなく、この際多くの兵とモンスターを失った。

 

 そして、西アルメキアの本命としてディルワースから王都ログレスへ侵攻するはずだったメレアガントとゲライントの部隊も、ディルワースにて帝国新総帥シュレッドの前に敗れた。この際、後方のオークニーはすでにエスメレーによって落とされていたため、メレアガントらの部隊も強行離脱するほかなく、やはり多くの兵を失った。

 

 一時は王都ログレスに手が届く勢いだった西アルメキアだが、わずか三ヶ月ほどで戦況は完全に逆転。残された城は、このカルメリー城だけとなっていた。

 

 

 

 

 

 

「……いまのこの国には、もう帝国と戦うだけの力は残っていません」ランスが、静かな口調で沈黙を破った。「これ以上戦っても、被害が広がるだけです。降伏しましょう」

 

 ランスの言葉に、反対の声は上がらなかった。メレアガントでさえ、苦々しげな表情をしているものの、何も言わない。無理もないだろう。五万の兵で三十万の兵を迎え撃つなど、到底できるはずもない。

 

「コール老公、メレアガントさん、そして、パドストーの皆さん」ランスは、一人一人の顔をしっかりと見つめた。「アルメキアを追われ、流浪の身であった私などに力を貸していただいたのに、このような結果となってしまい、本当に申し訳ありませんでした。全ては、私の力不足が原因です」

 

 ランスは、深く頭を下げた。

 

「フン! 自惚れるな!」メレアガントが声を荒らげた。「貴様の力など最初から当てにしておらん! この敗北の原因は俺だ! 俺が重要な局面でことごとく敗れたから、こんな事態になったのだ! 貴様が気に病む必要はない」

 

「ほっほっほ。息子の言う通りです」コール老公が髭を揺らして笑う。「ランス殿が詫びる必要などありませぬ。国を譲ったのはわしが勝手にやったこと。わしはあの時の決断を、いささかも後悔しておりませぬ。我らだけでは、ここまで戦うことはできなかったでしょうからな」

 

「メレアガントさん……コール公……」

 

 ランスは頭を上げた。二人の言葉に、何か応えなければと思ったが、何も言葉が出てこなかった。だから、もう一度、深く頭を下げた。

 

 突如、ゲライントが立ち上がった。「コール公! メレアガント殿! 恥を承知でお願い申し上げる!」

 

 驚いた表情の二人の前で、ゲライントは床に両膝を突き、床に頭を叩きつけた。「ランス様の脱出にお力をお貸し頂きたい!!」

 

「ゲライント! 何を言うんだ!」ランスは声を上げた。

 

 ゲライントが頭を叩きつけた床には血が広がっていた。それでも、ゲライントは頭を下げたまま言う。「コール公! 今は胸の内を包み隠さず申し上げます! アルメキア時代の王ヘンギストは、名君には程遠いお方でした。民から愚王と呼ばれていたことは、コール公もご存じだったはず。ヘンギスト統治下のアルメキアは、まさしく闇の時代でした! しかし、それもランス様が即位するまで! ランス様が王となれば、アルメキアに光が射したはずなのです!!」

 

 コールは、無言でゲライントを見つめている。メレアガントも同様だった。

 

 ゲライントはさらに続ける。その声は、もはや叫びと言ってよかった。「ランス様こそアルメキアの希望! 二百年以上続くアルメキアの歴史は、ランス様にかかっているのです!! このいくさは我らの負けです! しかし、ランス様さえ生き残れば、希望は残ります! 私の首は差し上げます! 無論、私などの首で到底釣り合うものではありませぬが、それでも! どうかランス様をお助け下さい!!」

 

 コールがゲライントの言葉を吟味するように髭をさすると、静かな口調で言った。「首尾よくカルメリーを脱出できたとして、その後、どうするおつもりかな?」

 

「南のカーレオンへ向かい、カイ王に助力を求ます! カーレオンはアルメキアの同盟国であり、カイ王は賢王と呼ばれるほどの見識をお持ちの方。必ずや、ランス様の力になってくれます! そのために、どうか!!」

 

 ゲライントは一度頭を上げると、また床に叩きつけた。

 

 ランスが、「バカなことを言うな!!」と声を上げた。「ここまで共に戦ってくれたみんなを残し、僕一人だけ逃げるなんて、できるものか!」

 

 ゲライントは頭を上げた。「諦めてはなりませぬランス様! ランス様こそアルメキアの希望! ランス様が生き残ればアルメキア復興の道は残るのです! ランス様は戦い続けなければなりません! それが、アルメキアの民のためなのです!!」

 

「――――」

 

 ゲライントの言葉が、ランスの胸に突き刺さる。

 

 それはまるで、手が届くほどの間合いから放たれる矢のようだった。

 

 自分こそがアルメキアの希望――矢が胸に刺さる。

 

 自分が生き残ればアルメキア復興の道は残る――矢が胸に刺さる。

 

 自分は戦い続けなければならない――矢が胸に刺さる。

 

 それが、アルメキアの民のため――矢が胸に刺さる。

 

 多くの矢に貫かれたランスの心は、もう耐えられなかった。

 

 だから。

 

「……もうやめてくれ!!」

 

 心を守るために、ランスは叫んだ。

 

 それは、あまりにも悲痛な叫びだったのだろうか。ゲライントやコール、メレアガントにアデリシア、その場にいた全ての者が、驚きの表情をランスに向けている。

 

 ランスは、胸の内に隠していた思いを、言った。「ゲライント、お前にも判っているはずだ! 僕たちの戦いは、アルメキアの人々に望まれていないと!!」

 

「――――」

 

 ゲライントは言葉を失った。

 

 それは、あまりにも悲しい現実だった。言葉にしてしまうと、ランスの胸の内に宿っていた戦意は、完全に消えてしまう。

 

 ゼメキスのクーデターの夜、父を殺され、母を殺され、祖国を奪われ、その首謀者であるゼメキスを前にしながらも、一太刀も浴びせることもできず城から脱出するしかなかったランス。

 

 燃え上がるログレス王宮を見つめ、胸に、決して消えぬ強い意思の炎を燃やしたはずだった。

 

 だが、その炎も、今のランス自身の言葉で、完全に消えてしまう。

 

 それでも、言うしかなかった。

 

 もう戦えないのだ、ランスは。

 

 ランスの言葉通り。

 

 旧アルメキアの民は、ランスの戦いを望んでいなかった。

 

 祖国を奪われ、パドストーへ亡命したランス。ランスが帝国へ戦いを挑めば、旧アルメキアの騎士や兵が集まる――誰もが、そう考えていた。ランスも、ゲライントも、コールも、パドストーの者たちも。

 

 しかし。

 

 開戦後、ランスの元に駆け付けた騎士は――一人もいなかった。

 

 旧アルメキアの騎士のほとんどが帝国に残った。ゼメキスに敵対し帝国を脱する者もいたが、そのほとんどが、ノルガルドやカーレオンなど他国へ仕官している。ランスと共に戦った旧アルメキアの騎士は、結局ゲライントただ一人だった。

 

 さらに。

 

 疲弊するばかりだった帝国が、ここにきて、兵の数を増やしている。

 

 非戦闘員だった市民が武器を持ち、自ら志願して兵となり、ゼメキスと共に戦っているのだ。

 

 それはつまり、ゼメキスのクーデターが、旧アルメキアの民に受け入れられたということに他ならない。

 

 それが、ランスの心を折った。

 

 クーデターで王座に就いた逆賊ゼメキスを倒し、アルメキアを復興する――国民の誰もがそれを望んでいると信じて疑わなかった。だからこそ、あの夜、父母の命を奪った憎き相手を目の前にしながら、王宮から脱出したのだ。

 

 なのに。

 

 民は、エストレガレス帝国を受け入れたのだ。

 

 民は、アルメキアの復興など望んでいなかったのだ。

 

 正義は、こちらには無かったのだ。

 

 もう戦えない――戦えるはずもなかった。

 

 ランスは、知らず、涙を流していた。

 

 それを見たゲライントの目からも、涙がこぼれ落ちる。

 

「……無念です!!」

 

 ゲライントは、床に顔を伏した。

 

 ランスは涙を拭い、そして、もう一度、これまで共に戦ってくれたみんなの顔を見回し。

 

「――今日まで、皆さんと戦えたことを誇りに思います。こんな僕について来てくれて、本当にありがとうございました」

 

 深く――深く、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖王暦二一六年七月上。

 

 

 

 

 

 

 西アルメキアの王都カルメリーを、エストレガレス帝国皇帝ゼメキス率いる兵三十万が包囲する。

 

 君主ランスは、カルメリーの民の保護を条件に降伏。帝国側はこれを受け入れ、カルメリーは無血のまま制圧された。

 

 これにより、西アルメキアは滅亡。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 聖王時代より二百年以上続いたアルメキアの歴史は、この日、完全に幕を下ろした――。

 

 

 

 

 

 

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