ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

110 / 165
第一一〇話 カイ 聖王暦二一六年九月下 カーレオン/リンニイス

 王都リンニイスの居城にある自室にて、賢王カイはベッドに横になっていた。と言っても、休んでいるわけではない。彼は考え事をする際、身体中の全てのエネルギーを脳へ集中させるため、とても立ってなどいられないのである。本気で考え事をする時は、いつもこうしてベッドに横になるのだ。

 

 フォルセナ大陸全土を巻き込んだ大戦が勃発してから一年半。レオニアがノルガルドに併合され、西アルメキアが滅びた。ここまで、開戦前にカイが思い描いた状況とはあまりにも違いすぎている。カイは、情報の収集と分析の能力には絶対の自信を持っている。開戦前より各国の情報を集め、綿密に分析して導き出した予想が、ことごとく外れているのだ。そもそも、開戦の発端であるゼメキスのクーデターが成功したことが、完全に予想外であった。そして、そこにはある男の姿が見え隠れしている。

 

 魔導士ブロノイル――先日仕官したクラレンスという騎士がもたらした情報だ。ゼメキスのクーデターが成功したのは、この男の暗躍による可能性が高い。正体は不明だ。各国に仕官している騎士の情報は全て把握しているカイでさえ初めて聞く名だった。もし本当にこの男がゼメキスのクーデターをお膳立てしていたとして、その目的は何か。あのクーデターが成功したことで、今回のフォルセナ大陸の大戦は始まった。ならば、そのブロノイルという男がこの大戦を望んでいたということだろうか? ――安易に結論付けるのは危険だ。今の段階では、あまりにも情報が少ない。まずはブロノイルについての情報を集めなければならない。だが、そればかりに気を取られるわけにもいかない。レオニアと西アルメキアが滅びたことで、いくさはさらに激しさを増すだろう。ノルガルドと帝国が大きく勢力を伸ばし、イスカリオも領土を拡大する中、カーレオンだけはいまだ防衛に徹し、領土の拡大には至っていない。守ってばかりではこのいくさは決して終わらない。攻めに転じなければならない。そのためには、騎士を増員する必要がある。

 

 つい先日、メリオットの友人のミリアが新たな騎士を勧誘するために旅に出た。カーレオン北東部の山奥に住むガッシュという男だ。彼についてはカイも知っている。部下である拳闘士シュストの同門だった騎士だが、宮廷に仕えるのを嫌い、野に下ったはずだ。仕官してくれるかは微妙なところだ。仮に仕官してくれたとしても、これまで一度も軍に属したことがないのでは即戦力にはならないだろう。いまこの国に必要なのは戦闘経験がある騎士だ。その上で、クラレンスのように他国の情報を持っていれば、なお都合が良い。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃーん!」と、メリオットの声が聞こえた。いつものように騒がしく走って来る。今日は午後から城の近郊で大規模な戦闘訓練を行う予定だが、まだ時間が早いからその件ではないだろう。だとしたら、可能性が高いのは……。

 

 バタン! と扉が開き、メリオットが駆け込んで来た。「あー! また寝てる! もう! お兄ちゃん起きて! 大変なんだから!」

 

 カイはゆっくりと身体を起こした。これは寝ているのではなく考え事をしているんだよ、と言っても、メリオットが決して理解しようとしないのはもう判っているので、これ以上は言わないことにした。「どうしたんだいメリオット? 在野の騎士が、仕官しに来たのかい?」

 

「そうなの! 滅亡した西アルメキアから、二人も! ……って、なんでお兄ちゃん、知ってるの?」

 

「いつもの予想だよ。でも、そうか。二人も来てくれたのか。判った。さっそく会ってみよう」

 

 そのまま出て行こうとしたカイだったが、「ちょっと待って!」とメリオットに引き止められた。「そんな寝癖のついた頭で行くつもり? 服も普段着のままじゃない。そんなだらしない格好じゃ、せっかく来てくれたのに、呆れてよその国に行っちゃうわよ。ちゃんと髪をとかして、服も着替えて、威厳のある格好をしなきゃ。ほら、早く」

 

 メリオットに口うるさく言われ、カイは仕方なく正装に着替えて謁見の間へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「――お初にお目にかかります、カイ王。わたくし、西アルメキアで魔術師をしておりましたカルロータと申します」

 

 謁見の間にて、仕官を希望する騎士カルロータは、右の拳を左胸に当てるアルメキア流の仕草でこうべを垂れた。「我が祖国は滅びてしまいましたが、私には叶えたい夢があります。その夢を実現させるために、どうかこの国に身を置くことをお許しください」

 

 カイは、頭の中のデーターベースからカルロータの情報を引き出した。旧パドストーでの訓練生時代には優秀な成績を残しているものの、魔導国家であるカーレオンにおいては、現時点では特別優れているとは言えない。まだ若く、実戦の経験も少ないようだ。ただ、彼女は旧パドストーの老王コールに同行し、ゴルレ地方でのノルガルドとの戦いを経験している。あの戦いでノルガルド軍を率いていたのは白狼王ヴェイナードだ。結果はノルガルド側の勝利だったが、西アルメキアは帝国によって後方の城キャメルフォードを落とされていたため、撤退には多くの犠牲を払うことになった。彼女は、そんな死線から生還したのだ。その経験は、今後の成長を促すであろう。

 

「そんなにかしこまらなくてもいいよ? 王様なんて言っても、いつもぐーたらしてるだけなんだから」

 

 カルロータの素質を見極めようとしていたカイの隣で、謁見に同行したメリオットが軽い口調で言った。

 

「……普段着のまま政務室で会おうとしていた僕を、正装させ謁見の間に連れてきたのはメリオットなんだけどね」

 

「そうだっけ? まあ、いいじゃん」メリオットはカイを見てとぼけたように言うと、視線をカルロータに戻した。「ねぇ。あなた、歳いくつ?」

 

「十七歳です、メリオット姫」

 

 メリオットは目を輝かせた。「十七歳なら同い年だ。やった。あたし、同い年のお友達がほしかったんだ。よろしくね、カルロータちゃん。姫なんて言わないで、もっと気さくに呼んでくれていいからね」

 

「いえ、しかし……」カルロータは戸惑った目でカイを見た。

 

「構わないよ。妹と仲良くしてあげてね」

 

「判りました。そういうことならお任せください」カルロータは再び視線をメリオットに移すと、「それではよろしくお願いしますわね、メリオットちゃん」と、親しげな口調で言った。

 

 妹の面倒を見てくれる者がミリアの他にもう一人増えるなら、それだけでありがたい、と、カイは内心考えていた。

 

「――やれやれ。静かなる賢王カイ、どれほどのものかと思ったが、期待外れだったよ」

 

 カルロータの隣にひかえていたもうひとりの騎士が、呆れたような口調で言う。「どうやらあなたは、自分の(うつわ)を大きく見せたいだけの小物のようだ」

 

「……これは随分なことを言うね。どうしてそう思うんだい?」

 

「簡単なことだ。あなたの(たる)んだ顔には知性のかけらも感じられないのですよ。真に優れた者の周りには、常に知性がバラの香りのようにかぐわしく漂っているモノなのです。そう、この私のようにね」

 

「ちょっとあなた、人を見た目で判断するなんて、失礼よ?」メリオットが不機嫌そうに言った。

 

 カイはため息をついた。「メリオット。それは、僕の見た目に知性のかけらも無いことを認めていることになるよ」

 

「え? そう? でも、そこは間違いじゃないんじゃない?」

 

「……味方をしてくれる気は無いようだね」

 

 ふふん、と、自称知性が漂う騎士が笑う。「さきほどからの妹(ぎみ)とのやりとりを聞いているだけでも判る。あなたには、王に最も必要である『権威』というものが無い。人の上に立つ者には、常に権威が森の泉のごとく湧き出てくるモノなのです。そう、この私のようにね」

 

「王に最も必要なものは『権威』だ、と言って、王位をはく奪された人がいたらしいけどね」

 

 カイのいうことを無視し、自称権威が湧き出てくる騎士はさらに続ける。「いや、私はなにもあなたの見た目だけでその器を計ったわけではないのだ。他にも、ちゃんとした根拠があるのだよ。知りたいかね賢王?」

 

「いや、別に知りたくは――」

 

「よろしい教えてやろう。この国は、開戦から一年半も経つというのに領土を増やしていない。あなたが本当に賢王たる器ならば、もっと領土を拡大しているはず……いや、すでにこのいくさを終わらせていてもおかしくはない。それができていないのだから、やはり小物だと言わざるを得まい」

 

「これは手厳しいね。返す言葉もないよ」

 

「そうだろう。だが安心したまえ。フォルセナ大陸一の軍師であるこのランゲボルグが来たからには、もうこの国は勝ったも同然。あっという間に大陸制覇を成し遂げるであろう」

 

 自称知性が漂い権威が湧き出す大陸一の軍師ランゲボルグは、胸を張って高らかに宣言した。

 

 やれやれ、と小さくつぶやいて、カイは言う。「君のことは知ってるよ、ランゲボルグ君」

 

「当然だ。私の名は、大陸中に知れ渡っているからな」

 

「……それもあるけど、私は、各国に仕えている騎士の情報を、全部記憶しているんだよ」

 

 ランゲボルグは目をぱちぱちと(またた)かせた。「え? 全部?」

 

「そうだよ」

 

「大陸中の騎士ともなると、十人以上はいますよ?」

 

「百人ほどいるよ」

 

「それを、全部?」

 

「そう。名前だけじゃなく、生い立ちや戦績なんかもね。それによると、君はノルガルドで前王ドレミディッヅに仕えていた騎士だったけど、出撃した記録は無いね。そして、ヴェイナードが王に即位した際に国を離れ、レオニアに仕官、そこでも出撃の記録は無い。レオニア滅亡後は西アルメキアに仕官したけど、同じくそこでも出撃の記録は無く、国は先月滅亡している」

 

「それって……」と、メリオットがあごに指を当てた。「ランゲボルグさんが仕官を希望した国は、次々滅んでるってこと?」

 

「逆に、自らの意志で去ったノルガルドは、大きく勢力を伸ばしているね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 メリオットが頭を下げた。「ランゲボルグさん。残念ですが、今回はご縁が無かったということで」

 

「いやいやいや待て待て待て。それは、たまたまというものだ。私のせいではない」

 

「まあ、そうだね」と、カイも渋々認めた。「そもそも、どこの国でも一度も出撃してないんだから、彼のせいであり得るはずがない」

 

「……賢王、あまり調子に乗らぬことだ」ランゲボルグは再び胸を張った。「世の中には、上には上がいる。あなたの上というのはすなわちこの私。まあいい。どうせすぐに判る。私がこの国の軍師となれば、あなたは自分の卑小さと私の偉大さをイヤというほど思い知るだろう」

 

「仕官を許したわけじゃないけどね。まあ、ちょうどいい。お昼からの訓練で、大規模な模擬戦を行う予定だったんだ。私も参加するから、君は、敵軍の軍師として――」

 

 カイの言葉を、ランゲボルグは片手を向けて制した。「おっと失礼。参加したいのはやまやまだが、あいにくと、今日は調子が悪くてね。実力の半分も出せそうにない。いやはや残念。今日のところは、見学させてもらうよ」

 

「……やれやれ」とつぶやいた後、カイはカルロータを見た。「君も、面倒な人を連れて来てくれたね」

 

「あたしが連れてきたワケではないですが……まあ、これはこれで、結構面白いんですよ?」

 

「面白いだけでは騎士は務まらないんだけどね」

 

 カイは頭を抱える。カイの頭脳をもってしても、この男だけはうまく扱う自信が無い。役に立たないだけならまだしも、「一世一代の作戦ができましたぞ!」などと言って汚い字で書かれて読めない作戦書を何度も持ってこられたりしたら、邪魔でしょうがない。来る騎士は拒まずがカイの信条だが、彼だけは追い返すべきだろうか。あるいは、情報収集係として各地を探索させるか。もちろん重要な情報を得ることなど期待できないが、それで野生のモンスターや使えそうなアイテムのひとつでも持ち帰れば良しとしよう。

 

「ところで、君たちに訊きたいことがあるんだ」カイは気持ちを切り替えて言った。「ブロノイルという魔導士について、何か知らないかな?」

 

「ブロノイル?」カルロータは首を傾けた。

 

「そう。ちょっと、その魔導士について調べていてね。仕官してきた騎士には、全員に訊くようにしてるんだけど」

 

 カルロータは腕を組んだ。「ブロノイル……確か、ハレーさんが探していた人が、その名前だったと思います」

 

 カイは自然と目が鋭くなった。「ハレーさんというと、流星の異名を持つ騎士だね?」

 

 流星のハレー――大陸各国を旅する腕利きの女騎士だ。長らく主君を持たなかったが、ゼメキスのクーデターの夜、王太子ランスの逃亡を手助けしたことがきっかけで、一時期西アルメキアに仕えていた。だが、西アルメキアが滅亡する少し前に離脱している。

 

「彼女が、ブロノイルを探していた?」カイは訊いた。

 

「はい。ハレーさんが西アルメキアに仕官した際の話ですが、ブロノイルという魔導士について何か知っていることがあれば、すぐにハレーさんかランス様に知らせるように、と、全軍に通達があったんです。でも、誰も詳しいことは知らなかったみたいです。あたしも、それ以上のことは判りません。申し訳ありません」

 

「いや、いいんだ。それだけでもありがたいよ」

 

 ハレーがブロノイルを探していた――ひょっとしたら、彼女もこのゼメキスの背後にいるブロノイルの存在に気がついていたのかもしれない。ハレーに会えば、重大な情報を得られる可能性が高い。しかし、西アルメキアを離脱した後の彼女の所在は不明だ。どうやって探すべきか……。

 

 その時、予想外の情報が、あまりにも予想外の男からもたらされた。

 

「ハレー殿が探していた……ああ。ブロノイルという名、どこかで聞いたことがあると思ったら、レオニアの女王を襲撃した男ですな」

 

 さすがの賢王も、すぐにその言葉を理解することができなかった。いや、言葉自体は理解できる。ただ、そんな重大な情報言ったのがこの男だということが信じられなかったのだ。

 

「ブロノイルが、レオニアの女王を襲撃?」

 

 カイは、情報をもたらした男――ランゲボルグに訊いた。

 

「ええ。この話は以前ハレー殿もしたのですが……あれは、帝国がレオニアに侵攻して来る前でしたか。積極的に他国へ侵攻しようとしない女王が邪魔だからと、排除しようしていたのです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……メリオット」

 

「……なに?」

 

「メリオットの言う通りだよ。人を見た目で判断するなんて、失礼だった」

 

「え? どういうこと?」

 

 首を傾けるメリオットをよそに、カイは思わず王座から立ち上がってランゲボルグに駆け寄った。

 

「君を歓迎するよ、天才軍師ランゲボルグ君。その話、ぜひとも詳しく聞きたいね」

 

 ぽかんとするランゲボルグの右手を、カイは強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。