ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一一一話 イヴァイン 聖王暦二一六年九月下 ノルガルド/フログエル

 フログエル城の会議室には、王ヴェイナードや軍師グイングライン、前王の娘ブランガーネなど、ノルガルドの主要騎士が集まっていた。この数ヶ月で、大陸の勢力図は大きく変わった。それも、ヴェイナードらが想定していた範囲を大きく超える形である。ノルガルドは、敵国の情勢に合わせ、各拠点に配置する部隊の再編を余儀なくされていた。

 

「――まさか、ゼメキスがここまでやるとはな。少々あやつを侮っていたようだ」

 

 円卓の中央に広げたフォルセナ大陸の地図を見ながら、王ヴェイナードは苦笑交じりに言った。地図は各国の領土を色分けしているのだが、ゼメキス率いるエストレガレス帝国の色は西へ大きく伸びていた。五月の上旬、帝国は全兵の約半数をゼメキスの部隊に集め、西アルメキアへ特攻を仕掛けた。その結果、西アルメキアはわずか三ヶ月で滅亡してしまったのだ。

 

「帝国は、明らかに戦い方が変わったな。モルホルトよ、どう見る?」

 

 ヴェイナードは視線をモルホルトへ移した。モルホルトは、かつては旧アルメキアで五本の指に入るほどの軍略家であったが、ゼメキスのクーデターの際に国を離れ、ノルガルドへ仕官した男である。軍略に長け、旧アルメキアの内情に詳しいこともあり、仕官後も多くの功績を挙げていた。今ではグイングラインに次ぐノルガルド第二の軍師とも言える存在となっている。

 

「陛下の仰る通り、それまで領土を守る戦いをしていた帝国が、五月を境に攻勢に転じております。間違いなく、軍の総帥が、別の者に代わったのでしょう」

 

 帝国樹立後、軍総帥の座に就いていたのは四鬼将の一人である魔術師ギッシュだ。旧アルメキア時代は数々の献策を行い王からの信頼も厚かったが、それらはすべて内政に関するものであり、軍略に長けた男ではなかった。ゼメキスやカドール、エスクラドスら『攻め』の戦いに特化した騎士を多数抱えながら守りの戦略をとっていたことが、そのことを如実に物語っている。

 

 モルホルトは続ける。「帝国が攻勢に転じた五月、長く行方をくらませていたシュレッドが戦線に復帰しております。恐らく、この男が軍総帥の座に就いたのではないかと」

 

「帝国四鬼将最後の男か……旧アルメキア時代は、長くゼメキスの副官をつとめた男だな」

 

「はい。ゆえに、最もゼメキスの戦い方を知る者です。今や一国の王となったゼメキスに捨て身の特攻をさせるなど、あの男以外にはおりますまい。今後も、帝国は各国に攻勢をかけるでしょう」

 

 うむ、と一度頷いた後、ヴェイナードはもうひとりの軍師であるグイングラインを見た。「グイン、帝国軍の配備はどうなっている」

 

「ゼメキスら主力部隊は、全て、旧西アルメキア方面から引き揚げたようです」グイングラインは円卓上の地図を指さし、大陸の西から中央へとなぞった。「帝国はイスカリオとの抗争が激化しておりますので、恐らくそちらの戦線へ回るものと思われます」

 

 帝国の西アルメキア侵攻の際、南のイスカリオも帝国へ侵攻しており、カーナボンを占領している。イスカリオはさらに領土を広げるべく、王ドリスト自ら先頭に立ち、カーナボンの北西のトリアへ何度も侵攻を繰り返していた。

 

「モルホルトの言う通りであるならば――」と、ヴェイナードは言う。「ゼメキスの部隊がトリアで防衛に徹するということはあるまい。そのままイスカリオへ侵攻すると見た方が良いな」

 

「はい。しかし、帝国が完全に守りを捨てた、とは考えない方がよろしいでしょう。安易に攻め込めば、手痛い反撃を受けかねません」

 

 グイングラインの忠告に、ヴェイナードは「無論、心得ている」と頷いた。

 

 帝国は西アルメキアへ特攻を仕掛けた際に自国の領土をいくつか失ったものの、トリアやディルワースなど、王都ログレスへ繋がる重要拠点はしっかりと防衛している。ノルガルドも、手薄となったリドニー要塞へ侵攻したものの、思わぬ策の前に返り討ちに遭った。作年の十二月に続く二度目の大敗である。この結果、開戦以降準備を進めていたリドニーへの侵攻作戦は、根本から見直さなければならなくなっていた。帝国が攻めに転じているとはいえ、その防衛力は決して侮れない。

 

「しかし、陛下――」と、モルホルトが言う。「帝国の主力が中央に集中し、旧西アルメキア方面が手薄になっているのは間違いありませぬ。現状でのリドニー侵攻が難しい以上、西方面から攻めるしかありません」

 

 モルホルトの進言に、ヴェイナードは地図の西方面を見た。現在ノルガルドと国境を接しているのはオークニーとキャメルフォードだ。

 

「攻めるなら、まずキャメルフォードだな」ヴェイナードは言った。「ここを落とせば、帝国の領土を分断できる。ヤツらにとっては、大きな痛手であろう」

 

「同意見です」と、モルホルトは頷いた。「我らがキャメルフォードを落とせば、帝国は西方面へ援軍を送れませぬ。そうなれば、カルメリーやファザードを落とすのも容易でしょう」

 

「私も同意見です」グイングラインも頷いたが、「しかし」と言って、さらに続けた。「帝国は、恐らく旧西アルメキアの領土にさほど固執しないでしょう。キャメルフォードを落とせば、カルメリー、ファザード、ベイドンヒルからは、完全に兵を引き上げる可能性があります。そうなると中央の兵力が増し、再び特攻を仕掛けてくる可能性もあります」

 

 今の帝国は、十の城を奪われても二十の城を奪う覚悟で戦っている。領土を失えば、その分さらに攻勢に転じるであろう。帝国と国境を接しているリスティノイスとジュークスは、守りを固める必要がある。

 

 これらのことが考慮され、各拠点の新たな部隊配置が決定した。西のゴルレから旧西アルメキア方面へ侵攻する部隊には、王ヴェイナードを始め、イヴァイン、パロミデス、ルインテールらの騎士を中心とした攻撃に特化する部隊を編成し、リスティノイスとジュークスには、グイングラインやモルホルトらが中心となり、防衛に特化した部隊を編成することとなった。

 

「ふん、長々と講釈を聞かされたあげく、(わらわ)の配置は変わらずか」

 

 面白くなさげな口調で言ったのは、前王ドレミディッヅの娘ブランガーネだった。ブランガーネは開戦以降ハンバーやハドリアンでの防衛部隊に配属されており、他国へ侵攻したことは一度も無かった。今回の部隊再編でも、今まで通り南東のハドリアン砦での防衛を命じられている。

 

「勇猛なる姫には物足りぬかもしれませぬが、どうかもうしばらくご辛抱ください」ヴェイナードが口調を改めて言う。「姫の武勇を世に知らしめる日は、近いうちに必ず来ますので」

 

「貴様はいつもそう言ってはぐらかす。よほど妾に手柄を立てられたくないのだな」

 

「いえ、そういう訳ではありません」

 

「まあよい。そなたはキャメルフォード攻めに集中しろ。ハドリアンは、妾に任せておけ」

 

「ほう? 姫からそのような言葉を頂けるとは、意外でした」

 

「バカにするでない。ハドリアン防衛の重要性くらい、妾も理解しておる。帝国が南への攻めに転じた場合、ハドリアンは極めて重要な防衛ラインとなるからな」

 

「その通りです、姫。ゆえに、決して油断無きよう」

 

「言われるまでもないわ」

 

 ブランガーネはぞんざいな口調で答えた。

 

 と、その隣に座っていた騎士が。

 

「……ハドリアンから討って出て、アスティンを落とすことはできぬか?」

 

 静かな口調で言った。それを聞いて、室内がわずかにどよめく。その発言をしたのが、ディラードという男だったからだ。

 

 ディラードは、ヴェイナード即位後に登用された騎士だ。非常に寡黙な男で、同じ部隊にいても声を聞いたことがないという者も少なくない。しかし、こういった作戦会議においては、ときに臆することなく発言し、周囲を驚かせることがある。

 

「現在のハドリアンの戦力を考えれば、アスティンを落とすことは難しくないと思うが」

 

 今回の会議で、ディラードはブランガーネと同じハドリアンへ配属されることが決まっていた。ハドリアンには、他に、ブランガーネの側近であるエライネや、その父ロードブルら、合計で七人もの騎士が配置されている。無論、帝国の南方面への侵攻を警戒してのことだが、ディラードの言う通り、この戦力をもってすれば、アスティンを落とすのは不可能ではない。

 

「確かにその通りだ」とグイングラインが答えた。「しかし、いまアスティンを落とすことは得策ではない。アスティンは攻めやすい地形だが、同時に守りにくくもある。平地にあるがゆえ四方のどこからでも攻められる危険性がある上に、ザナスやブロセリアンデなど、隣接する拠点も多い。せっかく奪ってもすぐに奪い返されてしまっては、兵を無駄に失うだけだ。その点、ハドリアンは両脇を切り立った崖に挟まれた地形であるゆえ、極めて守りやすい。我らはまずは旧西アルメキア方面の攻略を優先する。それが終わるまで、ハドリアン方面は、決して敵の侵攻を許してはならぬ」

 

 グイングラインの説明に、ディラードは「了解した」と、また静かに答えた。

 

「ところで姫」と、今度はヴェイナードが発言する。「例の『レオニア解放軍』の調査は、どうなっておりますか」

 

「あれか――」ため息交じりの声とともに、ブランガーネの顔が渋くなった。

 

 レオニア解放軍とは、ノルガルドとレオニアの併合に反対する反乱分子の集まりである。百人程度の小さな集団と見られているが、各地でノルガルドの補給部隊を襲撃したり、戦闘のために召喚したモンスターを野に放ったりといった過激な行動を繰り返しており、その被害は日々拡大している。さらには、ヴェイナードとの婚礼が予定されている元レオニア女王リオネッセを、『レオニアをノルガルドに売り渡した魔女』と呼び、暗殺を目論んでいるとも噂されていた。

 

「まったく忌々しい連中だ。やっていることはそこらの賊と変わらぬが、神出鬼没で逃げ足も速く、なかなか尻尾を掴ませぬ。ただ、補給部隊が襲撃された際、ロックやユニコーンなどのモンスターを確認したそうだ。旧レオニアの騎士が絡んでいる可能性は高いであろうな」

 

「ほう、レオニアの騎士ですか」ヴェイナードの目が鋭くなる。そして、視線をブランガーネからグイングラインへ移した。「グイン、旧レオニアの騎士で、何名か行方の判らぬ者がいたな?」

 

「はい。レオニアの騎士は、リオネッセ様を除き全十三名。四名が我が国へ残りました。そのうち、二名は私の配下に置いておりますが、女王の側近であった二名は騎士の資格をはく奪し、戦場からは遠ざけております。この四名の他に、極めて反抗的だった者一名を、アリライムの捕虜収容所送りにしております。国を去った者で、現在他国へ仕官している者が三名。行方の知れぬ者は五名です」

 

「その五名について詳しく調べておけ。特に、女王に反感を抱いていた者がいなかったかどうか」

 

「はっ」グイングラインは右拳を左の手のひらで包んだ。

 

「リオネッセの警護は抜かりないであろうな?」ブランガーネが睨むようにヴェイナードを見た。「解放軍の襲撃など、決して許すでないぞ」

 

「ご安心を。厳重に警備を行っておりますゆえ」そう言った後、ヴェイナードは小さく笑った。「しかし、姫がそれほどリオネッセのことを心配されるとは、よほど彼女のことを気に入ったようですな」

 

「たわけが。あやつの心配をしているわけではない。暗殺などされようものなら、旧レオニアの民が黙っていないぞ。暴動や内乱など起これば、ますます面倒なことになる。聞けば、そなた、エストレガレスを離脱した者や、滅亡した西アルメキアの騎士の仕官を許しているそうではないか。戦線が拡大して騎士が必要なのは判るが、どこに敵が潜んでおるか判らぬぞ」

 

「ご安心ください。その点は慎重に判断しております。仕官後も、決してリオネッセには近づけさせませぬ」

 

「ならばよい」

 

 各拠点への部隊配置と今後の戦略、そして、レオニア解放軍への対応が決まり、会議は終了となった。

 

 

 

 

 

 

「――イヴァイン、ひとつ訊いていいか?」

 

 会議が終了し、皆が退室した後で、会議に出席していた騎士イヴァインは、同僚のパロミデスに声を掛けられた。

 

「なんだ、パロミデス? まさか、また会議の内容が判らなかったのか?」

 

「え? あ、いや、そういう訳じゃあない」

 

「そうか? なら、なんだ」

 

「いや、次の作戦、俺はどう戦えばいいんだ?」

 

 伏し目がちに言うパロミデスに、イヴァインは呆れ顔になった。「お前……結局会議の内容を理解していないんじゃないか。いつも言ってるだろう? 判らないことがあれば、その場で質問すればいいんだ。あのディラードだってそうしてる」

 

「それは判ってる。判ってるんだが、みんなが理解していることを俺だけ理解していないなんて、恥ずかしいだろ?」

 

「作戦を理解しないまま戦場に立つ方がよっぽど恥だ」

 

「判ってる。今度からはちゃんとその場で質問するから、今回だけは教えてくれ、頼む」

 

 手を合わせて頭を下げるパロミデスに、イヴァインはやれやれと肩をすくめた。

 

 パロミデスとイヴァインは、共に前王ドレミディッヅ時代からヴェイナードのもとで戦ってきた騎士だ。パロミデスは後先考えず力任せに戦う騎士で、イヴァインは冷静沈着に策や技を頼りに戦う騎士である。性格も戦い方もまるで異なる二人だが、どういう訳かウマが合い、作戦外でも行動を共にすることが多かった。次の作戦でも、ともにゴルレからキャメルフォード方面へ侵攻する部隊に組み込まれている。

 

 呆れ顔のイヴァインだったが、やがて名案を思いつき、言った。「教えても構わんが、その代わり、お前が隠し持っているブランデーを飲ませろ」

 

「な……なぜそれを!? あれは、二十年物の高級酒で、なかなか手に入らないんだぞ!?」

 

「イヤなら俺も断る。次の作戦、せいぜい陛下の足を引っ張らないようにな」

 

 片手をあげて部屋を出て行こうとするイヴァインを、パロミデスは「待て!」と止めた。「判った! 飲ませる! 飲ませるから、どう戦えばいいか、教えてくれ!」

 

 陛下の足を引っ張る、という言葉が効いたようだ。イヴァインは内心しめしめと思いながら続ける。「仕方がない。そこまで頼むのなら教えてやろう」

 

「ああ、頼む」

 

「次の戦いで、お前は――」

 

「俺は?」

 

 イヴァインはたっぷりと間を溜めた後で、フッと破顔して言った。「――お前は、作戦なんて難しいことは考えないで、ただ目の前の敵を倒せばいいんだよ」

 

 簡単なことだ、と、イヴァインは付け加えた。

 

 パロミデスはしばらく目を点にしていたが、やがてその目に怒気を含ませて言った。「イヴァイン! 俺は真面目に訊いてるんだ! ふざけてないで、ちゃんと教えろ!」

 

「別にふざけているつもりはない。陛下も、グイン様も、そして他の誰も、お前に作戦なんて期待していないんだ」

 

「なにぃ?」

 

「開戦のとき、陛下に言われただろう? 『戦場では愚直なまでの勇気も必要だ』と。みんながお前に期待しているのはそこだ。陛下やグイン様も、その辺のことはちゃんと考慮して作戦を立てている。お前は難しいことを考えたりせず、ただ目の前の敵を倒せば、それで作戦通りなんだ。むしろ、作戦や戦略なんて余計なことを考えてお前の動きが鈍れば、その方が全体の作戦に差し支える」

 

「……なんか、バカにされているような気がするんだが」

 

 納得のいかない表情のパロミデスに、イヴァインは笑いながら「そうか? 最大級の褒め言葉だぞ?」と言った。

 

 パロミデスはまだ納得いかない表情で言う。「……確かに俺は、力には自信があるが頭は良くない。戦略なんて考えないでただ敵を倒せばいいというのは判る。だが、敵も俺のことを理解していて、それを逆手に取った作戦を立ててきた場合はどうする? 目の前の敵がおとりで、本当に倒すべき相手じゃなかったとしても、俺にはそれを判断することができないかもしれない。もしそんなことになれば、俺が陛下の足を引っ張ることになるだろう?」

 

 戦う前にそこまで心配するヤツがあるか――と言おうとして、イヴァインはその言葉を飲み込んだ。愚直、という言葉は、彼にはふさわしくないのかもしれない。この男は純粋なのだ。だから、自分が陛下の足かせになることを、本気で恐れている。

 

 だから、言ってやった。

 

「――安心しろ。そういうときのために、俺がいるんだ」

 

「なに?」

 

 きょとんとした顔のパロミデスに、続けた。

 

「今回も、俺たちは一緒の配置だ。お前のそばには俺がいる。お前が敵の策に(はま)りそうなときは、俺がフォローしてやる。これも陛下に言われただろ? 俺たち二人が力を合わせれば、恐れるものは何も無い。だから、お前は俺を信じて、いつも通り自分の戦いをしろ」

 

 前王の時代から何度も二人で戦場に出て、多くの手柄を立ててきた。リドニー戦のような敗北も幾度となく経験したが、それでも、二人で戦うことが失敗だったと思ったことは一度も無い。これからも長く戦い続けることになるだろう。それが、この国の勝利へ繋がると信じて。

 

「お、おう」

 

 憂いに満ちていたパロミデスの顔が、少し緩んだ。

 

 それを見たイヴァインは、彼の肩にポンと手を置いた。「……と、いうことで、二十年物のブランデー、よろしく頼むぞ? まさか、騎士ともあろう者が、約束を破ったりはしないだろうな?」

 

 酒のことを思い出したパロミデスは、あ、という表情になった。「いや! いまのアドバイスであの酒は高すぎる! 足りない分、今から訓練に付き合ってもらうぞ!」

 

 愛用の斧を手にするパロミデスに、イヴァインは小さく笑った。

 

「はは、酒の前の運動には、ちょうどいいかもな」

 

 イヴァインも剣を取る。互いに笑い合い、そして、会議室を出て、訓練場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

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