ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一一二話 ミリア 聖王暦二一六年十月下 カーレオン/――――

 友人であるガッシュを仕官させるため、ミリアとエルオードはカーレオン北東部にある山奥にやってきた。街道から逸れ、険しい山道を丸一日かけて登った先に建つ廃屋同然の小屋が彼の住家だ。二人が訪れると、ガッシュは庭先で拳法の修業をしていた。太い木の柱に数本の棒を取り付けて人の形を模した器具に、上半身裸で打ち込みをしている。かなり長い時間行っているのだろう、打ち込むたびに全身の汗が周囲に飛び散っていた。

 

「やっほー、ガッシュ、ひさしぶり」

 

 ミリアが声をかけると、ガッシュは手を止めて振り返る。

 

「お? ミリアちゃん、ひさしぶりだな!」嬉しそうに言ったガッシュだったが、エルオードを見ると、一転、心底イヤそうな顔になった。「なんだよ、エルオードまで居やがるのか」

 

「もちろんです」と、エルオードは答える。「ガッシュさんをミリアさんと二人きりにしたら、なにをするか判ったものではないですからね」

 

「ケッ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ」打ち込みをやめたガッシュは、手拭いで汗を拭った。「それより、なんの用だい、ミリアちゃん? また、俺の肉体美を描きたくなったのかい?」

 

 そう言うと、ガッシュは腕を組んで横を向き、胸や腕や足の筋肉をアピールするポーズをした。ガッシュは身体を鍛えるのが趣味の男で、全身の筋肉が自慢なのだ。以前会った時は、彼の全身像を描いてプレゼントした。しかし、今日の用事は絵ではない。

 

「あ、ごめーん。いまあたし、他の絵を描いてる途中だから。人物画を描くのは、また今度ね」

 

「えー? 今度って、いつだよ?」

 

「うーん、まあ、戦争が終わってからかな」

 

「戦争? どこが戦争してるんだ?」

 

 平然とした顔で言うガッシュに、ミリアもエルオードも目が点になる。

 

「……あんた、まさか知らないの?」

 

 ガッシュはきょとんとした顔で何度も瞬きをした。どうやら冗談でもなんでもなく、本当に知らないようだ。ミリアは大きくため息をついた。

 

 ガッシュは、ルーンの加護を持ちながらも、宮仕えを嫌い、この山奥に一人こもってひたすら身体を鍛えている。とはいえ、いかに一人での暮らしを好もうとも、生きていくためには月に一度くらいは人里へ下り、生活に必要なものを手に入れなければならないはずだ。そして、人と接すればイヤでも戦争の話は耳に入る。エルオードも、仕官する前はガッシュと似たような生活をしていたが、彼はちゃんと戦争のことを知っていた。もしかしたら、ガッシュは年単位で人と会っていないのかもしれない。コイツの引きこもり具合は予想以上だな……呆れつつ、ミリアは今回の戦争について説明した。

 

「――へえ? そうなのか。全然知らなかったぜ」

 

 話を聞いたものの、ガッシュは全く興味が無さそうな声で答えた。

 

「まあ、そんな訳だから、あんたも仕官して、あたしたちと一緒に戦いましょう?」

 

「はぁ? なんで俺がそんなことしなきゃなんねーんだよ? 俺が宮廷ギライなの、知ってるだろ?」

 

「知ってるけど、国の一大事なんだよ? あんたもカーレオンに住んでいて、その上ルーンの加護を受けた騎士なんだから、国を守るために戦いなさい」

 

「ヤダね。俺は別に、カーレオンが滅んだって構やしねぇ。この国がどうなろうと、こうして身体を鍛えてりゃぁ満足だ」

 

 そう言うと、ガッシュはまた打ち込みを始めた。

 

 その態度に、「あんたねぇ……」と怒りかけたミリアだったが、続く言葉は飲み込んだ。考えてみたら、少し前の自分も、ガッシュと同じく絵さえ描ければいいと思っていたのだ。彼を怒る資格なんて、自分には無いだろう。

 

 もちろん、だからと言って放っておくわけにはいかない。こんな男でも、一応友人なのだから。しかし、どうやって説得したものだろう。ミリアは考える。というか、そもそも説得なんてできるのだろうか。この男のことだ。どのような説得であっても心に響くなんてことはなく、「俺には関係ないね」の一言で一蹴されてしまうような気もする。

 

 ミリアは少し考えた後、ぽん、と手を打った。「そっか。じゃあ、しょうがないね。エルオード、帰ろっか?」

 

 エルオードは驚いた顔になった。「え? もう帰るのですか? せっかくここまで来たのですから、もう少し説得をしてみては?」そして、声を潜めて続ける。「……仕官すればいくらでも絵を描いてあげる、とかなんとかおだてれば、ガッシュさんのことですから、コロッとだまされて、ついてきますよ」

 

「……聞こえてるぜ、エルオード」ガッシュが打ち込みを中断してエルオードを睨んだ。「バカにすんなよな。そんなテに引っかかるワケないだろう」

 

「そうね」と、ミリアも言う。「それに、たとえだまして連れて来たとしても、そもそも本人にやる気が無いんじゃ、いても邪魔なだけだし。じゃね、ガッシュ」

 

「おいおい、そりゃないぜミリアちゃん。仕官はしねーけど、せっかく来たんだから、俺の肉体美、描いて行けよ」

 

 再びポーズをとるガッシュだったが、ミリアはガッシュの身体を眺めた後、「うーん」と唸った。「今となっては、ガッシュの身体もイマイチなんだよねぇ。肉体美っていうなら、シュストさんの方が、よっぽど魅力的だし」

 

 同門でライバルであるシュストの名を出すと、ガッシュの顔色は変わった。「はぁ? あんな男のどこがいいんだ? 俺の方が鍛えてるに決まってる。ほら、よく見ろ」

 

 ポーズを変え、さらにアピールするガッシュ。内心しめしめと思いながら、ミリアは続ける。「よく見たって同じよ。シュストさんの方が魅力的だわ。なんてったって、彼は国を守るために日々修行してるんだから」

 

「修行なら俺だってしてるさ。見ろ、この鍛え上げられた上腕二頭筋」

 

 さらにポーズを変えてアピールするガッシュだが、ミリアはダメダメと言わんばかりに手のひらを振った。「シュストさんと比べたら、ガッシュがやってることなんて、修行の内に入らないわよ。今のガッシュじゃ、シュストさんはもちろん、エルオードにだって勝てないわよ」

 

「おいおい。この俺が、引きこもりのエルオードになんか負けるわけないだろ」

 

「いや今のあんたの方がよっぽど引きこもりだわ。なんなら試してみる? もし、力比べでエルオードが負けたら、あたし、ガッシュの肉体美の専属画家になってあげてもいいわよ?」

 

「ホントか?」ガッシュは目を輝かせ、エルオードを見た。「よーし。勝負だ、エルオード」

 

「……良いのですか、そんな約束をして」エルオードは不安げな口調でミリアに言う。「ガッシュさんの身体の鍛え方は本物です。私などで、勝てるかどうか」

 

「大丈夫よ、自分を信じなさい」

 

 ぱん、と、ミリアはエルオードの背中を叩いた。やれやれ、とため息をつき、エルオードは前に出た。

 

「じゃあ、お互い組み合って、相手を投げ飛ばした方が勝ちね」

 

 ミリアはフォルセナ大陸では最もポピュラーな力比べを提案した。よーし、と、ガッシュは気合を入れて体中の筋肉を叩き、エルオードと組み合った。

 

「じゃあ、始め!」

 

 ミリアの号令で、ガッシュは気合の掛け声と共にエルオードを投げ飛ばそうとした。

 

 しかし、エルオードの身体は、まるで地面に根でも生えたかのようにビクともしなかった。

 

 一瞬、信じられないと言わんばかりの顔をしたガッシュだったが、すぐに表情を引き締め。

 

「うらぁ! 本気で行くぞ!」

 

 さらなる気合いとともに、さっきと逆側に投げようとした。

 

 しかし、エルオードの身体はやはりビクともしない。

 

 代わりに。

 

「はい」

 

 軽い声とともにエルオードが上半身を捻ると、ガッシュはあっけなくひっくり返されてしまった。

 

「はい、エルオードの勝ち」ミリアはエルオードの右手を上げた後、「ほらね、言ったとおりでしょ?」と、地面に倒れたガッシュを見下ろした。

 

 ちっ、と、ガッシュは舌打ちをして立ち上がった。「俺としたことが、ちょっとばかし手を抜きすぎたぜ」

 

「さっき、本気で行くぞ、って、言ってたでしょ?」

 

「今度こそ本気の本気だ! おら! もう一回行くぞ、エルオード!」

 

 またエルオードと組み合うガッシュだが、やはり投げ飛ばすことはできず、逆に投げ返されてしまう。

 

「こんなはずはない! この俺の鍛え上げられた筋肉が、エルオードごときに負けるなんてありえない! お前ら、さてはウィークネスやパワードの魔法を使ってるな!!」

 

 ウィークネスは対象一体の筋力や魔法耐性力を下げる黒魔法で、パワードは筋力を上げる赤魔法だ。どちらも戦闘中に使用する魔法であり、力比べで使用しても効果は絶大だろう。

 

 しかし、もちろん。

 

「そんなもん使ってないわよ」と、ミリアは否定した。「エルオードはナイトだから最低限の白魔法しか使えないし、あたしも、まだ黒魔法は習いたてで、全部は覚えてないし」

 

 納得いかない表情のガッシュだが、「……もう一度だ!」と言うと、またエルオードと組み合った。三度目、四度目と続けるも、結果は変わらない。

 

「……くそっ! どうも今日は調子が悪いみてぇだ。いつもの半分も実力が出ねぇ。調子さえよければ、エルオードなんてひとひねりなんだがな」

 

 子供のような言い訳をするガッシュに、ミリアは肩をすくめた。「見苦しいこと言わないで、素直に負けを認めなさい。これが現実なんだから」

 

「いや! 俺はこんなこと認めない! 明日まで待ってくれ。そうすれば、きっと調子が良くなる」

 

 やれやれ、とエルオードと顔を見合わせた後、ミリアは「――ガッシュ?」と、声を改めた。「なんでエルオードとこんなに力の差がついたのか、教えてあげようか?」

 

「……なんだよ?」

 

「いまのエルオードには、仲間がいるからよ」

 

「仲間?」

 

「そう。エルオードは、フォルセナ大陸に平和を取り戻すという信念の元、カーレオンに仕官し、みんなと一緒に修行しているの。この差は大きいわよ? 仲間がいれば、お互い悪いところを指摘して改善できるし、良いところを褒め合ってさらに伸ばすこともできる。ライバルがいれば、互いに競い合ってより高め合える。こんな山奥で、棒っきれ相手に一人で修行するのとは大違いよ。ガッシュ。一人で強くるのには、限界があると思うわ」

 

「…………」

 

 無言でうつむくガッシュに、ミリアは、「でもね」と、また声を明るくして語りかける。「あなたが仕官して、エルオードやシュストさんや、他のみんなと一緒に修行すれば、すぐまた追いつける。そうなったら、また昔のような、魅力的な肉体美に戻るかもよ?」

 

 ガッシュは顔を上げた。「そしたら、また俺を描いてくれるか!?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 ミリアは笑顔で約束した。

 

 ガッシュはしばらく考えていたが、やがて。

 

「……ええい、しょうがねぇ! 付き合ってやらぁ」

 

 膝を叩いて立ち上がった。

 

「そう来なくちゃ。よろしくね、ガッシュ」ミリアはウィンクをした。

 

「よろしくお願いしますよ、ガッシュさん」

 

 エルオードは右手を差し出したが、ガッシュはぱちんと払った。

 

「見てろよ? お前なんか、あっという間に追い抜いてやるぜ」

 

 そう言って、ガッシュは旅支度をするため小屋に入った。

 

「ありがとうございます、ミリアさん」エルオードが言った。「こんな私のことを、信じてくれて」

 

 ミリアは人差し指を顎に当てると、「んー」と唸った。「ま、正直に言うと、信じてたわけじゃないのよね」

 

「はい? 信じてたわけじゃない?」

 

「そ。エルオードが、前と比べて強くなったとは思ってたけど、正直、ガッシュに勝てるかどうかは、あたしにも判んなかったの。ま、勝ててよかったわ」

 

 エルオードは苦笑いを浮かべた。「もし、私が負けていたらどうするつもりだったのですか? 本当に、ガッシュさんの専属画家になるつもりだったのですか?」

 

「まさか。その時は、バックレるだけよ。どうせ相手はガッシュだし。一年も経てば忘れてるでしょ」

 

 エルオードは肩をすくめた。「本当に、あなたという人は」

 

「まあ、前にも言ったけど、きっかけは何でもいいのよ。結果的に、それが本人のためになればね。こんな山奥で引きこもってたって、本当の意味では強くなれないし、ガッシュのためにもならないもん」

 

「……そうですな」

 

 しばらくして、支度を整えたガッシュが小屋から出てきた。

 

「よし、じゃあ、王宮まで行くか!」

 

 と、鼻息も荒いガッシュに向かって、ミリアは言う。「あ、そうそう。あたし、ちょっと他に寄るところがあるから、あんたたち、二人で先に戻ってて」

 

「はぁ? どこ行くんだよ?」

 

「せっかくここまで来たから、イスカリオにいる友達のところにも行こうと思うの。その子もルーンの加護を受けてるから、頼めば仕官してくれると思う」

 

「それならば、我々もお供します」エルオードが言った。「いくらミリアさんと言えど、敵国に一人で乗り込むのは危険でしょうから」

 

「別に戦いに行くわけじゃないから危なくはないけど」そう言った後、ミリアは露骨に顔をしかめてみせた。「……むしろ、あんたたちが来る方が、危ない予感がするのよね」

 

「ん? どういうことでしょう?」

 

 顔を見合わせるエルオードとガッシュに、ミリアは。「ううん、なんでもない」と言ってごまかし、「とにかく、あたし一人で大丈夫だから、あんたたちは、先に帰ってなさい」

 

「冗談じゃないぜ、エルオードと二人で旅なんてできるかよ」ガッシュはかたくなな様子で拒否した。「俺もミリアちゃんと一緒に行くぜ。ダメだってんなら、やっぱ、この仕官の話は無しだ」

 

 こうなると、エルオードはともかくガッシュは聞きそうにない。ミリアは、「しょうがないわね」とため息をつくと、渋々同行を認めた。「その代わり、おとなしくしてるのよ?」

 

「もちろんです」

 

「おうよ!」

 

 目を輝かせて返事をする二人に、ミリアはもう一度ため息をつくと、一抹の不安を胸に抱え、次の目的地を目指すことにした。

 

 

 

 

 

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