ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一一四話 ヴィクトリア 聖王暦二一六年十月上 イスカリオ/ザナス

 イスカリオ北西の都市ザナスは交通の要衝だ。大戦前は西の玄関口として栄え、カーレオンや旧アルメキア、レオニアから行き来する人であふれていた。こういった交通の要衝は、いざ戦争となると戦略的にも重要な拠点となるのだが、現在ザナスの北西ソールズベリーはイスカリオが占領しており、国境が接しているのは西のカーレオンだけだ。カーレオンは騎士不足から開戦後も大きな動きを見せず、今も攻めてくる気配は無かった。よって、ザナスの民は開戦直後から長く続いた緊張状態が緩み、少しだけ穏やかな日々を過ごすことができていた。

 

 宿場町の一角にあるバーのテーブル席で、女魔術師ヴィクトリアは白のホットワインとカシューナッツの素焼きで夜のひとときを過ごしていた。普段はなるべく王ドリストの近くにいるようにしているヴィクトリアだが(もっとも、ドリストはヴィクトリアのことを避けているようなフシがあるのだが)、先日、ドリストのちょっとした秘密を暴露しようとして、危うく死刑よりも恐ろしい罰(化粧禁止法制定)を受けかけたのだ。なので、ほとぼりが冷めるまで少し距離を置いているのである。幸い、ドリストはああ見えて実は寛大だ。ひと月もすれば大丈夫だろう。

 

 ぱきっ、と、指でカシューナッツの殻を割ってから食べ、ホットワインをひと口飲む。南国であるイスカリオでも夏の気配はすっかり消え、夜は冷えるようになった。青魔法の使い手であるヴィクトリアは、職業的にも年齢的にも冷え症に悩まされる身だ。真冬になればさらに冷え込むため、夜はレジストの魔法を使って寒さへの抵抗力を上げないと寝られないほどである。そのため、この時期の夜のホットワインは、ヴィクトリアの安らぎに欠かせない一品だった。

 

 小皿のカシューナッツをもうひと粒取ったとき、店の奥で歓声が上がった。見ると、奥のテーブルのひとつに人だかりができていた。ヴィクトリアがなんとなくそちらを見ていると、一瞬人だかりが割れ、席についている男がチラリと見えた。

 

 ――あら? なかなかイイ男じゃない。

 

 すぐにまた人だかりに埋もれて見えなくなったが、それなりのイケメンだったように思う。これは品定めをしなければならない。ヴィクトリアはワイングラスとカシューナッツの小皿を持ち、そちらへ移動した。

 

 そのテーブルではカード賭博が行われているようだった。旅の商人風の冴えない中年男と、目つきの鋭い口髭の男が、一対一の勝負をしている。先ほどヴィクトリアの目を引いたのは口髭の男だ。髭の男にはあまり良い印象を持っていないヴィクトリアだったが、その男の口髭には清潔感と上品さがある。目つきの鋭さからかなり悪人面に見えるが、そこがまた魅力的とも言える。どこぞの冴えないちょび髭どもとは大違いであった。

 

 二人の前には、それぞれ数枚のカードが置かれていた。そのうち一枚は伏せられており、残りは表向きになっている。どうやらブラックジャックのようである。合計で21を超えないようにカードを引き、その数値の高さを競うゲームだ。

 

「――では、勝負と行こう」

 

 イケメン髭の声で、お互い伏せていたカードをめくった。冴えない中年男の方は合計18、イケメン髭は21。イケメン髭の勝ちだ。同時に、ギャラリーからまた歓声が上がる。

 

「どうやら、また俺の勝ちのようだな」イケメン髭は機嫌良さそうに言った。「これでそちらの負けは五万。まだ続けるかい?」

 

「けっ。どうも今日はついてないようだ。この辺でやめておくぜ」

 

 中年男は負け分の金貨をはらうと、席を立って店を出て行った。金貨を袋に詰めたイケメン髭は、カードをシャッフルしながらギャラリーを見回した。「さあ、次の相手は誰だ? どんな大きな額でも受けてやるぜ?」

 

 ギャラリーの一人が「俺、挑戦してみようかな」と言ったが、連れの男に止められた。「よせよ。あの男、もう十人以上を相手に連戦連勝だぜ? お前なんかが勝てるわけない」そう言われ、「そうか……」と、男は引っ込んだ。他のギャラリーからも、挑戦の声は上がらない。

 

「……なんだ、もう終わりか? 夜はまだこれからだぜ? さあ、誰かいないか」

 

 ギャラリーを見回すイケメン髭の目が、ヴィクトリアに止まった。「おや? ギャラリーの中に、美しい御婦人がいらっしゃるようだ」

 

 みんなの目がヴィクトリアに集まる。美しい御婦人と言われ、ヴィクトリアも悪くない気分だ。

 

「わたくしのことかしら? あなた、なかなか正直な人のようですわね」

 

「これはどうも。お近づきの印に、ひと勝負どうだい? 美しい御婦人ならば、手加減してあげても構わんよ?」

 

「おあいにくさま。わたくしは、強い殿方にしか興味がありませんの。あなた、お顔は悪くないですけれど、わたくしにお相手してほしいのならば、まずは身体を鍛えてくることですわね」

 

 そう言って席に戻ろうとしたヴィクトリアだったが。

 

「おっと、待ちな」と、イケメン髭が呼び止めた。「こう見えても、俺はルーンの加護を受けてるんだぜ? ()()()()()()にな」

 

 はっとして足を止め、ヴィクトリアは振り返る。

 

「身体もそれなりに鍛えてある。あんたのお眼鏡にもかなうと思うがな」

 

 イケメン髭は服の袖を二の腕までめくった。細身だが、かなり筋肉質な腕が出てきた。

 

 ヴィクトリアは改めて男を品定めした。なかなかのイケメンで細マッチョでルーンの加護を受けている男――どんなに強くてもバイデマギスのような筋肉バカはお断りだが、彼ならば悪くない。

 

「いいですわ。お相手になって差し上げましょう」

 

 ギャラリーが「おお」とどよめく中、ヴィクトリアは席に着いた。

 

「ブラックジャックのルールはご存知かい?」イケメン髭が訊く。

 

「一通りは。しかし、いろいろとローカルルールがありますからね。後で揉め事の原因になりかねませんから、最初に細かく取決めしておきましょう」

 

 ヴィクトリアがそう言うと、イケメン髭はニヤリと笑った。そして、勝負は一対一で行う、使用するのはジョーカーを除く五十二枚、一勝負ごとにカードはすべて回収し再度シャッフルして配り直す、掛け金の下限は千ゴールドで上限は無し、など、細かい部分までルールを決めた。

 

「では、カードを配るぜ?」

 

 イケメン髭がカードをシャッフルするのを、ヴィクトリアは「待ちなさい」と止めた。そしてギャラリーを見渡し、そこそこいい顔の男を呼ぶ。「あなた、ディーラーをしてもらってもよろしいかしら?」

 

「わ……私がですか?」指名された男は戸惑った顔になる。

 

「ええ。一対一の勝負で、一方がカードをシャッフルして配る、というのは、公平ではないですからね。第三者が配るのが当然ですわ」

 

 視線をイケメン髭に移すと、「あんた、なかなかギャンブルに慣れているようだな」と言って、さらにニヤリと笑った。「結構だ。そうしよう」そう言って、カードの束を男に渡す。

 

 ディーラーとなった男はややぎこちない手でシャッフルし、伏せた状態で一枚、オープンの状態でもう一枚、ヴィクトリアとイケメン髭にそれぞれ配った。

 

 ヴィクトリアは相手に見えないよう伏せていたカードを見る。数値は8。オープン状態のカードは4で、計12。

 

 イケメン髭のオープンになっているカードは5だ。イケメン髭も伏せられたカードを確認すると、「そちらからどうぞ」と言った。

 

「では」と言って、ヴィクトリアはカードを要求する。配られたカードは(クイーン)。絵札は全て10の扱いなので、計22。21を超えてしまったので、バーストである。ヴィクトリアは胸の内で舌打ちをしたが、表情には出さない。最初の取り決めで、バーストした場合でも即負けにはならないと決めていた。この場合、22以上の手は全て0の扱いになるが、相手もバーストして0ならば引き分けとなり、掛け金は戻って来る。また、勝負を降りるドロップを選択すれば、その時点での掛け金を支払うことになる。いまドロップすれば、損失は下限額の千ゴールドで済むわけだ。もちろん、初戦からドロップするなどヴィクトリアのプライドが許さない。ヴィクトリアはこれ以上カードを引かないことを手の仕草でアピールすると。

 

「一万追加しますわ」

 

 掛け金の上乗せを宣言し、テーブルの上に一万ゴールド分の金貨を置いた。ギャラリーがわずかにどよめく。下限額千ゴールドの勝負で初戦から一万はなかなか大きな勝負だ。これで相手がビビッて勝負を降りれば、ヴィクトリアが千ゴールドの勝ちとなるが。

 

「いいだろう」

 

 イケメン髭は迷うことなく応じた。さすがに勝負慣れしているのか、この程度のブラフは通用しないのかもしれない。

 

 続いてイケメン髭の番だ。イケメン髭はカードを要求した。配られたカードは10。イケメン髭はカードを引かない仕草をすると。

 

「こちらも一万追加だ」

 

 その宣言に、ギャラリーはさらにどよめく。ヴィクトリアが応じれば最初の賭け金と合わせて二万一千ゴールドの勝負になる。ヴィクトリアの手はバーストなので、このまま勝負に応じても勝つことはない。しかし、ここで相手の賭け金に応じず勝負を降りても一万一千ゴールドの負けだ。この状況で勝つための方法はひとつ、相手をドロップさせるしかない。もちろん、危険な勝負ではある。

 

「では、こちらはさらに九千追加します」

 

 ヴィクトリアはさらに掛け金の上乗せを宣言する。計三万ゴールド。

 

「いいだろう。勝負だ」

 

 イケメン髭は掛け金の上乗せに応じた。これで、ヴィクトリアはもう勝負を降りることはできない。残された道は、相手もバーストしていることである。両者がバーストしていた場合は引き分けとなり、賭け金は戻る。イケメン髭のカードはオープン状態の2枚で計15。伏せられたカードが7以上でバーストだ。可能性としては、充分ある。

 

「では……オープン!」

 

 ディーラーの宣言で、ヴィクトリアとイケメン髭は伏せられたカードをめくった。おお、と、ギャラリーがさらにどよめいた。イケメン髭のカードは6。計21で、ヴィクトリアの負けだ。

 

「どうやら俺の勝ちだな」

 

 イケメン髭は機嫌よさ気に笑い、ヴィクトリアの賭け金を手元に引き寄せた。ヴィクトリアは鋭い目でイケメン髭を見つめる。悪人面のせいか、どうもその笑い方が気に入らない。これからは悪人髭と呼ぶことに決めた。

 

「――失礼ですけど、ディーラー以外のみなさんは、少し離れてくださいな」

 

 イケメン髭あらため悪人髭を見つめたまま、ヴィクトリアはギャラリーに向かって言った。さらに、「マスター、申し訳ありませんが、()()()()か何かあれば、わたくしとこの男のすぐ後ろに置いてください」と、酒場の主人に言う。

 

 悪人髭は肩をゆすって笑った。「ずいぶんと用心深いな」

 

「真剣勝負ですから、これくらいは当然でしょう」ヴィクトリアは笑うことなく答える。

 

 イスカリオの騎士であるヴィクトリアは、他の騎士たちとこのような賭け事をすることはよくある。クセのある連中ばかりなので、イカサマを仕掛けて来ることも多い。なので、この勝負も当然イカサマを警戒している。いまの勝負、ギャラリーの中に悪人髭の仲間がまぎれ込んでいて、ヴィクトリアの背後から手を覗き見し、なんらかの方法で悪人髭に伝えた可能性がある。一応自分以外には手の内を見られないように警戒はしたが、さらに用心するに越したことはない。

 

「まあ、別に構わんがな」

 

 悪人髭は余裕たっぷりの口調で言う。その余裕ぶりがさらに気に障ったが、相手のペースに飲まれないよう、ホットワインをひと口飲んで気持ちを落ち着けた。

 

 ヴィクトリアの要求通り、ディーラー以外のギャラリーは少しテーブルから離れ、二人のすぐ後ろにはついたてが置かれた。これで、お互いの手の打ちを相手に知らせることはできないはずだ。

 

「では、勝負を続けますわよ」

 

 ヴィクトリアが言い、カードが配られた。ヴィクトリアは伏せられた5とオープンの3で、計8。悪人髭のオープンカードは6だ。今度は悪人髭からの番である。悪人髭はカードを要求する。数値は3。さらに要求し、今度は4。伏せられているカードを除けば計13で、かなり厳しい手であろう。だが、悪人髭はさらにカードを要求した。配られたのは(エース)。数値的には1か11のどちらかを選べるが、すでに14以上は確定しているので1として扱うしかない。

 

「あらあら、ずいぶんと小さい数に好かれていますわね」

 

 ヴィクトリアは挑発するように笑うが、悪人髭は特に反応せず、さらに一枚カードを要求した。数値は4。これで、伏せられているカードを除くと計18。伏せられたカードが3以下でない限りバーストだ。

 

 しかし、悪人髭はカードを引かない仕草をすると。

 

「二万追加だ」

 

 迷う様子も無く、掛け金の上乗せを宣言した。

 

 一瞬唇を噛んだヴィクトリアだったが、すぐに口元を緩めた。「六枚もカードを引いて二万の上乗せ……随分と判りやすいブラフですこと」

 

「さあ、どうかな?」とぼけたように言う悪人髭。

 

「まあいいですわ。応じます」

 

 これで、掛け金は二万一千となり、ヴィクトリアの番だ。ヴィクトリアがカードを要求すると、配られたのは8で、計16。勝負する手としては微妙だが、これ以上引いてもバーストする可能性が高い。ヴィクトリアはカードを止めた。

 

「一万九千上乗せします」

 

 ヴィクトリアの宣言に、ギャラリーがさらにどよめいた。一戦目をさらに上回る四万の賭け金だ。ヴィクトリアは、悪人髭がドロップすると思っていた。相手の手は、バーストしている可能性が極めて高い。

 

 だが。

 

「ならこちらは一万追加だ」

 

 さらに掛け金を上乗せする悪人髭。これで五万。

 

「…………」

 

 ヴィクトリアは無言で悪人髭を見つめる。無論、そんなことで相手の手の内は読めない。むしろ、どこかこちらを見下したかのような顔が癇に障るだけだ。ここは惑わされず、冷静に判断したいところだ。相手は六枚ものカードを引いている。その上で高額の賭け金。やはり、ブラフの可能性が高いであろう。

 

「……いいでしょう。勝負ですわ」ヴィクトリアは勝負に応じた。

 

「では、オープン」

 

 お互いカードをめくる。悪人髭がめくったカードは、なんと2。他のカードと合わせて計20。ヴィクトリアは16なので、またもや悪人髭の勝ちである。

 

「また俺の勝ちだな。これで、早くも八万の儲けだ。どうだい? このペースで行くなら、掛け金の最低額を一万にしないかい?」

 

 金貨を手元に引き寄せながら言う悪人髭に、ヴィクトリアは「いいえ、このままで結構よ」と拒否した。「それより、ディーラーを代えてもいいかしら?」

 

「お好きなように」悪人髭は大袈裟な仕草で両手を挙げた。

 

 いまの勝負で悪人髭に配られたカードは、6・3・4・A・4で、伏せられていたカードは2。随分と低い数値ばかりだ。イカサマを疑うならまずカードのすり替えだが、悪人髭は服の袖を二の腕までめくっている。いつかのギャロのように、袖の中にカードを隠すことはできない。さらに、ヴィクトリアは最初のカードが配られてから勝負でカードをめくるときまで、ずっと、悪人髭の伏せられたカードから目を離さなかった。一瞬たりとも死角はなかったと断言できる。悪人髭がカードをすり替えた可能性は低いだろう。ならば、あやしいのはディーラーだ。ディーラーを選んだのはヴィクトリアだが、最初からそれを見こし、悪人髭が仲間を紛れ込ませていた可能性は否定できない。

 

 ヴィクトリアはギャラリーの中から別の男を選んだ。それも、普段なら絶対に声を掛けないようなブ男である。

 

「満足かい? なら、勝負を続けよう」

 

 悪人髭は、やはり動じた様子はない。

 

「……ええ」

 

 勝負が再開された。ヴィクトリアは、今度も慎重に勝負を進める。初めに配られたカードの合計は12。カードを要求すると5だった。計17。またまた微妙な数値である。ヴィクトリアは掛け金の上乗せはせず、一千ゴールドのまま手番を相手に譲った。悪人髭は何枚かカードを要求し、二万の上乗せをしてきた。どうすべきか迷ったが、ヴィクトリアは勝負に応じた。オープンとなり、悪人髭の合計は21。また悪人髭の勝利である。さらにもうひと勝負したが、結果は同じような感じだった。

 

「どうする? またディーラーを代えるかい?」

 

 悪人髭は余裕綽々(しゃくしゃく)の口調だ。恐らくこれ以上ディーラーを代えても意味は無いだろう。イカサマのタネは他にあるか、最悪この場にいる全員がグルという可能性もある。いや、そもそもこの勝負は最初に一対一と決めた。悪人髭は仕官していないとはいえルーンの加護を受けた騎士である。騎士にとって勝負前の約束は神聖なものであり絶対だ。たとえ酒場の賭け事であっても破ることはないだろう。第三者を使っているのではない。

 

 気持ちを落ち着かせようと、ヴィクトリアはホットワインを飲もうとした。しかし、すでに飲み干してあり、グラスは空だった。

 

「マスター! ホットワインをもうひとつ!」

 

 ヴィクトリアは思わず苛立った口調で言う。

 

「酒はともかく、勝負の方はそろそろ控えた方がいいんじゃないのか? もうかなり負け込んでるだろう」悪人髭は笑う。

 

「ご心配なく。わたくしもこの国の騎士ですので、持ち合わせはそれなりにありますから」

 

 ヴィクトリアはサイフの中に三十万ゴールドを入れていた。今までの負けを引いても、まだ二十万近くはある。

 

「続けますわよ」

 

 ヴィクトリアはさらに勝負を続けたが、結果は同じようなものだった。どうしても勝てない。それも、ヴィクトリアの手札は必ず15や16などの弱い数値になり、それ以上カードを引くとバーストする。引かなくても、相手は必ず21に近い数値を出す。明らかに不自然な展開だった。

 

「――また俺の勝ちだな。これで、合計二十万だ」

 

 十戦ほど勝負して全敗したヴィクトリアは、我慢しきれず、机を叩いて立ち上がった。「ふざけないで! あなた、イカサマをしているでしょう!」

 

「イカサマ? 何を根拠に?」悪人髭は愉快そうに笑った。

 

「それは……」と、言葉に詰まるヴィクトリア。イカサマを見破る目にはそれなりに自信があり、ここまでの勝負でも相手の動きには目を光らせていた。疑わしいことは全て排除していったが、それでも、結果は変わらない。

 

 ヴィクトリアが黙り込んだのを見て、悪人髭はさらに笑った。「負けた腹いせにイカサマの濡れ衣をかけるとは、あんた随分と小物だな」

 

「な……!!」

 

 小物――負けた額よりも、その言葉の方が屈辱だった。

 

「そうだろう? 俺のイカサマを疑うのなら、それなりの根拠を示してもらわないとな? さあ、俺が、どんなイカサマをしていると?」

 

 冤罪だと言わんばかりに両手を挙げてアピールする悪人髭に、ヴィクトリアは何も言い返せない。現時点では、全く判らない。

 

「ふふん、素直に負けを認めることだな」悪人髭は鼻を鳴らして笑った。「まあ、仮に俺がイカサマをしていたとしても、『バレなきゃイカサマじゃないんだぜ』と、昔の偉い人も言ってるしな」

 

 ――むっかー。腹立つな。これは絶対イカサマをしている。絶対見抜いてやる。

 

 ヴィクトリアは席に着いた。「勝負を続けますわよ!」

 

「やめといた方がいいと思うがね」

 

 再び勝負となったが、やはり同じような展開でヴィクトリアが負けてしまう。さらに五戦負け続け、遂にヴィクトリアの負け額は三十万ゴールドになった。

 

「イカサマは見破れたかい?」悪人髭は完全に勝ち誇った顔で言った。

 

「…………」

 

 血が出るほどの力で奥歯を噛みしめるヴィクトリア。残念ながら全く判らない。サイフの中身は、すでに一万ゴールドを切っている。心もとないが、一応勝負を続けることは可能だ。

 

 その時、マスターがホットワインを持ってきて、恐る恐るという感じでテーブルに置いた。随分前に注文したものだ。

 

「遅いわよ!」

 

 苛立ちから思わず大声で言ってしまう。マスターは「すみません」と首をすぼめると、そそくさとカウンターへ戻った。ヴィクトリアはホットワインを飲もうと口を付けたが。

 

「あっつっ!!」

 

 そのあまりの熱さにひっくり返しそうになった。なんとかこぼさずにはすんだが、まるで煮えたぎっているかのようだ。

 

「ちょっとマスター! なによこれは!!」カウンターに向かって怒鳴る。

 

 マスターは戸惑った顔でカウンターから出てくる。「なにって、ご注文のホットワインですよ」

 

「熱くて飲めたもんじゃないわよ! なんのいやがらせなの!!」

 

 マスターは困ったように言う。「八つ当たりはやめてくださいよお客さん。さっきと同じ温度ですよ」

 

「ウソおっしゃい! 沸騰寸前じゃないの!」ヴィクトリアはワインが入ったグラスを突き出した。「飲んでみなさい!」

 

 マスターは戸惑いながらもグラスを受け取ると、グラスに口を付け、一息で飲んだ。

 

 ヴィクトリアは唖然とする。さっき口を付けたときは、確かに煮えたぎるような熱さだったのに……。

 

「――――!」

 

 はっとして、ヴィクトリアはテーブルに置いてあったカシューナッツの素焼きをひとつ手に取った。握って殻を割ろうとするが、さっきまでは簡単に割れていたものが割れない。同じもののはずなのに。

 

 ――これは、わたくしの筋力や熱に対する耐性が落ちている?

 

 それで気が付いた。

 

 いつの間にか、ウィークネスの魔法をかけられていたのだ!!

 

 ウィークネスとは黒魔法のひとつだ。対象相手一人の攻撃力・物理防御・魔法防御を低下させる効果がある。通常は戦闘時に使うもので、ギャンブルに使うなど考えてもみなかったが、ブラックジャックにおけるカードの数値は攻撃力と同じだ。当然、ウィークネスにかかった状態なら、その数値は低下、もしくはバーストするのが常になるはずだ。

 

 さらに。

 

 悪人髭は、必ず21に近い数値を出していた。これは、恐らく攻撃力を上げるパワードの魔法を使っているのだろう。悪人髭はウィークネスとパワードの魔法を使う騎士だ。ブラックナイトというクラスがそれに該当するが、あれは上級クラスであり、仕官もしていない在野の騎士がそう簡単になれるものではない。そもそもブラックナイトはバイデマギスのような筋肉バカ専用のクラスだ。ギャンブルに魔法を使用するなど、頭が良くないと到底出てこない発想だ。

 

 つまり。

 

 この悪人髭、こんな悪人面の細マッチョなのに、魔術師系の騎士なのである!

 

 ヴィクトリアの様子に、悪人髭はニヤリと笑った。「何か気付いたようだな? 言っておくが、俺はイカサマはやってないぜ?」

 

 確かに、勝負に魔法を使ってはいけないという取り決めはしていない。ウィークネスとパワードを使用していたとしても、今までの勝負は全て有効だ。

 

 しばらく悪人髭を睨んでいたヴィクトリアだったが、口元に手を当て、高らかに笑った。「おーっほっほっほ。なかなかやりますわねあなた。気に入りましたわ。わたくしは強い殿方が大好きですの。例えそれが、ギャンブルであってもね」

 

「そうかい? で、どうする? 負けを認めるかい?」

 

「まさか。ドリスト様のような圧倒的に強い殿方なら認めますけど、あなたのような中途半端に強い殿方は、徹底的に負けさせて服従させる方が魅力的ですわ。続けますわよ」

 

 ヴィクトリアは再度席に着いた。

 

「そうかい? まあ、俺は構わんがな」

 

 自信満々の悪人髭。負けるはずがない、という顔だ。確かに、今の状況で勝つことは不可能だろう。対抗するためにはこちらもウィークネスかパワードを使うことだが、ヴィクトリアはどちらも使えない。配下のモンスターには使える者もいるが、最初に一対一の勝負と決めた手前、助っ人を呼ぶわけにはいかない。いまヴィクトリアが使える魔法でウィークネスに対抗できるのは魔法耐性を上げるレジストの魔法だが、ここで魔法耐性を上げたところで、ホットワインを(ぬる)めに飲むくらいの効果しかないだろう。

 

「……この勝負を最後にしてもいいかしら?」

 

「構わんよ」

 

「では、この勝負に、今まで負けた分の倍の金額を賭けますわ」

 

 ギャラリーが、今夜一番のどよめき声をあげた。ヴィクトリアの負けは三十万ゴールドなので、六十万ゴールドの大勝負だ。ヴィクトリアが勝てば今までの負けを取り返した上に三十万ゴールドのプラスになるが、負けた場合はさらに六十万ゴールドを失い、計九十万ゴールドとなる。

 

「しかし、持ち合わせはあるのかい?」と、悪人髭が言う。「踏み倒されちゃかなわんから、後で支払う、なんてのは無しだぜ? いつもニコニコ現金払いが、この国のギャンブルの鉄の掟だからな」

 

 悪人髭の言う通りである。それは法で定められており、破れば死刑となるのだ。ヴィクトリアはすでに持ち合わせをほとんど使っている。残りは一万ゴールド弱しかない。

 

「では、わたくし自身を賭ける、というのはどうです?」

 

「……何?」

 

 ずっと不敵に笑っていた悪人髭の顔から、初めて笑みが消えた。

 

 その様子に満足したヴィクトリアは、得意の妖艶な目つきで続ける。「悪くない勝負でしょ? あなたが勝てば、このわたくしを自由にできるのです。もちろん、六十万ゴールドもお支払いしますわ。でも――」

 

 ヴィクトリアは目つきを鋭くした。「わたくしが勝てば、あなたは一生わたくしの奴隷となるのですけど。さあ、どうします? もちろん、まだ勝負は始まってませんから、降りても構いませんわよ?」

 

 悪人髭は唇の端を挙げて笑った。「いいだろう。そういう勝負はキライじゃないぜ」

 

「ではこの勝負、六十万ゴールドと自分自身を賭けるということで」

 

 最後の勝負が始まった。ディーラーからカードが配られる。ヴィクトリアのカードは、伏せているカードが10で、オープンカードが3の、計13。ウィークネス状態であることを考えると、これ以上はバーストするだろう。ヴィクトリアはこれ以上引かないことを仕草で示した。

 

「では、俺の番だ」

 

 悪人髭の一枚目は伏せられた状態、二枚目が9だ。一枚要求し、三枚目が5。ここでカードを止めた。バーストしていなければ15以上。すでに掛け金は決めてあるので、ドロップすることはできない。ヴィクトリアの負けだ。

 

「勝負は決まったようなものだが、オープンするかい?」

 

「もちろんですわ」

 

 ディーラーがオープンを宣言し、二人は同時に伏せていたカードをめくる。ヴィクトリアのカードは10と3で13。

 

 対する悪人髭がめくったカードは7。

 

「合計で21。やはり、俺の勝ちのようだな」当然という顔で、悪人髭はヴィクトリアを見た。

 

 だが。

 

 ヴィクトリアは勝ち誇った表情で笑った。「あら? あなた、計算ができないのかしら? あなたの手、どう計算しても、12ですわよ?」

 

「……なにをバカな」

 

 呆れた顔で悪人髭は手元を見る。そして、その表情が凍りついた。

 

 そこには、7と5のカードしかない。ヴィクトリアの言う通り、合計は12だ。

 

 悪人髭はテーブルの上や周囲を探す。しかし、さっきまであった9のカードは、どこにもない。

 

「13と12で、わたくしの勝ちですわね」ヴィクトリアは立ち上がり、口元に手を当て、高らかに笑った。「おーっほっほっほ! 本当の勝者は、最後に笑うものですわ!」

 

 悪人髭はヴィクトリアを見上げ、苦笑いを浮かべた。「ディメンジョンだな……?」

 

 ディメンジョンとは、対象の一体をランダムで別の場所に瞬間転移させる黒魔法だ。通常は、強敵を戦場から遠ざけるために使う魔法である。

 

「さあ? なんのことかしら?」ヴィクトリアはとぼけた声で言う。「カードを無くしたのはあなたの不手際でしょ? まあ、仮にわたくしがディメンジョンを使っていたとしても、魔法を使うのは反則ではなかったはずですわよね?」

 

 それを聞いて、悪人髭も声を上げて笑った。「やるな、あんた。気に入ったぜ。いいだろう。この勝負、俺の負けだ」

 

「素直でよろしいこと」

 

 悪人髭が負けを宣言し、長く続いた勝負は、ヴィクトリアの勝利となった。酒場は、歓声と拍手に包まれた。

 

「トータルで、俺の三十万ゴールドの負けと、あんたのしもべになる、ということでOKだな?」悪人髭が言った。

 

「ええ。そうよ」

 

「ふむ。あんたのしもべになるということは、今日から俺は、この国の騎士ということだな?」

 

「まあ、そうなりますわね」

 

「では、契約金は三十万ゴールドにしておこう」

 

「……はい?」

 

 悪人髭の提案に、ヴィクトリアは眉をひそめた。

 

 悪人髭は続ける。「俺を騎士として雇うんだから、契約金が発生するのは当然だ。三十万で俺を雇えるのなら、安いものだと思うがね?」

 

 負け額分だけでも取り戻そうというのか。セコイと言うかちゃっかりしていると言うか……ヴィクトリアは呆れたが、「まあいいでしょう」と悪人髭の言い分を認めた。「主人たるもの、それくらいの器量は見せなければなりませんからね」

 

 契約金三十万を支払ってもプラスマイナスでゼロ。サイフの中身はゲームを始める前と変わらない。よって、この男を従えた分だけ得だ。それに、この男と組めば、城の連中相手にギャンブルでぼろ儲けできる。

 

「では、契約成立だ。俺の名はネヴィル、よろしくな」

 

 悪人髭は名乗ると、右手を差し出した。

 

「ヴィクトリアです。よろしく頼みますわね」

 

 ヴィクトリアはネヴィルの手を握り返した。

 

「では、さっそくあんたの仕えている王の元へ案内してくれ」

 

「ええ。では、参りましょう」

 

 ヴィクトリアは、最後にもう一度高らかに笑い、勝利に酔いしれた。

 

 

 

 

 

 

 ――しかし。

 

 

 

 

 

 

 店を出ようと酒代を支払う段になって、ヴィクトリアはサイフが無いことに気が付いた。どこを探しても見つからない。ギャンブルが終わったときには確かにあった。あのあと落としたとは考えにくい。誰かにスラれたのかもしれない。勝利に酔いしれて気付かなかったのではないですか? と、マスターが言った。

 

 

 

「……本当の勝者は、最後に笑うものだぜ?」

 

 

 

 ネヴィルが不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

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