ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一一五話 ダーフィー 聖王暦二一六年十月下 イスカリオ/カーナボン

 イスカリオとエストレガレス帝国の国境では、五月以降激しい戦いが繰り返されていた。イスカリオ王ドリストは精鋭の騎士を率いて何度も帝国領トリアを攻めたものの、領主であるランギヌスと帝国四鬼将ギッシュの二人の魔術師の前に、攻めきることができずにいた。そして、七月に西アルメキアが滅びると、西の戦線で戦っていた皇帝ゼメキスや軍総帥シュレッドらが中央の戦線へ戻って来きたことで、戦況はさらに激化すると思われた。

 

 しかし、イスカリオの王ドリストは、突然帝国方面への侵攻を取りやめ、一転して東のノルガルド方面へ侵攻し始めたのだ。その真意は定かでないが、おそらくいつもの気まぐれであろうと思われる。

 

 主力部隊が移動してしまったため、イスカリオ領カーナボンには防衛の指令が下された。帝国側も、長く続いた戦いで疲弊した軍の再編に入ることになる。イスカリオとエストレガレスの抗争は、しばらくこう着状態に入ると思われた。

 

 ……が。

 

 残念ながら、イスカリオには律儀に命令を守る騎士は少なかった。この国は、王だけでなく、騎士もクセモノ揃いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 カーナボンから帝国領トリアへと向かう街道を、万年金欠騎士のダーフィーは兵を率いて行軍していた。イスカリオの(一応の)政務補佐官であり(建前上の)軍総司令であるアルスターからは、当面カーナボンの部隊は防衛に専念するようにという指令を受けてはいたが、砦でじっとしていても金は稼げない。そんなわけで、ダーフィーは相方である狂戦士バイデマギスと共に、勝手に出撃したのである。

 

 行軍の途中、ダーフィーは街道から少し外れた森の中に小さな泉があるのを見つけた。よく晴れた日の午後、木漏れ日を反射して水面がキラキラ輝くさまは、どこか神秘的なものを感じさせる。

 

 ――そういや、ティースのボウズがどこかの泉で得したとか言ってたな。

 

 ティースはまだ経験の浅い騎士で、修行のため大陸各地を旅していた。先日、ノルガルドの山中で神秘的な泉を見つけたティースは、旅の無事を祈るためにコインを投げ入れたそうだ。すると、泉の精が現れ、綺麗なコインのお礼にと空を飛ぶ靴をくれたそうなのだ。金貨一枚でそんな便利なアイテムを貰えるなど、実にうまい話である。

 

 ダーフィーはニヤリと笑うと、金貨を一枚取り出し、泉に投げ入れた。

 

 そして。

 

 ――さあ、泉の精ちゃん。空飛ぶ靴でも伝説の名刀でも何でもいいから、とにかく金になるものをちょうだいな。

 

 両手を合わせ、祈った。

 

 しかし。

 

 泉は静かにたゆたっているだけで、なんの変化も起こらなかった。

 

 ダーフィーは舌打ちをする。まあ、そんなうまい話がそこら中に転がっているはずはないが、金貨一枚損してしまった。

 

「――おう! 貧乏ヒゲ! そんなところで何してる!」

 

 静かな森の静かな泉に大声を張り上げてやってきたのは、相方のバイデマギスだ。

 

「なんだ、ダンナかよ。ダンナが出て来たって、1ゴールドの得にもなりゃしねぇ」

 

「あん? なんだそりゃ?」

 

「いや、何でもねぇ――」と言いかけたダーフィーの胸に、ちょっとしたイタズラ心が湧いた。バイデマギスに気づかれないようほくそ笑むと、「そうそう。さっき、この泉にな、でっけぇ魚がいたんだ」

 

 両手を広げて大きさをアピールすると、バイデマギスは、ダーフィーの思った通り、話に食いついてきた。

 

「なに!? 魚だと!? そりゃあいい! 捕まえて、今夜の酒のツマミにしようぜ! どこだ? どこにいる?」

 

 しめしめ、と思いつつ、ダーフィーは水面を指さす。「あの辺を泳いでたんだが……お! あそこにいるぞ!」

 

「うん? どこだ? 見えぇぞ?」

 

 バイデマギスは、大きく身を乗り出した。

 

 その背中を、ダーフィーは、どん! と、強く押した。

 

 バランスを崩したバイデマギスは、「ぬおお!?」と声を上げ、しばらく手をばたばたと振り回していたが、やがて、派手に水しぶきをあげて泉の中に転がり落ちた。

 

「ははは! ざまぁねぇな、ダンナ!」

 

 水面に向かって笑う。これで少しは気が晴れた。満足したダーフィーは、バイデマギスが岸に上がって来る前に逃げようとした。

 

「――お待ちなさい」

 

 走りだそうとしたダーフィーの背後から、透き通るような綺麗な声がした。これはもしや? 振り返ると、泉の中から美しい女性がゆっくりと浮かび上がってきた。その細い両腕には、どこにそんな力があるのかバイデマギスの巨体を抱えている。

 

「これを投げ入れたのはあなたですね?」

 

 明らかに怒気を孕んだ声で言う。ヤバイ、怒られる。そう思ったダーフィーは、「いいえ、違います。そいつが勝手に落ちたんです」と否定したものの。

 

「ウソをおっしゃい」泉の精は、あっさりとダーフィーの言うことを切り捨てた。「あなたがこれを投げ入れるところは、ちゃんと見ていました。神聖なる泉にこのような不浄のモノを投げ入れた上に、汚らわしいウソまでつくとは、なんと不遜な。あなたには罰を与えなければなりませんね」

 

 泉の精はバイデマギスの巨体を陸へ投げ捨てると、呪文のようなものを唱え始めた。ダーフィーは身をすくめ、目を閉じた。

 

 ……が。

 

 何も起きない。恐る恐る目を開けると、泉の精の姿はどこにも無かった。ダーフィーの身にも、何も起きていない。

 

「……ちきしょう、ひでぇ目に遭ったぜ」

 

 バイデマギスが腰をさすりながら立ち上がり、ダーフィーを睨みつけた。「テメェ! よくもやりやがったな!」

 

 怒るバイデマギスを、ダーフィーは「まあまあ」となだめた。「ちょっとした冗談だよダンナ、そう怒るな。今夜、とっておきの酒と飯をご馳走してやるからよ」

 

「ホントだな? 約束だぞ」

 

 なんとかその場をごまかし、ダーフィーは泉を後にした。結局泉の精が言った罰とはなんだったのかは判らずじまいだが、案外ただの脅しだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ……が。

 

 

 

 

 

 

 異変は、夜になって訪れた。

 

 幕舎を張って酒を用意していたダーフィーの身体が、突然キラキラ輝き出したのだ。みるみる背が縮まり、頭が小さくなり、くちばしが出てきて、手は翼に変わり、身体は丸っこくなったのだ。鏡に映してみると、なんと、ダーフィーの姿はアヒルになっていた。

 

《それが、あなたへの罰です》

 

 どこからともなく、泉の精の声が聞こえてきた。

 

《これから一節の間、あなたは夜になるとアヒルの姿に変わるのです。アヒル鍋にされないよう、せいぜい気を付けなさい。おほほほほ……》

 

 ダーフィーは文句を言おうとしたが、声はがあがあという鳴き声にしかならなかった。

 

「――おう! 貧乏ヒゲ! 来てやったぞ!」

 

 大声を上げ、バイデマギスが幕舎に入ってきた。中を見回し、誰もいないことに舌打ちをする。「ちっ、あの野郎、どこ行きやがった」

 

 その目が、アヒル姿のダーフィーに止まる。

 

「お? こいつはうまそうなアヒルだ! そうか! これを食えというんだな! ようし、さっそく丸焼きにするか! がーっはっはっはー!!」

 

 ダーフィーは、必死で自分はアヒルではないことを訴えるが、やはりがぁがぁという鳴き声にしかならない。

 

 バイデマギスはアヒルの首根っこを掴むと、そのまま幕舎を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 その後、()()()()()でダーフィーの姿を見た者はいない――。

 

 

 

 

 

 

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