ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一一六話 アデリシア 聖王暦二一六年十一月上 ノルガルド/グルーム

 帝国侵攻から一転、突如ノルガルドへ侵攻し始めたイスカリオは、難攻不落のハドリアン砦を落とし、さらにその先のグルーム城に迫っていた。グルームは城のすぐ南に川が流れており、南からの侵攻には強い城である。しかし、それはあくまでも机上論であり、実際はそう簡単なことではない。このグルームを南から攻めるということは、難攻不落のハドリアン砦を突破したということである。ハドリアンは両脇を崖に挟まれた場所に建つ天然の要塞であり、そこを突破してきた敵に対し、川一本で優位に立つことは難しい、というのが現状なのだ。実際、一年前の旧レオニア時代、ハドリアンを落とした帝国軍は、翌節にはグルームも落としている。ここで敵の侵攻を食い止めるには、少なくともハドリアン以上の戦力が必要なのだ。

 

 グルーム防衛軍の先陣隊を率いる槍騎士アデリシアは、川にかかる一本橋の手前で敵軍と交戦していた。グルームの地形を活かすならば、城に立てこもることなく外へ打って出て、川岸で敵を迎え撃つのが定石である。橋は決して大きなものではないため、大軍で渡ることはできない。寡兵で渡って来た敵を囲んで倒すという基本戦術を用い、順当に迎え撃つ。無論、敵も単純な橋越えで城を落とせるとは思っていないだろう。橋以外からも敵は迫っている。川を泳いで渡るリザードマンや、空を飛んでくるワイバーンなどだ。それらの相手をするのはアデリシ配下のモンスターの役目だ。リザードマンには植物型モンスターのマンドレイクや半馬人のケンタウロスを、ワイバーンには鷲獅子グリフォンや怪鳥ロックをぶつけ、次々と迎え撃った。特に、ロックの活躍が目覚ましかった。敵モンスターのワイバーンは空を飛ぶ以外にこれといった特殊能力は無いが、ロックには石化の能力がある。空中で石と化したワイバーンの巨体が川へ落ちるさまは、見ていて爽快だった。

 

「はは。あれがロックか。ウワサ以上にスゴイね」

 

 ロックの活躍に、アデリシアは感心する。彼女の祖国であるパドストーではロックを召喚することができなかったため、配下として使うのはこれが初めてだった。その活躍ぶりは、祖国で主力モンスターだったドラゴンに勝るとも劣らないであろう。無論、ドラゴンもこれまで通りの、いや、それ以上の活躍を見せている。

 

「そもそも、()()()()の外にモンスターを飛ばしてもムダだよ。そんなんじゃ、あたしの部隊を倒すことはできないね」

 

 さらにもう一体のワイバーンが川に落ちたのを見て、アデリシアは笑みを浮かべて言った。統魔範囲とは、騎士がモンスターを操れる範囲のようなものである。その範囲は騎士によって異なるが、概ね半径五十メートル前後だ。この範囲から出てしまったモンスターも操れないわけではないが、その力は大幅に低下してしまう。川幅は百メートルを超える。つまり、いかに空を飛んだり泳ぎが得意なモンスターを差し向けようとも、騎士自身が川を越えて来なければ、そのモンスターは力を充分に発揮できないのだ。川岸に陣取るアデリシアは、配下のモンスターが統魔範囲外に出ないように戦わせている。これならば、上位クラスのモンスターが出て来ても対応できるだろう――そう思っていたのだが。

 

「……え!?」

 

 次々とワイバーンを石化させていたロックが、突如断末魔の鳴き声を上げた。空中でぐらりと体勢を崩し、そのまま川へ落ちる。それだけでなく、ロックの周囲で援護をしていたグリフォンも、突如その首が飛び、やはり川へ落ちた。なにもない空中で突然倒されたロックたち――いや、ロックやグリフォンの巨体でよく見えなかったが、空中に何者かがいる。金と赤のまだら模様の派手な鎧に、これまた派手な羽根飾りを付けた帽子、そして、身長をも超える巨大な鎌。あれはモンスターではなく騎士だ。騎士が空を飛んでいるのである!

 

 大鎌でロックとグリフォンを倒した騎士は、上空で一度円を描いて舞うと、突如急降下し、橋の手前に陣取るアデリシアの兵のど真ん中に降り立った。そして、その巨大な鎌を振るう。わずか一閃で、十人以上の兵が倒れた。さらに鎌を振るい、次々とアデリシアの兵を倒す。兵の陣形は崩れ、そこから敵兵が一気になだれ込んで来た。それは防壁に穴が空いたようなものだ。橋を渡って来る寡兵を順当に迎え撃っていた戦況が、一気に乱戦状態と化した。

 

 その様子を満足げに見つめながら、騎士は大鎌を肩に乗せて笑った。「へっ。オレ様がちょいと本気を出せばこんなもんだ。この城も、大したことはなさそうだな」

 

「いやさすがは陛下! グルーム城難攻不落の橋を、こうも簡単に突破するとは。ハドリアンの陥落といい、実に見事な手腕で……げぶば!」

 

 揉み手をしながら現れたインチキ臭い詐欺師のようなちょび髭男を、大鎌の騎士は蹴り飛ばした。

 

「たわけ! てめえかアルスターがフライングの魔法を使えれば、もっと楽に攻略できたんだよ!」

 

「し、しかし、あれは青魔法なので、どちらかといえば女性魔術師が得意とします。我々が取得するには、それなりに厳しい修行が――あぐぃぐば!」

 

 乱れた髭を整えながら言うちょび髭の男の頭に、大鎌の騎士はゲンコツを喰らわせた。

 

「つまんねー言い訳なんざいいんだよ! テメェとアルスターは、オレ様の手を煩わせた罪で死刑を2倍増だ!」

 

 そのやりとりを見たアデリシアは、ふふっと小さく笑い、二人の前に立った。

 

「むむっ! あの者は!!」アデリシアの気配に気づいたちょび髭男が振り返り、懐からメモ帳を取り出して勢いよくパラパラとめくった。しかし、その手を止めて首をかしげる。「……はて、誰でしょうな? 元レオニアの氷の華シャーリン殿でもないですし、ちょっぴり生き物がニガテです♪のファテシアちゃんでもないですし……ノルガルドには、他に槍騎士はいませんぞ?」

 

「あんた、イスカリオの狂王ドリストかい?」

 

 ちょび髭男を無視し、アデリシアは大鎌の男に向かって言った。敵軍を率いているのはイスカリオの王ドリストだと聞いている。ちょび髭男が陛下と呼んだし、派手な格好で大鎌を振り回すという話とも一致する。恐らく間違いないだろう。

 

 大鎌の騎士はアデリシアを見ると、挑発するような笑みを浮かべ、首を傾けた。「んー? ちょーっと違うなぁ。オレ様は、厳しい修行の末に大空を舞う特殊能力を身に付けた、ドリスト・イン・ザ・スカイ様だ」

 

「……部下の魔法装備を取り上げただけですけどね」と言うちょび髭男の首筋に、ドリストは大鎌の刃を当てた。

 

 アデリシアは、「はんっ」と笑い飛ばした。「まったくもってふざけたヤツだね。とても同じ君主とは思えないよ」

 

「あん? 君主?」

 

「ああ。片や純真無垢、片や極悪非道……あたしの国とは大違いだ」

 

 ドリストは「ふうむ」と唸ると、顎に手を当て、アデリシアの言葉を吟味するように何度か頷いた。「なるほど。純真無垢とは、まさにオレ様のことだな」

 

「え?」と、目を丸くするちょび髭男の頭を、ドリストが大鎌の背で殴る。

 

「……そうやって部下にすぐ手を上げるあんたの、どこが純真無垢なのさ」

 

「あん? するってぇと、オレ様は?」

 

「極悪非道の方だよ。間違えないだろフツー」

 

 うんうんと頷くちょび髭を、ドリストは川へ蹴落とした。

 

「こいつは随分な言われようだな。さすがのオレ様も傷ついたぜ」

 

「そんなタマじゃないだろ?」

 

 鋭い視線を向けてくるドリストにも動じず、アデリシアはいつもの調子で言い返す。

 

 その姿を、ドリストはどう思ったのだろう。押し殺すように小さく笑い声をあげた後、言った。「つーか、テメェはノルガルドの騎士だろ? テメェんとこの大将の、どこが純真無垢なんだ」

 

「はは、そうだったね」と、アデリシアも笑う。「すっかり忘れてたよ。でも、あたしは今でも、気持ちは西アルメキアの騎士さ」

 

「むむ! 西アルメキアの騎士!!」川から這い上がってきたちょび髭男が、再びメモ帳を取り出してめくった。「おお! ありましたぞ! 西アルメキアの槍騎士と言えば、キャメルフォードの防衛隊長を務めたこともあるアデリシア殿です!」

 

「フン、西アルメキアの騎士か」ドリストは値踏みでもするようにアデリシアを見ると、再び押し殺したような笑い声をあげた。「そのワリに、祖国滅亡後に仕えているのが、かつて敵国だったノルガルドっつーのは、どういう了見だ? 普通なら、同盟国のカーレオンに行くんじゃねぇのか」

 

「…………」

 

 アデリシアの顔から、笑みが消えた。

 

 ドリストの言う通り、西アルメキアはカーレオンと同盟を結んでいた。西アルメキア滅亡後、多くの騎士がカーレオンへ再仕官している。

 

 だが、アデリシアはカーレオンへは仕官しなかった。

 

 賢王カイを、どうしても信用することができなかったのだ。

 

 確かにカーレオンは同盟国だった。しかし、賢王カイは、西アルメキアの再三の共闘要請に応じず、兵を動かそうとしなかったのだ。もちろん、カーレオンもイスカリオや帝国と戦闘状態にあり、容易に兵を動かすことができない事情もあっただろう。それは理解できる。理解できるが、カーレオンは結局、西アルメキアが帝国やノルガルドから大きく攻め込まれ、滅亡するまで、一切何もしなかったのだ。

 

 はたしてこれで、同盟国と言えるのか。

 

 賢王カイは大陸一の知恵者とのウワサだ。この戦乱の時代、何を考えているのか凡人に判るはずもないが、アデリシアは思う。もしかしたら、西アルメキアの滅亡は、賢王カイの思惑のひとつではなかったのか、と。

 

「んー? どうしたぁ? 痛いところを衝かれた、って顔してるぜぇ?」

 

 口喧嘩で相手を言い負かした子供のような顔をするドリストに対し、アデリシアは「はん!」と言って、表情を引き締めた。

 

「あたしは、国を滅ぼしたエストレガレスに復讐さえできれば、カーレオンだろうとノルガルドだろうと、どちらででもかまやしないのさ。行くよ!」

 

 アデリシアは一気に踏み込むと、ドリストに向けて槍を突き出した。ドリストの挑発気味の表情も、一気に引き締まる、最初の一撃を鎌で弾くと、続く一撃は身を逸らしてかわし、さらなる一撃は大きく横に跳んでやり過ごした。

 

「陛下! お気を付け下さい!」ちょび髭男が叫ぶ。「アデリシア殿は、その鋭い槍捌きから、『死を告げる貴婦人』の異名で恐れられた騎士です! いま、わたくしめの魔法で援護を……ふれヴぃぶぅ!!」

 

 魔法を使おうとしたちょび髭男を、跳んで槍をかわしたドリストが着地と同時に踏みつけた。

 

「いま楽しくなってきたところだ! 余計なことをするんじゃねぇ!」足元に向かって怒鳴った後、再びアデリシアに鋭い目を向ける。「ふん、いい突きだぜ。いいだろう。レディの期待には応えなければなぁ。てめぇのご要望通り……極悪非道で行くぜぇ!!」

 

 ドリストが踏み込んでくる。大鎌と槍が再び交わり、火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

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