旅の絵描き騎士ミリアとその他二人は、カーレオンを離れ、隣国イスカリオの辺境にある小さな港街に来ていた。イスカリオ最後の砦と呼ばれるロージアンよりも南に位置するこの街は、フォルセナ大陸最南端の街とも言われている。ゆえに、独特の文化や風習があるイスカリオ内でもさらに異質な街でもあった。
魚屋や八百屋、船乗り向けの酒場や宿などが建ち並ぶ中央通りを、ミリアはその他二人を連れて歩く。古くから貿易を営んできたこの港街には、海の向こうの様々な文化が入り混じって発展してきた。通りを行き交う人々は、色鮮やかなビーズ刺繍がほどこされた民族衣装を着て、独特のイントネーションがある言葉を交わしている。まるで別大陸へ渡ったかのような雰囲気に、その他二人は驚きと戸惑いの顔で辺りを見回している。
「きょろきょろしないでよ恥ずかしい。はぐれたらおいて行くわよ?」
呆れ口調で言って、ミリアは中央通りから一本離れた裏路地へ入った。華やかな表通りと異なり、昼間だというのにどこか薄暗い感じが漂っているその路地には、水晶球やタロットカード、干からびた魚や爬虫類や怪しげな薬品などを取り扱った店が軒を連ねている。魔術や占いの道具を扱うお店が並ぶ通りだ。路地をしばらく進んだミリアは、太陽と三日月と星をかたどった看板のお店の前で立ち止まった。ドアは閉ざされ、窓もカーテンが引かれている。まだ営業していないようだが、ミリアはドアをノックした。
「リカーラ? いるー?」
大声で呼びかけたが、返事は無い。だが、留守でないことはミリアには判っている。何度もノックをして呼びかけると、扉の向こうでごそごそと動く音がした。
「――こんな朝早くに誰ネ?」
眠そうな声に、ミリアは「いや、もうけっこう昼なんだけど?」と応えた。彼女――リカーラは昔から夜型の人間で、寝起きが悪いのだ。
だが、ミリアの声を聞いたリカーラは、「あア!」と、一気に目が覚めたように大声を上げた。「その声はミリア! ヒさしブリね!」
クセの強い喋り方と共にドアが開き、出てきたリカーラの姿を見て、ミリアは思わず「げっ」と声を上げた。薄衣を一枚まとっただけの格好で、下着を身に付けていないのが一目瞭然の姿だったのだ。案の定、そういうことに耐性が無いその他二人が、勢いよく鼻血を噴き出した。
「……やっぱ連れてくるんじゃなかったわ」ミリアはこめかみに指を当てて頭痛を抑えようとする。
「あラら? お連れの方ハ、どうしたネ?」
なんの自覚も無いリカーラに、ミリアは「あー、リカーラ、とりあえず、着替えてもらってもいいかな?」と告げた。
「オう。ワタシとしたことが、とんだ失礼をシたネ」
店内へ入り、一度奥へ引っ込んだリカーラは、しばらくして着替えて出てきた。ただ、その格好は、肩とお腹を出した服に超ミニのスカートと、見えそうで見えない絶妙加減で別方向にセクシーさが増している。ミリアは、後ろでだらしなく鼻の下を伸ばすその他二人のつま先を踏みつけた。
リカーラはこの街出身の女性で、占星術やタロットなどを使った占いのお店を営んでいる。彼女もまた、ルーンの加護を持ちながら仕官せずにいる一人だ。以前は旧アルメキアの王都ログレスでお店を開いており、ミリアとはそこで知り合って意気投合した。当時、彼女の占いはよく当たると人気で、ログレス市民だけでなく王宮の重臣の中にも彼女の占いに傾倒する者がいたらしい。しかし、ゼメキスのクーデターを期にログレスを離れ、故郷の街に戻ったのである。
「――そレで? いいオトコ二人も連れテこんな遠くまデ来るなんて、よっぽどの用事ネ? どっちのオトコと結婚するかを占うカ?」
リカーラの言葉に、つま先を押さえて悶絶していたその他二人は、突如シャキッとした顔になってモデルのようなポーズをとる。
ミリアは大きくため息をつくと、「いや、ないない。あり得ないわ」と手のひらを振った。「とりあえず、あの二人は無視していいから」
「そう? ザンネンね」
「今日来たのは、ちょっと頼みごとがあってね。実はいま、あたし、カーレオンで騎士をやってるの」
「おゥ? ミリアが騎士ニ? どういう風の吹き回しネ?」
「まあ、いろいろとあってね。それで、リカーラにも手伝ってもらえないかなって」
「ワタシが戦う? ワタシなんかで役にタてるかネ」
「――もちろんですよ」と、その他二人の内の一人が前に出た。「リカーラさんの占いがあれば、どんな敵も恐れるに足りません」
「もちろん、敵にはあなたに指一本触れさせません」もう一人のその他二人も負けじと前に出る。「我々は、あなたを守るために存在するようなもの。あなたは、後方で我々の活躍を見ているだけで良いのです」
「あー、リカーラ。ちょっとこの二人を黙らせてもらっていいかな?」
ミリアのお願いに「おヤスいごようネ」と頷いたリカーラは、沈黙の魔法サイレントを使った。通常は戦闘で敵に魔法を使わせないようにするものだが、その特性上、うるさい相手を黙らせる効果もある。効果はてきめんで、その他二人はモゴモゴと口を動かすことしかできなくなった。
「これで落ち着いて話ができるわ」静かになったその他二人に軽蔑の眼差しを向けた後、ミリアは話を続ける。「相手がアホ二人とはいえサイレントの魔法をあっさり成功させるあたり、やっぱリカーラには魔法の才能があると思うのよね。カーレオンの魔術師にも引けを取らないと思うけど」
「そレは買いかブリというものネ。魔法の才能だったラ、ミリアの方がアルよ。デも、褒められテ悪い気はしないネ」
「一緒に戦ってくれる?」
身を乗り出して訊くミリアに、リカーラはあごに人差し指を当て、「うーん、そうねェ」と言った後、ぱん、と手を打った。「ソうだ。ミリア、両手のひらを見せテ?」
「手のひら? なに? 手相見てくれるの?」
「まあ、そんな感ジネ」
言われた通りミリアは両手のひらを差し出した。リカーラはミリアの両手を取る。そのまま手相を見るのかと思ったら、なぜか目を閉じた。
「おゥ、ミリア、いま絵を描いてるネ」
「絵? ……うん、まあ、描いてるけど」
「今までミリアが描いたことのないタイぷの絵ネ?」
「え? 判るの?」
「かなり苦戦してルみたいネ?」
「そうだけど、どうして判るの?」
「コレは、東方の小さナ島国から来タ占い師に教えてもらった術ネ。占いというよりは、その人の過去ヲ言い当てる術だけド、うまく使えば、占いにも応用デきるネ」
「ふーん」
感心して、リカーラに握られた手を見る。過去を見た……というよりは、リカーラの言う通り、
リカーラは目を開けると、ミリアの手を離した。「ソの絵、絶対に完成させてネ。じゃないと、一生後悔することになるわヨ」
リカーラの助言に、ミリアは。「もちろん」と、力強く応えた。
その応えに満足したのか、リカーラは、「オーけー、わかっタ。引き受けたヨ」と言い、片目を閉じた。「ワタシも、ミリアと一緒に戦うネ」
「やった! ありがとうリカーラ」
「レイには及ばないヨ。元々ミリアには、運命を感じてたネ。ワタシたちふたりの名前ハ、アイショウがいいノヨ」
「名前?」
「ソう、セイメイ判断ネ」
そう言うと、リカーラは紙とペンを取り出し、さらさらとふたりの名前を書いた。
「ミリアの名前ハ、『ミ』と『リア』のふたつに分けられるネ。『リア』には、古いイスカリオのコトバで、『運命』とか『人生』という意味が含まレてるネ」
「へぇー」
「そシテ、ワタシの名前ハ、『リ』と『カーラ』に分けらレるヨ。『カール』には、『ともに歩む』という意味があルネ」
リカーラは紙に書いたそれぞれの名前を分割し、後ろ部分の『リア』と『カーラ』に丸を付け、それらを線で結んだ。
「つまリ、ミ『リア』と、リ『カーラ』のふたつの名前ヲ合わせルと、『運命を共にする』とか、『人生を共に歩む』という意味になるネ。こレは運命以外の何ものデもないヨ。もしワタシがオトコのヒトだったラ、すぐ結婚申し込ンでるネ」
「それはちょっと照れちゃうけど……そうだったんだ」
「ダかラ、ミリアが騎士として戦うナら、ワタシもそうイう星の元に生まレたということネ。一緒に戦いまショウ」
「うん、ありがとね」
ミリアがもう一度お礼を言うと、リカーラは「ソれに……」と言って、自分の胸を抱きかかえるように腕を組んだ。「ミリアと一緒なら、いつでもワタシのヌードを描いてもらえるネ」
胸を強調するような仕草と、ヌードという言葉に、後ろのその他二人は。
「リカーラさんのヌードですと!? うおおぉぉ!!」
大声を上げながら店を飛び出すと、そのまま走って行った。
「ああ、もう。ホントバカ」
ものすごい勢いで走り去るその他二人の背中を見つめるミリア。ヌードという言葉ひとつでサイレントの魔法を打ち破るとはなんというスケベ心。そのまま走って海を渡って二度と戻って来ないことを祈った。