イスカリオ領ソールズベリーの城を臨む平原で、カーレオンの賢王カイは広く展開した各部隊に手早く指示を出していた。ソールズベリーはもともとエストレガレス帝国の南の玄関口であり、イスカリオやカーレオンと繋がる交通の要衝であった。カーレオンが北の大陸中央部へ侵攻する際には制圧が不可欠な城であり、東や南へ侵攻する際も敵を牽制するために押さえておきたい重要拠点である。そして、それはカーレオンだけでなくイスカリオや帝国にとっても同じだ。ゆえに、開戦以降ソールズベリーは何度も激戦の地となっており、三国での奪い合いを繰り返していた。
カーレオン領ハーヴェリーからソールズベリーへ繋がる街道には、東側に小さな森林があるものの、あとは平地が広がっているだけの単純な地形だ。一年半前、賢王カイは部隊を率いてソールズベリーへ侵攻し、一度帝国から奪い取ったことがある。そのため、この地における戦い方は心得ていた。街道の東の森林には拳闘士シュストを将とする部隊を配置している。この部隊には、森林での戦闘に適したマンドレイクやケンタウロスなどのモンスターなどを同行させた。西側は、広範囲の攻撃魔法を得意とする魔術師シェラを将とし、ブレス攻撃が行えるドラゴンやヘルハウンドなどを中心に部隊編成を行った。前回帝国に勝利した時と同じ戦法だ。ただ、あの時は帝国側の騎士がまだ無名の騎士であり、開戦直後の混乱した時期で部隊編成が整っておらず、相手は早々に撤退したのだ。今回は、そうはいかないであろう。現在ソールズベリーを占領しているのは帝国ではなくイスカリオだ。好戦的な騎士が多く、戦力もこちらと同等。戦わずに撤退する可能性は低い。
「――シェラさんの部隊に、もう少し西へ動くように伝えて。シュストの方はそのままでいい。僕たちは、少し西へ部隊を広げよう。
カイは、伝令の兵に素早く指示を飛ばした。伝令兵はそれぞれの部隊に指示を伝えに行ったが、カイの部隊で副官を務める兵が、「恐れながら陛下」と、そばに跪いた。「これ以上部隊を横に広げると、正面の兵が少なくなります。敵に一点突破されては危険です」
「大丈夫だよ」と、カイは落ち着いた口調で言った。「これも、作戦のひとつだから」
「しかし、それでは陛下が――」
王の身を案じる副官の背後で、「敵襲!!」と、声が上がった。前衛にいた兵が一人駆けて来て、カイの前に跪いた。「報告します! イスカリオの部隊が城から打って出て、こちらへまっすぐ向かっております! 敵将はバイデマギスという名の騎士です!」
カイは各国に仕官している騎士を概ね把握している。バイデマギスは大陸でも屈指の腕力を持つと噂される騎士で、狂戦士の二つ名で呼ばれている。クセモノ揃いのイスカリオの騎士の中にあってそのような異名をつけられる辺り、その戦い方は容易に想像ができた。
「すぐに前線を固めましょう!」副官が叫ぶように提案する。「陛下は、シュスト殿かシェラ殿の部隊の方へ移動を!」
だが、カイは表情を変えることなく言う。「いや、このままでいい。むしろ、前線の兵には無理に敵を止めなくてもいいと伝えるんだ。代わりに、僕のモンスターが相手をするから」
「は? しかし、
心配そうな顔でカイの率いるモンスターを見る副官。今回の戦いのためにカイが召喚したモンスターは、グールやギガスコーピオンといったモンスターだった。どちらも最低レベルの強さしかない。
「大丈夫。僕を信じて」
カイの指示通り、前線の兵は敵部隊に道を明け渡す形で横に広がり、代わりにグールたちモンスターが壁をつくるように戦列を組んだ。
だが、次の瞬間には、その戦列が弾き飛ばされた。
「がーっはッはッは! この俺を相手に、随分と貧弱な壁をつくったモンだな! 俺の力をもってすれば、この程度の壁をブチ破るのは、ワケないぜ!!」
現れた男は大口を開けて笑う。敵将バイデマギスで間違いないだろう。カイが本人と対面するのはこれが初めてだが、想像していた通り、見るからに悩みの少なそうな人物である。
「お前が大将か?」バイデマギスはグールを弾き飛ばした斧を肩に乗せ、値踏みするような目をカイに向けた。「随分とあおっちょろいヤツだ。そんなんで、俺の力に耐えられるかな?」
「まあ、力では、君に勝てないだろうね」
「がーっはっはっは! 素直なヤツだ。まあ、この大陸で、俺より力のあるヤツはいねぇからな!」
腕に力こぶをつくってアピールするバイデマギス。確かにその筋肉は、これまでカイが見てきたどの騎士よりも鍛え上げられている。
バイデマギスは得意げに言う。「戦場では力こそパワー! つまり、戦場で俺に敵うヤツはいないってことだ!!」
バイデマギスの言うことに、カイはフフッと笑った。「力こそパワーか。確かに、君の言う通りだね」
皮肉で言ったのだが、もちろん、相手には通用しない。「だろう? ま、ケガをしたくなかったら、さっさと負けを認めるんだな!」
「そうはいかないよ。僕には僕なりの勝算があるからね」
落ち着いた口調で言うカイに対し、バイデマギスは歯を剥いて笑った。「おもしれぇ。なら、その勝算とやらを見せてもらおうじゃねぇか。テメェがどんな
バイデマギスが、大斧を振りかざして突進して来る。
カイは、やれやれと肩をすくめた。どうやらこちらが考えていた以上に頭の中まで筋肉な男のようだ。この場に誘いこまれたことに、全く気がついていない。
敵軍の情報は事前に調べてあった。ソールズベリーを守る部隊の総大将がバイデマギスであると知り、カイは、中央に自身の部隊を置いて横に広く展開すれば、敵は一点突破を狙って突撃して来るであろうと予想していたのだ。実際、思い描いていた以上にうまくいった。誘い出されていることを相手に悟らせないよう最低限のモンスターで迎え撃ったが、それさえも必要なかったかもしれない。
バイデマギスは、圧倒的な力の前に策は無意味だ、と言った。確かにそういう面もあるかもしれないが、今は違う。むしろ逆であり、どんなに身体を鍛えようと魔法の前では無意味なのだ。魔法から身を守るのに必要なのは筋力ではなく頭脳であり、バイデマギスには、それが圧倒的に欠けている。
カイは右手を高く掲げると、大陸最低レベルの知能の生物に、大陸最強と名高い魔法の全てをぶつけた。
それは、開戦以降大きな動きを見せなかった魔導国家カーレオンが、大陸へ打って出る大きな狼煙となる――。