イスカリオは、フォルセナ大陸でも独特の文化や風習がある国だが、数年前に狂王ドリストが即位したことで、そこにますます拍車がかかった。貴族制度の廃止や魔法使用禁止令、天下一超人魔界統一オリンピック武闘会トーナメントの開催など、王の気まぐれによる法や制度の改正・国主催のイベントなどが、頻繁に行われている。そんな王に振り回される民は気の毒だ……と、他国では思われがちだが、実のところ、イスカリオの民のほとんどはドリストの政治を支持していた。無論、支持しなければ死刑という法が制定されているのが大きな理由ではあるのだが、元々イスカリオにはこういったバカ騒ぎを楽しむ国民性があったのではないか、と、分析する研究者もいる。
そんなイスカリオで、ドリスト即位後に定められた制度のひとつに、一月下旬の『墓参りの日』というのがある。この日、イスカリオは祝日となり、国民全員に先祖や家族の墓参りをすることが義務付けられているのだ。他国でも、時期に違いはあれど似たような風習はあるが、国が法で定めているのは異例のことである。そして、それは戦争状態の現在でも例外ではなく、この節だけは戦闘行為の一切が許されていないのだ。イスカリオは、ここ数ヶ月の間にノルガルド侵攻やソールズベリー陥落など他国と激戦を繰り広げてきたが、それらはすべて一旦放棄し、まさに国を挙げてお墓参りをするのだった。
イスカリオの王都カエルセントにあるセントカエル寺院は、国内で最も大きな宗教施設であり、歴代の王やその忠臣たちが眠る墓所でもあった。死刑囚アルスターは墓地の片隅のそのまた片隅にある小さなお墓の前にぬかずき、ご先祖様にこの一年の国の状況を報告していた。現在は死刑囚となってしまったアルスターも、元は古くからイスカリオに仕える文官の家系だ。ご先祖様は、いまの国の状態を嘆いているだろうか? それとも、虐げられてもなお王に尽くす自分を誉めてくれるだろうか? 判らないが、これからも国のため、身を粉にして働くことを誓った。
墓参りを終え、アルスターは主君の元へ向かう。ドリストは、この墓地の最も奥まった場所にある歴代の王が眠る墓所に、イリアと二人でいるはずだ。
下級文官の墓が並ぶ区画を出て、王族の墓所へ向かう参道を歩いていると、いきなり、背中にとてつもなく強い衝撃を受け、アルスターはものすごい勢いで吹っ飛ばされた。
「がーっはっはっはー!! あんちゃん! 墓参りとは感心だな!!」
静かな墓所に豪快な笑い声が響き渡る。アルスターが大きく咳き込みながら振り返ると、狂戦士バイデマギスが大口を開けて笑っていた。
「バイデマギス殿、いきなり背中を叩かないでください。あなたのバカ力は、ブロンズゴーレムだって統魔範囲外に吹っ飛んで行くんですから」
「お? そうか? すまんすまん。がーっはっはっは!」
まったく反省の色も無く、バイデマギスはまた笑い声をあげた。
「ま、この脳ミソ筋肉男に加減をしろというのも、ムリな話でしょうな」
大柄なバイデマギスの後ろから死刑囚キャムデンが現れ、ちょび髭をいじりながらそう言った。
さらに、女魔術師のヴィクトリアも現れ、「皆さん静かにしなさいな」と、呆れ口調で言った。「ここは、神聖なる場所ですよ? まったく、この国の男どもときたら、本当に節度をわきまえませんわね」
「これは皆さんお揃いで」アルスターはなんとか呼吸を整えて立ち上がった。「しかし、キャムデン殿はともかく、お二人はなぜここに?」
キャムデンはアルスターと同じく文官の家系なのでここに墓参りに来るのは判るが、バイデマギスとヴィクトリアの先祖の墓はここには無いだろう。バイデマギスはドリスト即位後に仕官して来たので元はこの国の騎士ではないし、ヴィクトリアはイスカリオ出身だが、今は廃止された地方貴族の出身だと聞いている。墓は、ここには無いだろう。
「がーっはっはっは! 俺に家族はいねぇからな! 親兄弟生きているのかどうかも判らんし、先祖の墓もどこにあるのか判らん! ギャロたちも故郷に帰っちまってヒマだからな! 来てやったんだ!」
悲しい身の上話を大笑いしながら話すバイデマギス。本当にこの男には悩みというものが無いようだ。
「動物園のゴリラの檻でも参って来なさいな、まったく」と、ヴィクトリアは髪をかき上げて言った。「わたくしは、このあと実家に帰る予定ですわ。ただ、王家の墓所が開かれる日はめったにないですからね。この機会に、陛下のご先祖様にご挨拶をと思いまして」
ヴィクトリアは大きな花束を取り出した。先日ドリストの秘密を暴露しようとして怒りを買ってしまったため、ご機嫌取りをしようという魂胆だろう。
ということで、四人でドリストの元へ向かう。参道を進むと、大柄なバイデマギスの三倍の高さがありそうな鉄格子製の門があり、そこが、歴代王が眠る墓所だ。ヴィクトリアの言う通り、この門が開かれることはめったになく、アルスターも訪れるのは初めてだった。
門をくぐると、アルスターの先祖の墓とは比べ物にならないほどの大きくて立派な墓石が並んでいた。先代の王や先々代の王はもちろん、もはや歴史の教科書に登場するような古い王の墓もあり、墓碑には、彼らの名と共に、生い立ちや成し遂げた偉業も刻まれてある。それらひとつひとつが見事な墓なのだが、この墓所のさらに奥には、それをはるかに上回る大きな墓があった。
「……こ……これは……?」
その墓を見て、アルスターは思わず息を飲んだ。高さはゆうに十五メートルを超えるだろう。そばに立つと圧倒されるほどの大きさで、もはや墓ではなく塔と言った方がよい大きさだ。表面には、イスカリオの神話に登場する神々や天使の姿が彫り込まれている。そのひとつひとつが、ひと目で高名な芸術家の作品であると判るほど素晴らしい出来栄えだ。
ドリストはその墓の前で跪いて祈りをささげており、その側にイリアが立っていた。
祈りを終えたドリストが立ち上がり、振り向いた。「あぁん? お前らか。墓参りは終わったのか? ご先祖様があってこそ、いま我々がこうして生きていられるのだからな。しっかりと感謝の気持ちを伝えておけよ」
「いやーさすがは陛下!」と、キャムデンがさっそく揉み手をしながらヨイショする。「ご先祖様を大切にするそのお心、誠に感服いたします。それにしても、これはまた立派なお墓ですねぇ。陛下同様、見る者を感動させるほどの美しさです」
「しかし――」と、アルスター。「これは、どなたのお墓なのです?」
その墓は見た目からしてかなり新しく、少なくとも数年以内に建てられたものであろう。近年崩御された王族といえばドリストの父にあたる先代のイスカリオ王だが、彼の墓は墓所の入口のそばに建っていた。古くなった歴代王の墓を建て替えたのだろうか? それは良いことではあるが、正直ドリストにそんな殊勝な心があるとは思えない。
「あぁ? この墓か」ドリストは何かを企むような笑みを浮かべると、不意に、「オメーら、犬は好きか?」と訊いてきた。
「はい? 犬ですか?」質問の意図が判らないが、ヘタに聞き返すとすぐにとび蹴りが飛んでくるので、アルスターは「私は、まあ好きな方です」と答えた。
「わたくしは大好きですわ」と、ヴィクトリアが答えた「実家では、トイプードルと豆柴を飼っておりますのよ?」
「私は、どうもニガテですな」今度はキャムデンが答えた。「あの、強者に尻尾を振って媚びへつらう姿が、私とは相容れません」
「俺は大好きですぜ!」バイデマギスも答える。「丸焼きにすると最高だ! 犬もアヒルも、焼いて食うに限るからな!」
キャムデンとヴィクトリアが、汚い物を見る眼差しを向けた。
「あん? なんだ? なんかおかしなことを言ったか?」
「いえ……ただ、我々文明人の理解が追いついていないだけです」キャムデンはやれやれと首を振った。
「……あなた、決してわたくしの実家には近づかないでくださいましね」ヴィクトリアは心底嫌悪する口調で言う。
「それで――」と、アルスターは王を見る。「結局、このお墓はどなたのお墓なのです?」
ドリストの目が子供のように輝いた。「これはな、オレ様が子供の頃飼っていた犬の墓だ」
「犬ですと!?」まったく予想していなかった答えに、思わずアルスターは声を上げる。「ペットのために、こんな大きな墓を建てたのですか!? ぐべぇ!!」
次の瞬間、アルスターのあごにドリストのとび蹴りが炸裂した。
「ペットじゃねぇ家族の一員だ! アイツはな、王位継承者という不幸の星の元に生まれた俺様の孤独を、唯一癒してくれる存在だったのだ」
「しかし、犬のために先王様よりも立派な墓を建てるなんて……まさか陛下、墓参りの日を制定したのも、犬のためだったのですか!? げべっ!!」
さらにとび蹴りが飛んでくる。「あたりめーだろうが! オレ様とアイツは、きょうだい同然に育ったのだからなぁ。盛大に弔ってやるのが、兄の務めというモンだろ!!」
「さすがですわ陛下」ヴィクトリアが、キャムデンにも負けないほどの揉み手で言う。「わたくしも、実家のプーちゃんとマメちゃんは家族同然。お別れするときのことなど考えたくもないですが、それは決して避けられぬこと。いずれそのときが来たら、わたくしも誠心誠意お弔いしますわ」
「しかし」と、またアルスター。「犬の墓を建てるために、一体どれだけの国家予算を使われたのです? 祝日を制定するのだって、多くの者が大変な思いをして準備しましたし――げぶれぇ!!」
「細かいことにうるせーんだよテメェは! ここはオレ様の国だ! オレ様の金をオレ様がどう使おうが自由だし、オレ様の下僕がオレ様のために働くのは当然だろうが!!」
とび蹴りの3連コンボを喰らってダウンしたアルスターに、ドリストはさらなるコンボを繋げようとしたが。
「……名前」
ずっと無言で墓を見上げていたイリアが、ぽつりと言った。
「――はい? なんですか、イリアさん」
アルスターが問うと、イリアは。
「名前が、無い」
実に簡潔な口調で言う。
言われてアルスターも墓を見るが、確かにイリアの言う通りだった。歴代の王の墓には名前やその生い立ちなどが刻まれていたが、この墓にはそれらのものが無い。もちろん犬だから刻むような生い立ちが無いのかもしれないが、名前も無いというのは少々不自然だった。
「そう言えば、名前を聞いておりませんでしたね」これ以上蹴られてはたまらないので、アルスターは話題を変えることにした。「陛下のぺッ……ご兄弟同然にお育ちになったお犬様のお名前は、何とおっしゃるのですか?」
「あぁ、名前か……」なぜか困ったような顔になるドリスト。
「ええ、名前です」
「名前はなぁ……」
「名前は?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「名前は、ちゃんとオレ様の胸に刻んであるんだよ! それより! 墓参りが終わったら、戦闘再開だ! オメーら! 気合入れていけよ!!」
「がーっはっはっは! 待ってましたぜお頭!」
「いよいよフォルセナ最強の男が戦場へ戻る時が来ましたな!」
「……陛下の敵は、倒す」
ドリストはバイデマギスとキャムデンとイリアを連れ、墓所を出て行った。
「……陛下のことだ、きっと、犬の名を忘れたんだろう」
走り去る王の背を見ながら、アルスターはそう確信した。
「……おや?」
気がつくと。
ヴィクトリアは、持参した花束を墓前に供えていた。
そして、目を閉じ、手を合わせ、祈りをささげる。
「ヴィクトリア殿、陛下とご一緒に行かれなくて良いのですか?」
アルスターが問い掛けても、ヴィクトリアは応えず、ただ一心に祈りをささげ続ける。
突然、野球ボールほどの石が飛んできて、アルスターの頭を直撃した。
「――なにしてやがるアルスター! テメェもさっさと来い!!」
墓所の外からドリストの声が響いたので、アルスターは仕方なくヴィクトリアを残し、王の後を追いかけた。