ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一二二話 カストール 聖王暦二一七年一月下 イスカリオ/ランド家

 ランド三兄妹の次男カストールは、故郷イスカリオの生家へ戻っていた。この日、イスカリオでは墓参りの日と制定されており、国民全員に先祖や家族の墓参りをすることが法で義務付けられているのだ。といっても、カストールは現在エストレガレス帝国の騎士なので、イスカリオの法に従う必要はない。加えて、帝国は慢性的な騎士不足であり、新米騎士一人欠けることさえ大きな痛手となりかねない。それでも、カストールはこの日故郷へ帰ってきた。妹のリゲルから手紙を貰ったからだ。

 

 その手紙によると、現在リゲルはイスカリオの騎士となっているという。西アルメキア滅亡後、常々リゲルのことを心配していたカストールだったから、新たな仕官先が見つかったことには安心した。しかし、ランド家の兄妹三人は、失われた家名を取り戻すためにそれぞれ別の国に属し、悲願を果たすまで決して故郷には戻らないと誓ったはずだ。なのに、リゲルはいまイスカリオにいる。イスカリオには、長男のミゲルが仕官しており、誓いは彼が言い出したことだ。兄は、リゲルがイスカリオへ戻ることを認めたのだろうか。手紙には、カストールも一度家に帰って来て欲しいともあった。その理由までは書かれていなかったが、帰らなければならない予感がした。だから、仲間に無理を言ってまで帰って来たのである。

 

 生家の門を開けたカストールは、すぐにその異変に気がついた。屋敷が奇麗なのだ。彼が前に帰って来たのは二年ほど前の父の命日で、長い間ひとの住まなかった屋敷は、庭の雑草はのび、家の外壁や窓も汚れ、荒れ放題だった。そのときは、父の遺影がある書斎と台所を掃除したくらいで、屋敷の外までは手が回らなかった。それが、今は庭の手入がされていて雑草ひとつ生えていないし、屋敷の外装や窓にも目立った汚れは無い。最近兄妹の誰かが帰ってきて手入れをした――というだけではないだろう。人が住み、定期的に手入れをしないと、ここまで奇麗にはならないはずだ。

 

 カストールは玄関を開け、屋敷内に入った。中も同様に掃除されてある。カストールが、ただいま、と言うべきか迷っていると。

 

「カストール兄さん?」

 

 玄関が開く音を聞いたのだろう。懐かしい声とともに、リビングから妹のリゲルが出てきた。カストールの姿を見ると、「お帰りなさい、カストール兄さん!」と、笑顔で抱きついてきた。

 

「ただいまリゲル。熱烈な歓迎だな」二年ぶりの妹との再開に、カストールも心からの笑みを浮かべた。

 

 しかし、続いて現れた兄の姿を見て、その顔に微妙な苦みが混じる。

 

「カストール、よく戻って来てくれた」兄ミゲルは、リゲルとは違い笑みのひとつも浮かべず迎えた。

 

「兄貴……久しぶりだな。なんでここにいるんだ? 家名を復興するまで、ここには戻らないんじゃなかったのか?」

 

 皮肉を込めて言うと、リゲルが、「カストール兄さん、その話は後で」と、二人をとりなすように言った。「とりあえず、父さんと母さんに、戻ったことを伝えて」

 

「……そうだな」

 

 カストールは頷くと、父と母の遺影に手を合わせるため、書斎へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「――それで、どういうことなんだ?」

 

 両親の遺影に帰郷の報告を終え、リビングのソファに座ったカストールは、長テーブルを挟んで座るミゲルとリゲルに言った。

 

「単刀直入に言う。カストール、イスカリオに戻って来い」

 

 ミゲルはカストールの目を真っ直ぐに見据えて言う。驚きはしない。恐らくそういうことであろうと予想していたのだ。だが、素直にそれを承諾するのも()だ。

 

「……なに言い出すんだよ。前と言ってたことが違うぜ?」

 

 また、皮肉を込めて言う。没落した家名を復興させるため、三兄妹それぞれ別の国へ仕官し、出世するまで決してこの家には戻らないと誓いを立てたのはミゲルだ。カストールもリゲルも、長兄の言葉に従い、国を離れそれぞれエストレガレス帝国とパドストーへ仕官したのだ。だが、妹リゲルは、口にこそ出さなかったが兄妹が離れて暮らすことを悲しんでいるように思えた。そんな妹を見ていると、カストールも、自分たちは誤った判断をしたのではないかと思うことがあった。それでも、兄の言葉を信じ、ランド家の家名復興のため帝国に身を置き戦い続けてきたのだ。なのに、今さら帰って来いなどと言われたら、皮肉のひとつも言いたくなるだろう。

 

 ミゲルは、カストールの言葉を正面から受け止め、「私が間違っていた。我ら兄妹は、離れ離れになる必要は無かったのだ」と、己の非を認めた。そして、「主君を裏切るのはつらいだろうが、戻って来てはくれまいか」と、頭まで下げた。

 

 カストールは、苦い笑みと共に息をついた。「ま、そんなことだろうと思ったけどな。頭の固い兄貴がここまできれいに意見を変えるんだから、よほどのことがあったんだろうな」

 

「そうだ。私は、戦場でリゲルに会った。このいくさが始まったときは、もし戦場で弟妹(きょうだい)と会うことがあっても、私情は捨て、家名復興のために戦う覚悟だった。しかし、実際に妹を前にすると、そんなことができるはずもない。ならば、と、私はリゲルに命を奉げることにしたのだ。私を倒すことでリゲルが出世すれば、家名復興の道も開けるからな」

 

「へっ、兄貴の考えそうなことだぜ」

 

「だが、それもできなかった。リゲルに、泣いて訴えられたのだ。兄妹が殺し合って、それで家名が復興したとしても、そんなことで父と母が喜ぶはずがない、と」

 

「リゲルが? そんなこと言ったのか」

 

 カストールは妹を見る。子どもの頃からおとなしい性格で、兄たちに対してケンカどころか口答えもわがままも言ったことがないリゲルが、泣いて兄に反抗するなど、考えられない姿だった。

 

「だって、仕方ないじゃない」リゲルは恥ずかしそうにうつむいた。「あたしは、ランド系の家名なんて途絶えてもいいから、また兄妹三人で暮らしたかったの」

 

「それで、リゲルが故郷へ戻ることになったのか。まあ、可愛い妹に泣きつかれたら、どうすることもできないよな」そう言った後、カストールは兄へ視線を戻した。「しかし、国を裏切れとは、簡単に言ってくれるぜ。エストレガレスじゃ、敵前逃亡は死罪だってこと、判って言ってるのか? 二人が帝国に来いよ。イスカリオじゃ、死刑は軽い罪なんだろ?」

 

 冗談めいた口調で言ったが、兄はにこりともせず、「それも考えた」と言い、そして続けた。「しかし、我ら三人が一緒に暮らすなら、やはりこの家しかないのだ」

 

「…………」

 

 この家には、三兄妹の思い出はもちろん、父と母の思い出も残っている。楽しかった思い出ばかりではない。父はカストールが一〇歳の時に亡くなり、ドリストが貴族制度を廃止したことで家名は没落、母もリゲルが成人して間もなく亡くなった。辛い思い出も多いが、それらも含めて、カストールが故郷と呼び、帰ってくる場所はこの家しかない。カストールとリゲルが国を出た後も、兄ミゲルがイスカリオに残ることで、この家だけは手放さずにすんだ。しかし、三兄妹全員がイスカリオを離れて帝国へ仕官すると、この家は手放すことになる。そして、仮に帝国が大陸制覇を成し遂げたとしても、そのとき再びこの家が自分たちのものになる保証は無い。それどころか、国を裏切った騎士の家ということで、すぐに焼き払われてしまう可能性だってある。

 

「カストール、たとえ刺客が放たれようと、陛下が必ず守って下さる。なにより、我ら三人で力を合わせれば、なにも恐れることはない」ミゲルは力強い言葉で訴えた。

 

「カストール兄さん、お願い」リゲルも、瞳を潤ませて訴える。

 

 カストールは大きくため息をつくと、呆れ口調で言った。「まったく……別れようと言ったかと思えば三人一緒に暮らそうと言い出す。兄貴も、もう少し深く考えてくれれば、最初から別れることなんてなかったんだがな」

 

「すまぬ……」

 

「今度は、ちゃんと考えて出した結論なんだろうな?」

 

「もちろんだ。今度こそ、我ら三兄妹は一緒だ。この誓いこそ、決して破られることはない」

 

 力強い声で言う兄の目を、カストールはじっと見つめる。

 

 いま思えば、「家名を取り戻すまで決して家には戻らない」という誓いを立てたとき、兄の目には、微妙な(かげ)りがあったように思う。胸の内では、大きな迷いがあったに違いない。それは同時にリゲルの胸にもあっただろう。もちろん、カストールにも。

 

 だが、今の兄の目には、一片の翳りも曇りも無い。その目に、その言葉に、その誓いに、迷いはないだろう。

 

 カストールは「判ったよ、俺も、この家に戻ることにする」と言って、顔をほころばせた。「帝国には、俺の代わりの騎士なんていくらでもいるが、この家には、俺の代わりなんていないからな」

 

「カストール兄さん!」

 

 リゲルがソファから立ち上がり、帰ってきたとき以上の勢いでカストールに抱きついた。

 

「カストール、感謝する」

 

 ミゲルも、そこに加わる。

 

 本当に久しぶりの、ランド家三兄妹の帰郷だった。

 

 しばらく喜びあった後、リゲルが「――じゃあ」と言った。「父さん母さんと、そして、ご先祖様に、ご報告に行きましょう」

 

 ミゲルが「そうだな」と同意する。今日、イスカリオは墓参りの日だ。遺影ではなく、父と母と先祖が眠る墓に、三人の帰郷を伝えなければならない。

 

「しかし、イスカリオは、本当に今節いくさをしないんだな」カストールが言った。「帝国は、この機に乗じてカーナボンを奪還しに来るぞ。他の国もそうなんじゃないのか?」

 

「カーレオンは我が国の意向を尊重し、一節の停戦に応じたそうだ。ノルガルドは返答がないから判らんがな」ミゲルが答えた。

 

「でも、お墓参りはいいことよ?」リゲルが言う。「いくさを中断してまで国民全員にお墓参りをさせるんだから、ドリスト陛下って、よほどご先祖様を大事に思っているのね」

 

「そうか? ただの気まぐれだろ?」妹にそう言った後、カストールは「どうなんだ、兄貴?」と、兄に意見を求めた。

 

「さあな、実を言うと、私にも、いまだに陛下の胸の内はよくわからん」

 

「なんだよそれ。ホントに大丈夫なのか、この国は? せっかく戻って来たのに、すぐに国が滅びたんじゃ、たまらないぜ」

 

「そうならぬよう、我らも力を合わせて戦うのだ。我ら三人が揃えば、どんな敵でも恐れることはない」

 

 ミゲルの言葉に、カストールは「三人揃うのに、随分と遠回りしちまったけどな」と肩をすくめる。

 

「でも――」とリゲルが言う。「ここまでの道のりが平坦でなかったからこそ、それを乗り越えたあたしたちの結束は、なににも勝るはずよ」

 

「そうだ」と。ミゲルが力強く頷く。「今こそ戦おう、大陸の平和を取り戻すため、そして、我々の未来のために」

 

 三兄妹は、新たな誓いを胸に、あらためて戦う決意をした。

 

 

 

 

 

 


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