墓参りの日を終え、停戦を申し出ていたイスカリオが再び戦闘を開始した。王ドリストはキラードール・イリアや死刑囚キャムデンらを引きつれノルガルド方面へ再侵攻し、狂戦士バイデマギスは相方の旅芸人騎士ギャロらとともに帝国領へと侵攻する。どちらもイスカリオの停戦要請には応じなかった国で、イスカリオが戦闘を停止している間にそれぞれ領土を奪い取っており、それを奪還するための戦いだった。
そして、イスカリオの停戦に応じていたカーレオンもまた、停戦明けと同時に再び侵攻を開始する。前節、賢王カイの知略によりソールズベリーを制圧したカーレオンは、停戦中に部隊を再編成すると、女魔術師シェラを総大将とし、ザナスへ狙いを定め侵攻したのだった。
ザナス城を臨む平原に、カーレオンの女魔術師シェラは一人立っていた。これから、戦闘前の戦義が行われるのである。戦義は基本的になんらかの因縁がある者同士で行うものだが、今回の相手は、ちょっとやそっとの因縁ではない。シェラにとって、間違いなくこの大陸で最も因縁深い相手である。
ザナスの門が開き、相手側の騎士が出てきた。必要以上にとんがった派手な帽子と、イヤリングにネックレスにブレスレットにネイルにと全身アクセサリーで装飾し、顔には道化師か未開の地の蛮族かというほどの厚化粧をほどこし、なにより、まだかなり離れているにもかかわらず、フローレンスでフレグランスで爽やかで甘くて優しくてエレガントで透明感で魅惑的な……一言で言えばとにかくキツイ香水の匂いを漂わせている女。遠目にも、それが因縁の相手であることが判った。そして、当然相手もこちらが因縁の相手であることは判っているだろう。
二人の女魔術師――カーレオンのシェラとイスカリオのヴィクトリアが対峙する。緊迫した空気が周囲を覆い始めた。戦義では、一切の戦闘行為が禁じられている。しかし、これから二人の間で行われるのは、まぎれもない戦いなのだ。
先手を取ったのはシェラだった。
「あらあら? 誰かと思えば、旧アルメキアの魔導学校で落ちこぼれだったヴィクトリアさんじゃありませんの。あなた、イスカリオの騎士になってましたの? どうりで最近そちらの国から変なにおいが漂って来ると思いましたわ。相変わらず、香水の許容量というものを考えませんのね。そんなに体臭がキツイのかしら?」
後手に回ったヴィクトリアだったが、動じることなく反撃に転じる。
「おーっほっほっほ。そちらこそ、誰かと思えばいい歳して賢王様の追っかけをしているシェラさんじゃないですか。あなたこそ、まだカーレオンにいましたの? そろそろ身の振り方を真剣に考えませんと、そんな
「あーら、あなただってわたくしと変わらない歳なんですから、
「おあいにく様。わたくしはあなたと違ってまだ二十代です。一緒にされちゃかないませんわ」
「二十代って、あたしと三つしかちがわないでしょうが。その程度の違いを持ち出してマウントを取ろうとするなんて、あさましいですわね」
「たかが三つと言えど二十九歳と三十歳の間には決定的な違いがありますの。あなたはとっくにそのラインを超えてますけど、わたくしはまだギリギリで踏みとどまってますから」
「ギリギリどころかギリギリのギリギリギリでしょうが。そんなもん、一の位を四捨五入すれば、とっくに三十ですわよ」
「どうして四捨五入する必要がありますの? 意味が判りませんわ。それに、それを言うなら一の位を切り捨てれば、わたくしはまだぴっちぴちの二十歳ですわ。あなたは切り捨てても大して変わりませんけどね」
それは、ノーガードの殴り合いにも等しい壮絶な戦いだった。しかも、それぞれの攻撃は相手だけでなく自分をも傷つける
このしょーもない口ゲンカいや白熱の舌戦は
「……ここで言い争っても埒があきませんわ。決着は、戦いでつけましょう」
ヴィクトリアの提案に、シェラも「望むところですわ」と応じた。
肩で大きく息をしながら睨み合う二人は、同時に背を向け、互いの陣で待つ仲間の元へ戻り始めた。
だが、数歩進んだところで、シェラが足を止めた。
「ところで……
振り返らずに言う。
ヴィクトリアも足を止めたが。
「……あなたには関係のないことですわ」
こちらも振り返ることはなく言った。
「そうね、出過ぎたことでした。ごめんなさい」
先ほどの白熱した戦いが嘘であったかのように、シェラはすぐに謝罪の言葉を口にする。
それに対し、ヴィクトリアも。
「いいえ、わたくしこそごめんなさい。あなたが気にしてくれていたことには、感謝します」
言い過ぎたことを謝り、そして、感謝の気持ちを伝えた。
「水臭いこと言わないでよ、友達なんだから」
「……そうですわね」
「…………」
「…………」
そのまま、しばらく無言で立ち尽くしていた二人だったが。
ヴィクトリアが、くるりと振り返った。
「……っていうか、あなたみたいな友達を持った覚えは無いですけどね? なに急にしんみりしてるのかしら。歳を取ると情緒が不安定になるっていいますから、大変ですわね?」
シェラも振り返る。
「別に本気で心配してたわけじゃありませんわ? ほんの社交辞令のつもりでしたのに、そちらこそなにマジにとらえてるのかしら? もう少し大人の会話というものを知った方がよろしくてよ?」
「それは申し訳ありませんでした。わたくしはまだ若いですから、オバサンの会話にはついていけませんの。おーっほっほっほ!」
「むきー! おだまりなさい!!」
この時。
互いの陣で待つ騎士と兵とモンスター達は、皆、一様に思っていた。
「帰りたい」と。
そして、それは大陸全土を巻き込んだこのいくさの中にあって、唯一、敵味方の心がひとつになった歴史的瞬間であったが、残念ながら、この偉業が後の歴史書に刻まれることはなかった。あってたまるか。