ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

124 / 165
第一二四話 バイデマギス 聖王暦二一七年二月上 エストレガレス帝国/カーナボン

 ザナスにてカーレオンとイスカリオの女魔術師が互いのプライドを賭けた壮絶な死闘を行っているのとほぼ同時刻、カーナボンにおいても、激しい戦いが行われていた。

 

 前節、イスカリオは墓参りの日ということで周辺諸国へ停戦を申し出たものの、エストレガレス帝国はこれを受け入れず、カーナボンへ侵攻。イスカリオでは、民はもちろん兵と騎士も一人残らず帰郷していたため、帝国は難なくカーナボンを制圧し、昨年五月以降イスカリオに奪われていたこの地を奪還したのである。

 

 無論、イスカリオも黙っていない。墓参りの日が明け、騎士たちが前線へ戻ると、イスカリオは狂戦士バイデマギスを中心に部隊を編成し、カーナボンへと侵攻したのである。

 

 しかし、カーナボンを守るのは皇帝ゼメキスが率いる部隊である。イスカリオ側は、狂王ドリストやキラードール・イリアらがノルガルド方面へ出向いており、いかにバイデマギスとはいえさすがにゼメキスを相手にするのは荷が重いのではないか、と誰もが思った。もっとも、バイデマギス本人は、そんなことを考える頭脳を持ち合わせていない。彼は、相手が誰であろうとただその剛腕を振るうことを喜びとする生物なのだ。そして、それが自分と同じく力自慢の騎士であるならなおのこと。

 

 しかし。

 

 戦闘が始まり、いつものように単純な突撃でゼメキスの部隊へ向かって行ったバイデマギスだったが、そこへ、思わぬ強敵が立ちはだかることになる。

 

 その部隊は、兵もモンスターも、特出して強いわけではなかった。バイデマギスが愛用の大斧を振るうだけで、簡単に崩壊していったのだ。だが、最後に立ちはだかった将が、とんだクセモノだった。

 

 それは、全身黒装束に包んだ男だった。剣や斧などといった大きな武器は持っていないが、だからと言って魔術師系の騎士という訳でもなさそうだ。その男の手には、刃渡り三十センチほどのナイフのような刃物が握られていた。武器としては非常に小さく、ナックルという武器を使う剣闘士に似ている。だが、剣闘士でもない。剣闘士の最大の武器は己の肉体であるため、バイデマギスに匹敵するほど大柄の者がほとんどだが、その黒装束の騎士は、イスカリオ最年少の騎士ティースと同じくらい小柄で頼りない体格で、戦士なのか魔術師なのかイマイチ判断ができなかった。

 

「ふん、こないだの魔術師のあんちゃんほどではないが、テメェも随分とひ弱そうだな。そんなんじゃ、俺の攻撃の前にはひとたまりもないぜ? 戦場では、力が全てだからな! がーっはっはっは!」

 

 力以外のものを認めていないバイデマギスは、力の無さそうな相手を前に、いつものように大口を開けて笑った。

 

 黒装束の騎士は表情ひとつ変えない――もっとも、その顔は大部分が覆面に覆われ、目以外を伺うことはできないのだが。

 

「――腕力に自信ありか」黒装束の騎士は静かな口調で言った。「だが、どんなに力が強かろうと、当たらなければ意味は無いぞ」

 

「がーっはっはっは! 面白いことを言うヤツだ。なら、試してやるぜ!」

 

 バイデマギスは大斧を振り上げると、目の前の男に向かって、力任せに振り下ろした。黒装束の騎士は動かない。完全に相手をとらえたと確信するバイデマギス。頭は良くないバイデマギスだが、戦闘の経験は豊富だ。理論ではなく本能で、相手は決してこの攻撃をかわせないと悟っていた。無論、この一撃を受け止めることもできないだろう。大斧の刃を受け止めるには相手の武器は小さすぎるし、何より、力で負けるはずがない。バイデマギスは完全に勝利を確信していた。

 

 だが。

 

 バイデマギスの大斧は、硬い土の地面を打ち砕いただけだった。

 

 一瞬、何が起こったのか判らなかった。さっきまでそこに立っていた黒装束の騎士の姿は無い。斧の刃が相手に触れるか否かの刹那、突如、その姿が消えたのだ。バイデマギスの顔から笑みが消える。信じられないことだった。斧は、確かに黒装束の騎士をとらえていた。これまでの戦いの経験上、あの速さと間合いでかわされるはずがない。まるで、幻を相手に斧を振るったかのようだった。

 

「――どうした? 俺はここだぞ」

 

 すぐ背後で声がした。振り返ると、黒装束の騎士はさっきと同じ姿でそばに立っていた。完全に背後を取っていたにもかかわらず何もしてこないことに、怒りが湧きあがる。

 

「舐めるなぁ!」

 

 今度は横薙ぎで大斧を振るうバイデマギス。この攻撃も、完全にとらえたという確信があった。しかし、やはり刃が相手に触れる刹那、その姿が消え、斧は空を斬る。

 

「その程度では、この俺に触れることすらできぬであろうな」また、背後で声がした。「戦場では力が全て、か。それは、力しか持たぬ者の愚言だ。力だけではどうにもならぬこともある」

 

「ケッ! そんなものはねぇ!!」

 

 バイデマギスはさらに斧を振るうが、黒装束の男の言う通り、刃は相手の衣さえ切ることができなかった。全ての攻撃が、刃が触れる瞬間にかわされてしまう。

 

 バイデマギスは大きく舌打ちをして、敵を睨みつけた。「……すばしっこいヤツだ。だが、テメェだって俺に攻撃するためには近づかなけりゃならねぇはずだ。その時が、テメェの最期だぜぇ」

 

 もう一度斧を振り上げ、黒装束の騎士へ向かって行った。

 

「……どうかな?」

 

 突如、黒装束の騎士は別の動きを見せた。懐に両手を入れると、次の瞬間、矢のような鋭さで()()を投げた。

 

 バイデマギスの胸に、あるいは腹に、足や腕に、身体中に、鋭い痛みがあった。

 

 思わず足を止める。身体には、いくつもの小さな刃物が刺さっていた。投げナイフのようであるが、形がまるで違う。それは十字の形をし、それぞれの先端に刃がついた奇妙な形の刃物だった。

 

「近づかぬとも、攻撃する方法はいくらでもある。勝負あったな」黒装束の騎士が言う。覆面の裏で、笑みを浮かべているようにも見えた。

 

 奇妙な刃物のいくつかは、頸動脈や腎臓・肝臓など、刃物で深く切ったり刺したりすると即死する部位にも刺さっていた。確かにこれは、勝負ありかもしれない……普通の人間、ならば。

 

 バイデマギスは、歯を剥いて笑うと、獣が雨水を弾き飛ばすように身体を震わせた。全身の刃が抜け落ちる。バイデマギスの身体は、わずかな出血のみだ。

 

「なに!?」と、黒装束の騎士は目を剥き、初めて動揺を見せた。

 

「がーっはっはっは! そんなヤワな攻撃が、この俺の筋肉に通用すると思ったか!! どんなにすばしっこかろうと、力のない攻撃なんて無意味なんだよ!」

 

 また大斧を振るう。この攻撃もかわされたが、今度はバイデマギスが余裕を見せる番だ。

 

「素早さに自信があるようだが、いつまで逃げられるかな? 俺はしつこいぜ?」

 

 力と筋肉同様に、バイデマギスは体力にも自信がある。あと何十何百回斧を振るおうとも、その威力が衰えることはないだろう。相手の体力が尽きたときが勝負だ。

 

 勝機を感じたバイデマギスは、さらに斧を振るう。

 

「……ならばこれはどうだ」

 

 黒装束の男が、両手で印を結び、なにやら呪文のようなものを口にした。

 

 次の瞬間、空から光の刃が降ってきて、バイデマギスの身体を貫いた。稲妻の魔法だ。

 

 バイデマギスの突進が再び止まる。先ほどは見慣れない攻撃に用心して足を止めただけだが、今度は本当に動けなくなった。片膝をつき、憎々しげに相手を睨む。

 

 黒装束の騎士は、覆面越しに不敵な笑みを浮かべた。「やはり、頭の方は鍛えておらぬようだな。いかに体を鍛えようとも、魔法の前では無意味だぞ」

 

 バイデマギスは大きく舌打ちをした。そのことは、前回カーレオンの賢王との戦いでも、嫌というほど思い知らされていた。

 

「……だからなんだ? 俺に勉強でもしろってのか?」

 

 バイデマギスは、再び大斧を構えて立ち上がった。

 

「冗談じゃねぇぜ! 俺が素早さや頭脳を鍛えたところで、どれほどの効果があるってんだ! そんな中途半端なモンは必要ねぇ! 俺は力と筋肉と体力で、全て蹴散らして見せるぜ! がーっはっはっは!」

 

 バイデマギスはいつものように大口を開けて笑うと、己の信念を込め、再び大斧を振るった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。