ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

129 / 165
第一二九話 ドリスト 聖王暦二一六年九月上 エストレガレス帝国/トリア

 魔導士ブロノイルが、イリアを使い、狂王ドリストを襲撃する半年ほど前――。

 

 

 

 

 

 

 帝国との抗争を続けるイスカリオは、魔導都市トリアへと侵攻していた。トリアは王都ログレスの南の玄関口であり、ここを制圧すれば、帝国の心臓部へ大きく近づくことになる。その上、トリアはログレス以外にもファートやディルワースなど多数の周辺拠点に通じているため、イスカリオがこの地を抑えると、帝国は必然的に兵力を分散しなければならなくなる。イスカリオの帝国侵攻において、このトリアは極めて重要な拠点となるのだ。それはすなわち、帝国にとっては絶対に奪われてはならない拠点ということでもある。その重要性を示すかのように、帝国側は前節まで西方面の戦場へ向かわせていた主力騎士の部隊をトリア周辺へと差し向けてきた。いま、トリアを守るのは、四鬼将の一人である魔術師ギッシュと、魔導の名門カールセン家の当主ランギヌス、そして、捨て身の特攻によりわずか三ヶ月で西アルメキアを滅ぼした皇帝ゼメキスであった。

 

 トリアは、とりわけ南からの侵攻に強い都市である。すぐ南に広大な森が広がっているため、侵攻側はこれを迂回する必要がある。イスカリオ領であるカーナボンから侵攻する場合は、必然的に東側の一方向から攻めることになるのだ。トリアを南部から攻める場合、南東のカーナボンだけでなく、南西のオルトルートからも兵を送り、東西二方向から攻めるのが定石となる。しかし、いまのイスカリオではこの作戦は行えない。オルトルートは、現在帝国の領土なのだ。

 

 つまり、イスカリオがトリアへ侵攻するならば、まずオルトルートを落とすことが重要なのだ。ここを抑えずにトリアへ侵攻するのは、軍略的には下策と言わざるを得ない。

 

 だが、狂王ドリストはこの定石を無視してトリアへ侵攻した。それは、周りから見れば、狂王のいつもの無茶な振る舞いでしかなかったのだが――。

 

 

 

 

 

 

 開戦とほぼ同時にトリアの東門が開き、漆黒の鎧に身を包んだ騎士を先頭に大部隊が出撃した。それを見て、ドリストはニヤリと笑う。守りに強いトリアとはいえ、ゼメキスが城壁の向こう側でじっとしているはずがない。すぐに出てくるだろうと思ったが、その通りになった。当然、この機会を逃すテはない。ドリストも、部隊の先頭に立ち突撃する。トリアの攻防は、開戦一時(いっとき)も経たず、両軍の総大将同士が――いや、両国の君主同士が、相見えることになる。

 

 先手を取ったのはゼメキスだった。巨大なクロスボウから放たれた太矢が、ドリストを襲う。無論、ゼメキスのクロスボウによる攻撃はドリストも警戒していたことであり、まだ距離も離れているため、身を横に反らして難なくかわした。後方で兵の何人かがまとめて吹き飛ばされたが、ドリストは構わず突撃する。だが、間合いを詰める前に、ゼメキスが次の矢をつがえた。

 

「……陛下」

 

 ドリストのやや後方で、ともに突撃していたイリアが槍を構えていた。槍騎士であるイリアは、槍を投擲(とうてき)する攻撃も身に付けている。この距離ならばゼメキスを狙うこともできるが。

 

「余計なことはするなよイリア! これは、オレ様とゼメキスとの戦いなのだからなぁ!」

 

「……はい」

 

 イリアが槍を下ろすと同時に、二本目の矢が飛んできた。距離が縮まった分、その速さはさっきよりもさらに増している。だが、ドリストも素早さには自信がある。再び身を反らせた。矢はドリストの右の二の腕を掠めたものの、皮膚一枚裂いただけにとどまった。ドリストはさらに突撃して間合いを詰める。そして、ゼメキスが次の矢を放つ前に間合いに入り、大鎌を振り下ろした。

 

 がしん!

 

 重い音とともに火花が飛び散り、鎌が弾き返された。ゼメキスの武器はクロスボウから剣へと持ち替わっていた。巨大なクロスボウを手に戦場を駆け回る姿で知られるゼメキスだが、当然接近戦も心得ている。その剣技はナイトよりも剣士に近く、鞘に収められた状態から疾風のごとき早さで抜刀し攻撃・反撃する『居合』を得意としていた。ゼメキスの剣は、幅広ではあるが決して大きなものではなく、刀身は1メートルほどであろう。体格の大きなゼメキスが持つと小剣のようにさえ見える。そんな小さな剣で、柄の長さが身の丈を超えるドリストの大鎌を簡単に弾き返すのは、力だけでなく、攻撃の重心を見極める眼力とそこを正確に狙う技も必要になるだろう。ドリストの手には、鎌を弾かれた衝撃が痺れとして残っている。この手応えは、あのデスナイト・カドール以上かもしれない。

 

 ドリストは大鎌を構え直すと、唇の端を吊り上げて笑った。

 

「クーックックック、ようやく会えたなゼメキス。戦義をしても良かったんだが、やはりテメェとは刃を交えねぇと話にならんからなぁ」

 

 ゼメキスは、ふん、と鼻を鳴らした。「狂王ドリスト。俺が不在の間に随分と暴れ回ったようだな。今日は血で(あがな)ってもらうぞ」

 

「まあそう意気込むな。テメェには、礼を言おうと思ってたのだ」

 

「礼だと?」

 

「ああ。テメェがクーデターを成功させてくれたおかげで、こんなにも楽しい世の中になったのだからな。大陸中の王や騎士が本音をさらけ出してぶつかり合う……オレ様は、こういうのを待っていたのだ。さあ、俺たちも楽しもうぜ!」

 

 ドリストは再び大鎌を振り上げ、ゼメキスへ斬りかかった。ゼメキスはその刃を恐れず、逆に大きく踏み込むと、ドリストの懐に入り込んで剣を振るった。ドリストは鎌の軌道を変え、ゼメキスの剣を受け止める。そしてまた間合いを取ると、さらに鎌を振るった。二度、三度、と、刃が激しく交わり、火花を散らす。

 

「貴様の楽しみなどに興味はない! 俺は、俺の道を進むのみ!」

 

 さらに剣を振るうゼメキス。その刃をかわし、間合いを取ると、すぐに矢が飛んでくる。攻めも守りも、一分の隙もない。さすがに旧アルメキア時代より常にいくさの最前線で戦い、生き延びてきただけのことはある。

 

「へっ、とぼけるんじゃねぇぞ? テメェだって楽しそうじゃねぇか」

 

 ドリストが鎌を振るい、ゼメキスがそれを受け止めた。

 

「なに?」

 

「ノルガルドの前王ドレミディッヅを討ち、クーデターを起こしてアルメキアを乗っ取り、そして、その残党のランス王子率いる西アルメキアも滅ぼした。いままで、これほど全力で戦い続けたことはねぇだろ?」

 

「…………」

 

 ゼメキスの剣がドリストの胸をとらえた。ただ、それは切っ先のわずかな部分であり、ドリストの鎧に傷を付けただけにとどまった。

 

「素直になりな! 楽しいことは、遠慮なく楽しいと言やぁいいんだよ!!」

 

 大鎌を振るう。ゼメキスが剣で受け止めるが、その剣が弾かれた。今度はゼメキスが間合いを取る。

 

「ふん、噂通り変わった男だな狂王。確かに、我が人生でもここまで長く激しい戦いは経験がない。だが、楽しいかどうかを決めるのは、俺がこの剣を収めるときだ!」

 

「ケッ! 強情な脳筋だぜ!!」

 

 ゼメキスが剣を、ドリストが大鎌を振るう。ふたつの刃がまた交わろうとした、その時。

 

 突如、天から光の刃が落ちてきて、ゼメキスの身体を貫いた。

 

「――――っ!!」

 

 ゼメキスは言葉にならないうめき声を口にし、その場に膝をつく。ドリストも鎌を止めた。今のは、恐らく稲妻の魔法だ。

 

「誰だ!? せっかく楽しくなってきたところを、邪魔するとただじゃおかねーぞ!!」

 

 周囲に向かって怒鳴る。キャムデンあたりが援護のために使ったのなら死刑を十倍増しにしても足りない失態だが、あいつは緑魔法である稲妻の魔法は使えないはずだし、そもそも今回の戦いには同行させていない。イリアも緑魔法は使えない上に手出しするなと命令してある。当然、配下のモンスターも命令無しに使うことはない。ならば帝国側の騎士だろうか? ギッシュもランギヌスも大陸屈指の魔術師だ。攻撃魔法を味方に誤射するようなマヌケではないだろう。ならば誰だ? 周囲を見回しても、稲妻の魔法を使うような騎士もモンスターもいない。

 

 ――いや。

 

 不意に、ゼメキスの頭上の空間が歪んだ。まるで水面に石を投げ込んだかのような波紋がいくつも広がり、そこから、黒い法服に身を包んだ老人のような姿の男が現れた。浮遊の魔法を使っているのか、空中に留まり、黒曜石のような暗い目でゼメキスを見下ろす。

 

「――久しぶりだなゼメキス」

 

 宙に浮く男は、しわがれた声で言った。

 

「ブロノイル!!」

 

 ゼメキスが憎々しげな目で見上げた。魔法のダメージが大きいのか、立ち上がることができない。

 

「おい! 誰だテメェ!!」

 

 ドリストは鎌の先を向けて怒鳴る。ゼメキスとの戦いは、もはや二国の君主同士の一騎打ちと言っても良い状況だった。それを不意打ちで妨害するのは、騎士にあるまじき行為である。

 

 だが、現れた男は卑劣な行為を恥じた様子も無く、薄い笑みを浮かべ、ドリストの方を見た。

 

「我が名はブロノイル、求め続ける者。狂王、会うのは初めてだな。だが、今日は貴様に用はない」

 

 そして、視線をゼメキスに戻した。「ゼメキス、西アルメキアを滅ぼした貴様は領土を広げ過ぎた。これ以上は控えてもらおう」

 

 右の手のひらを向けた。そこから呪いの炎が吹き出し、ゼメキスを襲う。ゼメキスほどの騎士ならば魔法への耐性も身に付けているだろうが、それでも稲妻の魔法一発で膝を折るほどの相手だ。呪いの炎はさらに強力で、いかにゼメキスといえどただでは済まないかもしれない。

 

「誰だか知らねぇが邪魔すんじゃねぇ! イリア!」

 

 ドリストが命令すると、イリアは槍を構え、上空に留まるブロノイルに向かって投げた。槍は正確にブロノイルへ向かって飛ぶ。ブロノイルは魔法を使っている最中で身動きが取れない。かわすことはできないはずだった。

 

 だが、イリアの槍がブロノイルの身体に刺さる寸前、なにかとてつもなく硬い物にぶつかったような衝撃音がして、槍が弾き返されてしまった。ブロノイルは鎧など身に付けていないし、そもそも槍は触れてもいない。なにか、見えない障壁がそこにあるかのようだ。

 

「その程度の攻撃では我が結界を破ることはできんぞ」

 

 ブロノイルはイリアに目を向けた。その黒曜石のような目をひそめる。何かに気づいたような表情。それを確認するためか、身体が下降してくる。そして、イリアの前に静かに降り立った。

 

「……お前はセレナ。まさか生きておったとはな。そうか。狂王に拾われたか。運が良かったな」その目を、今度はドリストに向けた。「いや、狂王にとっては運が悪かったというべきか」

 

「ゴチャゴチャとうるせーんだよ!!」

 

 下へおりてきたのを幸いに、ドリストはブロノイルに向けて大鎌を振るった。回転して横斬り、さらに袈裟斬りと、連続で鎌を叩きつけた。だが、やはり刃はブロノイルに触れることすらできず、見えない障壁に弾き返される。

 

 ブロノイルは、障壁の向こう側で不敵な笑みを浮かべた。「無駄だと言っておろう。貴様らなど、我が魔術の敵ではない。だが、良いことを思いついた。今日のところは退いてやろう。ゼメキス、運が良かったな」

 

 再び、ブロノイルの周りの空間が歪んだ。発生した波紋はブロノイルを包み込み、それが消えると、ブロノイルの姿も消えていた。

 

 ドリストは舌打ちをすると、鎌を肩に乗せた。「……おかしな術を使うヤツだぜ。イリア、知り合いか?」

 

 イリアはブロノイルが消えた空間を睨みつけながら、「いいえ」と、短く答えた。

 

 ドリストはゼメキスを見る。「おいゼメキス、ありゃなにモンだ?」

 

「……貴様には関係のないことだ」

 

 ゼメキスはゆっくりと立ち上がり、剣を構えた。だが、傷は浅くはない。まともに戦える状態でないのは明白だ。

 

「フン、まあいい。興醒めだ。イリア、帰るぞ」

 

 ドリストはイリアに言うと、ゼメキスに背を向けた。

 

「はい」

 

 イリアもドリストに続く。

 

「待て、俺の首を取っていかぬのか?」

 

 ゼメキスは去ろうとするドリストを追おうとして一歩踏み出したが、また膝から崩れた。

 

 もう一度ゼメキスを見たドリストは、ニヤリと笑った。「別に構わんぜ? オレ様は、弱い者いじめはキライじゃねぇからな」

 

 そう言った後、「――だが」と言って、笑みを消す。「テメェのことはよく判った。もう会うことはないかもな」

 

 そして歩き出す。もう、何を言われても振り返らなかった。

 

 ただ。

 

「……テメェとは、機会があったら飲み比べでもしたかったぜ。()()()()()()()()としてな」

 

 決して相手には聞こえることのない声でつぶやいた。

 

「じゃあな」

 

 背を向けたまま軽く手を挙げると、ドリストは全部隊を引きつれ、カーナボンへと撤退した。

 

 

 

 

 

 

 この後、ドリストは帝国侵攻から一転、ノルガルドへと侵攻を開始する。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。