ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第十三話 ランス 聖王暦二一五年六月上 西アルメキア/王都カルメリー

 カルメリー城の中庭にある訓練場で、ランスは一人、剣技の訓練に励んでいた。ランスの目の前には木剣用の打ち込み台がある。地面に刺した長い棹に、胴体と頭部と両手を模したパーツを取り付けただけの簡易的なものだが、ランスの想像力により、それは憎むべき敵へと姿を変える。腰に剣を携え、ランスの身長をはるかに超える巨大なクロスボウを構え、漆黒の鎧に身を包んだ巨体。父と母を殺し、母国アルメキアを奪った逆賊ゼメキス。ランスの持つ両手の木剣も真剣へと変わる。ランスは憎むべき敵に向かって走った。隙だらけの首に向けて、剣を振り下ろす。

 

 しかし。

 

 鞘に収まっていたはずの敵の剣が、閃光のごとき速さで抜かれ、ランスの二本の剣を受け止めた。信じられない速さだった。ランスの剣を、はるかに上回っている。

 

 敵は、不敵な笑みを浮かべる。

 

 ランスは一度間合いを離すと、次の攻撃へと移った。右の剣で敵の肩を狙う。その攻撃も簡単に受け止められる。だが、間髪を入れず、今度は左の剣で、がら空きの脇腹を狙った。敵の剣は一本だ。受け止められるはずはない。しかしその攻撃も、敵は簡単に受け止める。ランスは攻撃の手を緩めない。次は左腕を狙った。次は右腕。足元を狙い、頭を狙い、喉を狙う。自分が持てる限りの力で振るう剣だったが、敵は、まるでどこを攻撃されるのかが判っているかのように、次々と受け止める。ランスの攻撃は、全く敵に届かない。

 

 ――くそ!!

 

 焦りが、剣の精度を下げた。何度目の攻撃か。再び首元を狙った二本の剣が受け止められ、大きく弾かれた。両手に強い衝撃。思わず剣を手放してしまう。地面に膝をついた。敵が剣を振り上げた。殺られる! そう、覚悟した。

 

 その瞬間。

 

 敵は、ただの人の姿を模した打ち込み台へ戻る。地面に転がる剣も木剣へと戻った。

 

 くそ! と、吐き捨てるように言って、拳を地面に叩きつけるランス。また、一太刀も浴びせることができなかった。自分の剣は、まだゼメキスには届かない。あの夜と同じく。

 

 あの夜――ゼメキスがクーデターを起こしたあの日、ランスはゼメキスと対峙し、剣を交えた。ほんの一太刀であったが、それが、ランスの胸の内に大きな傷を残していた。

 

 ――勝てない。

 

 あの夜、ランスの前に立ち塞がったゼメキスは、あまりにも強大な相手だった。同時に、自分はあまりにも卑小な存在だった。訓練を繰り返せば繰り返すほど、それを嫌というほど思い知る。単なる打ち込み台にすら勝てなくなるほどに。

 

 ――このままでは、僕はゼメキスを倒すことはできない。父上と母上の仇を討つことも、国を取り戻すこともできはしない。それどころか、僕を信じて一緒に戦ってくれるパドストーの騎士たちや、この国そのものを危険に晒すことになる。

 

 ランスは立ち上がって木剣を拾い、もう一度構えた。

 

「ランス様。精が出ますな」ランスの教育係で、現在は軍師でもあるゲライントがやって来た。「ですが、あまり根を詰めるのは良くありませぬ。訓練で怪我をしては、意味がありませぬからな」

 

「判ってる。だが、僕はどうしても強くならなければいけない。ゼメキスを倒すことができなければ、父上と母上の仇を取り、国を奪い返すことなど、できはしない」

 

 ランスは木剣を構える。ゼメキスの姿が浮かび上がる。圧倒的な威圧感に、気持ちが萎えてくる。

 

「――でも、ダメなんだ」ランスは弱音を吐くように言った。

 

「王子……」

 

「どんなに訓練しても、ゼメキスを倒すことができない。あの夜と同じく、僕の剣はゼメキスを捉えることができない。こんな、敵を仮想した訓練でさえ勝つことができないんだ。どんなに剣の腕を磨いても、僕は決してゼメキスに勝つことができないんじゃないかって、思えてくる」

 

 それを聞いたゲライントは、ふっと、頬を緩めた。「安心してくださいませ、王子」

 

「安心……? なぜだ?」

 

「想像上の相手に勝つことができぬのは、自分と相手の力量を、正確に推し量ることができているからです。それは、戦いにおいて極めて重要なこと。ゼメキスと対峙したあの夜の、己の力を過信し、相手の力を侮っていた王子と比べたら、大いに成長しております」

 

「そう……だろうか……?」

 

「そうですとも。ですから、焦らずとも大丈夫です。王子は、着実に腕を上げております。さあ、今日はこれくらいにして、広間にお越しください。客人がお見えですぞ」

 

「客? 誰だ」

 

「王子がもう一度会いたいと仰っていた方ですよ」

 

「――――?」

 

 ランスは、ゲライントと共に、広間へ向かった。

 

 広間では、しなやかな長身の女騎士が待っていた。ランスの姿を見ると、女神のようなほほ笑みを浮かべる。「――お久しぶりです、ランス様」

 

 それは、あのクーデターの夜、ランスを殺害しようとするゼメキスの前に立ちはだかり、一歩も引かぬ戦いを見せ、ランス達を城外へと逃がした、あの旅の女騎士だった。

 

「騎士殿!!」ランスは騎士の元に駆け寄った。「心配しておりました! よくぞご無事で!」

 

「はい。なんとか、生き延びることができました」

 

「あの夜、我らが城から脱出することができたのは、騎士殿のおかげです。どうか、名前をお聞かせください」

 

「名乗るほどの者ではありませんが――ハレーと申します」

 

 その名を聞き、ゲライントが「おお、あなたが」と、声を上げた。

 

「ゲライント? 知っているのか?」ランスが訊く。

 

「はい。主君を持たず大陸を旅する腕利きの女騎士がいると、噂に聞いたことがあります。その流れるような槍捌きから『流星のハレー』と呼ばれていると」

 

 ランスはハレーを見た。「流星のハレー……あのゼメキス相手に引けを取らぬ美しい槍捌き。確かに、あなたの名にふさわしい」

 

「とんでもありません。私が世間の噂通りの腕前ならば、あの夜、ゼメキスを討ち漏らすことはありませんでした。我が力の至らなさです。申し訳ありません」

 

 ハレーはランスに向かって頭を下げた。

 

「ああ、そんなことはやめてください」慌てて止めるランス。「あの時あなたがいなければ、私たちは生き延びることはできなかったでしょう。今、私がこの国に落ち延び、国のみんなに支えられ、ゼメキスとまたと戦えるのも、全て、ハレー殿のおかげです。本当に、感謝しています」

 

「ありがたきお言葉にございます」

 

「ハレー殿。すでにご存じの事と思いますが、我が父を殺し、アルメキアを乗っ取ったゼメキスは、自らを皇帝と称し、エストレガレス帝国なる国を樹立しました。あやつは覇道を突き進み、フォルセナ大陸全土を手中に収めるまで戦い続けることでしょう。大陸は、かつてない動乱の時代を迎えようとしています。これを鎮めるためには、一刻も早くゼメキスを討ち、エストレガレス帝国を滅ぼさねばなりません。そのために、ハレー殿。あなたの力、どうか、私にお貸しください」

 

 ランスは期待を込めた眼差しと共に言った。

 

「…………」

 

 ハレーの表情が曇り、顔を伏せるように視線を下に向けた。

 

「ハレー殿?」

 

 怪訝に思うランス。当然、快く応じてくれると思っていた。そのために訪ねて来たのだと思っていたのだが。

 

 ハレーはランスに視線を戻した。「申し訳ありません、ランス王子。私は、共に戦うことはできません」

 

「そんな!? なぜです!? 理由を聞かせてください!」

 

「私には、成すべきことがございます」

 

 ――成すべきこと?

 

 そう言えば、ゼメキスとの戦いの際にも、そのようなことを言っていたように思う。

 

「ハレー殿の成すべきこととは、何なのですか?」

 

「おやめください、王子――」と、ゲライントが止める。「人にはそれぞれの事情がございます。むやみに詮索するものではありませんぞ?」

 

「いえ、良いのです」ハレーが言った。「私は、私から大切な者を奪った仇を追い求め、大陸を渡り歩いております。その仇を討つまでは、主君を頂かぬと誓いました」

 

 仇? 仇を討つために、この戦を放棄すると言うのだろうか?

 

 ランスは、この戦は大陸の動乱を鎮めるためだと信じている。ゼメキスを倒さなければならない。そのために戦うのは、騎士として当然の務めではないのだろうか? 西アルメキアの戦いは、ゼメキスのような私利私欲によるものではない。大陸全土で静かに暮らしていた民たちの生活を取り戻すための戦いだ。騎士でありながらその戦いを放棄し、仇を討つなどという利己的な目的を優先するというのだろうか。それは、騎士失格ではないのか――そう、言おうとしたが。

 

 ――――。

 

 ランスは、その言葉を飲み込んだ。

 

 自分に、そんなことを言う資格はない。自分とて、父と母を殺され、国を奪われた仇を討とうとしており、それに、パドストーという国を巻き込んでいる。大陸に平和をもたらすための戦い――それは、大義名分にすぎないのかもしれない。

 

 人にはそれぞれ進むべき道がある。自分が進む道と、他人が進む道。それが同じであるとは限らない。そして、他人に同じ道を進むことを強要することなど、できはしないのだ。それでは、大陸中を戦乱に巻き込んだゼメキスと、何ら変わりはない。

 

「ランス様?」

 

 ハレーの声に、ランスは顔を上げた。「――判りました。ハレー殿がそうおっしゃるならば、仕方ありません」

 

「ほう?」と、ゲライントが感心したような声を上げた。「わがままを言ってハレー殿を困らせるかと思いましたが、王子も、大人になられましたな」

 

「ゲライント、さっきの稽古の時も思ったが、私をバカにしているだろう?」

 

「めっそうもございません。王子の成長に、喜びをかみしめているのですよ」

 

「やはりバカにしている」ランスは小さく笑った後、もう一度ハレーを見た。「ハレー殿。共に戦えぬのは残念ですが、やむを得ません。一日も早く仇を討てることを祈っています」

 

「ありがとうございます」ハレーは右の拳を握り、左の胸に当てた。「我が宿願を果たした暁には、必ずやランス様の元に参り、共に戦うことを誓います」

 

「はい。楽しみにしています」

 

 ランスも、右拳を握って左胸に当てた。

 

「ところで、ハレー殿」ランスは、最後に問うた。「ハレー殿の追う仇とは、どのような相手なのですか?」

 

「――――」

 

 ハレーの目が一瞬鋭くなった。

 

「あ、いえ、おっしゃりたくなければ良いのですよ」ランスは慌てて言った。

 

「ああ、いえ。そういう訳ではありません」表情が戻るハレー。「私の仇は――魔導士・ブロノイル」

 

「魔導士……ブロノイル……?」

 

 聞き覚えの無い名だった。ハレーほどの腕前の騎士が追う相手ならば、それなりに名が知られている魔導士であろうと思われるが……。ゲライントを見るが、彼も知らないようで、首を振った。

 

「ハレー殿。そのブロノイルとは、どのような魔導士なのです?」

 

 ハレーは小さく首を振った。「実は、私にも名前以外よく判らぬのです。どこの国の魔導士で、いまどこにいるのか、まだ何も判っていません。ただ言えるのは、その男は、突然私の前に現れ、私から、最愛の人を奪った――」

 

 ハレーの目に悲しみが宿ったことに、ランスは気付いた。先ほどゲライントが言った通り、むやみに詮索してはいけないのかもしれない。

 

 ランスは、それ以上訊くのをやめた。「では、私もできる限り、その魔導士について調べてみましょう。何かのお役にたてるかもしれませんから」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「では、ハレー殿。お気をつけて。必ず、またお会いしましょう」

 

 ランスは、右手を差し出した。

 

「ランス殿も、御武運をお祈りしております」

 

 ハレーはランスの右手を握り返す。

 

 そして、再会を誓い合い、

 

 ハレーは旅立っていった。

 

 ――魔導士ブロノイルか。

 

 胸の中で、その名をつぶやいた。あのハレー殿が、主君を持つことを放棄して追い求める相手。いったい、どんな魔導士なのだろう。

 

 

 

 

 

 

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