ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一三〇話 ノイエ 聖王暦二一七年三月下 ノルガルド/キャメルフォード

 白狼ヴェイナードに仕える騎士ノイエは、キャメルフォードの城内で新米騎士のコルチナを探していた。今日は、午後から訓練場で一緒に白魔法の修業をする約束をしていたのだが、コルチナは姿を見せなかったのだ。彼女の部屋はもちろん、食堂や談話室、倉庫や会議室まで探すが、どこにもいない。もし、許可を得ることなく城の外へ出たのだとしたら、軍規違反で罰を与えられかねない。下の階から心当たりを順に探していき、最後に屋上へ来ると。

 

「……いた」

 

 コルチナは、屋上の一角でリズムよくターンを繰り返していた。踊りの練習をしていたのだろう。ひとまずほっと胸をなでおろすノイエ。無許可で外に出かけたのでなければ罰せられることはないが、それでも、約束を守らなかったことは許せなかった。

 

「コルチナ? なにをしてるの?」

 

 ノイエは少し強い口調で言った。もっとも、普段大きな声を出すような性格ではないので、なんの迫力も無かったのだが。

 

 コルチナはターンをやめると、「ん? ノイエ?」と言って振り返り、「なにって、踊りの稽古だけど?」と、当然のような顔で言った。

 

「今日は、午後から白魔法の修業をする約束だったでしょ?」

 

「あれ? そうだっけ? ごめーん、忘れてた」コルチナは頭に手を当てると、ペロっと舌を出した。悪びれる様子はない。案の定、「でも、いいじゃん」と、ケロッとした顔で続ける。「ちゃんと青魔法の修業はしてるんだし。白魔法って、難しいんだよね」

 

 魔法は、赤・青・緑・白・黒の五つの属性に分かれている。属性の異なる魔法を習得するのは厳しい修行が必要だ。特に、回復や祝福を司る白魔法は、攻撃を司る魔法が多い他の属性との相性が良くないためか、特に同時習得が難しいとされていた。

 

「……そうだけど、あたしもやってるんだから、ね?」

 

 厳しくしようと思っていたさっきの気持ちはどこへやら、幼い子供を諭すような口調になってしまうノイエ。彼女自身も白・青・緑の魔法を習得してきたから、その難しさは身に染みて判っている。ノイエは、現在白の上位魔法を習得すべく修行中だ。それが終われば、次は青と緑の上位魔法である。コルチナにも、何とか頑張ってほしいと思う。

 

「あなたには、白魔法の他に、黒魔法も使えるようになってほしいの。そうすれば、あたしたち二人で、ほとんど全部の魔法を使うことができるのよ?」

 

 そうなれば、今はヴェイナードやグイングラインの指揮下に入っているノイエたちも、二人で出撃して敵部隊を討つことができるようになるかもしれない。つまり、ヴェイナードの負担を減らすことができるのだ。

 

 だが、ノイエの言葉に、コルチナは「勘弁してよ」言って、露骨に顔をしかめた。「そんなに魔法の修業をしてたら、踊りの稽古をする時間が無くなっちゃうよ」

 

「踊りの稽古は、戦争が終わったらいくらでもできるでしょ? 今は、早く戦争を終わらせるために、魔法の修業をしないと。あなた、そのために騎士になったんでしょ?」

 

「うーん、まあ、そうなんだけどさ」

 

 コルチナは苦い顔になる。元々彼女は、小さな旅芸人一座の踊り子見習いだった。それが、戦争の影響もあってクビになり、行き場を無くしていたところを、ノイエと出会ったのだ。このまま戦争が続けば、踊り子が立つ舞台はどんどん無くなってしまう。魔法や戦いの経験などまるでないコルチナだったが、踊り子仲間が安心して踊れる世界を取り戻すために、仕官を決意したのだ。

 

 だが、仕官から一年半。コルチナは初級の青魔法を取得したのみで、まだ一度も戦場には出ていない。仕官した頃は張り切っていたが、最近は戦う熱意は感じられず、修行にも身が入っていない。

 

「――だって、いまのところ、ノルガルドは順調に勝ち進んでるじゃん。このまま行けば、いずれ大陸制覇できるって」

 

 コルチナは、まるで危機感のない口調で言う。

 

「そんな簡単にはいかないの。これからも、戦線はどんどん拡大していくわ。あたしたちも、少しでも陛下のお役にたてるように、もっと魔法の修業をしなきゃ」

 

「だからぁ、魔法の修業は最低限してるでしょ?」

 

「最低限じゃダメなの。陛下やグイン様や他のみんな、全員、この戦争を早く終わらせるために、剣や魔法の腕を磨いてる。なのに、戦いの経験が浅いあたしたちがさぼってどうするの」

 

 コルチナは腰に手を当て、大げさにため息をついた。「ねえ、ノイエ。あたい、最初に言ったよね? 騎士にはなるけど、それは夢への通過点だ、って。あたいの夢は、あくまでも、フォルセナ1の踊り子になること。あたいにとっては、魔法の修業より、踊りの稽古の方が大事なの」

 

「それは判ってるけど、でも――」

 

 さらに説得しようするノイエの言葉を遮るように、コルチナは、ぱん、と手を叩いた。「それより、あのときの約束、忘れないでよね?」

 

「約束? 戦争が終わったら、踊り子に戻るってこと?」

 

「それは当然だよ。そっちじゃなくて、あたいと二人で、舞台に立つ、って約束」

 

「あ……」

 

 ノイエは口元に手を当てた。確かに、コルチナが仕官する際、その約束をした。

 

「まさか、忘れてたの? ひどーい」コルチナは腕を組み、頬を膨らませた。

 

 ノイエは首を横に振った。「ううん、そうじゃないけど」

 

「あたい、すごく楽しみにしてるんだからね? なんたって、『天使の歌声を持つ少女』との共演なんだから!」

 

 子供のように目をキラキラさせるコルチナ。夢がかなうと信じて疑わない、純粋な目だった。

 

 音楽家の両親の間に生まれたノイエは、子どもの頃から天性の音感と美声を持ち、『天使の歌声を持つ少女』と呼ばれ、若くして宮廷楽師隊に属していた。だが、いくさ好きの前王ドレミディッヅは芸術の分野に理解が無く、戦争には不要、と、楽師隊を強制的に解散させてしまったのだ。以来、ノイエは舞台の上で歌ったことはない。正直、もう以前のように歌えるかは判らない。まして、この先ともなると――。

 

 そんな事情を知らないコルチナは。

 

「いまのあたいじゃ、あなたの歌とはレベルが違いすぎる。二人で舞台に上がっても、あたいだけじゃなく、あなたにも恥をかかせちゃう。でも、戦争が終わるまでには、あなたの歌にふさわしい、立派な踊り子になってみせるからね」

 

 ぱち、っと片目を閉じると、「さ、稽古稽古」と、またターンの練習を始めた。

 

 ――二人で舞台に立つために、早く戦争を終わらせなきゃいけないの。

 

 それを言葉にすることはできない。ノイエが不治の病に侵されていることは、軍師グイングライン以外は知らない。このことが知れ渡ると、いつ倒れるかも判らないノイエは戦場に立つことすら許されないかもしれないのだ。それでは、王のお役に立つことができない。

 

 なんとかコルチナに修行をしてもらうため、さらに説得しようとしたとき、階段の方から、誰かが来る気配がした。

 

「――ノイエ、ここにいたか」

 

 その声を聞いた瞬間、ノイエは、コルチナのことや病のことも瞬間的に忘れて振り返る。

 

「陛下……」

 

 ノイエは右の拳を左の拳で包む仕草をする。コルチナも、王が現れたとあってはさすがに稽古を続けるわけにはいかない。ターンをやめると、ぎこちないながらノイエと同じ仕草をした。

 

 ヴェイナードも軽く同じ仕草を返すと、「少し話せるか」と、ノイエを見た。

 

「え……あ……あたしと……ですか……? も……もちろん……です」

 

 言葉がつっかえるノイエと、その様子をどこかおかしそうな顔で見ているヴェイナード。そんな二人の様子を見比べたコルチナは、また、ぱん、と手を叩いた。「あ、そうだ。あたい、午後から白魔法の修業するんだった。じゃ、あたいはこれで。陛下、失礼しまーす」

 

 軽い口調で言うと、コルチナは一流の踊り子も感心するような軽やかなステップで去って行った。

 

「もう……あの娘ったら……」ノイエは王に頭を下げた。「申し訳ありません。あんな失礼な態度を」

 

「いや、構わぬ。堅苦しいのは、公の場だけで充分だ」ヴェイナードはわずかに首を振り、そして続けた。「ノイエ。先のいくさは、よくやってくれた。礼を言う」

 

「お礼だなんて、そんな恐れ多いです。あたしなんて、まだ未熟で、なんの役にも立てなくて……」

 

「そのようなことはない。そなたの魔法のおかげで、我が軍の被害は最小限に抑えることができた。この城を落としたことは、我が国にとっても、帝国にとっても、非常に大きい」

 

 キャメルフォードは、エストレガレス帝国と西アルメキアの国境にあった都市だ。昨年、西アルメキアの領土を全て制圧した帝国だったが、ノルガルドがこのキャメルフォードを占領したことで、現在帝国は領土を分断された形となっている。南西のカルメリーや南のファザードにはまだ帝国の部隊が残っているが、ログレス側から援軍を送ることはできない。皇帝ゼメキスや四鬼将らは全て東の戦場へ回っているので、今なら残りの二城を落とすのも容易だろう。

 

「お役にたてたのであれば光栄です、陛下」

 

 ノイエは心からの喜びと共に言った。病をひた隠しにし、いつ倒れるか判らない身でも戦場に赴き続けるのは、何よりもヴェイナードの役に立ちたいからだ。彼からの労いの言葉は、何にも勝る喜びである。

 

「だが、ノイエ。すまんが、次の節はターラへ向かうことになった」

 

「ターラ、ですか?」

 

 ターラは旧レオニアの聖都で、キャメルフォードとは大陸の真反対の場所にある都市だ。昨年秋よりイスカリオからの攻撃を受けているという話は、ノイエも聞いている。現在ブランガーネが中心となって防衛網を敷いているが、ハドリアン・グルームの二城が落とされ、敵はターラに迫りつつある。旧レオニアの民にとって、ターラは今でも聖地である。レオニアを併合したノルガルドにとっても、他国に侵略されるのは避けたいところだ。

 

「――それで、余が赴くことになったのだ。ノイエ、そなたも一緒に来るようにとの指令が出ている。あわただしくてすまないが、よろしく頼む」

 

「もちろんです。どこまでも、お供いたします」

 

 ノイエは、心からの決意を込めて、そう言った。

 

 そのとき、小さな咳が出た。

 

 それは本当に小さなものであったが、ノイエは慌てて口を多い、後ろを向く。わずかな咳であっても、今のノイエには重篤な症状になる可能性がある。実際、軍師グイングラインに病のことが知られたのも、小さな咳が止まらなくなり、その結果吐血したのが原因だった。

 

 幸い、咳はそれ以上出ることはなかった。恐る恐る手のひらを確認しても、血はついていない。

 

「――大丈夫か?」

 

 ヴェイナードが心配そうな声をかける。ノイエはすぐにヴェイナードの方を向くと、「失礼しました。なんでもありません」と笑顔で答えた。

 

 ヴェイナードは安心したような笑みを浮かべた。「ノルガルドと違い、ここは気候が穏やかだ。今日はゆっくり休むと良い。『天使の歌声を持つ少女』が、のどを傷めては一大事だからな」

 

「え――?」

 

 一瞬、我が耳を疑った。その呼び名を、まさかヴェイナードから聞くなど、思ってもみなかったのだ。

 

 ヴェイナードは真剣な顔に戻ると、さらに言った。「なかなか約束が果たせず、すまないと思っている。このいくさが終われば、楽師隊は必ず復活させる。それまで、待っていてくれ」

 

「陛下、約束を覚えてくれていたのですか?」

 

「無論だ。また君の歌を聴くことを、何よりも楽しみにしている」

 

 それは、まさに天にも昇る心地であった。

 

 宮廷楽師隊に属していた頃、ノイエは、一度だけヴェイナードの前で歌ったことがある。その時、ヴェイナードからは身に余るほどのお褒めの言葉を頂いた。それだけでもノイエには忘れられない思い出だが、その後、前王ドレミディッヅが楽師隊を解散させようとした際、王宮内でただ一人、ヴェイナードだけが反対したという。結局解散を止めることはできなかったが、ヴェイナードは、そのことをわざわざノイエに詫びに来たのだ。そして、いつか必ず楽師隊を再編してみせる、と、約束してくれた。もう何年も前の話であり、これ以降、彼の口から楽師隊の話が出たことはない。王となったヴェイナードはこの国の命運を左右する身である。慢性的な食糧不足に苦しむ状況を打開するため、なんとしてもこのいくさに勝たなければならないのだ。楽師隊のことを考えているヒマはないだろう。ノイエはそう思っていた。それでも良いと思っていた。だから、まさかヴェイナードが約束を覚えているなど、思ってもみなかったのだ。

 

 ヴェイナードは、視線をノイエから城下へと移した。城塞都市キャメルフォードの街並みと、その先にはエストレガレス帝国の領土が広がっている。そして、さらにその先には――ここからは見ることはできないが――カーレオンやイスカリオの領土も広がっているはずだ。

 

「落ち着いて君の歌を聴くためにも、早くこの戦争を終わらせたいものだ」

 

 ヴェイナードは、大陸全土を一望するように視線を流し、そう言った。

 

 ヴェイナードの言葉に、ノイエは。

 

「――はい」

 

 これまで以上の決意を込め、大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ヴェイナードが去った後も、ノイエは屋上に残っていた。

 

 夢のような時間であった。まさか、ヴェイナードが約束を覚えていてくれていたとは。それだけでなく、歌を聴くことを楽しみにしている、とまで言ってくれたのだ。

 

 彼のそばにいられるだけで良かった。自分の力で彼のお役に立てたというだけで幸せだった。それなのに、約束を覚えてくれている。歌を楽しみにしてくれている。もし、これで本当にもう一度彼の前で歌うことができたとしたら、どれだけ幸せな気持ちになれるだろう? もはや想像もつかない。

 

 でも、だからこそ。

 

 それが叶わなかった時のことを思うと――怖い。

 

 いつまで彼のそばにいられるか判らない。自分の力でどこまで彼の役に立てるのか判らない。彼が歌を楽しみにしてくれているのに、その期待を裏切ってしまうかもしれない。

 

 それを考えると、怖くてたまらない。

 

 開戦以降、ノルガルドは順当に領土を広げている。現在残っている国の中では、最も勢力を広げているであろう。

 

 それでも、まだフォルセナ大陸の半分にも達していない。このままのペースでは、戦争が終わるまで、まだ数年はかかるだろう。彼との約束を果たす日は、まだ遠い。

 

 ノイエが病の治療を諦めたとき、医者からは、余命は二年と言われた。

 

 

 

 もう、その二年は過ぎている。

 

 

 

 

 

 

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