イスカリオの最後の砦となったグルームは、白狼王ヴェイナードの率いる十万の大部隊に迫られていた。前王の娘ブランガーネやその部下も組み込まれており、シルバードラゴンやフェニックスなどの強力なモンスターも多数見える。
「へ……陛下、敵は目前に迫っております。いかがいたしましょう……」
砦内の会議室で、物見からの報告を受けたキャムデンが、得意の揉み手をするのさえ忘れて王に報告した。部屋にいるのは、ドリストとイリア、そして、キャムデンとアルスターの四人だ。十万のノルガルド兵に対し、この砦に残っている兵は一万程度。その上、度重なる戦闘でバハムートやファイアドレイクなどの上級モンスターも失ってしまい、リザードマンやグリフォンなどわずかなマナで召喚した寄せ集めのモンスターしかいない。いかに難攻不落のハドリアン砦と言えど、戦闘となれば、一日ともたないであろう。
ドリストは、含んだ笑い声を上げる。「クックック、敵もなかなかやるじゃねーか。こりゃ出直しだな」
「しかし――」と、アルスターが言う。「出直しと言っても、もう我らに城は残されておりません。後方のアスティンは、すでにカーレオンの手に落ちております」
西の戦線から白狼ヴェイナードが移って来て以降、ノルガルドへ侵攻していたイスカリオ軍は敗北を繰り返し、大きく後退させられることとなった。さらには、時期を同じくしてカーレオンも賢王カイが大部隊を率いて侵攻しはじめ、レティシュノート、そして、王都カエルセントと、次々と城を制圧していった。ドリストは司令部をグルームやハドリアンへ移すものの、二国の侵攻を止めることはできず、遂に、残るはこの城のみとなったのだ。
「なら、これでこのいくさは終わりだ。ま、国取りゲームにも飽きてきたところだ。ちょうど良かったぜ」
ドリストは笑みを浮かべたまま言った。あっさりとした口調だったが、それはこの国の敗北宣言に他ならない。当然、アルスターには受け入れることができない言葉であった。
「しかし、それでは代々イスカリオを守ってきたご先祖様に顔向けができませぬ!」
訴えるように言うが、ドリストのとび蹴りが飛んできた。
「たわけ! クソみてーな国しか作れなかったヤツらなんかどうでもいいんだよ! いまこの国の王はオレ様だ! 死んだヤツらより、生きているオレ様のいうことを聞くんだよ!」
いつも通りの振る舞いであるが、そのとび蹴りに、今までのような鋭さはない。まるでウィークネスの魔法を何重にもかけられたかのような、弱々しい蹴りだった。
「しかし……しかし……」
さらに追いすがろうとするアルスターだったが、続く言葉は出てこない。いつの間にか、涙があふれていた。
「泣くんじゃねータコが!」
ゲンコツが飛んできて、アルスターは涙を隠すため顔を伏せた。
ドリストは「へっ!」と息を吐くと、続けた。「イスカリオなんざ、欲しいヤツにくれてやりゃいいんだよ。オレ様には、他にやることがあるからな」
アルスターは顔を上げた。「やること……ですと?」
ドリストは含み笑いをすると、イリアを見た。「おいイリア。オメー、行くところがあるんだろ?」
イリアは、敗北を前にしても鋭さを失わない瞳で、「……はい」と頷いた。
「オレ様も付き合ってやるぜ。国取りゲームよりも、そっちの方がよっぽど面白そうだからな。ぎゃーっはっはっは!」
ドリストは愛用の鎌・ルインサイスを肩に担ぎ、大声で笑う。
イリアは、「ありがとうございます、陛下」と、頭を下げた
「――ま、そういうことだ。じゃあな」
ドリストは片手をあげると、そのままイリアと二人で部屋を出て行こうとする。
「お待ちください、我々は、どうすれば?」
アルスターを振り返ったドリストは、なついてきた野良犬を追い払うように手を振った。「もうイスカリオは存在しねぇんだ。カーレオンでもどこでも、好きなところに行っていいぜ」
「我々に、他国に仕官しろと?」
「だから好きにしろっつってんだよ。これ以上戦争するのが嫌なら、野に下ればいい」
「――――」
言葉を失うアルスター。イスカリオの下級文官の家に生まれ、成人すると同時に王宮に仕えることになった。先王が崩御し、ドリストが王位に就くと、時期を同じくしてルーンの加護を受けたアルスターは思わぬ形で登用され、王の政務を補佐する役職となった。実際は奴隷同然の扱い、いや、奴隷そのもの、いやいや、奴隷以下の扱いであり、王の身勝手な振る舞いに口出しして殴る蹴るくすぐられるなどの暴行を受けることは日常茶飯事で、ここまでパワハラの厳しい国は他にないだろう。
それでも。
アルスターは、これまでドリスト以外の王に仕えるなど、考えたことも無い。
それは、国への忠誠心とか、ご先祖様への顔向けとか、虐げられることに快感を覚えたとか、そういった理由ばかりでは、決して、ない。
王は、再び背を向けた。
そして――最後の言葉を授けるように、言う。
「テメーら二人とも、オレ様が即位して以降クソの役にも立たなかったが……まあ、今までご苦労だったな。あばよ」
それは、アルスターたちがドリストに仕えてから初めて聞く、心からの労いの言葉のように聞こえた。
部屋を出るドリストを、アルスターは。
「お待ちください!!」
大声で呼び止めた。
そして、「ああん?」と首を傾けて振り返った王に向けて、言った。
「陛下は、我々に死刑を申し付けたのをお忘れですか!?」
「死刑だぁ?」
「そうです! 全て合わせて、二百万と五百十四回です! 我が国において、死刑を執行できるのは法務省の最高責任者である陛下のみ! これを全て執行していただくまで、我々は決して陛下のおそばを離れませんぞ! そうでしょう、キャムデン殿!」
同意を求めるアルスターに対し、キャムデンは冷え切った目を向けた。「私とあなたを一緒にしないでいただきたい。私は、死刑などごめんです」
そう言った後、一転して目にごますり精神を宿らせて王を見ると、必殺の揉み手を繰り出した。「ですから、わたくしは陛下から二百万と五百十四回分の恩赦を頂くまで、どこまでも尽くさせていただきますぞ」
ドリストは、「アホか」と呆れた声で言った。「死刑なんざ、他の国に行けば無かったことになるだろうが」
「いいえ! 一国の王たるも、一度下した判決を安易に覆すものではありませぬ! 最後まで責任もって執行していただきます!」アルスターは、心からの決意と共に言う。
「わたくしはもう体質が陛下以外を受け付けませんからな。よその国の欠格君主に仕えるなど、どうしてできましょう」キャムデンも心からのヨイショと共に言った。
「ケッ……物好きな連中だぜ」あきれ果てた声を漏らすドリストだが、そこには、どこか嬉しそうな響きがあるようにも思えた。「まあ好きにしな。イリアの用事が終わったら、また復活してやるつもりだったからな」
その宣言に、アルスターは目を輝かせた。「おお! それはまことでございますか!」
「あたりめーだ! オレ様が本気を出せば、天下なんざいつでも取れるんだ! オレ様が戻ってきた時が、イスカリオ復活の時だぜぇ!」
いつもの調子に戻った王に対し、キャムデンが、「さすがでございます陛下! よっ! フォルセナ1の伊達男っ!!」と、いつものお世辞を飛ばす。
たとえ国が亡びようと、この四人の振る舞いは変わらない――アルスターは、そう確信した。
機嫌良さそうに笑っていたドリストが、ふと、悪戯を思いついた子供のような顔――これも、いつものことだ――になった。
「そうだ。オメーら、イスカリオという国名の由来を知ってるか?」
「は? 由来ですか? いえ、知りません」
アルスターは首を振り、その後キャムデンを見た。
「わたくしも存じませんな」キャムデンも同じく首を振る。
「だろうな。よし、いい機会だから教えておいてやる」ドリストは悪巧みをするような笑みをさらに深めて続けた。「この国の古い言葉で、『イー』は『笑顔』や『幸福』を意味する。これが『イース』となることで、複数形になるのだ」
「なんと、それは初めて聞きました」
「そして、『カール』は『ともに歩む』、『リーオ』は『国』を意味するのだ。つまり、イスカリオという名は、正しくは、『イースカーリーオ』――『多くの笑顔・幸福とともに歩む国』となるのだ」
アルスターは、「おお」と声を上げた。「イスカリオという名に、そのような意味があったとは」
「さすがは陛下、強いだけでなく、博学でいらっしゃる」感服した顔をするキャムデン。
ドリストは、胸を張ると、「ま、いまオレ様が考えたことだがな」と言って、話を締めくくった。
「……まあ、そうだと思いました。陛下にお仕えしてもう長いですから、すぐに判りましたぞ」
「しかし、陛下はこの国の王であり法を司るお方。陛下が仰れば、それが正しいのです。よっ! 歩く六法全書!!」
王と二人の家臣のやりとりに、イリアは、わずかに笑顔を浮かべているように見えた。
その様子を満足げに見つめていたドリストだったが、やがて声を上げた。
「ようし、ヤローどもっ! そろそろ行くぜ! 気合入れろよ! オレ様たちの戦いは、これからだぜぇ!!」
「はい!!」
「もちろんでございますとも!」
「……
王の新たな檄に、三人はそれぞれの思いで応える。
こうして、四人は、新たな戦いへ旅立った。
聖王歴二一七年四月。
イスカリオは、エストレガレス帝国・ノルガルド・カーレオンを相手に善戦するも、三国同時に戦う国力は無く、徐々に疲弊。聖王歴二一七年六月上には王都カエルセントが陥落。王ドリストは司令部をハドリアンへ移すも、同年八月上のノルガルドの攻撃を前に、これも失う。
聖王歴二一七年八月上、王ドリストとその家臣らは表舞台から姿を消し、イスカリオは滅亡した――。