ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第五部
第一三六話 カイ 聖王暦二一七年十月上 カーレオン/リンニイス


 カーレオン首都リンニイスの王城にて、国王のカイは寝室へ向かう廊下を歩きながら、今後いくさをどう展開させるかを頭の中に思い描いていた。二ヶ月前、狂王ドリスト率いる隣国イスカリオは滅びた。開戦直後よりエストレガレス帝国と激しく戦闘を繰り返してきたイスカリオは、昨年秋より北の大国ノルガルドとも交戦状態となった。カイは、イスカリオが二国同時に戦闘を行ったことがあまりに無謀であったと分析している。イスカリオは騎士の質という面で帝国やノルガルドより劣っている。帝国のゼメキスや四鬼将、ノルガルドの白狼と銀の騎士ら手練れ騎士と互角に渡り合える騎士が、イスカリオにはドリストとイリアくらいしかいなかった。二国を同時に戦うには戦力不足であったのだ。無闇に敵を増やさず、若手騎士の育成や在野騎士の登用に力を入れ、戦力が整ってから挑めば、結果は違っていたかもしれない。

 

 イスカリオの滅亡は、カーレオンにとっては大きな教訓となる。カーレオンも、他国の手練れ騎士と互角に渡り合えるのはカイとディナダンくらいである。ゆえに、カーレオンは開戦当初より防衛に専念し、騎士の育成と登用を積極的に行ってきた。それらは少しずつ実を結び、戦力は充実しつつある。さらには、イスカリオが帝国・ノルガルドとの戦闘で徐々に疲弊していく中、カーレオンは隙をついてイスカリオへ侵攻。拠点を次々と陥落させ、結果、王都カエルセントを含む旧イスカリオ領をほぼ掌握することに成功した。逆に、イスカリオと一進一退の攻防を繰り返した帝国とノルガルドは、領土を広げるまでには至っていない。この一年で最も領土を拡大したのはカーレオンだ。さらには、滅亡したイスカリオからカーレオンへ再仕官した騎士も多く、領土だけでなく戦力も増強されている。

 

 だが、当然喜んでばかりもいられない。領土を広げたことで、カーレオンはノルガルドと国境を接することになった。

 

 フォルセナ大陸の歴史上、北の大国ノルガルドと南の魔導国家カーレオンの戦闘が行われた記録は無い。今回の戦争でも、まだ両国とも宣戦布告はしていないため戦争状態にはなっていないが、それも時間の問題であろう。ノルガルドの王ヴェイナードは、白狼の呼び名にたがわずオオカミの如き貪欲さを持つ野心家で、帝国の皇帝ゼメキス同様大陸制覇を目指している。開戦当初は現王ヴェイナード派と前王ドレミディッヅ派のふたつに分かれた対立もあったようだが、現在は大陸制覇の野望の元に軍も民もひとつにまとまっており、国の結束は固い。近く、必ず刃を交えることになる。

 

 そして、エストレガレス帝国との戦闘もこれから激化するだろう。帝国はこれまで西アルメキア・ノルガルド・イスカリオとの戦闘を重視しており、カーレオンとの戦闘には主力である王ゼメキスや四鬼将らの姿は無かった。だからこそ、カーレオンはここまで大きな被害もなく領土を広げることができたのだ。しかし、西アルメキアとイスカリオが亡び、三国での戦闘となったことで、この先主力部隊との戦闘は避けられない。実際、先月上旬には四鬼将のひとりである剣聖エスクラドスを総大将とする部隊の侵攻を受けた。ただ、この戦いは、戦闘前の戦義により大将同士の一騎打ちで勝敗を決めることになり、大きな戦闘にはなっていない。これはエスクラドスがディナダンとの一騎討ちを強く望んだためであり、他の四鬼将ではこうはならなかっただろう。

 

 カーレオンは開戦当初と比べ騎士の人数は増えたものの、ゼメキスや帝国四鬼将らと互角に渡り合えるほどの実力がある騎士はまだまだ少ない。いや、今後帝国の主力となるのはおそらく四鬼将ではない。四鬼将の内、デスナイト・カドールは去り、ゼメキスの副官シュレッドは軍総帥の地位についたため後方から指揮をする役に徹している。剣聖エスクラドスは年齢的にこれ以上最前線で戦い続けるだけの体力と気力は無いだろう。今後帝国の主力となるのは、王妃エスメレー、そしてログレスの双子の騎士・ミラとミレだ。この三人は、帝国の西アルメキア侵攻時に極めて重要な役割を果たした。帝国と戦闘を続けていくならば、この三人と互角に渡り合える騎士を育成することが急務となる。

 

 候補となる騎士はなんと言っても旅の絵描き騎士ミリアだ。仕官直後から各国を旅し、多くの在野の騎士をスカウトして、カーレオンの戦力増強に大きく貢献してきた彼女は、実はその魔力も恐るべき才能を秘めているように感じる。きちんと修行をすれば、もしかしたらカイも含むこの国の誰にも負けない魔術師になるかもしれない。ただ、本人にその自覚が無いのが欠点である。仕官以降、ミリアは戦闘には参加しておらず、修行もあまり行っていない。彼女がカーレオンに仕官したのは、国のためとか大陸の平和のためといった理由ではなく、絵を描くネタにするためだという節がある。もちろん、騎士をスカウトしてくれるだけで国への貢献度はかなり高いし、戦う理由は人それぞれであるためその点をどうこう言うつもりはない。今後は、彼女に戦闘面でのやる気をどう引き出すかにかかっているだろう。

 

 また、半年ほど前に妹のメリオットが連れてきたシェリダンという男も成長が期待できる騎士だ。戦場での戦闘経験はまだ無いが、個の実力はなかなか高く、特に野良モンスターのフェンリルを翻弄するほどの素早さは騎士団長であるディナダンも高く評価している。その素早さを最大限活かせるクラスの修業をさせれば大きな戦力となるだろう。素手で戦う拳闘士が適役だが、東方の小さな島国の武術・忍びの術をマスターさせてみるのも面白い。この国には、その忍びの術を使う騎士がいる。カザンという名の騎士だ。かつてアルメキアの愚王ヘンギストがゼメキス暗殺のために差し向けた部隊の一人という以外一切の素性が不明で、この国に仕官した目的も判らない。あまり信用の置けない騎士ではあるが、命令には忠実だ。彼の忍びの技をシェリダンに取得させれば、ナイトマスターを超えるほどの強力な騎士になる可能性もある。

 

 他にも、ミリアの友人エルオードとリカーラ、宰相のボアルテや、相変わらず今回の戦闘でやたら張り切っているシェラも期待できる。カーレオンが戦い続けるには、これらの騎士をいかに早く育成するかにかかっている。

 

 そして、もう一人、最近極めて成長著しい騎士がいるのだが――。

 

「あ! お兄ちゃん!」

 

 妹メリオットの声がして、カイは考えを中断した。廊下の先、カイの寝室の前で、メリオットがこちらを睨みつけていた。その両手には、なにやら大量の()()()()を抱えている。

 

「やあ、メリオット。どうしたんだい? そのたくさんのぼろきれは?」

 

 カイがとぼけて訊くと、メリオットは「どうしたのじゃないでしょ!」と怒りの声を上げて近づいてきて、ぼろきれの山を前に突き出した。「これ、全部お兄ちゃんのベッドの下から出てきた洗濯物よ!」

 

「え? そうなのかい? ごめんごめん。うっかりしてたよ」

 

「うっかりで溜まる量じゃないでしょ! 洗濯物はちゃんと洗濯カゴに入れてって、いつも言ってるでしょ! 洗濯するこっちの身にもなってよね!」

 

 不満を一気にぶちまけた後、メリオットは大きく息をつき、肩を落とした。「あーあ、今日はカルロータちゃんと一緒に攻撃魔法の修業をする予定なのに、こんなに洗濯してたら、約束の時間に間に合わないよ」

 

「いや、メリオットが攻撃魔法の修業なんてする必要はないよ。この国には、優秀な魔法使いがたくさんいるからね」

 

「そんなわけにはいかないでしょ。これから帝国と本格的な戦闘になるし、たぶんノルガルドとも戦うことになるから、強い騎士は一人でも多い方がいいって、みんな言ってるよ? あたしも頑張って修行して、みんなの役に立たなくちゃ」

 

 やれやれ、と、カイは胸の内でため息をつく。確かに、この先強力な騎士は一人でも多く必要だ。そして、現在は弓騎士であるメリオットだが、カイの見立てでは魔法の才能も秘めている。弓騎士にも魔法を使う者は多いが、防御力を高めたり魔法を封じたりする補助魔法に限られる。そのため、一時的に魔法の修業に専念し、氷や吹雪などの初級青魔法を使えるようになるだけで、戦略の幅はぐっと広がるだろう。

 

 だが、それはつまり、大切な妹を危険な戦場に出すということでもある。

 

 カイは、申し訳ないという気持ちを表すため、頭に手を当てた。「あ、そうだ。洗濯のついでに、服の繕いもお願いできるかな。この前着た謁見用の服のボタンが取れちゃったんだ」

 

 メリオットは大きく目を見開いた。「ええ? またなの? こないだも袖が破れたとか言って、縫ってあげたとこじゃない。いまどき男の人でもボタンくらい縫えないと、女の人から嫌われちゃうんだからね」

 

 取れたボタンを自分で縫う王様はたぶんいないと思うよ、と、カイは内心つぶやく。

 

「あーあ。お兄ちゃんのお世話してたら、あたし、どんどん修行する時間が無くなっちゃうよ。まったく、お兄ちゃんって、ホント、あたしがいないとなんにもできないんだから」

 

 呆れたように言うメリオットだが、その表情はどこか嬉しそうでもある。

 

 すると、メリオットはふいに何か閃いたような顔になった。

 

「よし、決めた。あたし、これからもずっとお兄ちゃんのそばにいて、面倒見てあげる」

 

 思いつきでとんでもないことを言い出した妹に、カイは慌てた。「え? あ、いや、それは困るな」

 

「だってしょうがないでしょ? こんなだらしないお兄ちゃんなんて、誰も結婚してくれないでしょ? あたしが面倒見るしかないじゃん」

 

「いやいや、それでメリオットがお嫁に行けないようでは、僕が父上に合わす顔が無いよ」

 

「あら? お兄ちゃんって考えが古いのね? いまどきお嫁に行くことが女の幸せじゃないんだから」

 

「ああ、うん、それはそうだ。でも、それと、メリオットがずっと僕の面倒をみるっていうのは、別の話だよ」

 

 うろたえるカイを見て、メリオットは勝ち誇った顔で続ける。「だったら、お兄ちゃんも一人で洗濯や裁縫をできるようになってね。まずは、この洗濯物を片づけるわよ」

 

 はい、と言って、メリオットは抱えていた大量の洗濯物をカイに渡した。

 

「いや、でも、僕はこれから、ちょっと重要な考え事をしなきゃいけなくて」

 

 実際そうするつもりで寝室へ向かっていたのだ。カイが最も集中できるのは寝室のベッドの上なのだ。たが、メリオットの目には、それはただ寝ているだけに映ってしまうらしい。

 

 案の定、メリオットは「考え事って、どうせまた部屋でグータラしてるだけでしょ? そんなヒマがるなら、ほら、洗濯洗濯」と言って、カイの腕を引っ張る。

 

 カイはメリオットに引かれ、無理矢理洗濯場に連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 この様子を、廊下の柱の陰から微笑ましい顔で眺めている者がいた。カーレオンの宰相・ボアルテである。

 

 カーレオンの騎士団長ディナダンは、柱の陰に隠れてニヤニヤしている老騎士を発見し、眉をひそめた。老騎士の視線の先を見ると、カイとメリオットがなにやら仲良く言い争いをしている。いい歳をしたおっさんが若い男女を覗き見するなど気持ち悪くてしょうがない。

 

 ディナダンは音もなくボアルテの背後に立ち、声をかけた。「――ボアルテ卿、柱の陰などに隠れて、何をしているのです?」

 

 不意に声をかけられたボアルテは、びくん、という擬音が聞こえてきそうなほどに身体を震わせ、背筋を伸ばして驚いた。

 

「こ、これはナイトマスター殿。いや、なんでもありません」

 

「なんでもない? そうでしたか。なにやら楽しそうに陛下と姫の様子を見ておられたようなので、何かあるのかと思ったのですが」

 

 ディナダンが視線をカイとメリオットに向けると、ボアルテはさらにうろたえた顔になる。

 

「いえいえ、本当になんでもありません。ただ、陛下とメリオット様は仲が良くてよろしいと思っていた次第で」

 

「はあ?」

 

「では、私は政務があるのでこれで」

 

 ボアルテはそそくさと政務室の方へ去って行った。

 

「まったく、なんなんだろうねあれは」

 

 ディナダンは呆れた顔でボアルテの背中を見送った。

 

 

 

 

 

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