ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一三八話 ミリア 聖王暦二一七年十月下 カーレオン/――――

 旧パドストーとカーレオンの国境付近、現在はカーレオン領となったベイドンヒルの西の山中にある小さな町で、旅の絵描き騎士ミリアは市場を歩いていた。もうすぐ陽が沈む時刻。そろそろ店じまいを始めるところもあるが、まだ人出は多い。小さな町の小さな市場だがさびれた雰囲気は無く、行き交う人もお店の人も、誰もが明るい表情だ。東のベイドンヒルは、この数年で目まぐるしく占領国が変わった。パドストーから西アルメキアへ国が変わり、エストレガレスに侵攻され、そして、カーレオンが奪い取った。ベイドンヒルに住む人々には疲れの色がにじみ出ていたが、この小さな町には、戦時中とは思えないほど活気に満ちている。主要都市や街道から遠く離れているので、戦争はあまり関係ないのかもしれない。

 

「なかなかいい町ですね、ミリア殿」

 

 ミリアの後ろを歩くエルオードが言った。ミリアは「そうね」と、短く返し、フフッ、と小さく笑う。ずっと山奥の小屋で暮らしていたエルオードは、少し前までこうした町の市場に来ると、物珍しさにあっちこっち()()()()()して子どものように落ち着きが無かったが、カーレオンに仕官して以降、どうにか町の雰囲気にもなれ、落ち着いて行動できるようになった。もちろん、騎士としての実力も上がっている。ミリアとしては、子どもの成長を見ているようで、ちょっと感慨深い。

 

「ふるさとノ町を思イ出すネ。チョット、流シで占イのお店でもヤってみるカ」

 

 クセの強い訛り言葉で話すのは占い師のリカーラだ。彼女が住んでいたのはイスカリオの辺境の港町で、この市場のようにいつも活気にあふれていた。

 

「占いのお店って、売るのかうらないのか、ややこしくない?」

 

 ミリアが冗談を返すと、「オウ、そのネタ、確かマエにも使ってタね」とツッコまれた。そうだったかな? と、首をかしげるミリア。記憶には無いが、まあいいや、と市場をさらに進む。

 

 カーレオンに仕官し、エルオードやリカーラなど多くの在野の騎士をスカウトして国へ貢献してきたミリア。しかし、彼女が仕官した本当の目的には、まだ手が届きそうになかった。旅の絵描きであるミリアは、仕官前はフォルセナ大陸を巡り、人々の笑顔や綺麗な風景など、美しいものばかりを描いてきた。だが、この大陸には、戦火や飢えに苦しむ人、権力や金におぼれる者など、悲しいもの、醜いものなどもたくさんある。それらに目をそむけ、ただ美しいものばかりを絵にし続けるだけで、本当の画家と言えるのか? そんな疑問を持ったミリアは、カーレオンに仕官した。戦争の真実と向き合い、それを絵にすることができた時、自分は本当の画家になれる――そう信じていたのだ。

 

 しかし、絵を描き始めたものの、思うように筆は進まなかった。『亡国の民』と名付けたその絵は、滅亡した西アルメキアからカーレオンへ逃れてくる難民の姿を描いたものだった。赤子を抱いた母親や、老いた父を背負った青年、親とはぐれて途方に暮れる幼い兄弟など、戦火に焼かれた街から逃げ、生きることに絶望している人々の姿だ。悲しい絵だ。こういう絵を描くべきだと信じて始めたのだが、もう一年以上経つのに、いまだ完成していない。理由は判っている。描きたくないのだ、そんな悲しい絵は。描かなければいけないという使命感はあるが、心の中では描きたくないと思っている。だから、筆は進まない。無理矢理描いても納得のいくものにはならない。そうしてミリアは行き詰るたびに気晴らしの旅へ出るのだが、それでも描けない。これほど長く絵が完成しないのは、ミリアにとって初めてのことだった。

 

 今回の旅に出たのも同じ理由だ。前回まではエルオードなど仕官していない騎士の友人をスカウトするという目的もあったが、知っている人には全員声をかけたので、もうアテはない。今回は本当にただの気晴らしだった。こんなことじゃいけない、というのは自分でもよく判っている。絵を描くことが目的で仕官したことは、大陸一の知恵者と噂される賢王カイならばとっくに見抜いているだろう。それでも文句のひとつも言われないのは、旅に出るたびに新たな騎士をスカウトしてくるからだ。それが無くなれば、きっと戦場へ送られる。カイはミリアに魔術の才能を見出しているらしく、何度か修行を勧められてもいる。戦闘方面にはあまり乗り気ではないミリアだったが、あまりにも絵が描けないため、戦場へ出るのもいいかな、と思い始めている。敵国にも魅力的な騎士はいる。その人たちをモデルに絵を描くというのも悪くないだろう。だが、それではいつまでたっても本当に描こうとしている絵は完成しない。そんな感じで悶々としながら部屋に籠っているのは性に合わないので、こうして旅に出ているのである。

 

 目的の絵の完成には程遠いが、旅に出ると気晴らしにはなる。戦争中でもこうして明るく元気に暮らしている人々もいる。そういった人たちを見ると、やはり心が安らぐものだ。エルオードとリカーラも、旅の最中は絵の話をしない。二人ともミリアの心情を察してくれているのだろう。ちなみにもう一人の友人であるガッシュは今回置いてきた。王宮での生活を嫌い、仕官を渋るガッシュに対し、ミリアは「もっと強くなれる」とそそのかし、どうにか仕官させた。しかし、王宮嫌いという性格は変わらず、お城での修業には顔を出さず、個人的な体を鍛えるトレーニングばかりしているようだ。そんな態度を同門でライバルのシュストから注意され、ただいま徹底的にしごかれている。

 

「さて、陽が暮れる前に、今晩の寝床を探さないと……」

 

 ミリアは市場を後にし、宿屋の建ち並ぶ区画へ向かおうとした。すると。

 

「あの、すみません」

 

 街角で若い娘さんから声をかけられた。小さな手押しのワゴンに花を生けたバケットを積んでいる。どうやら花売りの少女らしい。

 

「ひょっとして、皆さんはカーレオンの騎士様でしょうか?」少女はそう問いかけてきた。

 

「そうです。よく判りましたね」と、ミリアは答えた。ミリアは絵描きの格好、リカーラは踊り子のような格好をしているため、普通は騎士だと気付かれにくい。

 

「ええ。お二人は、騎士様かどうかわからなかったんですけど、あちらの方が……」

 

 少女はエルオードに手を向けた。まあそうだろうな、と、ミリアは納得する。エルオードは戦場でもないのに鎧を着て盾と剣を携えている。誰がどう見ても騎士だ。敵国の領土を旅することもあるので騎士だと気付かれない格好をするように言っているのだが、ファッションに無頓着なエルオードは聞く耳を持たない。まあ、ここはカーレオンの領土なので、騎士と気付かれても特に問題は無いのだが。

 

「それで、なにかご用ですか?」

 

 ミリアは訊いた。何か困っていることがあるのなら、助けてあげるのも騎士の務めだ。もちろん、内容にもよるが。

 

 少女はワゴンの花に手を向けた。「売れ残りで申し訳ないんですけど、お代は結構ですから、良かったらこの花、貰ってください」

 

「え? あ、いや、大事な商品を頂くわけには……」

 

 急な申し出に戸惑うミリアだが、少女は笑顔で続ける。

 

「いいんです。騎士様には国を守ってもらっていますし、もうお店を閉める時間なので、残っても仕方ないですから」

 

 ワゴンに残っている花は、赤、白、黄色の三本だけだ。売れ残りというのは間違いなさそうだ。もちろん、売れ残りの花でも綺麗に咲いている。

 

「せっかくのご好意ですから、いただきましょう」とエルオードが言った。

 

 リカーラも同意する。「そうネ。花は鮮度がイノチ。売れ残っタら、どんドんしおれていくダけネ」

 

「そうなんです。なので、綺麗に咲いているうちに貰ってくれた方が、花たちも喜びます。ご遠慮なくどうぞ」

 

「そうですか。じゃあ」

 

 と、ミリア達は少女の好意に甘えることにした。

 

「では……私はこの赤い花を頂きましょう」

 

 そう言って、エルオードは真っ赤なバラを手に取った。三本しかない花を選ぶのに乙女二人を差し置いて()()()()男が真っ先に取るのはどうなんだ、とミリアは思ったが、まあ、そういう空気を読めないところはいかにも彼らしい。

 

 少女もクスリと笑う。「赤いバラ、いいですよね。恋人から大きな赤いバラの花束を貰うのが、あたしの夢なんです。まあ、そんな恋人、まだいないんですけどね」

 

 てへっ、と可愛く笑う少女に、エルオードは急にきりりと表情を引き締めた。「では、この花は、あなたに奉げましょう」

 

「いや、それじゃあ貰った意味が無いでしょ」と、ミリアはツッコむ。「それに、あんたみたいに空気が読めない男から貰ったんじゃ、夢も希望も無くなっちゃうわよ」

 

 エルオードは首をかしげる。「空気が読めない? 何のことでしょう?」

 

「そういうところよ」

 

 ミリアはリカーラと顔を見合わせて笑った。

 

「ジャあ、ワタシはこの白い花を貰ウネ」

 

 リカーラが手に取ったのは純白の百合の花だ。

 

「白い百合の花は、あたしの理想なんです」と、少女は言う。「あたし、お転婆だから、百合の花のようにおしとやかになりたいんですよね」

 

「オウ、そんナの気にしなイでイイね。昔かラ、女の子はお転婆イたズラ大好きっテ言うネ。アなたはアなたのママ生きルノが、一番の理想ヨ」

 

「そう言ってもらえると、嬉しいです」少女は笑顔を深めた。

 

「じゃあ、あたしはこの黄色い花を、と」

 

 ミリアは、最後に残った花を取った。ヒマワリの花だ。売れ残りの三本のうちのさらに二人から選ばれなかった本当に最後の残り物だが、ミリアはこの花で良かったと思う。もし最初に選ぶことになっていたとしても、ミリアはヒマワリを選んだだろう。

 

 ミリアはヒマワリの大輪を見つめながら言う。「あたし、ヒマワリの花って大好きなんだよね。凛とした(たたず)まいで、ずっと太陽を見つめる姿が、絵になるのよ」

 

 すると、少女が。

 

「わかります!!」

 

 と、叫ぶように言った。

 

 そして、いきなりの大声に驚いたミリアをよそに、少女は早口で続ける。「ホント、ヒマワリの花ってカワイくてステキですよね。辛い時とかこの花を見てると、あたしも頑張らなくちゃって、元気がわいてくるんです。いつだって元気をくれる花。あたしの一番の()()花です!!」

 

 なんか急に変なスイッチが入ったぞこの娘、と、ミリアが驚きを通り越して呆れていると、その空気を察したのか、少女は申し訳なさそうな顔をした。

 

「あ、スミマセン。あたし、本当にヒマワリが好きで、同じ好みの人に会えたのが嬉しくて、つい……」

 

「いえ、全然大丈夫ですよ」

 

 ミリアは苦笑いを浮かべる。まあ、好きなものの話をするときに思わずテンションが上がってしまうのは判る。ミリアも絵の話をするとき、自覚は無いがあんな感じになっているのかもしれない。

 

「でも、本当に、花っていいですよね」少女はしみじみとした口調で言う。「ヒマワリに限らず、花を見ていると、元気を貰えます。小さな花も頑張って咲いてるし、枯れちゃっても、また新しい芽が出る。そんな生命力の強さを見るたびに、あたしも生きる力が湧いてくるんです」

 

「はあ、生きる力、ですか」

 

 ミリアは曖昧な返事を返す。花を見ていると心が和む、とはよく言うが、生きる力が湧いてくる、とは、ちょっと大げさな気もする。

 

 そんなミリアの様子に気づいたのか、少女は少し神妙な顔になった。「実はあたし、少し前まで、カルメリーで小さなお店を営んでいたんです」

 

 それを聞いて、ミリアも苦笑いをやめる。カルメリー――この街の北西にある都市だ。滅亡した西アルメキア、そして旧パドストーの首都だった都市である。当然、この小さな町とは比べ物にならないほど大きい。

 

 そして、今はエストレガレス帝国の占領下にある。

 

 つまり、この少女は西アルメキアの滅亡でカーレオンへ逃れてきた難民なのだ。

 

「あの時は、街中大混乱でした」と、少女は思い出したくないであろう過去を語る。「エストレガレスが侵攻してきて、街が戦場になったら、みんな殺される、命だけは守らなきゃ、って、みんな荷物も持たずに逃げ出したんです。あたしも、家族と一緒に、本当に身一つで逃げ出しました」

 

 しかし、混乱する人々の波に飲まれ、少女は家族とはぐれてしまったそうだ。

 

 少女は家族を探し、街から逃げるのが遅れた。そうしているうちに西アルメキアは降伏し、帝国軍が街へ入ってきた。このままでは殺されると思った少女は、一人で逃げるしかなかった。

 

 帝国は既に西アルメキアの全土を占領していた。逃げるなら同盟国であるカーレオンしかない。だが、街道は軍の行き来が多く、見つかると捕らわれてしまうかもしれない。少女は軍から身を隠すように街道を離れ、道とも言えないような場所を歩いた。森や湿地帯、険しい山や橋のかかっていない川を進む。生い茂る草木をかき分け、()()()()まで沈み込む泥沼から何度も足を引っこ抜き、一歩足を踏み外せば崖下まで一気に転がり落ちてしまう断崖を歩き、流れの早い川を腰までつかりながら、ただ歩き続ける。少女は生まれてから街を出たこともほとんど無く、その上旅の支度もまるでしていない。時おり見つかる川や泉などで水を飲む程度で、ろくな食糧もないままさまよい続け、いつの間にか、草木も生えないような荒れ地に迷い込んでいた。

 

「もう、本当に、地獄に来てしまったんだと思いました。地面はどこも岩と砂だらけで、空からは肌を焼くような強烈な日差しが照りつけて、時々強い風が吹いて、砂埃が舞って……家を失い、家族ともはぐれて、あちこち傷だらけで、お腹もすいて、喉も乾いて。歩こうとしても、足は疲労で震えるだけで、もう一歩も前に出ませんでした。さすがにダメだ、と思って、そこで倒れたんです」

 

 荒野に一人倒れ込んだ少女。後はこのまま死を待つだけ……そう覚悟した時、奇跡が起こった。

 

 倒れた少女の目の前に、一輪の花が咲いていたのだ。

 

 放射状に広がったギザギザの葉に、太く短い茎、そして、空に向かって咲き開く、たくさんの小さな黄色い花びら――タンポポの花だった。

 

「あたし、涙が止まりませんでした。こんな荒れ果てた土地にも花が咲くんだ、ちゃんと咲いて、大空を見つめてるんだ。こんな状況でも、ちゃんと生きてるんだって」

 

 タンポポは、どこにでも咲く花だ。野原でも、山でも、川辺でも、道端でも。

 

 時には、硬い石の地面にも根を張り、花を咲かせる。

 

 そして、花を咲き終らせると、一度倒れる。

 

 倒れるが、数日後、タンポポは、また起き上がる。

 

 起き上がり、花を咲かせていたときよりもさらに高く伸びて、白い綿毛をいくつも作り、それを、風に乗せて飛ばす。次に咲く、命の種と共に。

 

 タンポポは、生命力の強さの象徴だ。

 

「このタンポポは、硬い地面にも、照りつける強い日差しにも、吹き付ける強い風にも、乾いた大地にも負けず、ここに咲いたんだ――そう思ったら、あたし、力が湧いて来たんです。こんなことで死ねない、絶対生き抜いてやる、戦争なんかにあたしは負けない、絶対絶対負けるもんか! って」

 

 少女は立ち上がり、また、歩きはじめた。

 

 そして、さらに一日歩き続け、この町にたどり着いた。

 

 町の人は優しかった。衰弱した少女を手厚く看護し、水や食糧だけでなく、少女の事情を知ると、住む場所も与えてくれた。元気になった後は、仕事のお世話までしてくれた。街で花屋をやっていたということで、この、花売りのワゴンを用意してくれたのだ。

 

「ホント、着の身着のまま逃げ出した時には、また花屋をやれるなんて、夢にも思いませんでした」

 

 その時のことを思い出しているのだろう、少女は涙を浮かべながら話す。今は小さなワゴンだけど、いつかきっと、またお店を開きたいんだ、と、夢を語る。

 

 そして。

 

「戦争が終わったら、お金を貯めて、離れ離れになった家族を探しに行こうと思っています。みんなも、きっとどこかで力強く生きてるんだって、信じてますから」

 

 少女は空を見上げながら、花よりも美しい顔で、そう言った。

 

 ミリアも、エルオードも、リカーラも、その凛とした美しい姿を、じっと見つめていた。

 

 しばらくして、少女ははっとした顔になり、恥ずかしそうにうつむく。「す、スミマセン、あたしったら、またテンションが上がって、変なこと言っちゃって……」

 

 ミリアは首を振った。「そんなことないですよ。素敵なお話です。あたしたちも、勇気をもらいました。――ね?」

 

 エルオードとリカーラを見る。二人も、力強く頷く。

 

 ミリアは、ヒマワリの香りを嗅いでみた。しかし、わずかに土の匂いを感じる程度で、香りはほとんどしない。ヒマワリは、元々香りの少ない花なのだ。

 

 それでも、なぜだか体の中から力が湧いてくるような気がする。

 

 エルオードとリカーラも、それぞれの花の香りを嗅いだ。やはり、体から力が湧いてきたのだろうか、満足そうな表情だ。確かに、花には、元気や勇気、そして、生きる力を与えてくれる。

 

 ミリアは、少しばかりのお金を渡そうと財布を取り出そうとして、やめた。少女はお金はいらないと言っていたし、なにより、あんな話を聞いた後にお金を渡すのは、なんだか失礼な気がしたから。

 

 お金を払う代わりに、ミリアは貰ったヒマワリを胸に抱き、もう一度少女を見る。

 

 そして。

 

「この花、大切にします」

 

 約束するように、力強く言った。

 

「はい」

 

 少女はもう一度美しい笑顔を浮かべると、「じゃあ、失礼します」と言って、人ごみの中に姿を消した。

 

 花売りの少女と別れたミリアは。

 

「よーし、じゃあ、お城に帰るわよ!」

 

 エルオードとリカーラに、そう言った。

 

「はい? もう帰るのですか?」エルオードは首をかしげる。「旅立ってから、まだ二日しか経っていませんよ? いつもなら、ひと月ふた月かけて、遠くまで足を運ぶのに」

 

「そうネ」とリカーラも頷く。「そレに、帰るニしても、もう遅イ時間ネ。今日ハどこカの宿に泊マって、帰るノは明日にスルのがイイね」

 

「そんなヒマ無いわ。あたしには、やることができたから」

 

「やること?」

 

 不思議がる二人をよそに、ミリアは沈みゆく夕日を見つめる。あの燃え盛る真っ赤な太陽よりも熱いものが、いま、ミリアの胸の内にあった。今なら描ける――そう確信していた。こんな気持ちになったのは久しぶりだ。ずっと失われていた気持ちが戻ってきた。いや、もしかしたら、今まで以上かもしれない。そう思えるほど、今のミリアは、とにかく絵を描きたかった。とても明日まで待っていられない。一刻一瞬でも早く帰りたい。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!」

 

 ミリアは燃えたぎる情熱を声に出して叫ぶと、居ても立ってもいられず駆けだした。

 

 

 

 

 

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