ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一四一話 ミリア 聖王暦二一七年十一月上 カーレオン/――――

『急がば回れ』とは、よく言ったものである。

 

 カーレオンの絵描き騎士ミリアは、フォルセナ大陸に古くから伝わるこの言葉の重要さを身をもって思い知っていた。山中の小さな町で出会った花売りの少女にインスピレーションを貰ったミリアは、絵を描きたい衝動を抑えられず、日没間近にもかかわらず町を飛び出し帰路についた。だが、ただでさえ日が沈んで暗い山道を、少しでも近道をしようと脇道に逸れたのが運の尽き。がっつり道に迷ってしまったのである。早く帰りたい時に限ってこれだ。こんなことなら町で一晩明かしてからちゃんと街道を通って帰れば良かった、などと後悔しても遅い。

 

 町を出て五日。通常ルートなら既に帰り着いている頃だが、ミリア達はまだ山の中をさまよっていた。もはや自分たちが大陸のどこにいるかも判らない状況で、食糧も後一日分しかない。旅の経験が豊富なミリアは道に迷うことにもワリと慣れているものの、今回ばかりはかなり焦っていた。まあ食糧はいざとなれば適当にモンスターを召喚して食べればいいので大丈夫だが、絵を描きたい衝動は日に日に増すばかりだ。一年以上筆が進まなかったあの絵が今なら描けるかもしれない、でも描くことができない……イライラは募るばかりで、このままでは自分のせいで迷ったのに巻き込まれたお供のふたりに八つ当たりしてしまうだろう。それで友情にヒビが入るのは()()()()避けたいところである。せめてここが大陸のどの辺りかをハッキリさせ、大きな都市や主要街道までの道が判れば少しはイライラを抑えられるのだが。そんな気持ちが天に届いたのか、この日ミリア達はどうにか山間部にある小さな集落にたどり着くことができた。

 

「良かったですね、ミリア殿。これで、今夜は野宿せずにすみそうです」

 

 お供のひとりであるエルオードが安堵の声で言う。帰るにしても朝になってから、というエルオードたちの忠告を無視して町を飛び出し、結果こんな事態になってしまったのは間違いなくミリアの責任だが、エルオードたちは決してそのことを責めたりはしない。

 

「ゴメンね二人とも。二人の忠告を無視したばかりにこんなことになって。あたし、絵のことになると、周りが見えなくなるから」

 

「オウ、そんなコと気にしなくてイイネ」と、もう一人のお供であるリカーラも責めずに言う。「ハプにングも旅のダイゴミよ。特にミリアとの旅ハ、ワタシたちガ想像もつかナいようなことヲしでかすカラ、退屈しないネ」

 

「本当にその通りです。こういうことがあるから、ミリア殿の旅には、我らのお供が欠かせないのです」

 

 責められてはいないが微妙にバカにされているようにも思ったが、巻き込んでしまった非があるので、苦笑いで受け流すにとどめた。

 

「さて、まずはここがどこなのかハッキリさせないと」

 

 ミリアは空を眺めながら言った。陽はまだ高く、夜まではまだ時間がある。主要都市から遠いようならここで一晩お世話になった方が良いだろうが、近いならすぐに出発し、少しでも早く帰るために距離を稼ぎたいところだ。さて、誰か道に詳しい人はいないものか、と、集落に入ってみたが。

 

「……なんだか、寂しい村ですね、ミリア殿」

 

 エルオードが言った。ミリアも集落に足を踏み入れたときから、その奇妙な雰囲気にすぐ気付いた。道を歩いても人の姿は無い。木組みの家がぽつぽつと建っているが、どれも崩れかけの廃屋同然である。畑はたくさんあるが、どこも長く放置されているようで雑草が生い茂っている。打ち捨てられた廃村に来てしまったのか、とも思ったが、注意深く見ていると、そうではないことが判る。道には雑草はあまり生えておらず、日常的に人が往来していることが窺える。木組みの家も、崩れかけではあるが崩れているとも言えず、住もうと思えば充分住めるレベルだ。なにより、そこかしこに人の気配がある。家の方から視線を感じてそちらを見ると、さっと陰に隠れる姿が一瞬見えたり、わずかなささやき声が聞こえたりする。人がいるのは間違いなさそうだ。

 

「すみませーん、誰かいませんかー」

 

 ミリアは大声で呼びかけてみたが、反応は無かった。余所者を警戒しているのだろうか? 都市部から遠く離れた場所に閉鎖的な集落があるのは珍しい話ではない。そういった集落では概ね外から来た者に冷たく、話しかけても無視されたり、けんもほろろに追い返されたりする。ただ人嫌いが集まっているだけの集落ならまだいいが、中には外の人間には知られたくない重大な秘密を抱えている特殊な村もある。人から聞いた話だが、代々地主が密かに自分の娘を神の()()()()に奉げている村なんかもあるらしい。そういった村ならトラブルに巻き込まれないよう早々に立ち去った方が身のためだが、せめていま自分たちがどこにいるのかくらいは確認しておきたい。迷っていたのは数日だからそう遠くへは来ていないと思うが、国境付近を旅していたため、知らず敵国に足を踏み入れている可能性もある。

 

「あたしたち、ちょっと道に迷っちゃってて。近くの大きな街か、街道へ出る道を教えてほしいんですけどー」

 

 道さえ教えてくれればすぐに立ち去りますよ、というアピールを含めて呼びかけてみたものの、それでも誰も返事をしてくれない。弱ったな。こっちは早く帰って絵を描きたいのに。しょうがないので、ミリアは強硬手段に出ることにした。家の中に人がいるのは間違いないのだから、無理矢理連れ出そう。ミリアは近くの家の玄関を叩こうとした。

 

「――おい」

 

 背後から不意に声をかけられた。びっくりして振り返る。さっきまでは誰もいなかったのに、いつのまにか後ろに男の人が立っていた。どこから現れたのか、まったく気づかなかった。

 

 男は額から左頬にかけて大きな切り傷の跡があり、目つきも悪くいかにも悪人といった顔つきだ。腰には湾曲した細い剣・カタナを携えている。気配を消して近づけたことに納得するミリア。この男は東方の小さな島国の剣術を使う剣士なのだ。

 

 道に迷って困っている旅人を無視する村人に、いかにも悪人面の剣士。どうにもイヤな予感しかしないが、とにかく早く帰りたいので、ミリアはこの人でガマンすることにした。

 

「すみません。いま言った通り、あたしたち迷子になっちゃってて。いえ、一晩泊めてくれなんて言うつもりはありません。お邪魔なようでしたら、道さえ教えていただければすぐに立ち去ります。とりあえず、ここはどこらへんになるんでしょうか?」

 

 機嫌を損ねないようできる限り下手(したて)に出てみたが、あまり意味は無かった。

 

「お前たちはカーレオンの騎士だな?」

 

 男はミリアの言うことを無視して質問をぶつけてくる。質問を質問で返すなと子どもの頃に習わなかったのかコイツは、と内心思ったが、事を荒立てないため、「そうです」と答える。ミリアとリカーラはともかく、エルオードは剣に鎧と盾を装備といういかにも騎士という格好をしているので、バレても仕方がない。

 

「いえ、騎士とは言っても、あたしたちは平和的に旅をする専門の騎士でして。ここを通りかかったのもたまたまで、ただ道を聞きたいだけなんです」

 

 とにかく早々に立ち去りたいミリアだが、相手は聞く耳を持たない。

 

「最近は領土も広がり、随分と羽振りがいいと聞いている。そこで、お前らにひとつ頼みごとがあるのだが」

 

 さすがは閉鎖的な村だ。会話のひとつもできやしない。これだから田舎はキライなんだよ。などと考えつつも、困っている人がいれば助けるのも騎士の務めである。それに、少し前の花売りの少女のように、話を聞けばいいものを貰える場合もある。あの時のように絵のインスピレーションを貰えるなら、少々時間をかけても頼みごとを聞いてあげる方がいい。

 

「なんでしょう?」

 

 ミリアは期待して訊いた。

 

 男はフフン、と不敵に微笑むと、携えていたカタナを抜き、刃先をミリアに向けた。

 

「簡単な話だ。金目のものを、全て置いていってもらおう」

 

 ……まあそうだろうな、と、ミリアはガックリと肩を落とす。見るからに悪人面の人間だ。いいものなんてもらえるわけもない。旅先ではいいこともあれば悪いこともある。その確率は半々で、いいものを貰えることもあれば何ももらえないこともあり、運が悪いとケガをして一節養生しなくてはいけないなんてこともある。ミリアはこれまで何度も旅をしているが、悪いことは特に起こらなかった。でもそれはたまたまで、こういうことが起こることもあるのだ。

 

「なにをゴチャゴチャ言っている。さっさと金目のものを置いて行け。さもなくば命は無いぞ」

 

 男はずいっと剣先を前に突き出した。

 

「えーっと、騎士を相手にしようっていうのだから、あなたも騎士ですよね?」

 

 一応、ミリアは訊いてみる。騎士にはルーンの加護というものがある。これは魔物を召喚したり従えたりするだけでなく、力がアップしたり身体が頑丈になったりという効果もある。これが普通の人とルーンの加護を受けた人の最大の違いであり、ルーンの加護が無い人がある人にケンカを売るのはあまりにも無謀だ。騎士の間では、街の酒場で「以前ルーンの騎士にひどい目に遭わされた」などと言われて酔っ払いからケンカを売られることがなぜかよくあるのだが、ミリアのような非力な魔法使いでも相手のパンチは全く効かず、こちらのパンチは絶対に防御できない仕様になっている。なので、酔っぱらうなどしていない限り、一般の人が騎士にタイマンでケンカを売るようなことはしない。

 

 案の定男は「そうだ、それがなんだ」と、自分も騎士であることを認めた。いわゆる在野の騎士である。

 

「せっかくのルーンの加護を、そんなふうに使うのは、良くないですよ?」

 

 たしなめるように言うが、男は「知ったことか」と、ミリアの言葉を切り捨てるように言った。「言うことをきかぬのであれば、力ずくで奪うまで」

 

 やれやれ、つくづくめんどくさいところに来てしまった。こんなことなら道なんて尋ねようとせず、素通りしておけばよかった。運が悪い時は何をやってもうまく行かないものである。まあ仕方がない。ルーンの加護を持ちながらどこの国にも仕えない在野の騎士はたくさんいるし、それぞれ事情があるだろうからあまりどうこう言うつもりもないが、さすがに賊まがいのことをしているのはほっとけない。ここは説得するよりも懲らしめた方が早そうだ。

 

「――じゃあ、任せたわよ」

 

 ミリアはエルオードの肩をポンとたたき、後ろに下がった。

 

「はい? 私が相手をするのですか?」

 

「そりゃそうでしょ。こういうのは男の仕事って、昔から決まってるの」

 

「はあ。まあ、仕方ないですね」

 

 エルオードは前に出て「それでは、私がお相手させていただきます」と言って、剣と盾を構えた。

 

「命が惜しくないようだな。ならばあの世で後悔するがよい!」

 

 言うや否や、賊の男は一気に踏み込んで刀を横薙ぎに振るった。かなり鋭い一閃だったが、エルオードはどうにか盾でその攻撃を防ぐ。反撃とばかりにエルオードは剣を振りかえすが、賊は素早く身を引いて簡単にかわした。そして、別の角度からさらに一撃繰り出す。エルオードはその一撃もどうにか盾で防ぎ、反撃を試みるも、やはり簡単にかわされる。

 

 おっと、意外と強いなあの人、と、ミリアはその攻防を見て思った。エルオードも今やカーレオンの盾と一部で呼ばれるほどの騎士に成長している。魔導国家カーレオンにおいては前衛の騎士が不足しているのでその期待を込めての呼び名というのもあるが、それでも賊ごときに遅れを取ることは無いだろうと思っていた。しかし、完全に賊の方が優位に立っている。これは予想外の展開だった。

 

 ふたりは何度か剣を振るい合う。エルオードの剣は相手にかすりもしないが、賊の剣もまた、盾や鎧に阻まれて決定打にはなっていない。ただ、明らかにエルオードの方が押されている。エルオードは大きな剣に大きな盾と重い鎧という重装備だが、賊の方は細身のカタナに軽めの鎧という軽装だ。体力の消耗はどうしたってエルオードの方が大きい。エルオードの方はかなり息が上がってきたが、賊の方はまだまだ余裕がある。

 

 しばらく剣の打ち合いが続いたが、やがて賊はエルオードの剣をかわすと同時に大きく後ろに跳んで間を取った。互いに剣の間合いから外れた距離だ。それに気を緩めたのか、エルオードはふう、と大きく息を衝く。そこに油断が生じた。賊がその場でカタナを縦に振るう。間合いは大きく離れており、カタナが届く距離ではない。しかし、賊が振るった切っ先から鋭い風が生じ、それが刃となってエルオードに襲いかかる。剣士の特技のひとつで、体内の闘気を練って刃として飛ばす技・レンキザンだ。不意を突かれたエルオードは、盾の防御が間に合わない。風の刃はエルオードの右手をとらえ、その剣を弾き飛ばした。慌てて剣を拾いに行こうとするエルオードだが、戦場で剣を手放した時点でもう勝負は決まったようなものである。再び素早く間合いを詰めてきた賊が、カタナをエルオードののど元に当てた。

 

「勝負あったな」賊は勝ち誇った顔で言った。

 

 あらら。エルオードが負けてしまった。不甲斐ないヤツめ。見捨てて今のうちにばっくれようかな、と、ミリアは一瞬思ったものの、貴重な騎士を一人失ってしまったら陛下に申し訳ない。仕方ない。ちょっと相手してやるか。

 

「リカーラ、せーので、魔法をぶっ放すわよ」ミリアはリカーラに耳打ちした。

 

「オウ、男ト男の一騎打ちニ横槍ヲ入れるノは良くないネ」

 

「いいのよ、これはそんな騎士道に準じたものじゃないんだから」

 

 戦場で大将同士の一騎打ちに手出しするのは騎士として恥ずべき行為だが、ここは戦場ではないしあの二人も一騎打ちの取り決めはしていない。なにより騎士道なんてミリアは知ったことではなかった。そんなことより早く帰って絵を描きたいのである。

 

「マ、それもソうネ」

 

 リカーラも同意し、魔法の準備をしようとしたが。

 

「ふん、そんなものが、この俺に通用するかな?」

 

 賊はエルオードに刃を向けたまま、こちらを見て不敵に笑う。なかなか油断のないヤツだ。

 

 賊の言う通り、相手に魔法が通用するかどうかは判らない。彼のような剣士は、修行の一環で精神力を鍛えているため、魔法に対して強い耐性がある。イマイチ魔法の修業はしていないミリアはもちろん、リカーラの魔法ですら通用しない可能性もあるのだ。やっぱ見捨てて逃げるのが一番かな、と思い直したその時。

 

「あーろん、おなかすいたー」

 

 あまりにも場違いな声がした。そちらを見ると、ボロボロの家からこれまたボロボロの小汚い服を着た五歳にも満たないくらいの小さな男の子が出てきた。

 

 賊もそちらを見て、息を飲んだ。

 

「ダメだ! 来るな!」

 

 賊の注意がそちらに注がれる。

 

「今よリカーラ! せーの!」

 

 ミリアが合図をし、リカーラは稲妻の魔法、ミリアは氷の魔法を同時に使った。ズドンシャキン!! と、賊は雷に打たれて凍りつく。いかに魔法の耐性が高い剣士とはいえ、不意を衝けばイチコロだ。賊はバタリとその場に倒れた。

 

「あーろん、おなかすいたってばー」

 

 男の子はとことこ歩いて賊に近づき、舌足らずの声で話しかけるが、賊は気を失っている。

 

「ままー。あーろん寝ちゃったよー?」

 

 男の子は家の方を振り返った。すると、家の中から若い女性が慌てた顔で出てきて、「ぼうや! ダメよ!」と、子どもを抱き寄せた。そして、訴えるような目をミリア達に向ける。

 

「騎士様! どうかアーロン様をお許しください! アーロン様は、全て私たちのことを思ってしてくれたのです」

 

 いや金目のものを奪おうと襲っておいて負けたから許してくださいは通らないだろ、と、内心思ったものの、これ以上の面倒事はミリアも望まないので、「いえ、別にいいんです」と言ってあげた。「それより、さっきも言った通りあたしたちは迷子になってたまたまここに来ただけなので、道さえ教えていただければ、すぐに立ち去ります」

 

 しかし、女性は賊をかばおうと必死に訴える。

 

「アーロン様が大陸中でお尋ね者になっているのは判っています! でも、それは全て私たちのような貧しい者を救うためにしたこと! 罰するのであれば、どうか私たちを!」

 

「ですから、あたしたちはお尋ね者を捕まえようとか罰しようとかそういうのじゃなくてですね、ただ道を教えてほしいだけで」

 

「この子は昨日から何も食べていません! だからアーロン様は、こんな追い剥ぎまがいのことを……ああ、アーロン様にこんなことをさせてしまって、私たちはなんて罪深い!」

 

 ……ダメだ。コイツも人の話を聞かないタイプだ。どうなってんだこの村は。ミリアは大きくため息をつく。

 

「……もういい」

 

 そう言って、賊がむくりと起き上がった。お、やるか、と身構えるミリアだが、賊はこれ以上戦う意思は無いようで、カタナを捨てた。

 

「煮るなり焼くなり好きにしろ。覚悟はできている」

 

「だから、別にあたしたちはあなたの罪を咎めようなんて気はさらさらなくて、ただ道を教えてほしいだけだってば」

 

「ダメですアーロン様! 騎士様! どうかアーロン様にご慈悲を!!」

 

 頭痛くなってきたな。どうすればこの状況から抜け出せるんだ。ミリアは頭を抱える。

 

「アーロン……聞いたことありますね」

 

 そう言ったのはエルオードだ。あごに手を当て、考える仕草をする。「確か、人々を苦しめて私腹を肥やす悪徳商人や貴族を懲らしめて金を奪い、貧しい人たちに分け与えている騎士がいると。確か、義賊アーロン」

 

 アーロンでもイーロンでもウーロンでもなんでもいいよ。話がややこしくなる予感しかしないからお前は黙ってろ、と思ったら、案の定。

 

「……そうだ、俺はアーロン。義賊などという者もいるが、なあに、やってることはそこらの賊と変わりない」

 

 出たよ、自分語り。いつかの呑んだくれの神官騎士の時もそうだったけど、どうしてこう落ちぶれた騎士は勝手に自分語りを始めるんだ。別にあんたのことに興味なんか無いんだけどな。そんなことより早く帰って絵を描きたいんだよこっちは。

 

 と、どんどんイラ立ちを募らせるミリアをよそに、アーロンと名乗った賊は「だがな……」と言って話を続ける。「この大陸のザマを見てみろ! 何年も続く戦争はこんな山奥の小さな村まで巻き込んでいる。この村は畑で育てた作物と山で狩った獲物や森で採った木の実などでしか生計を立てるすべのない貧しい村だった。それでも、村人はつつましく平和に生活をしていた。なのに、西アルメキアと帝国の戦いに巻き込まれてこのザマだ! ここだけじゃない。大陸中にこんな村は溢れている! それに比べ、武器商人はこの戦争を機に大儲けをし、貴族は民に重税を課して私腹を肥やす。貴様ら騎士も、戦っていれば食うのには困らんのだろう? そんなヤツらから奪って何が悪い!? 畑を踏みにじられ、森を焼かれて、この村の者はどう生きろというのだ!? たとえ追剥まがいのことでも、生きていくためにはやらねばばならん! ……それが現実だ」

 

 終わったかな? 気が済んだら早く道を教えてくれ、と、ミリアが言おうとしたら。

 

「アーロンさん、それは詭弁というもの。あなたは、ただ現実から目を逸らし、逃げているだけです」

 

 エルオードが諭すように話し始めた。なんだ? こっちも語りはじめたぞ? どいつもこいつもめんどくさいな。と思うミリアをよそに、話は続く。

 

「たとえ相手が悪人であったとしても、奪えばあなたも悪だ。仕方がないとか、生きるためとか、そんな言い訳をして悪事に手を染め続けたら、いつかあなたも本当の悪になってしまうでしょう。そんなことでこの村を救えるとは思えません。どんなに現実がつらくとも、理想を追い求めて戦い続けることが、ルーンの加護を受けた者の務め……騎士ならば、この大陸全土を巻き込んだ戦争を終わらせることが、この村を救う唯一の方法なのです!」

 

 ちょっと前まで戦争がイヤで山奥に引きこもっていた男がなに偉そうに言ってんだ。しかも賊ごときに完敗したクセに。と、イラ立ちのあまり、ミリアは仲間にも毒を吐く。

 

 アーロンは「ふん」と鼻を鳴らした。「そんなキレイごと、聞くだけで反吐が出る。だが、こんなことを続けていても何も変えられないことは、俺にも判っていた。騎士として戦うことでこの村を救えるのならば……本当にこの戦争を終わらせることができるのならば、お前のそのキレイごとに付き合ってみるのも悪くないかもしれん。だが、本当にこの俺にできるだろうか?」

 

 迷いを見せるアーロンに対し、エルオードは、「もちろんです」と、力強く頷いた。

 

「判った。ならばお前の言うことを信じよう。俺をお前たちが仕える王の元へ連れて行け。そこで誓おう。騎士として、最後まで戦い続けることを!」

 

 まるで舞台役者にでもなったかのように大袈裟なセリフで仕官を誓うアーロン。エルオードは握手を求め、アーロンはそれに応じる。女性は涙を流しながら拍手を送った。いや、女性だけでなく、いつの間にか他の家に隠れていた村人たちも出てきて、アーロンとエルオードに拍手を贈っている。

 

「そんナんどうでもイイかラ早く帰り道を教えロくそガ。隕石落とシテこの村壊滅さたロかワレ」

 

 そう言ったのはミリアではなくリカーラだった。ミリアでさえ内心思うだけで口にすることはなかったことを躊躇なく言ってしまうあたり、どうやらミリア以上にイライラしていたようである。

 

 リカーラがブチ切れたことで逆に冷静になったミリアは、どうにかリカーラを落ち着かせ、改めて帰り道を訊いた。ここはカーレオンと帝国の国境ギリギリにある村で、一番近くの主要都市であるベイドンヒルまでは歩いて三日だそうだ。道はアーロンが知っているので、順当にいけばどうにか今節中には家に帰りつけるだろう。なんかお供が一人増えてしまったが、まあいいや、さあ帰ろう。と、ミリアが改めて出発しようとしたら。

 

「――ねえ、お姉ちゃん」

 

 さっきの子どもが、ミリアの袖をクイクイと引いてきた。なんだよ、お前まで帰るのを邪魔するつもりか、と一瞬思ったが、いかんいかん、とすぐに考え直す。絵を描きたいばかりにイライラしてこんな小さな子どもにまでイラ立ちをぶつけるのは人としてアウトだ。ミリアは、「なあに?」と、優しく微笑んだ。

 

「お姉ちゃんは、騎士様なんだよね?」

 

「そうよ?」

 

「じゃあ、王さまともお友だち?」

 

「うーん、まあ、そうね」

 

「王さまってさ、なんでこんなにお空がキレイなのに、ケンカばっかりしてるの?」

 

 男の子はぱちぱち瞬きをしながら、不思議そうに言う。

 

「ん? どういうこと?」

 

 ミリアも首をかしげた。空とケンカが、どう繋がるのだろう?

 

 男の子は、濁りひとつ無い宝石のような目をミリアに向けて、言う。

 

「だってボク、ケンカキライだもん。ケンカしても、叩かれたら痛いし、叩いた方も手が痛いし、もう一緒に遊べなくなったら悲しいし、ケンカするくらいなら、こうやってお空を見上げてた方が楽しいや」

 

 男の子は空を見上げた。

 

 つられて、ミリアも空を見る。

 

 そこには、雲ひとつ無い澄み切った青空が、どこまでも広がっていた。

 

「――――」

 

 ミリアは、その空の美しさに言葉を失う。いつから、こんな綺麗に晴れ渡っていたのだろう。さっき空を見たはずだが、気付かなかった。ずっと絵を描くことばかり考えていたからだろうか。いや、思えば、もうずっと長いこと、こうしてじっくり空を見上げることなんて、無かったような気がする。

 

「ね、楽しいでしょ?」と、男の子が言った。

 

 ミリアは、男の子の目線にしゃがみ、「ほんとにそうね」と言った。「きっと、王様は戦争に夢中で、空が綺麗なことに、気付いてないのよ」

 

「じゃあ、王さまにもお空がキレイなことを教えてあげなきゃね」

 

「判った。じゃあ、帰ったら、ちゃんと教えておくわ」

 

 ミリアが約束すると、男の子は白い歯を覗かせ、屈託なく笑った。ミリアも笑顔を返し、男の子の頭を撫でた。なんかいろいろあったけど、結果的にこの村に来て良かったかもしれない。

 

「よっしゃああぁぁ! じゃあ、急いでお城に帰るわよ!!」

 

 ますます絵を描きたい衝動に駆られたミリアは、居ても経ってもいられず駆け出す。

 

 そこへ、ずどどどどん! と連続して雷が落ちてきた。

 

「少シは学習シロこのメスブタが」

 

 本気でキレたリカーラの連続雷魔法くらい、ミリアは一節の間休養を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

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