ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一四二話 シャーリン 聖王暦二一七年十一月下 カーレオン/アスティン

 カーレオン領アスティンの城門前で、ノルガルドの騎士シャーリンは周辺の地形を入念に見分していた。城の周りに進軍の障害となるものは無い。東のやや離れた場所に森が広がっているが、戦闘に影響を及ぼすものではないだろう。この城を巡る戦闘で敵が城外へ打って出る可能性はまず無い。戦闘となれば単純な攻城戦となるはずだ。だが、敵はその裏をかいて、森の中に伏兵させることもあるだろうか。攻城中背後から奇襲を受けると致命的な損失となりかねない。警戒に越したことはないが、慎重になるあまり背後にばかり気を取られては本末転倒だ。シャーリンは、あらゆる可能性を吟味し、戦闘になった場合の作戦を頭の中に描いていく。

 

 

 

 かつてレオニアにおいて『氷の華』と呼ばれた騎士シャーリンは、レオニア併合後はノルガルドに仕え、軍師グイングラインの配下に入っていた。現在グイングラインは王ヴェイナードと共にアスティン城内でカーレオン王カイと会見を行っている。シャーリンは移動の際の護衛部隊の一員としてここまで同行したのだが、カーレオン側の要請により会見を行う者以外の入城は許可されなかったので、終わるまで城外での待機となったのである。その際、上官であるグイングラインから、「この城をよく見ておけ」と言われた。すなわち、今後この城を巡る戦いになることを想定しておけ、ということである。周辺の五つの都市と繋がるこのアスティンは交通の要衝で、戦略的に極めて重要な拠点である。会見で二国が同盟を結ぶのか宣戦布告となるのかはグイングラインをもってしても予測できないようだが、もし戦闘となった場合、ノルガルドはまずこの城を落とさなければならない。今回シャーリンの任務は護衛に留まらず、新たな戦場の下見も兼ねているのだ。

 

 

 

 城周辺の地形は極めて単純だ。城外での戦闘は考えなくても良いだろう。主となるのは攻城戦だ。ならば、飛行の魔法が使える騎士を将にし、ロックやワイバーンなどの高空モンスターを中心に編成するべきだろう。ただ、当然それは敵も想定し、防衛部隊には弓を使う騎士やモンスターを組み込んでいるはずだ。それらへの対策も重要となる。こちらも弓使いを編成するか、あるいは防御力を高めるか……。

 

「――おや、シャーリン君ではないか」

 

 シャーリンが城周辺を見分しながら思考を巡らせていると、通りかかった男に声をかけられた。尊大ぶったその声には聞き覚えがあった。

 

 シャーリンは「フン」と鼻で笑い、声をかけてきた男を見る。「誰かと思えばランゲボルグか。こんなところで何をしている」

 

 ランゲボルグはシャーリンを見下ろすかのごとく胸を反らした。「血沸き肉躍る冒険の旅から帰還したところだ。貴様は知らんと思うが、この近くで野生化したサラマンダーの目撃情報があってな。それをちょちょいのちょいと退治してきたところだよ。ま、私でなければ到底倒すことなどできなかっただろうがね。これでこの周辺の治安は守られた。いやはや、実に有意義な旅であった」

 

「戯言を。貴様ごときにサラマンダーを倒せるものか。貴様のことだから道端のテーブルに置いてあった怪しげな瓶の液体でも飲んで、腹を壊していたのであろう」

 

「ぎくっ。バ、バカなことを言うでない。カーレオン1の智将であるこのランゲボルグ様が、そんな拾い食いのようなマネをするわけがない」

 

 どうやら図星だったようだが、カーレオン1の智将という言葉に、シャーリンは苛立ちと呆れを含めて言う。「貴様、まだそんなことを言っているのか。定まった王に仕えることもなく国を渡り歩き、口先ばかりで勝利のひとつも上げたことのない貴様のなにが智将か。大方カーレオンでも邪魔者扱いされ、厄介払いで大陸の探索を命じられたのであろう。裏切り者にふさわしい末路だな」

 

 かつてシャーリンと同じレオニアの騎士だったランゲボルグは、力も技も魔力も統魔力もあらゆる面で凡庸以下にもかかわらず、『レオニア1の智将』などと(うそぶ)いていた騎士である。代々の騎士の家系に生まれ、女でありながら武人として育てられたシャーリンには、なぜ女王がこの者を仕えさせているのか理解できなかった。

 

 ランゲボルグは恥じることなど何もないと言わんばかりにさらに胸を張る。「裏切り者とは人聞きの悪い。私は天下を取るに値する王に仕えているまで。カーレオンの王カイは、私には遠く及ばぬが一部の者から賢王と呼ばれるほど知略に長けた人物。ゼメキスや白狼と比べればまだ見込みがある方だからな。それに、裏切りと言うなら、レオニアを滅ぼしたノルガルドに仕えているそなたの方ではないかね?」

 

 シャーリンの目つきは自然と鋭くなる。「言葉に気を付けろ。レオニアは滅びたのではない、ノルガルドと併合したのだ」

 

「それが建前であることは誰の目にも明らかであろう。女王リオネッセは白狼との婚礼の準備という名目で事実上の監禁状態。パテルヌスやアスミットらレオニアの幹部であった者は騎士の資格をはく奪され表舞台から遠ざけられている。これでなにが併合か」

 

 シャーリンは舌打ちをする。ランゲボルグごとき小者にそこまで知られているとは。

 

 その舌打ちを聞き逃さなかったランゲボルグは、調子づいて続ける。「レオニアの騎士でノルガルドに残った者が何人いる? ほとんどの者は離脱して野に下ったか、私のように他国に仕えているではないか。これで私を裏切り者と呼べるのかね?」

 

 シャーリンは目を伏せ、自嘲気味に笑った。「貴様は道化の分際で時折的を射たこと言うから始末が悪い」

 

 ランゲボルグの言ったことは全て事実である。レオニア時代、国に仕えていた騎士は女王を除き全十三名だが、併合後も国に残り、騎士として仕えているのはシャーリンを含めてわずか二名だ。その扱いも末端の下級騎士同然であり、かなりの冷遇と言えるだろう。

 

「素直に偉大だと認めぬか」ランゲボルグはさらに調子に乗って続ける。「それに、レオニアの民もバカではない。一連の出来事が併合でないことにそろそろ気づき始めているだろう。レオニアをノルガルドへ売り渡した女王を処刑しようという輩もいるそうではないか。確か、『レオニア解放軍』とか」

 

 この言葉に、シャーリンは一度伏せた目をもう一度、今度は氷の如き冷たさでランゲボルグに向ける。

 

「――おい」

 

 低い声で言って、槍を抜き放ち、その穂先をランゲボルグの鼻先に突きつけた。

 

「ひいぃぃっ」

 

 情けない声を上げ、腰を抜かさんばかりのランゲボルグに追い打ちをかけるように言う。

 

「私を裏切り者と言うのは構わぬ。だが、女王を売国奴呼ばわりすることは決して許さぬ。その減らず口、二度と利けなくしてやろう」

 

 事実上レオニアを滅ぼしたノルガルドに仕えていることに対し、心無い噂があることはシャーリンも知っている。自分に対することならば気にも留めぬが、それが女王に向けられた言葉であれば決して聞き逃すわけにはいかない。

 

 ランゲボルグは脅えきった表情で後じさりをした。「良いのか? いまカーレオンとノルガルドは会見をしているのであろう? 戦況を考えれば二国が同盟を結ぶ可能性は高い。カーレオンの騎士である私に手出しすれば、せっかくの同盟が破棄になるぞ? そなたの勝手な行動が、国の行く末を左右する事態になりかねんのだぞ?」

 

 早口で一気にまくしたてるランゲボルグ。はたから見れば命乞いをしているような情けない姿だが、シャーリンは胸の内でまた舌打ちをした。本当にこの男は、時おり核心を突くことを言うので癪に障る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、余計に。

 

 シャーリンはしばらくランゲボルグを睨みつけていたが、やがて槍を下ろした。

 

 ランゲボルグは安堵の表情を浮かべ、すぐに咳払いをして表情を引き締めた。

 

「命拾いしたなシャーリン。私が本気を出せばここで貴様の首を取ることなどたやすいのだが、同盟を結ぼうとしている我が主君の顔を立て、私に槍を向けたことは今回だけ見逃してやろう。ありがたく思いたまえ」

 

「貴様の戯言に付き合っている暇はない。私の気が変わらぬうちに失せろ」

 

 だが、ランゲボルグはシャーリンが手出しできないことを確信したのか、さらに何か言おうと口を開きかけた。

 

 だが、その口が大きく開け放たれ、顎が外れたかのごとく動かない。顔もみるみる青ざめていった。視線はシャーリンの背後に向けられている。

 

「――構わぬぞ、戦闘を許可しよう。交渉は決裂した。すでにカーレオンは我が国の敵。誰だか知らぬがカーレオンの騎士ならば、手土産に首を持って帰るのも良かろう」

 

 そこには、王ヴェイナードと軍師グイングラインらの姿があった。カーレオンとの会見は終わったようだ。交渉は決裂。王も戦闘の許可を出した。ならば、もう何に気兼ねすることもない

 

「――だそうだ」

 

 シャーリンは再び槍を向けた。

 

 白狼と銀の騎士と氷の華、三人のノルガルドの騎士に迫られ、ランゲボルグは。

 

「ゴメンなさーい!」

 

 猛烈なスピードでその場を駆け出し、城の中に駆け込んだ。

 

 シャーリンは小さく息をつき、槍を下げた。

 

「良いのか? 見逃して」

 

 白狼の言葉に、シャーリンは「構いません。首を取るほどの価値もない男です」と答えた。

 

「そうか」

 

 シャーリンたちは待機させていた護衛部隊の元へ戻る。ヴェイナードは馬車に乗り込み、北東のノルガルド領ハドリアンへ向けて出発する。

 

 出発前、()()()()を務めるシャーリンに、グイングラインが言った。

 

「先ほど陛下が仰ったとおり、ノルガルドはカーレオンに宣戦布告した。いずれこのアスティンへ侵攻することになるであろう。その時はそなたに侵攻部隊に入ってもらうゆえ、心しておけ」

 

 カーレオンには、ランゲボルグ以外にも元レオニアの騎士だった者がいる。祖国レオニアを滅ぼしたノルガルドを敵とみなし、復讐のために他国へ仕官した者。戦闘となれば、その者と刃を交えることになる。

 

 それでも。

 

「はい」

 

 シャーリンは右拳を左掌で包むノルガルド式の忠誠を示す仕草を奉げた。かつて使っていた両手を組んで祈りをささげるレオニア式の仕草は、もう使うことはない。

 

 ――ノルガルドがレオニアの敵かどうかなど関係ない。私は騎士の務めを果たす。()()()()、必ず。

 

 シャーリンは強い意志と共にカーレオンを後にし、祖国へ帰還する。

 

 

 

 

 

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