地鳴りのような重い音と共に、固く閉ざされていた城門がゆっくりと引き上げられてゆく。カーレオンの賢王カイは、身を案じる家臣らに「心配ないよ」と告げ、一人で城の外へ出た。アスティン城の北には草原が広がり、カーナボンへと通じる街道がまっすぐに伸びている。本来ならば地平線が見えるほど広々とした景色なのだが、現在はその地平線を覆うように、エストレガレス帝国からの侵攻部隊約五万が整列している。その大部隊から少し前に出た場所に、ひとり立つ人物がいる。闇色の法服に身を包み、杖を携えた姿は魔術師である証だ。今回の帝国軍の総大将を務める四鬼将のギッシュである。カイと並びフォルセナ大陸一と噂される魔術師だ。
カイはギッシュの元へ歩みを進める。両軍の代表者がいくさの前に言葉を交わす儀式・戦義である。やれやれ、できれば戦場で会いたくはなかったな――と、いつもの軽口で受け流すことはできない。今回の相手は、カイにとっては白狼やゼメキスよりも戦い辛い、本当の意味で戦場では会いたくなかった人物だった。
カイが前に立つと、ギッシュはこの時を待ちわびたという顔で笑った。
「久しぶりだな、カイ。随分と長い間大陸一の魔術師と呼ばれ、いい気になっていただろうが、それも今日限りだ。誰が本当に大陸一を名乗るにふさわしいか、ここではっきりさせてくれる!」
法服の袖を風になびかせ、杖を振りかざすギッシュ。気分が高揚しているのが判る。それがかつての僚友との再会を喜んでいるのではないことが、カイは何よりも悲しい。
「ギッシュさん、誰が大陸一かどうかなんてどうでもいい。私はあなたとこんな形で再会したくはなかった。なぜ戦わねばならないのです」
王に即位する前、カイは旧アルメキアの魔導学校に留学していた。そのとき共に学んだのが、このギッシュである。二人の競い合う関係はこの時から続いている。もちろん、大陸を巻き込んだこの戦争が始まる何年も前のこと、競い合うと言っても学内で首席を争う間柄であり、そこに醜い欲望や妬みなどという負の感情は無かった。互いに尊敬し合い、切磋琢磨したからこそ、より成長できたと信じている。
だが、ギッシュはカイの気持ちを踏みにじるように言う。
「なぜ戦わねばならぬかだと? 知れたこと。俺はこの大陸の歴史を動かした者として、後世に名を残す男となる。貴様はその踏み台となるのだ!」
カイは悔しさのあまり歯噛みする。歴史に名を残すために戦う……子どものような言い分だ。これが本当にあのギッシュなのか。学生時代、ふたりは互いに夢を語り合った。カイはカーレオンをアルメキアにも負けぬ大国にすることを夢見、ギッシュはアルメキアで宮廷魔術師となり腐敗したアルメキアの政治を変えることを夢見ていた。魔導学校卒業後、カイは祖国へ戻り、ギッシュはアルメキアの魔術師団へ入団した。それから数年でカイは王位を継ぎ、ギッシュは数々の献策を行って王宮内で頭角を現し、望みどおり宮廷魔術師となった。卒業後、ふたりが私的に話をしたことは一度もない。それでも、カーレオンの王としてアルメキアを訪れた際に公務で言葉を交わすことは何度かあり、夢を叶え宮廷魔術師となった学友を誇りに思っていた。彼ならば、必ずアルメキアを変えられると信じていた。なのに。
「ギッシュさん。私にはまだ信じられない。あなたがゼメキスの反乱に加担し、そして、こんな戦乱を起こすなんて」
ゼメキスの反乱時、ギッシュら魔術師団は王ヘンギストを裏切ってゼメキス側に付き、アルメキアは滅びた。そして、その戦乱の炎はフォルセナ全土に飛び火し、大陸中を焼きつくそうとしている。カイは、反乱にギッシュが加担したことに、ずっと心を痛めてきた。
「腐りきったアルメキアに何の未練があろう。私は国を変えるために宮廷魔術師となったのだ。その望みをかなえるために行ったまで」
自分の行いに後悔も疑問もない口調だ。それが、ますますカイの胸を痛める。
「あなたならば反乱などという方法を用いずともアルメキアを変えられたはずだ。武力をもって愚王を討たずとも、ランス王子の時代になれば、あなたの支えで一滴の血も流さず国を正しい方へ導けたはず。あなたは見えていたはずの光に背を向け、自ら闇に落ちて行ったのです」
「あの腐りきったアルメキアに光などあろうはずがない。全てを変えるには血を流す程度では足りぬ! 一度全てを焼きつくすしか道はなかったのだ!」
「違う。あなたは誤った道を選んだ……いや、謝った道を選ばされたんだ」
「なに?」
「あなたなら知っているはずだ。ブロノイルという名の魔導士を」
その名を口にすると、ギッシュは大きく表情を歪めた。ギッシュほどの男だ。知らぬはずはないだろう。カイはさらに続ける。
「今回の大陸中を巻き込んだ戦争はこのブロノイルという男が望んだことであり、ゼメキスは利用されたに過ぎない。あなたもそうだ。あなたの率いる魔術師団も、ブロノイルのおぜん立てで反乱に加担させられた。アルメキア軍や神官騎士団も同様。あなた方は、ブロノイルの手のひらの上で踊らされている」
開戦後、カイはあらゆる情報網を駆使してゼメキス反乱の裏に何があったのかを調べた。かつてアルメキアの騎士だった者や、滅亡した他国の騎士からは非常に有力な情報を得られた。そして、八月に滅亡した
ギッシュは苛立ちに歯噛みする。「ふざけたことを……あのような得体のしれぬ男関係ない! 陛下は陛下の意志で反乱し、俺は俺の意志で陛下の元で戦っているのだ! 話はここまでだ! カイ! 我が名を歴史に刻む礎となれ!!」
カイもまた歯噛みする。彼を尊敬し、彼のようになりたくて学びに励んでいた。もう、あの頃の彼はいないのか。それが悔しくて、そして悲しかった。
「そんな虚栄のためにこの戦争を起こしたというのなら、私は全力で阻止してみせます。いいでしょう。戦いますよ。あなたと、そして、ゼメキスと!」
カイも強く決意する。ノルガルドとの同盟交渉は決裂し、これまで防衛に徹していた帝国との戦いも、侵攻に転じなければならない。ことはさらにブロノイルの思惑通りに運ぶことになるが、それでも戦わなければならない。友の過ちを正すために、そして、我が国の民のために。
ふたりの魔術師は袂を分かち、それぞれの陣営に戻った。