ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一四五話 ボアルテ 聖王暦二一七年十二月下 カーレオン/リンニイス

 カーレオン首都リンニイスの城内で、宰相ボアルテは一休みしようと居室へ向かっていた。明日行う戦略会議の準備が終わったところだった。主君のカイがアスティンから帰還するまでにはもう少し時間がある。老体に鞭打ってあわただしく走り回っていたので、少し横になっているつもりだった。

 

 ひと月前、アスティンでのカーレオン王カイとノルガルド王ヴェイナードの会見の場に立ち会ったボアルテ。会見はカーレオンとノルガルドの同盟もしくは不可侵条約へもっていく手筈であったが、交渉は決裂。二国は交戦状態となり、カーレオンはこの先の戦略を大きく練り直さなければならなくなった。そのため、明日の会議には騎士団長のディナダンや副長のシュストをはじめとする多くの騎士が出席することになっている。同盟交渉の内容はボアルテ以外には伝えられていない為、ディナダンにはまた皮肉を言われるだろう。厄介なことにならなければよいが……そんなことを考えていたら、キリリ、と胃が痛んだ。長年の心配症が祟ったのか、最近胃の調子が良くない。休む前に胃薬を貰っておこうと思い、ボアルテは医務室へ向かう。

 

 リンニイスの城は、王族の居室や家臣の居室がある居住棟、会議室や政務室・謁見・会見の間などがある政務棟、騎士が武術の訓練や魔法・戦術を学ぶ訓練棟などの建物があり、それが大回廊でひとつに繋がっている。政務棟から訓練棟へ続く通路を歩くボアルテは、その一角に王妹のメリオットの姿を見つけた。そこは、歴代のカーレオンの王族の肖像画を飾っている区画だった。メリオットは絵を眺めながら、なにやらもの思いにふけっている様子である。

 

「メリオット様。こちらにいらっしゃったのですか」

 

 声をかけると、メリオットは「あら、ボアルテ」と言って視線をボアルテに移した。「さっき、訓練が終わったところなの」

 

 メリオットは幼いころから部屋で本を読むより外で走り回るのが好きな少女だった。その活発な面を活かすため、ルーンの加護に目覚めてからは弓騎士の修業を行っていたが、最近友人の影響からか、魔法の勉強をするようになった。現在初級の青魔法を中心に学んでいるところである。周囲からは勉強は苦手だと思われがちで、メリオットもそれは認めているものの、それに関してはどうしても兄のカイと比べられてしまうという点は大きい。一般的な目で見れば、メリオットは決して勉強ができない方ではなく、魔法の才能に関しても、魔導国家カーレオンの王族らしく人並み外れたものを持っている。このまま弓と魔法の修業を続ければ、現在のフォルセナ大陸ではただ一人であろう攻撃魔法を使う弓騎士となる。しかし、それはすなわち戦場へ出るということでもある。ノルガルドとの同盟交渉は決裂し、帝国もカーレオン領へ再度侵攻してきている。さらに激しさを増す戦場にメリオットが出撃する姿を想像すると、ボアルテは胃に穴が空く思いである。

 

「カーレオンって、いろんな人がいたんだね」

 

 ボアルテの心配を知ってか知らずか、メリオットは絵に視線を戻し、しみじみとした口調で言った。

 

「ここは、歴代王家の方々全員の肖像画がありますからな」

 

 ボアルテも絵を眺める。百年ほど前、アルメキアよりこの土地を譲り受け、カーレオンは誕生した。大回廊のこの一角には、初代国王の肖像画からはじまり、二代目国王、三代目国王……と続き、先代の国王、そして現国王のカイまで、全員の肖像画が飾られてある。王だけでなくその親族の絵もあり、それぞれが残した功績の説明も添えられている。ここはカーレオンの歴史を学べる場でもあるのだ。

 

「――でも、不思議なのよね」

 

 ひと通り絵を眺めたメリオットが首をかしげた。「歴代の王様は、生まれたときと成人したときと、王様に即位したときの三枚の絵が飾られているのに、お兄ちゃんのだけ、赤ちゃんのときの絵が無いの」

 

 どくん、と、ボアルテの心臓が大きく血液を送り出した。メリオットの言う通り、歴代の王の肖像画には誕生直後母親に抱かれる絵があるのだが、カイだけは、成人時と即位時の二枚のみである。

 

「あたしの絵はちゃんとあるのに、ほら」

 

 メリオットは自分の絵を示す。十五才で成人したときの絵の隣に、母親に抱かれる幼子の絵が飾られている。

 

「そ……そう言えば、そうですな」

 

 言葉に詰まるボアルテ。この区画にはボアルテも何度も来ているのに、なぜ今まで気づかなかったのだろう。己の迂闊さを悔やまずにはいられない。

 

「ボアルテ、なんでか知ってる?」メリオットは絵を見つめたまま言った。

 

「それは……」と、ボアルテは言い淀む。カイだけが赤子の頃の絵が無い……ボアルテはその理由を知っている――今それを知っているのは、カーレオンでも自分だけだろう。

 

「……いえ、わたくしは何も」

 

 嘘をついた。こういうことには慣れていないため、見るものが見れば何か隠し事をしているのは明白だ。

 

 だがメリオットは、「そう」と頷いただけで、特に気に留めた様子もなく、絵を眺めつづける。ボアルテは小さく安堵の息をついた、

 

「あたしね、最近、気付いたらお兄ちゃんのことばかり考えているの」

 

 メリオットの視線は、カイの肖像画に向けられていた。

 

「最近お城にいないことが多いじゃない? 朝寝坊してないかな、とか、ちゃんと着替えて顔を洗って歯を磨いたのかな、とか、ご飯はちゃんと食べてるのかな、とか、会議で居眠りしてみんなに笑われてないかな、とか、風邪ひいたり、ケガしてないかな、とか……」

 

 その時のメリオットの目は、妹が兄を心配するものではない――そんな風に、ボアルテには思えた。

 

「メリオット様、それは……」

 

 ボアルテの声に、メリオットははっとした表情でカイの絵から目を逸らす。

 

 そして、「別に、変な意味で言ってるんじゃないのよ?」と、慌てた様子で否定した。「ほら、お兄ちゃんってだらしないから、()()()()、心配で」

 

『妹として』を強調したところに、その本心が現れているように思う。

 

 この時、ボアルテは。

 

 ――真実をお話しすべきか。

 

 そう考えた。いつかは話さねばならないことである。カイは立派に王の務めを果たしているし、メリオットも成人した。もう話してもよい時期かもしれない。

 

 思い悩むボアルテの表情をどう受け取ったのか、メリオットは「そんな深刻な顔しないで、ホントに変な意味じゃないんだから」と、笑って言う。

 

 ボアルテは、「ええ」と頷いた後、ごくりと喉を鳴らし、決意した。「あの、メリオット様、お話が……」

 

 だが、それを拒否するかのように、メリオットは、ぱん、と手を叩いた。「あ、そうだ、絵といえば、最近ミリアちゃんに絵を見せてもらってないな。ていうか、ミリアちゃん仕官してから全然遊んでくれないんだよね。久しぶりに会いに行ってみようかな」

 

 ごまかすように、早口で一気に言う。

 

 そのまま行ってしまおうとするメリオットを、ボアルテは引きとめる。

 

「お待ちくださいメリオット様、大事なお話が……」

 

 それでもメリオットは、「大丈夫大丈夫」と言う。「ボアルテが乙女の悩みに答えようなんて、らしくないから。じゃあボアルテ、またね」

 

 メリオットは手を振り、駆け足で行ってしまった。

 

 その後ろ姿を見送りながら、ボアルテは。

 

「あのことを、今すぐにでもお話しすべきか……」

 

 つぶやくように言う。いくさはこの先さらに激しさを増すだろう。もし、自分が命を落とすようなことになれば、真実を伝える者がいなくなる。あるいは――あってはならないことではあるが――カイやメリオットが命を落とすことも、ありえないことではないのだ。話すならば、早い方が良いかもしれない。

 

 ふと、背後に視線を感じた。

 

 振り返ると、そこには、先代カーレオン王の肖像画があった。戴冠し、歴代王が身に着けてきたマントと杖を持ち、威風堂々と立つ姿。若かりし日、ボアルテは自身の目でその姿を見届けた。その後は王を補佐し続け、王の信頼を得て、そして、王の最期の言葉を委ねられた。

 

「……先王様、あなたの()()()のメリオット様は、美しく、強く、ご立派に成長されましたぞ」

 

 ボアルテの言葉に、先王は何も応えず、ただその姿を人々に見せつけるように立つだけだった。

 

 

 

 

 

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