ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一四六話 ディナダン 聖王暦二一八年一月上 カーレオン/ベイドンヒル

 カーレオン領ベイドンヒルは、北東に小高い丘、北西に深い森があり、砦の北側をぐるりと取り囲むようになっている。北の城ファザードから続く街道は、森を迂回するように大きく西回りになっており、北からの侵攻は地形的にかなりの時間を要することになる。この地形を利用し、北から侵攻された際は、砦に立てこもるのではなく丘と森に陣取って待ち伏せをするのが定石であった。地の利を活かして敵を迎え撃ち、もし分が悪くなっても砦まで退却してもう一度立て直すこともできる。ベイドンヒルは、北からの侵攻には非常に強い砦だった。

 

 カーレオンのナイトマスター・ディナダンは、丘に陣取った三万の部隊から一人離れ、丘の下で待つ男の元へ向かった。その男の後方には、ノルガルドの侵攻部隊約十万が整列している。カーレオンとノルガルドの同盟交渉決裂後、大陸西に展開していたノルガルド軍は電撃的な作戦で帝国領のファザードとカルメリーを落とし、そして、このベイドンヒルに攻め込んで来た。総大将は白狼ヴェイナードである。ディナダンは、丘の下で待つヴェイナードの姿を見て苦笑いを浮かべた。ヴェイナードは白銀の鎧こそ身につけているものの、愛用の槍斧も剣も携えていない。戦義での戦闘行為は禁じられているとはいえ、武器を携行しない者はまずいない。拳闘士のように素手で戦うことにも自信があるのか、あるいは、白狼なりにナイトマスターへ敬意を表しているのだろうか。今回の戦義は、ヴェイナードがディナダンを名指しで希望してきた。二人はこれまで一度も会ったことはなく、因縁めいたものはない。だが、ヴェイナードがこの戦義に何を望んでいるのかは、ディナダンには思い当たることがあった。

 

「――カーレオンへようこそ、白狼王。私を名指しで戦義の場を設けていただけたこと、光栄に思います。()()()()()を顧みず王自ら部隊を率いて侵攻してきたのでしょうから、よほど私と話をしたかったのでしょうな」

 

 開口一番、得意の皮肉を交えるディナダン。ファザードの北には大陸西部の交通の要衝であるキャメルフォードがある。今はノルガルド領であるが、エストレガレス帝国にとっても重要拠点であり、奪還するため何度も軍を送っている。もしノルガルドがキャメルフォードを奪われれば、カルメリーとファザードの地は本土から分断されることになり、ヴェイナードは退路を失う。ノルガルドにとっては忌々(ゆゆ)しき事態だ。よほどキャメルフォードの防衛部隊を信頼しているか、退路を断たれても自らの力で突破する自信があるか、もしくは、それほどの危険を冒しても出撃する価値があったのか。

 

 ヴェイナードはディナダンの皮肉を気にした風もなく、涼しい顔で言う。

 

「ナイトマスター・ディナダン。予はそなたの力を欲している。大陸一の剣士と呼ばれるその力は、賢王ではなく予にこそふさわしい。予の元でその剣を振るってみぬか?」

 

 フフ、と、ディナダンは小さく笑う。予想通りであった。ヴェイナードはこの戦義において、ナイトマスターを勧誘するつもりなのだ。もちろん、それに対する答えも決まっている。

 

「嫌だね」ディナダンは口調を変え、極めて短い言葉で己の意志を表し、そして続けた。「理由はふたつある。ひとつ。そのスカした態度が俺と相性が良くない。ふたつ。俺の力を欲しているというのは嘘ではないだろうが、あんたは言葉でいうほど俺のことを必要とはしていない」

 

「どういうことかな?」

 

「あんた、アスティンでの会見で、()()()の同盟の申し出を断ったそうだな?」

 

 不意に話を変えたが、ヴェイナードは表情を変えることなく聴いている。

 

 あいつとは、カーレオン王カイのことである。十一月下旬、カイはアスティンでヴェイナードと会見を行い、そこで同盟を申し出た。カーレオンとノルガルドの二国で協力し、共通の敵であるエストレガレス帝国と戦うという、どちらの国にも利が大きいものであった。

 

「領土交換というノルガルドにとって格好の条件を提示したのに、あんたはそれを蹴った。それがどうしても理解できないって、あいつは頭を抱えてたよ」

 

 その時のカイの様子を思い浮かべるディナダン。領土交換という途方もない話を王の独断で決めてしまうあたりに大いに皮肉を言ってやろうと思ったが、大陸一の知恵者と呼ばれる男があれほど頭を抱える姿はこれまで見たことがなかったので、それで満足しておくことにしたのだ。

 

「あいつには言ってないが、俺にはあんたが同盟の話を蹴った理由が判る。あんたも事前にいろいろ考えて会見に臨んだんだろうが、領土を交換するなんて考え、あんたの頭の中には無かった。それを当たり前のような顔で提示してきたあいつに、あんたは嫉妬したんだよ。だから同盟を結ばなかった。自分よりも優秀な者を認めたくなかったんだ」

 

 大陸全土の制覇を掲げるノルガルドの王だ。その野心は誰よりも強い。その野心にたがわぬ腕もあるし、戦術や政務にも長けているだろう。あらゆる方面に優れている完璧主義者だ。そういった者は往々にしてプライドが高く、自分より優秀な者を許せないのだ。

 

「だから、俺も返答は『否』だ」ディナダンは、話を勧誘の件に戻した。「仮に俺があんたの国に行ったとしたら、いずれあんたは俺のことも許せなくなるだろう。俺の強さを目の当りにしたら、あんたはまた嫉妬するだろうからな。飼い殺しになるのはゴメンだね」

 

「フン、予が嫉妬か。なかなか面白いことを言う」

 

 ヴェイナードは唇の端をわずかに釣り上げて笑うと、目を閉じた。なにを言うか吟味しているような仕草。やがて目を開ける。そして、敵意でも友好的でもない微妙なまなざしを向け、再度口を開いた。

 

「ナイトマスターよ。予がわざわざこの戦義を行ったのは、そのような安い挑発を聞くためではない。少し腹を割って話そうではないか」

 

「ほう? あんたに腹を割る覚悟があるのかい?」

 

「もちろんだ。予がなぜあの同盟の話を拒否したかを教えてやろう」

 

 この言葉に、ディナダンは表情を引き締めた。いつも通りの皮肉でやり過ごそうと思っていたのだが、もし本当にヴェイナードの本音を聞けるのであれば、ディナダンにとっても興味深い。

 

 ヴェイナードは話を続ける。「そなたの言う通り、あの同盟の話は我が国にとっても非常に利の大きいものであった。部下は受け入れるべきだと主張したが、予は、同盟を結ぶにあたって、ひとつ確認しておかねばならぬことがあった」

 

「確認しておくこと?」

 

「ああ。賢王が、国のために身内を差し出す覚悟があるかどうかだ」

 

「――――」

 

 ヴェイナードのその話で、ディナダンはようやく腑に落ちた気分になった。カイからは、同盟の話がどのようにして破談になったかは聞かされていなかった。いまそれが判った。恐らく、ヴェイナードは同盟の証として王妹メリオットを人質に差し出すよう要求したのであろう。なるほど、それはあいつも黙っていられないだろうな、と、ディナダンは小さく苦笑する。同盟の証として王族が身内を差し出すのは珍しい話ではないが、カイがそれを受け入れるはずがない。

 

 ヴェイナードはさらに話す。「我が国との同盟はカーレオンにとっても利が大きいものだ。そのために妹を差し出せという予の要求を、あやつは拒絶した。あやつは国の利よりも身内の安全を選んだのだ。そのような者、予と手を組む資格はない」

 

「兄妹の愛を否定するのかい?」

 

「そうだ。そのようなもの、王には必要ない。断言しよう。カーレオンは、いずれその兄妹の愛とやらによって滅ぶことになる。戦場で国よりも妹のことを気遣っている王に、このいくさを戦い抜くことなどできぬ」

 

「確かに、あんたには姉弟(きょうだい)への愛は無さそうだからな」

 

 ディナダン渾身の皮肉であったが、白狼はそれでも表情を乱さなかった。恐らく、この話を持ち出した時点でそう言われることは予想していたのだろう。

 

「いいだろう」ディナダンは大きく頷く。「確かにあんたの本音を少しだけ聞かせてもらった。では、俺も少しだけ本音を言おう」

 

「ぜひ聞かせてくれ」

 

 ヴェイナードにうながされ、ディナダンも話す。

 

「賢王と白狼。王としての器はどちらも大差ないかもしれないが、決定的に違うのはものの考え方だ。今のあんたの話が、それを明確に表している」

 

 カイはたとえ国のためでも妹を差し出すことなどできないが、ヴェイナードは国のために姉を差し出すことをいとわなかった。どちらが王として正しい姿なのか。当然、後者であると、ディナダンも思う。

 

 ――王は民のために存在するものであり、決して王のために民が存在するのではない。

 

 パドストーの老王コールの言葉だ。ディナダンもこの言葉は正しいと思っている。そして、この言葉に従うならば、国の利、つまり国の民のために身内を差し出すことができなかったカイは、王の資質が無いと言える。

 

 だが、それでも。

 

 ディナダンは、今後もカイのために剣を振るうと、心に決めている。

 

「例えば、飢えた兄弟が二人いて、与えるパンがひとつしかなかったとする。あんたなら、迷わずどちらかを選ぶだろう。あいつは違う。あいつは悩む。とにかく悩む。悩んで悩んで悩んだ末に、ようやく結論を出す。決断力が無いって訳じゃない。あいつはなにが本当に正しいことなのか、あらゆる方法を検討し、最後まで悩み抜くんだ。その悩んでいるときのあいつの顔を一度でも見たら、裏切りなんてできっこないね」

 

 この時。

 

 ヴェイナードが小さく表情を歪めたことに、ディナダンは気付いた。それは嫌悪を表すものであったが、なぜこの話に嫌悪を抱いたのかまでは判らなかった。

 

 ヴェイナードはすぐに表情を戻した。「そうか。そなたにそれほどまで言わせるほど魅力があるのか、あの男には」

 

「そうだ。だから、俺はあいつ以外の王に仕えるつもりはないし、あんたにも興味は無い。当然、あんたの国に行くこともあり得ない」

 

 そう言い切り、これで最後とばかりに、さらに言葉を継ぐ。

 

「じゃあ、お互い少しだけ本音をさらけ出したということで、話はこれでいいかい?」

 

 ディナダンにはもう話すことはないし、ヴェイナードも同じだろうと思っていた。しかし。

 

「いや、もうひとつ、話しておきたいことがある」

 

 去ろうとしたディナダンを、白狼が止めた。

 

「なんだ? まだ本音を語りたいっていうのか?」

 

「いや、これは本音というよりは、真実だ」

 

「真実?」

 

 眉根を寄せるディナダン。これ以上何を言おうとしているのか、判らない。

 

 ヴェイナードは、「そうだ」と言って、さらに続ける。「先ほどの兄弟とパンの話は何気ない例え話だったのだろうが、それは我が国では例え話ではなく現実に起こっていることなのだ。我が国が慢性的な飢餓に苦しんでいることは、そなたも知っていよう」

 

「…………」

 

 大陸の北にあるノルガルドは、一年の大部分を雪に覆われるため、慢性的な食糧不足に陥っている。ノルガルドが長年に渡りアルメキアやパドストーへ侵攻を繰り返しているのは、南の肥沃な大地を欲しているからだ。当然、ディナダンもそのことは知っている。

 

「そして、そなたは大きな思い違いをしている」

 

 ヴェイナードの言葉に、ディナダンは「思い違い?」と、さらに眉根を寄せた。

 

「そうだ。極限まで飢えた兄弟が二人いて、与えられるべきパンさえも与えられなかった時、その兄弟がどうなるか……判るか?」

 

「…………」

 

 この時になって、ディナダンは自分が迂闊な話をしてしまったことにようやく気が付いた。飢えた兄弟の例え話など、ノルガルドの王の前でするべきではなかったのだ。

 

 沈黙したディナダンに、氷の如き冷たい視線を向け、ヴェイナードは静かに言った。

 

「食べるのだ。兄が、弟を」

 

「――――」

 

 言葉を失ったディナダンに、ヴェイナードはさらに畳みかけるように続ける。

 

「そなたらは飢えを昼飯を食べ損ねたくらいに考えているようだが、そのような生易しいものではない。極限まで飢えた時、人はただの野獣と化す。そこに兄弟の愛や家族の絆などありはしない。ただ強い者が弱い者を食う、それだけだ。兄が弟を、姉が妹を、親が幼い子を、子が老いた親を食べることなど当たり前に起こる。それだけではない。力のない幼子などは、血まみれになりながら自分の皮を剥ぎ、肉をちぎって食べるのだ。予はそのような惨状を国の各地で見てきた。そなたらは想像したことすらないようだがな」

 

 返す言葉はない。カーレオンは一年を通して気候が穏やかで、食料不足などとは無縁だ。時ならぬ気候の変化や災害などによって農作物が不作の年はあるが、せいぜい値が高騰して国民が不満を言う程度である。カーレオンで餓死する者など皆無だ。それを当たり前のことだと思っていたのは否定のしようもない。身内同士で殺し合って食べるなど、考えただけで恐ろしい。

 

 ヴェイナードは最後の言葉を継げるように言う。「そのような惨状の中でパンひとつに悩む者に王たる資格はない。悩むなど傍観するも同じ。その間にも悲劇は起こるのだ。やはり、そなたらの国と同盟を結ぶ道はない。今の話でそなたに対する興味も失せた。軟弱な王と共に滅びるがよい」

 

 これまでディナダンは、イスカリオの狂王ドリストや剣聖エスクラドスなど、大陸の名だたる騎士たちと戦義を行い、得意の皮肉を駆使して舌戦を繰り広げてきた。いずれも負けたとは思っていないが、今回ばかりは完全にこちらのミスを認めざるを得ない。

 

 しかし、最後に一太刀くらいはあびせさせてもらおう――そう思い、口を開く。

 

「そうかい? それは残念だ。俺は逆に、いまの話であんたに対してちょっとだけ興味が出てきたんだがね」

 

 ディナダンのわずかな反撃に、ヴェイナードは「フン」と鼻を鳴らした。「つくづく食えない男だな、貴様は」

 

 ディナダンは大きく目を見開いた。「シャレのセンスもあるとは驚きだね」

 

 そして、ふたりはそれぞれの陣営へ戻る。ナイトマスターと白狼。この後、ふたりは何度も戦場で相対することになるが、これを最後に二度と言葉を交わすことは無い。

 

 

 

 

 

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