ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一四七話 シャーリン 聖王暦二一八年一月下 カーレオン/アスティン

 ノルガルドのカーレオン侵攻は、大陸東部でも始まっていた。

 

 元レオニアの槍騎士シャーリンは、南西にアスティン城を望む街道に立ち、静かに周囲を見渡した。十一月下旬のノルガルドとカーレオンの会見の際、シャーリンは一度アスティン城の周辺を下見している。基本的には平原が広がる単純な地形である。城の東にやや大きな森があるが、街道からは外れた場所であるため進軍の障害にはならず、事前に斥候を送って敵の伏兵がいないことも確認した。他に戦闘の懸念となるようなものはない。今回の戦いは、事前にシャーリンが思い描いた通り、真正面からの攻城戦となる。

 

 シャーリンの背後には、ノルガルド軍約七万が待機している。総大将を務めるのは軍師グイングラインだ。シャーリンは、今回の戦闘で主攻を担うことになっている。最前線に立って戦う部隊の将だ。最も血を流すことになる役割であり、場合によっては後衛の踏み台とされることもある言わば汚れ役でもあるが、シャーリンに異存はない。ノルガルドでは下級騎士に過ぎない自分にこういった汚れ役が回ってくることは仕方のないことであろう。それに、元々レオニアでも常に最前線で戦う役割を担ってきたので、今さら恐れるものでもない。

 

 ただ。

 

 唯一懸念があるとすれば、あの頃常に後方にいてくれた騎士が、今はいないことである。いや、後方にいないだけならばまだいい。その騎士は今、自分の前に立ちはだかっている。

 

 アスティンの城門が開き、一人の男が外に出た。その懐かしい姿に一瞬心が緩みかけ、シャーリンは気を引き締め直す。これはかつての仲間との再会を喜ぶ場ではない。戦いの前に言葉を交わす戦義なのだ。

 

 戦義の相手――元レオニアの騎士であり、現在はカーレオンの騎士となったイスファスもまた、再会を喜ぶ風でもなく、あるいは敵を前に闘争心を表す風でもない微妙な表情を携え、シャーリンと相対した。

 

「イスファス、まさかお前と戦うことになろうとはな。いや、騎士として戦場に身を置いた時から、こうなることは運命だったのかもしれぬ」

 

 シャーリンは諦めと覚悟の入り混じる声で言った。かつてレオニアの騎士だったイスファスは、僧侶でありながら肉体を用いて戦う戦闘僧であり、シャーリンとともに戦場に立つことが多かった。その際は必ず、シャーリンの部隊が前衛、イスファスの部隊が後衛を務めた。それが二人の力を最も活かせる陣形であったのだ。シャーリンにとって、イスファスは(うれ)いなく背後を任せられるただ一人の騎士だった。あの頃は、敵として相対するなど夢にも思っていなかった。運命とは皮肉なものだと言わざるを得ない。

 

 だが、イスファスの方は、これも運命と割り切ることはできていないようだ。

 

「悲しいことを言うな、シャーリン。これは運命などではない。ただそなたが誤った道を選んでいるだけだ。今からでも遅くはない。カーレオンに来い、シャーリン」

 

 真剣な眼差しで訴えるイスファスに、シャーリンは小さく笑みを浮かべる。

 

「相変わらず堅物だな、お前は。『カーレオンに来い』ではなく『俺の元に来い』とでも言ってくれれば、私の心も揺らぐかもしれぬのに」

 

「な……なにを」

 

 戸惑うイスファスに、「フン、冗談だ」と言って、シャーリンは一度目を伏せる。そして、覚悟を決め、もう一度イスファスを見た。

 

「なんと言われようが私の心は動かぬ。私は騎士の務めを果たさねばならぬ」

 

 イスファスは納得がいかぬという表情で言う。「騎士の務め? レオニアを滅ぼしたノルガルドに忠義を奉げることが、そなたの騎士の務めだというのか?」

 

「レオニアは滅びたのではない、ノルガルドと併合したのだ……いや、これはランゲボルグにも言ったことだ。あえてお前に言うことでもないな。言い換えよう。お前の言う通り、レオニアは滅びた。そして、私は私自身の愚かな行為により、騎士の務めを果たすことができなかった。悔やんでも悔やみきれぬ」

 

「……女王とのことか」

 

 イスファスの言葉に、さすがに察しが早い、と、シャーリンは苦笑する。この意思疎通の早さが、レオニア時代の戦いで部隊間の連携に繋がった。もう、取り戻すことのできない日々だ。

 

 ゼメキスのクーデターによる今回の大戦が始まった直後、当時レオニアとノルガルドの国境を守る城だったダマスに配置されたシャーリンは、独断でノルガルドの城ハンバーに侵攻したことがある。それは相手のミスにより城の守りが手薄となった機会を逃すまいとして行ったことであり、騎士として当然の行為だったと思っている。だが、レオニア女王リオネッセは他国への侵略を認めず、シャーリンに撤退を命じた。すでに敵軍深くまで食い込み、味方にも少なからず被害が出ていた状況での撤退命令に納得がいかなかったシャーリンは、撤退後、叱責する女王に反発した。

 

 ――あなたの無思慮な判断が、国を危険にさらしているのです。

 

 あの時ハンバーを攻めたことが間違いだったとは今も思ってはいない。だが、女王に反発したことは極めて愚かな行為であったと、今は思う。この結果、シャーリンは謹慎を言い渡され、戦線から外れることとなった。その間に、エストレガレス帝国が圧倒的武力を用いてレオニアに侵攻。女王は民を守る為、ノルガルドの属国になることを選んだ。

 

「――私がいればレオニアを守れたなどと自惚れるつもりはない。それでも、守れたものもあったはずだ。だが、私は何もできなかった。何ひとつ守ることができなかったのだ。これでどうして騎士といえよう」

 

 無思慮な判断で国を危険にさらしたのは自分自身であった。女王の決断により、レオニアという国は事実上なくなったが、ノルガルドの援軍で多くの民の命が守られた。だが、女王がどれほどの苦悩をもって属国となることを選んだのか、シャーリンには想像もつかない。

 

「シャーリン、お前は……」

 

 何か言おうとしたイスファスを制するように、シャーリンは続ける。

 

「過ぎたことを悔やんでも時間は戻らぬ。私にできることは、少しでも罪を償うことだけだ。たとえ裏切り者と呼ばれようと……たとえかつての仲間と戦うことになろうとも、私は今度こそ女王を守ってみせる」

 

 リオネッセは、王ヴェイナードとの婚礼の準備という名目で首都フログエルの城にいる。この婚礼が、レオニアの地を円滑に支配するための政略婚であることは明白だ。リオネッセの心痛は計り知れない。その心の痛みを癒してくれる者は、もう彼女のそばにはいない。かつてのレオニアの騎士の多くが国を去り、残った者もほとんどが騎士の資格をはく奪され、リオネッセからは遠ざけられている。シャーリンは、時間をつくってはフログエルに足を運び、リオネッセの元を訪れるようにしている。いくさが激しくなればその機会も減っていくだろうが、これからも少しでも長く女王のそばにいるつもりだ。

 

「そうか、少し安心した」

 

 安堵の表情になったイスファスに、シャーリンは「何がだ?」と、訊いた。

 

「そなたが、レオニア解放軍でなかったことだ」

 

 イスファスのその答えに、シャーリンは表情を歪める。レオニア解放軍とは、ノルガルドとレオニアの併合後に現れた反乱分子の集まりである。二国の併合を認めず、ノルガルドの各地で様々な破壊工作を行っている。さらには、独断でノルガルドとの併合を決めたリオネッセを『レオニアをノルガルドに売り渡した魔女』とし、暗殺を目論んでいるとも言われている。

 

 そして。

 

 このレオニア解放軍には、かつてレオニアの騎士だった者が絡んでいるとの噂もある。それが、()()()()()()()()()()である、とも。

 

「バカな、ありえぬ」シャーリンはイスファスの話を一蹴した。「私が女王に刃を向けることなど、あるはずがない」

 

「そうだな。そのような根も葉もない噂でそなたを疑った俺が愚かだった」

 

 イスファスは何かを考えるように一度目を閉じ、しばらくして目を開けた。相対したときの微妙な表情とは違う、運命を受け入れたかのような顔。

 

「お前の気持ちは判った。お前の言う通り、こうなることは運命だったのかもしれぬ。シャーリン、お前が後悔せず生きることを祈っている」

 

「……ああ」

 

 それを最後の言葉とし、二人は別れた。

 

 自陣に戻ったシャーリンは、自分の部隊の先頭に立ち、アスティンの城を見つめる。城門は固く閉ざされ、高い城壁の上には多くの守備兵が陣取っている。もう、イスファスの姿は見えない。

 

 ――カーレオンに来い、シャーリン。

 

 不意に、さきほどのイスファスの言葉を思い出した。もう遅い。そのような言葉では、シャーリンの心は動かない。

 

 ただ。 

 

 ――私が逆に、「私の元へ来い、イスファス」と言ったら、お前の心はどう動いたのだろうな。

 

 そんなことを思う。思って、そして、自嘲するように笑った。つまらぬことを考えた。言えるはずのない言葉だ。もう、全て遅すぎる。いま自分にできることは、ただ女王のために戦うのみ。

 

「シャーリン隊! 出るぞ!」

 

 号令と共に、シャーリンは自ら先陣を切って駆け出した。

 

 

 

 

 

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