ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一四九話 バイデマギス 聖王暦二一八年二月下 ノルガルド/ファザード

 ノルガルド領ファザードの南に広がる森の中で、狂戦士バイデマギスは巨体を縮めて木々の陰に隠れていた。現在ファザードは、南のカーレオン軍から侵攻を受けている。事前にこの情報を得ていた軍師モルホルトは、バイデマギスに対し、森の中に潜み、敵軍の隙を衝いて襲い掛かれと命じた。ファザードの南の森は、南の拠点ベイドンヒルの行き来を阻むように広く東西に広がっている。ベイドンヒルからファザードへ進軍するためには、森を避けて大きく東へ迂回するか、森を突っ切るかのどちらかだ。距離的に近いのは当然後者であるが、森は木々が生い茂るだけでなく大きな湖もふたつあり、たとえ森の移動に強いケンタウロスやマンドレイクなどのモンスターをもってしても、進軍には時間を要するのだ。

 

 つまり、森を迂回するにしても突っ切るにしても、ファザードの城へ到達するには時間がかかる。それを強襲するのが今回のバイデマギスの役割だ。敵が森を迂回するなら森を出て背後から叩き、森を突っ切るなら待ち伏せして迎え撃つ――一般的にいえば実に単純な作戦であり、脳みそも筋肉でできているようなバイデマギスでもどうにか理解できてはいる。理解できてはいるが、バイデマギスはもどかしさに奥歯をギリギリと噛みしめる。力で全てを粉砕する戦い方を得意とするバイデマギスにとって、こんな森の中に潜んで待ち伏せするなど性に合わない。今すぐ出て行って自慢の腕力で大斧を振り回して暴れまわりたい気分だった。だが、イスカリオならともかく、このノルガルドではそれは許されないらしい。じれったさに、バイデマギスは大斧を強く握りしめた。

 

 その時、左方から、ぼちゃん、という音がして、バイデマギスは気を引き締め直した。左には大きな湖がある。そこに何かいるのだろうか? まさか、敵か? バイデマギスは今すぐに出て行って力任せに襲いかかりたい衝動に駆られるが、どうにか作戦を思い出した。息を殺し、木々の葉をかき分け、静かに音がした方へ向かう。しばらく進むと、視界が開けて湖が見えた。そこは空を覆う木々の葉が無いため明るくなっており、水面に陽の光が反射してキラキラと輝いていた。湖には何もいなかったが、水面にわずかな波紋が広がっていた。何かいたことは間違いない。それも、魚が跳ねた程度ではなく、もっと大きなものだ。水辺を得意とするモンスターかもしれない。バイデマギスは慎重に身を乗り出して湖を覗き込んだ。

 

 その時。

 

「――スキあり!!」

 

 背後で声がして、同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が走った。

 

「ぬおおぉぉ!?」

 

 あまりの痛さにお尻を押さえてのけ反ったバイデマギスは、バランスを崩し、ばっしゃーん! と派手に水を跳ね上げて湖に転落した。しばらく水中でもがいていると、「見たか! 必殺カンチョー攻撃!」という声が聞こえた。水の中だからくぐもって聞こえるものの、その声にはハッキリと聞き覚えがあった。

 

「――ぶっはぁ!」

 

 どうにか水面に顔を出し、水辺に立つ男を見上げる。ちょび髭で冴えない風貌の剣士が、両手を組み人差し指を立てた状態で見下ろしていた。

 

「いよう! ダンナ! こんなせまっ苦しい森の中にデケェ図体隠したって、この俺にはすべてお見通しだぜ?」

 

「テメェ! この貧乏髭が! よくもやりやがったな!!」

 

 バイデマギスは湖から上がると、拳を振り上げ、ちょび髭の剣士・ダーフィーに襲いかかる。ダーフィーはそれを軽くかわすと。

 

「スキを見せたダンナが悪いんだろ? まあそう怒るな。ほれ、これは手土産だ。いい酒だぜぇ?」

 

 腰に携えていた皮袋から酒瓶を取り出した。いい酒と聞いては、バイデマギスも見過ごすことはできない。バイデマギスは拳を下ろすと、ダーフィーの差し出した瓶を受け取り、ぐびっと一口飲んで、ぷはぁと息を吐いた。

 

「ケッ、なにがいい酒だ、とんだ安物(やすもん)じゃねぇか。相変わらず金欠みたいだな」

 

 そう言った後、もう一口飲む。バイデマギスにとっては、安かろうが高かろうが酒は酒である。

 

「仕方ねぇだろ」と、ダーフィーは両手を腰に当てた。「いまの王様は、金払いが渋くて困る。その点、ドリストの親方は良かったな。面白いことをすれば気前よく大金を出したし、すぐに賭け事にも乗ってくる。あんないい王様は、他にいねぇぜ」

 

 バイデマギスは、「がーっはっはっはー!」と大口を開けて豪快に笑った。「お前もそう思うか。俺もだ。こっちの大将は、作戦だ策略だ小難しいことにこだわりやがる。この俺に森の中に潜んで待ち伏せしろだとよ。しゃらくせぇ! 戦いなんざ、正面からぶつかって、力でなぎ倒せばいいんだよ! なあ!?」

 

「それで何度も魔法で返り討ちにあってきたくせに、よく言うぜ」

 

「あん? そんなこともあったか? すっかり忘れたぜ、がーっはっは!」

 

 ふたりは敵同士であることを一時棚上げし、再会を祝して酒を酌み交わすことにした。

 

 狂戦士バイデマギスは、イスカリオ滅亡後はノルガルドに仕官していた。しかし、先ほど本人も言った通り、白狼王ヴェイナードをはじめグイングラインやモルホルトといった軍を指揮する者達は、バイデマギスに細かく策を命じてくる。イスカリオとのあまりの違いに、バイデマギスは戸惑うばかりだ。

 

 そして、イスカリオで『穴の開いた財布』と呼ばれたほどの万年金欠騎士ダーフィーは、食っていくためにはどうにかして金を稼がなければならないため、カーレオンに仕官していた。当然のことながら、こちらもイスカリオ時代とは大違いである。ダーフィーは金のためならどんな作戦でも遂行するが、その金がイスカリオ時代と比べてあまりにも少ないことが悩みのタネだった。もちろん、それはイスカリオという国の金銭感覚が著しくおかしかったからなのだが。

 

「親方の頃はホントに良かったなぁ。何でも自由にやれたし、金も思いっきり使えた。いい国だったぜ」

 

 酒を飲みながら、ダーフィーはイスカリオで狂王と呼ばれたドリストに思いをはせる。バイデマギスも「そうだな」と酒をあおる。狂王の滅茶苦茶なやり方は他国の騎士からは決して理解されなかったが、バイデマギスやダーフィーたちには、何から何まで性に合っていた。

 

「戦争なんざどこでやっても同じだと思っていたが、こうも勝手が違うとは。お(かしら)、今ごろどこでどうしてるやら」

 

 ぽつり、とこぼすように言ったバイデマギスの言葉に、ダーフィーは「俺たちも、親方について行きゃあ良かったぜ」と、どこか寂しげに言った。イスカリオ滅亡と同時に、ドリストは姿を消した。ただ一言、「気が向いたら復活してやるぜ!」との言葉を残して。

 

 バイデマギスは、残った酒を一気に飲み干した。

 

「まあ、テメェが相手なら、少しは楽しめそうだ。手加減なしで行くぜ?」

 

 酒瓶を捨て、大斧を手に取って立ち上がる。

 

 ダーフィーも自分の酒を飲み干し、剣を取った。

 

「ケッ、いい気なもんだぜ。こっちはダンナの首なんか獲ったって、大した金にもなりゃしねぇってのによ」

 

「がーっはっは! まあそう言うな! 行くぞ!」

 

 バイデマギスは大斧を振るい、ダーフィーはそれをかわしてカタナを振るう。

 

 

 

 ――いつか必ず、狂王ドリストは戻ってくる。

 

 

 

 そう信じ、ふたりは戦場に身を置き続ける。

 

 

 

 

 

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