ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一五六話 シラハ 聖王暦二一八年四月下 エストレガレス帝国/ソールズベリー

 カーレオンは、昨年十二月上に奪われたソールズベリーの奪還作戦を開始した。

 

 カーレオン軍を率いるのは賢王カイである。侵攻部隊の編成に少々時間がかかったものの、拳闘士シュストら全軍合わせて兵十二万、さらに、バハムートやサラマンダーなどの上級モンスターも動員し、時間をかけた分極めて強力な部隊ができあがっていた。

 

 対するエストレガレス軍は皇妃エスメレーを総大将とし、軍総帥シュレッドが参謀に入っていた。こちらもヴァンパイアやティアマットなど上級モンスターを率いているものの、兵の数は五万と、防衛戦であることを考慮してもかなり分が悪いのは明らかであった。正面からぶつかれば、持って七日、早ければ三日で部隊は壊滅しかねない。撤退も考慮すべき戦力差であったが、総帥シュレッドは策を講じ、一本の秘矢を放った。この矢が刺されば、ソールズベリーの防衛戦に勝利することはもちろん、カーレオンという国そのものに立て直しできぬほどのダメージを与えることができるであろう。それほど強力な矢であった。

 

 

 

 

 

 

 ソールズベリー城の南には、南西のハーヴェリー、南東のザナスへ続く街道に挟まれる形で、三角形状の森が広がっている。規模としてはさほど広くはないが、防衛側の帝国軍がこの森に兵を伏せ、待ち伏せや奇襲などの策に使うこともできなくはない。マンドレイクやケンタウロスなど、森の行動に秀でたモンスターを使えばより効果的であろう。もちろん、賢王カイもその点は考慮済みのようで、森の中には彼が事前に放った斥候部隊が目を光らせていた。

 

 そんな森の中を(はし)る一つの影があった。影は木の枝から枝へ飛び移り、あるいは茂みに身を隠し、時には腐敗した沼にも躊躇せず潜って、斥候の厳しい監視の目をかいくぐる。強靭な肉体と精神を持ったその影は、シラハという名の騎士だ。フォルセナ大陸でも数少ない、東方の小さな島国に伝わる『忍び』の術を体得した騎士の一人である。

 

 シラハは、シュレッドより一つの(めい)を帯び、単身部隊を離れ行動していた。

 

 賢王カイの暗殺である。

 

 ハーヴェリーから出撃したカーレオン軍は、現在森の西側に部隊を展開している。配置は、前衛に拳闘士シュスト、後方に魔術師のカイ、と、単純ながらも極めて効率の良い布陣だ。この布陣に対して正面から攻めてカイの首を取るのはたやすいことではない。だが、前方に戦力を集中させている分、後方の守りは薄くなっている。よって、密かに森を抜けてカーレオン軍の背後を取ることができれば、正面突破よりもはるかに容易にカイの首を狙えるのだ。無論、背後を取ることができれば、の話である。たやすく背後を取られぬために、カーレオン軍は森に斥候部隊を配置している。敵に気づかれず大軍で森を抜けることはまず不可能である。シラハは、モンスターも兵も引きつれず、単身で監視の目をかいくぐりながら森を駆け抜けていた。彼ら忍びは、元々こういった隠密行動に長けている。得意とするのは大軍同士の戦いではなく、情報収集や謀術、そして、今回のような暗殺なのである。

 

 幾多の監視の目を潜り抜け、シラハは疾る。間もなく森を抜ける。そこからどうやって目標に近づくか……兵を一人殺めて装備を奪い、変装して内部にまぎれ込むのが望ましいが、兵を殺めればその分周囲に気づかれる可能性も高くなる。目標が近いなら、強行突破もありうる。考えを巡らせながら疾るシラハは、前方にわずかな殺気を感じ、足を止めた。間髪入れず後方に跳ぶ。その刹那、地面にいくつもの刃が突き刺さった。殺気に気づくのが遅れていたら、刃はシラハを捕らえていただろう。

 

 地面に刺さった刃は独特の十字形をしていた。それは、彼ら忍びが使う投擲武器・手裏剣である。つまり、その手裏剣を放った者もまた、シラハと同じ忍びなのだ。

 

「……カザンか」

 

 前方の気配に向かって静かな声で言うシラハ。いまこのフォルセナ大陸にいる忍びの騎士は、自分の他にはカザンしかいない。

 

 シラハの声に応えるように、茂みの中からもうひとつの影が飛び出し、前に立ち塞がった。

 

「久しぶりだなシラハ。お前が裏切って以来だ」

 

 カザンもシラハと同じく静かな声で言う。感情も抑揚も無い、まさに影のような声である。

 

「カーレオンに属していたか」

 

 シラハの問いに、カザンは「そうだ、貴様を討つためにな」と言い、殺気を強めてゆく。「貴様のせいで里は焼き払われ、多くの者が命を落とした。その罪を償ってもらう」

 

 カザンは背に携えた刀身の短いカタナを抜き放った。忍びが使うカタナは剣士が使うものよりも短く、『ニンジャトウ』と呼ばれている。

 

 シラハも背中からニンジャトウを抜き放った。二人の殺気が、徐々に高まっていく。

 

 

 

 

 

 

 シラハとカザンは、旧アルメキアにあった忍びの集落『里』の者である。彼らの里は代々アルメキア王家に仕え、国内外での情報収集や謀術・暗殺などの暗部を担ってきた。

 

 二人が決別する出来事が起こったのは、ゼメキスがアルメキアに対しクーデターを起こす一年前のことだ。

 

 聖王歴二一四年一月のリドニー要塞を巡る戦いで、当時アルメキア軍総帥だったゼメキスは、ノルガルドの先王レミディッヅを討ち取り勝利した。その後、ゼメキスはアルメキア王宮に一切話を通すことなく、独断でノルガルドと講和条約を結ぶ。これに激怒した愚王ヘンギストは、ゼメキスに暗殺部隊を差し向けた。

 

 その部隊に、シラハとカザンはいた。

 

 里にとってヘンギストは主君であり、その命令は絶対である。たとえ死ねと言われてもそれを忠実に実行するのが、彼らの掟であった。

 

 だが、シラハはその掟に背いた。大義は愚王ヘンギストではなくゼメキスにあると信じたからだ。

 

 シラハは単身暗殺部隊を離れ、当時ゼメキスの腹心であったデスナイト・カドールを通じ、ゼメキスに暗殺を密告した。事前に情報を得たゼメキスは、難なく暗殺部隊を返り討ちにすることができた。

 

 シラハの裏切りによって暗殺の失敗を知ったヘンギストは、腹いせに忍びの里を焼き払った。多くの者が命を落とし、どうにか生き残った者たちもバラバラになってしまった。

 

 これ以降、シラハはゼメキスの部隊に入り、クーデター後の大戦においても、皇帝ゼメキスのためにその刃を振るっている。

 

 そして、返り討ちにされた暗殺部隊に属しながらもかろうじて生き残ったカザンは、里を裏切ったシラハに対し復讐の炎を燃やした。里を滅ぼした直接の原因はアルメキアの愚王ヘンギストであるが、そのきっかけをつくったのは間違いなくシラハだ。また、ゼメキスのクーデターによって愚王は討たれ、アルメキアも滅びた。カザンに残されたのは、シラハを始末することだけだった。

 

 裏切り者には死を――里の掟である。

 

 こうして、カザンはシラハに裏切りの報いを受けさせるべく、カーレオンへ仕官したのである。

 

 

 

 

 

 

「貴様の裏切りのせいで多くの者が死んだ。だが、なぜ当事者のお前がのうのうと生きている?」

 

 カザンは、抜き放ったニンジャトウを逆手に持ち替えた。声に、少しずつ怒りが含まれはじめる。

 

「……お前のせいで、ハツネも死んだ」

 

 怒りは、やがて憎しみに変わる。「俺はお前を決して許しはしない。死を持って償え!」

 

 憎しみを爆発させると同時に、カザンは地面を蹴り、一気にシラハとの間合いを詰めた。逆手のカタナを振るう。シラハは後方に跳んでその一閃をかわしたが、そこへ手裏剣の追撃が来る。着地と同時ではかわせないと判断したシラハは、手裏剣をカタナで弾き飛ばす。そして、さらに間合いを詰めてくるカザンに対し、シラハも手裏剣を放った。カザンはそれまでの動きを無視するかの如く後方へ跳躍して手裏剣をかわす。二人の間合いが開く。

 

「そうか、ハツネが死んだか……」

 

 睨み合いながら、シラハは里の幼馴染であった少女を思う。

 

 暗殺部隊を離れて以降、シラハは里へ帰っていない。里が焼き払われたことは知っていたが、ハツネが死んだことは、いま初めて耳にした。忍びは何事にも動じぬよう訓練されている。それでも、ハツネの死の知らせには、胸の奥に罪の刃が突き刺さった。自分がしたことに後悔は無いし、大義がゼメキスにあることは今でも信じて疑わぬが、里を裏切ったことはまぎれもない事実である。そして、その裏切りによって多くの命が失われたことは言い逃れのしようもなく、それを罪と咎められても仕方はない。シラハ自身、死をもって罪を償うべきか、と、何度も考えた。

 

 だが、それでも。

 

「カザンよ。俺は死ぬわけにはいかぬ」

 

 シラハもカタナを逆手に持ち替えた。ここで命を落とすわけにはいかない。

 

 ハツネが死んだのならば、その罪は間違いなく自分にある。もし、ハツネに死ねと言われたのなら、それに従ったであろう。

 

 だが、彼女は言った。生きろ、生きて罪を償え、と。

 

 シラハは、言葉に強い決意を乗せる。

 

「俺は生きなければならない。生きて戦い続けることが、俺に残された使命なのだ。カザン! 貴様を倒してでも、俺は生きのびてみせる!」

 

「ほざくな!」

 

 ふたつの影は同時に跳んだ。影は交錯し、激しく刃を交え、火花を散らす。

 

 

 

 

 

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