ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一五八話 クラレンス 聖王暦二一八年五月下 エストレガレス帝国/カーナボン

 北のノルガルドが帝国侵攻に力を注ぎはじめたと同時に、南もカーレオンも動いた。

 

 前月、賢王カイを総大将にした部隊をもってソールズベリーを奪還したカーレオン軍は、休む間もなくさらに北へ侵攻した。ソールズベリーより北には、北西にオルトルート、北東にカーナボンとい拠点がある。カーレオン軍は、このふたつの拠点に同時侵攻したのである。

 

 オルトルート侵攻軍を率いるのは、ソールズベリー戦に引き続き賢王カイと拳闘士シュストである。オルトルートは広大な湖に突き出した半島の先にあり、その特殊な地形から極めて守りが堅い拠点だ。そのため、カイは西の戦線よりナイトマスター・ディナダンを呼び寄せ、侵攻部隊に加えていた。君主であるカイに、騎士団長ディナダと、副長シュスト。この軍編成は、カーレオンの威信をかけた戦いになることが予想された。

 

 そして、もう一方のカーナボン侵攻を指揮するのは魔術師シェラである。カーナボンは、北から東にかけて高い山が連なっている他は一面に平原が広がる単純な地形だ。侵略側が防衛側の背後を取ることが難しいという以外は特に気を付ける点はなく、その広大な広さを活かし、広範囲を攻撃する魔法での戦闘が有効とされていた。そのため、シェラには魔術師のリカーラが同行している。同じ魔術師でも二人が得意とする魔法は系統が異なる為、連携攻撃が勝負のカギとなる。

 

 そして、その二人を守る前衛の騎士として、東のアスティンより盾騎士クラレンスが出撃していた。旧アルメキアで神官騎士をしていた男であり、その堅い守りでシェラとリカーラを守りつつ、二人の魔法で敵を叩く作戦である。

 

 シェラとリカーラはソールズベリーからの出撃となる為、アスティンから出撃したクラレンスとはカーナボン城の近くで合流することになる。幸い、進軍の障害となるものが無い場所だ。ゴーレムやマーマンなどの鈍足なモンスター率いる等のよほどのしくじりをしない限り、容易に合流できるはずであったのだが……。

 

 

 

 

 

 

 カーナボンの城からかなり離れた南の平原で、盾騎士クラレンスは敵軍と交戦していた。合流するはずだったシェラとリカーラは、二部隊だけで城攻めに入っている。万全の状態からはほど遠いであろう。二人の連続魔法で早々に勝負がつけば良いが、敵が魔法に耐えて反撃に転じれば、前衛の騎士を欠く状態ではそう長くは耐えられない。慎重派の騎士ならば、全軍撤退を命じてもおかしくない状況だ。

 

 本来は速やかに合流して三部隊で城を攻める作戦である。それが、なぜこのような状態になってしまったのか。全てはクラレンスが原因だ。アスティンからの進軍に、大きく遅れてしまったのである。それを見逃さなかった帝国軍は、城に二部隊を残し、一部隊が外へ打って出た。クラレンスがそれに気付いた時にはすでに遅く、シェラたち本隊の戦いからは遠く離れた場所で足止めを喰らう羽目になったという訳だ。

 

 鈍足なモンスターを率いていた訳ではないのに、なぜこのような失態を犯してしまったのか。その理由は、クラレンスには判っていた。帝国と戦うことに迷いが生じていたからだ。その胸の奥には、かつて憎き敵からかけられた言葉が、今も突き刺さっていた。

 

 ――お前は、俺に利用されたと思い込み、ただそれが悔しいだけであろう。

 

 帝国に属する神官パラドゥールから言われた言葉である。

 

 三年前のゼメキスのクーデター時、ゼメキス側に就くか、アルメキア側に就くか決めかねていた神官騎士団は、「ゼメキスにこそ大義があり、クーデターは腐りきったアルメキアを復興するための戦いだ」というパラドゥールの主張により、ゼメキス側に就いた。クラレンスもその言葉を信じて戦ったのだが、終わってみればアルメキアという国は滅び、ゼメキスが王座に就いてエストレガレス帝国が誕生した。パラドゥールに騙されていたと悟ったクラレンスは騎士団を去り、故郷の街で酒におぼれる日々を送っていたが、旅の騎士に説得され、カーレオンへ再仕官。アルメキアを滅亡させた罪を償うため、再び戦いに身を投じたのだった。

 

 そして、一年半ほど前のベイドンヒルを巡る戦いにおいて、クラレンスはパラドゥールと相対した。神官騎士団を扇動したパラドゥールに恨みをぶつけようとしたクラレンスだったが、パラドゥールはクラレンスのやっていることはただの逆恨みだと断言した。大義はゼメキスにあるという主張は、その時も変えていなかった。そして、それはパラドゥールの言葉だけのものではなかった。エストレガレス帝国の民衆は祖国を守るためにゼメキスの元に集い、ヘンギストの息子ランスが君主となっていた西アルメキアを滅ぼした。民は、愚王の(せがれ)よりもゼメキスを選んだのだ。その現実を突きつけられたクラレンスは、心に迷いが生じた。罪を償うつもりで仕官したが、パラドゥールの言う通り、それはただの逆恨みに過ぎなかったのだろうか。答えは出ないまま現在に至り、そして、満足に軍を率いることすらできないまま出撃となったのである。

 

 クラレンスの部隊が敵軍とぶつかる。将であるクラレンスとしては、最前線に立って戦うか、後方から兵やモンスターに指示を出すか、など、何らかの行動をとらなければならない。だがクラレンスは何もせず、ただ茫然と立ち尽くす。平原を進軍して友軍と合流する、たったそれだけの作戦さえ満足に行えない自分に喪心していたのだ。剣を構えることさえ忘れ、鞘に収めたまま左手に握りしめる。

 

 兵の一人が駆けてきて、クラレンスのそばに跪いた。「報告! 敵将がこちらに迫っております! 隊長! ご指示を!」

 

 将からろくな指示も無い状態では、どんな兵やモンスターでもすぐに突破されるのは当然だ。このまま戦っても勝ち目はない。すぐに撤退すべきだろう。そう判断を下そうとしたとき、もう一人の兵が駆けつけて跪いた。

 

「報告! 北のシェラ殿とリカーラ殿の部隊が苦戦中! 一刻も早く合流せよとのことです!」

 

 そうだった。今回の作戦はソールズベリーから進軍した部隊と合流しなければならない。撤退は、それを放棄することになる。そうなると、すでに城の敵と交戦しているシェラたちの部隊を見捨てることになる。

 

 撤退か、進軍か……迷うクラレンス。その間にも、兵とモンスターは消耗していく。決断の遅れは何もしないのと同じであり、最悪の選択だ。それでも、今のクラレンスには決められない。

 

 前方の兵たちが大きく弾き飛ばされた。敵軍の将が、ここに到達したのだ。

 

「……随分と腑抜けた部隊だと思ったが、そうか。貴様が指揮していたのか、クラレンス」

 

 名を呼ばれ、クラレンスははっとして敵将の顔を見る。それは、かつて自分が属していた神官騎士団を統べていた男。

 

「ロ……ローコッド団長殿……」

 

 帝国の兵を率いる騎士・神官騎士団長のローコッドは、クラレンスから名を呼ばれたことが不快であるかのように表情を歪めた。

 

「祖国を捨てた貴様に、団長と呼ばれる筋合いはない」

 

 その言葉に、クラレンスは反論しようとしたが。

 

「わ、私は、祖国を捨てた訳では……」

 

 途中で言い淀む。捨てた訳ではない――そう言い切ることができなかった。いまのクラレンスは、何が祖国で何が敵国なのか、もはやそれすらも判らなくなっている。

 

 ローコッドは、ふん、と鼻を鳴らした。「相変わらず煮え切らぬ男だな貴様は。神官騎士団にいたときからそうだった。故郷へ戻って呑んだくれていると聞いていたが、ここまで落ちぶれていようとは」

 

「私は落ちぶれてなどいません!」

 

 否定するように言うと、ローコッドは嘲るように言う。

 

「このザマでまだ落ちぶれていないと言うか。味方と合流することすらままならず、敵に攻められながら満足に指揮することもできていない。その上、無駄にプライドだけは高く、己の失態を認めない。パラドゥールの言う通り、くだらぬ男だ」

 

「な……っ!」

 

 あまりの言葉に、クラレンスの胸の内から怒りが湧きあがる。先のベイドンヒルの戦いで、パラドゥールからは「くだらぬ逆恨みで剣を振るう男」と言われた。憎き相手に侮蔑され、それをかつての上司にも揶揄されては、クラレンスも黙ってはいられない。

 

「団長殿、パラドゥールは危険です。ヤツは己の欲望のために神官騎士団を扇動し、そして、今も卑怯な手を用いて戦い続けている。なぜあのような男を放置しているのです!」

 

 あの時パラドゥールは、「このいくさで手柄を上げ、褒美として新たな宗教団体をつくる」などと豪語したのだ。宗教とは神を信仰することであるが、パラドゥールには信仰心など微塵もない。あるのは欲望だけだ。神官でありながらあれほど欲にまみれた男を、なぜローコッドは破門しないのか。

 

「確かにパラドゥールは素行に問題がある。だが、信念がある分、そなたよりはマシだ。素行さえ改めさせれば、あやつは優秀な神官になるであろう。だが、いまの貴様はどうにもならん」

 

「私には、信念が無いと……?」

 

「その通りだ。ゼメキス陛下の戦いに加担したかと思えば騎士団を去り、呑んだくれているかと思えばカーレオンに仕官し、それで戦うのかと思えば一人煮え切らない態度で流されるまま。これのどこに信念があるというのか?」

 

「私は……」と、その先を言い淀むクラレンス。自分よりもパラドゥールの方がまだ見込みがある――これほど屈辱的な言葉はないが、言い返すことはできなかった。ローコッドの言う通りなのだ。こんなザマでは、くだらぬ男と言われても仕方がない。

 

「貴様は、なんのために騎士になったのだ」ローコッドはもはや呆れきったような声で続ける。その目が、クラレンスの左手に向けられた。「戦う信念が無い者がその剣を持っていたのでは、神官騎士団の名が汚れる! 今すぐ捨てろ!」

 

 その言葉に、はっとして左手に握った剣を見る。

 

 炎を吐くドラゴンの後ろで、剣と槌矛が交わる紋章が刻印された剣。それは、アルメキア神官騎士団の証だ。

 

 かつてのクラレンスは、祖国に命を奉げる覚悟で神官騎士団に入った。クーデター後、騎士団を去った後もこの剣だけは捨てず、酒に溺れる生活をしながらも、手入れだけは欠かさなかった。それは、騎士であり続けたい自分の気持ちの表れであったと思う。

 

 そして、カーレオンに仕官した今も、この剣の手入れだけは欠かしたことがない。

 

 クラレンスは顔を上げた。「団長殿は、今もこの戦いに大義があると信じておられるのですか?」

 

「そうだ」と、ローコッドはためらうことなく頷いた。「あのクーデターは、腐りきったアルメキアを変えるためのもの。そして、この戦いはゼメキス陛下が新たに興した国を守るためのもの。民はアルメキアではなくエストレガレス帝国を選んだのだ。ならば私も、神官騎士団の名誉にかけて戦い抜いてみせる!」

 

 何の迷いも憂いも無い目で叫ぶローコッド。昔からそうであった。これと決めた信念は貫き通すのがローコッドだ。その強い意志をパラドゥールに利用されたとも言えるのだが、それでも、騎士として何をすべきかは、充分わきまえている。

 

 そして、クラレンスが騎士団に属していたときから、部下思いの団長であった。パラドゥールのような男でも、決して見捨てたりはしない。あるいは、()()()()()()()()()()

 

 クラレンスは剣を抜き放った。刀身がギラリと光る。自分はくだらぬ男かもしれない。しかし、この剣だけは、今も輝きを失っていない。

 

「たとえ祖国を捨てたと罵られようと、私は私であるために戦い続けよう。己の罪は己の手で(あがな)う……ただそれだけだ!」

 

 抜き放った剣をローコッドに向け、決意を叫んだ。

 

「少しは覇気が戻ってきたようだな」

 

 ローコッドはどこか嬉しそうな口調で言い、そして、自分も剣を構えた。「いいだろう。お前が信じた道、その剣で切り開いて見せろ!」

 

 ふたりの神官騎士は同時に剣を振るった。ふたつの信念の刃がぶつかり、激しく火花を散らす。

 

 

 

 

 

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