ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一五九話 カイ 聖王暦二一八年五月下 エストレガレス帝国/オルトルート

 カーレオンの侵攻部隊は、オルトルートの城に迫っていた。

 

 賢王カイを総大将とし、ナイトマスター・ディナダンと拳闘士シュストが副将を務めるという、カーレオンの威信をかけたこの戦い。対するは、ソールズベリーと同じく王妃エスメレーと総帥シュレッドだ。

 

 帝国側は城内に立て籠もっての戦いを挑んできた。オルトルート城は、広大な湖に突き出た半島の先にあるため、籠城戦は最も地形を活かせる戦い方である。無論、カイも敵がその戦法に出ることは想定しており、それゆえ、ディナダンとシュストという前衛での戦いに特化した騎士で挑んだのだ。二人の部隊を前衛に立たせ、カイは後方から援護。いかにオルトルートの守りが堅かろうと、これで数日もすれば城を制圧できるはずである。

 

 だが、敵将シュレッドは旧アルメキア時代よりゼメキスとともに戦場を渡り歩いた武人である。カーレオン側の作戦も想定済みであったかのごとく、すぐに手を打ってきた。オルトルートの北東にある拠点トリアより、援軍を差し向けてきたのだ。

 

 皇帝ゼメキス率いる部隊である。

 

 こうして、オルトルートを巡る戦いは、カーレオン側が賢王カイ・騎士団長ディナダン・副長シュスト、帝国側が、皇帝ゼメキス・王妃エスメレー・軍総帥シュレッド、と、双方ともに国の威信をかけた戦いとなったのである。

 

 ゼメキス軍の進軍の速さは凄まじく、あっという間にカーレオン軍の背後、つまりカイの部隊に迫って来た。前衛のディナダンとシュストの部隊は既に攻城戦に入っており、容易に後方に回すことはできない。このままでは、すぐにカイとゼメキスの部隊がぶつかることになる。

 

 しかし、賢王カイは、この事態も事前に想定しており、すでに手を打ってあった。カイは、この戦いのためにブロンズゴーレムやリザードガード・フェニックスなど、守りに強いモンスターを中心に編成しておいたのだ。それらのモンスターでゼメキスの突進を止め、カイの魔法で返り討ちにする作戦である。ここまでの戦闘は、カイが事前に思い描いた通りに進んでいる。

 

 だが。

 

 賢王の頭脳をもってしても読み切れなかったことが、ここで()()()も発生した。

 

 ひとつは、カイが自信を持って配置したブロンズゴーレムらのモンスターの壁を、ゼメキスは数太刀振るっただけで簡単に突破してきたことだ。完全に、ゼメキスの突破力を侮っていた。

 

 そして、もうひとつは――。

 

 

 

 

 

 

 カーレオンの賢王カイは、エストレガレス皇帝ゼメキスと対峙していた。すでに主要なモンスターは敗れたため、カイを守るのは一般兵のみである。兵は主君を守るためゼメキスの前に立ちはだかるが、ルーンの加護を持たない者が騎士を相手にするのは無謀だ。ましてその相手がゼメキスとなると、何人集まろうと()()()の集まり同然である。それでもその忠誠心を持って主君を守ろうとする兵たちに、カイは冷静な声で伝える。

 

「無理はしないでいい。私が何とかするから」

 

 カイはまだ勝利を諦めていなかった。あのモンスターたちを突破されたのは想定外であったが、それでも、まだ望みは充分にある。

 

 カイは前の兵を引かせた。ゼメキスが姿を現す。賢王と皇帝が、相対する。

 

「さすがだね、ゼメキス。まさかあのモンスターたちの壁を、こうも簡単に突破して来るとは思わなかったよ」

 

 冷静さを失わないカイに対し、ゼメキスは「フン」と鼻で笑った。「賢王カイ、随分と余裕だな。まさかこの状況で俺と戦って、勝つ気ではあるまいな?」

 

 相手は生粋の武人だ。正面から打ち合えば、カイに勝ち目などあろうはずもない。

 

 それでもカイは、自信に満ちた笑みを返す。「そのまさかだよ。私は勝つつもりさ。こちらの策は、まだ残っているからね」

 

「面白い、ならばその策とやらを見せてもらおう!」

 

 小賢しい策など通じぬと言わんばかりに、ゼメキスは巨大なクロスボウを構えた。これまでの戦いで多くの兵やモンスター、そして、名だたる騎士たちを次々と貫いてきたその矢が放たれれば、魔術師であるカイなど紙人形同然に風穴が空き、引き千切られてしまうだろう。

 

 カイは「でも、その前に、ひとつ訊いておきたいことがある」と言って、手のひらを向けてゼメキスの動きを制した。「ブロノイルという魔導士についてだ」

 

 戦闘態勢に入ったゼメキスを言葉で止めるのはまず不可能だ。しかし、この名は無視できないと、カイは読んでいた。

 

「どこでその名を聞いた?」思った通り、クロスボウのトリガーにかけた指が止まった。

 

「すでに大陸各所で噂になっているよ。レオニアの女王やイスカリオの狂王を襲撃したようだからね。あなたが起こしたアルメキアへの反乱も、最後のひと押しをしたのは、その魔導士なんだろう?」

 

 ゼメキスは忌々しそうに表情を歪めた。「ふざけたことを……あのような者関係ない! 俺は俺の意志でアルメキアを滅ぼしたのだ!」

 

「そうかい? でも、その結果、こうして大陸全土が戦火に包まれることになった。君は、反乱を起こすことでこうなるとは思わなかったのか? それこそがブロノイルの望みだと、なぜ気づかない?」

 

「くだらぬ質問だ。その程度のことは判っていた。だが、騎士として生まれた以上、たとえ大陸全土を焼きつくそうとも、己の力を思う存分振るってみたいという欲望があるはずだ! 俺はその欲望に従ったまで! この戦乱はブロノイルが望んだことではない、俺自身が望んだことだ!」

 

「私には、君が意固地になっているようにしか見えないけどね」

 

「貴様がどう思おうと我が覇道を止めることはできぬ! 賢王カイ! 話はこれまでだ! 貴様が平和を望むのならば、その手で勝ち取ってみせろ!」

 

 再びトリガーに指をかけるゼメキス。

 

 これ以上は無理か、と、カイも覚悟を決める。正面から打ち合ったのでは到底勝ち目はないが、今の話の間に魔法を放つ準備はできている。自分の全魔力をぶつければ、いかにゼメキスといえどもただでは済まないはずだ。

 

 ゼメキスの矢と、カイの魔法。それらが同時に放たれようとしたその刹那。

 

 突然ゼメキスの身体が黒い炎に包まれた。ゼメキスの体勢が崩れ、矢は放たれることなく地面に転がる。カイは放とうとした魔法の手を止める。いまの炎はカイの魔法ではない。それは呪いの炎であり、黒魔法に属するものだ。カイは黒魔法を使えない。もちろん、ディナダンやシュストも同様に使えないし、彼らは今もオルトルート城を攻めているはずだ。呪いの炎を使える者はこの場にはいない。では、一体誰が? カイが周囲を見回した時、空から一筋の光が落ちてきた。それが刃となり、カイを襲う。稲妻の魔法だ。

 

 ゼメキスとカイは同時に地面に膝をつく。幸い二人とも傷は浅い。カイは魔法の修業をしている分高い耐性を持っているし、ゼメキスは魔法への耐性は低いがその分体力が高い。

 

「誰だ!?」

 

 カイは頭上を見上げて叫ぶ。今の魔法、上から放たれたように思う。

 

 頭上には空が広がっているだけで、何も無い……いや、その何も無い空間が歪んだ。まるで湖に石を投げ込んだかのごとき波紋が広がったかと思うと、その中から人が姿を現した。

 

 あれは転移魔法の一種だろうか? カイは考える。だが、大陸一の魔術師と言われるカイですら、今のような魔法は知らない。それはつまり、現代には存在しないはずの魔法であることを意味していた。聖王歴以前の古代、魔法技術は現代よりもはるかに進んでいたと言われている。失われた古代魔法――カイさえもその存在を書物で読んだくらいで、現実に見るのは初めてだ。そんな魔法を使う者がいるとすれば。

 

「また貴様か、ブロノイル!」

 

 ゼメキスが叫んだ。やはり、あれが魔導士ブロノイル!

 

 ブロノイルは黒曜石を埋め込んだような漆黒の目をゼメキスに向け、闇からヘビが這い出すような声で言う。

 

「ゼメキス、この戦いは私が預かる。すでに三国が滅びた。これ以上国が亡ぶのは困るのだよ」

 

 そして、今度はカイにその目と声を向ける。

 

「賢王カイ、会うのは初めてだな」

 

「初めてだけど、こちらは君のことはそれなりに調べているよ。『ブロノイル・求め続ける者』と名乗っていることや、この大戦を引き起こし、それを引き延ばそうとしていることもね」 

 

「ほう、さすが賢王と呼ばれるだけのことはある。もうそこまで調べているとは」

 

 ブロノイルは少し感心したように言ったが、その目は虫けらを見下ろすかごとく蔑んだままだ。

 

「もっとも、いかに貴様でも、その先にあるものまでは判るまい」

 

「貴様がなにを企もうと関係ない!」ゼメキスが立ち上がった。そして、クロスボウに矢をつがえ、頭上のブロノイルに向けて構えた。「俺の戦いを、貴様ごときに邪魔させはせぬ!」

 

 矢が放たれた。空気を切り裂くような鋭いその一撃は、しかし、ブロノイルを貫こうとする瞬間、何か見えない力によって弾き返された。

 

「ならばここで死ぬか? 貴様の代わりなど、いくらでもいるのだぞ」

 

 ブロノイルはゼメキスに手のひらを向ける。

 

 そこへ、カイは魔法を撃ち込んだ。稲妻の魔法だ。だが、その魔法もブロノイルの身体を貫こうとした瞬間に弾かれ、光の塵と化した。それはまるで、ブロノイルの周りに見えない障壁が存在しているかのようだ。

 

 ブロノイルがカイを見る。「無駄だ。そのような攻撃で我が結界を破ることはできぬ」

 

 結界、それも失われた古代魔法のひとつだろう。

 

 再び空から稲妻が降り注いだ。今度はひとつではなく複数だ。カイとゼメキスの身体を貫く。

 

「――ぐはっ!」

 

 うめき声をあげ、二人はまた跪く。複数放たれた稲妻はその分威力が弱まるが、連続して喰らい続けるとダメージは蓄積してゆく。カイの耐性をもってしても、そう何度も耐えられないであろう。

 

「己の無力さを思い知ったか」ブロノイルはその力を見せつけ、満足げに(わら)う。「貴様らなど我が魔力の前ではクズ同然だ。判ったならすぐに兵を引け」

 

 確かに、大した魔力だね――カイは心の中でそれを認めた。反面、今のゼメキスと自分の攻撃に、手ごたえも感じていた。

 

「ゼメキス、まだやれるか?」

 

 カイはゼメキスを見て言った。

 

「余計な気遣いなど無用だ」

 

 クロスボウを支えにして立ちあがるゼメキス。もちろん、いかにゼメキスの体力をもってしても、カイと同じく何度も耐えられるものではない。

 

「聞くんだ」カイは強い声で言った。「私の魔法で、あの結界を破る」

 

 ゼメキスは疑わしそうに目を細めた。「貴様が? できるのか?」

 

「ああ。私の力を一点に集中させれば、たぶん大丈夫だ。結界が無くなれば、あとは君の力で倒してくれ」

 

「この俺に、共に戦えと言うか」

 

 おかしそうに唇の端を吊り上げたゼメキスに、カイも笑みを返す。「さっき()が言った通りだよ。あの男がなにを企もうと、ここで倒せば、全て無に帰す」

 

 そして、カイは頭上の敵を見据える。これまで学んできた魔法の全てを、この一撃に込めるべく、魔力を溜める。

 

「ふん、人間ごときにこの結界が破れるとも思えぬが……まあ良い。これ以上続けて、貴様らに死なれるのも困る」

 

 ブロノイルは、虫けらに情けをかけるかのような言い方で続ける。

 

「賢王、兵を引かぬというのであれば、こちらにも考えがある」

 

「なに?」

 

 カイが魔力を溜め続けているその時。

 

「――急報!!」

 

 緊急事態を告げる声が周囲に響いた。声がした方を見ると、オルトルート城を攻めているはずの拳闘士シュストがこちらに走ってきた。シュストはゼメキスとブロノイルの姿を見て立ち止まり、戦闘態勢を取る。

 

「シュスト、それより急報とは」

 

 魔法の手を止め、カイは促す。伝令兵ではなく将であるシュスト自ら急を告げに来るとは、かなりの異常事態であることが窺える。

 

 シュストは警戒を解かず、構えたまま言う。「メリオット姫が、デスナイト・カドールに連れ去られました! いまディナダンが追跡しています!」

 

「なんだって!?」と、声を上げるカイ。メリオットは、今回の戦いには参加させず、リンニイスの王城に待機させていた。なのに、いったいどうして。

 

「我々に悟られぬよう、密かにこの地について来ていたもようです」

 

 シュストの言葉に、よりによってこんな時に、と、胸の内でつぶやくカイ。メリオットが城の者に何も告げず外出するのはいつものことだが、もっとちゃんと叱っておくべきだった。

 

「さあ、どうする賢王」

 

 ブロノイルが不敵に笑いながら言った。すぐに悟る。これもブロノイルの差し金か――。

 

 どうする賢王――その問いに、カイは。

 

「すまないシュスト。ここは君に任せる。すぐに全ての兵を撤退させてくれ。私はメリオットを」

 

 考えるよりも先に言い、すぐに駆け出した。

 

「は、はい!」

 

 後ろでシュストの声がした。多くの兵を残し、指揮官もほとんどがいなくなった状態で、ゼメキスら帝国軍はどう動くのか――賢王ともあろう者が、この時ばかりはそんなことは考えなかった。

 

 彼が考えていたのは。

 

 ――メリオット、無事でいてくれ!

 

 カイは、全てを放棄し、メリオットの元へ走る。

 

 

 

 

 

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