ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第十六話 ランス 聖王暦二一五年五月下 西アルメキア/キャメルフォード

 西アルメキアとエストレガレス帝国の国境付近の城塞都市・キャメルフォード。その北東に広がる広大な平原に、西アルメキア軍十万と、エストレガレス帝国軍十万が対峙していた。普段は野鳥の声と吹き渡る風の音くらいしか聞こえない静かな平原が、間もなく戦場と化す。平原は今も静寂に包まれているが、その静寂が持つ意味は、普段とは全く異なる。それは、死地へ向かう前の静寂。戦が始まれば、多くの命が失われるだろう。誰もが死を予感し、声を発することができない。

 

 西アルメキア軍総大将・ランスは、敵軍を目の当たりにし、体の震えを止めることができなかった。敵軍との距離は五百メートルと離れていない。一声号令をかければ、数分のうちに、十万と十万の人間がぶつかり、殺し合うのだ。それがどのような結果になるのか、ランスには想像もつかない。しかし、それによって多くの命が失われるのは間違いない。そう考えると、震えずにはいられない。

 

 ――駄目だ。こんなことでどうする。僕はこの軍の総大将なんだぞ。僕の気持ちひとつが、軍全体の士気に繋がるんだ。僕がしっかりしなければ、この(いくさ)に負けてしまう。

 

 そう胸の内で言い聞かせても、体の震えは止まらない。無理も無かった。総大将とは言え、ランスはまだ十五歳の少年。しかも、この戦が初陣である。その上、十万と十万の戦は、このフォルセナ大陸において最大規模の戦いだ。それはつまり、この戦が両国にとって極めて重要な位置づけであることを意味していた。

 

 城塞都市キャメルフォードは、旧パドストー時代、交通の要所として発展した街だ。王都カルメリーの北東に位置し、東方面の街道は旧アルメキアへと続き、北方面はノルガルドへ、南方面はカーレオンへと通じる街道が伸びている。国境を行き来するには必ず通らなければならない街だ。ゆえに、戦略的に見て、この街は西アルメキアの心臓部と言っていい。この街を落とされると、西アルメキアは各方面への兵や物資の移動が極めて困難になる。また、キャメルフォードから王都カルメリーへの街道には、敵の侵攻を食い止めるための城や砦は無い。西アルメキアにとってキャメルフォードを落とされることは、心臓を握られると同時に喉元に刃を突きつけられるようなものなのだ。絶対に護らねばならない。だからこそ、エストレガレス帝国にとっては真っ先に占領したい街ということになる。

 

 ――そのような重要な戦で、僕が総大将を務めるなんて……。

 

 ランスの心の迷いは消えない。自分には、あまりにも荷が重すぎるのではないだろうか? 旧パドストーには、武勇に優れた騎士が多くいる。あるいは、ランスの教育係であるゲライントも、かつて戦場では『百戦のゲライント』と呼ばれ、名をはせた騎士だ。彼らに総大将を任せた方が良いのは間違いない。

 

 判っている。この戦において、西アルメキアはランスを総大将とせざるを得ないのだ。旧パドストー国王・コールが、帝国から逃れてきたランスを受け入れ、国の全権を任せたことは、すでに大陸中に知れ渡っている。ゼメキスに国を奪われ、帝国に反旗を翻したランスがどれほどの器なのか――大陸中の猛者たちが、この一戦に注目しているはずだ。ランスは、帝国との初戦であるこの戦に勝利して、周辺国に武威を示す必要があるのだ。

 

 だが、それが判っていても、いや、それが判っているからこそ、身体の震えは止まらない。クーデターの夜、ゼメキス相手に一太刀も浴びせることができなかったランスは、己の弱さを知った。ほんの数ヶ月で強くなったとは思えない。また、あの夜のように何もできないまま負けるようなことになれば……。

 

「――そう気を張らずともよろしいのですぞ、ランス様」

 

 ランスの背後からゲライントが声をかけてきた。「そのように緊張されていては、勝てる戦も勝てなくなってしまいますからな」

 

「判っている。だが、もし僕のせいでこの戦に負けたりしたらと思うと――」

 

 ランスの弱気な言葉に、ゲライントは小さく笑い、そして続けた。「ご安心なさいませ。この軍の指揮は私が行います。負けるつもりはありませぬが、万が一にも負けた場合は、この私の責任です」

 

「では、なぜ僕が総大将なのだ。それでは、ただのお飾りではないか」

 

「そういう見方もできますな」

 

 ははは、と、軽く笑うゲライント。それがランスの癇に障った。表情が自然と厳しくなるのが自分でも判る。総大将はただのお飾り――旧パドストー兵の間でささやかれているのを、ランスは知っている。

 

 コール王より国の全権を任され、今回の戦では総大将を務めるランス。自分がその器に無いことは、誰よりもランス自身が判っている。コール王がここまでランスを擁立する理由はひとつ。ランスを、反帝国の象徴にしたいのだろう。つまり、コール王がランスに期待しているのは政治や戦の手腕ではなく、帝国に両親を殺され国を奪われた、という、ランスの立場なのだ。誰が見ても不幸な立場であるランスを擁立することで、エストレガレスとの戦争を正当化し、戦を進めやすくするという狙いがあるのだろう。

 

 もちろん、どのような理由であれ帝国打倒のために挙兵してもらえたのは、ランスにとって何よりもありがたいことだ。コール王にはどれだけ感謝してもしきれない。だから、お飾りである、と、旧パドストーの者に陰口をたたかれるのは、甘んじて受けることができる。

 

 しかし、旧アルメキア時代よりランスのそばにいたゲライントから言われてしまうと、それが本当の事であるからこそ、逆に腹が立ってくる。

 

 だからランスは、わざと拗ねた顔をした。「ふん、ゲライントまで僕のことを『お飾り』とバカにするんだな」

 

「バカにしたわけではありまませんが……お待ちを」ゲライントはそこで言葉を切り、視線をランスから帝国軍の方へ向けた。表情が険しくなる。「王子。帝国から伝者が来たようです」

 

 ランスも帝国軍の方を見る。整列している部隊から騎馬兵が一騎離れ、こちらへ向かって来ていた。右手に掲げた旗には、赤と青、二本の細長い布が風になびいている。フォルセナ大陸において、敵軍へ伝令を送る時に掲げる旗だ。これを掲げた兵を攻撃することは全ての国において禁じられており、破ると重大な罰が下される。同様に、伝者を利用した策――例えば、敵将を討つ刺客を放つなど――も、禁じられている。

 

 帝国の伝者は西アルメキア軍の数十メートル先で止まると、軍全体に届くほどの大声で叫ぶ。「エストレガレス帝国軍総大将・カドールよりの伝令である!!」

 

 その言葉が西アルメキア軍に響き渡ると、兵たちは一気にざわめいた。驚き、戸惑い、動揺――様々な感情が混ざり合い、先ほどの静寂が嘘であったかのように騒がしくなる。

 

 ランスとゲライントも同様だった。

 

 総大将はカドール――ゼメキスではない!

 

 カドールは、旧アルメキア時代からゼメキスの腹心を務めている騎士だ。全身漆黒の鎧に身を包み、常に悪魔の骨面で素顔を隠している。戦場では二メートルを超える巨大な戦斧を振るい、敵を討つ。その異様な風体と圧倒的な強さから、大陸最”凶”のデスナイトの二つ名で知られる男だ。

 

 伝者はさらに叫ぶ。「我が総大将はそちらの代表者との戦義(せんぎ)を望んでおる! すみやかに返答を!!」

 

 ゲライントがランスを見た。「ランス様、いかがいたしましょう?」

 

「無論、受ける」ランスは即答した。

 

「では、わたくしもお供します。参りましょう」

 

 ランスは大きく頷くと、馬を前に進ませる。西アルメキア兵の間を抜け、彼らの前に出た。

 

「西アルメキア軍の総大将・ランス! 此度の戦義の申し入れ、受け入れた!!」

 

 ランスは、伝者に負けない声で叫んだ。

 

 戦義とは、フォルセナ大陸に古くから伝わる風習のひとつで、開戦前、両軍の代表が合意の元に言葉を交わす儀式である。この儀式の間、戦闘行為は一切許されていない。これを破ることは騎士として最大の恥であり、あの狂王と呼ばれるイスカリオのドリスト王ですら、この禁を犯すことはない。

 

 もっとも、この儀式は必ずしも行わなければいけないものではない。どちらかの代表者が断った場合は行われず、そのまま開戦となる。また、夜襲や急襲など敵の不意を突く作戦においても当然行われることはない。戦義は、あくまでも両軍の代表者が望んだ場合のみ行われるのだ。

 

 ランスは、ゲライントと共に帝国軍の元へ向かった。

 

 敵の総大将がゼメキスでないことはランスを少なからず落胆させたが、それでも相手がデスナイト・カドールならば不足はない。ランスから祖国を奪ったのはゼメキスだが、両親を殺したのはカドールなのだ。ランスにとっては、絶対に討たなければならない憎き仇の一人だ。

 

 馬が歩を進めるごとに、敵軍の影が大きくなっていく。その中から、騎馬兵が一騎出て、こちらに向かって来るのが見えた。近づくつれ、手綱を握る手に自然と力がこもる。もうすぐ、憎き仇と対峙する。

 

 そんなランスの心情を察したのだろう。ゲライントが釘を刺すように言う。「ランス様、判っていらっしゃるとは思いますが、戦義時の戦闘行為は、固く禁じられておりますぞ」

 

「もちろんだ。アルメキアの名を汚すことはしない」

 

 そして、今回の戦場となる平原のほぼ中央で、ランスとゲライントは、デスナイト・カドールと対峙した。

 

「――フン。誰が来るのかと思えば敗残者のランスか。貴様ごときが総大将とは笑わせる」

 

 初めに口を開いたのはカドールだった。骨面を付けているためその表情を伺うことはできない。しかし、表情の代わることが無いはずの面が、ランスを嘲笑しているように見えた。

 

「カドール……我が父ヘンギストの仇! その首、すぐに斬り落としてくれる!!」

 

「貴様が俺の首を落とす? 愚王の(せがれ)がおもしろいことを言う」

 

「愚王だと? 貴様、父上を愚弄するのか!?」叫ぶランス。

 

 ゼメキスのクーデターによって滅ぼされたとはいえ、アルメキアは大陸随一の強国であり、それを統べる父ヘンギストは、政治や戦の手腕に優れ家臣や民からの信頼も厚い偉大な王であるはずだ。カドールに討たれたのは、何か卑劣な罠にかけられたに違いない――誰かにそう言われたわけではないが、ランスはそう信じていた。

 

 カドールは、ランスをあざけるように言う。「お坊ちゃんの王子は何も知らぬようだな。貴様は、ヘンギストが勇敢に戦って死んだなどと思っているのではなかろうな? 貴様の父は、俺が部屋に踏み込むと、王妃を置き去りにし、一人で逃げ出したのだぞ」

 

「なに!?」

 

「その上、逃げられぬと悟ると、泣いて許しを乞うてきた。本来ならば拘束し、民衆の前で処刑する手はずであったのだが、そのあまりに見苦しい姿に、思わず斬り捨ててしまった」

 

 信じられない話だった。ランスが思い描いていた父の姿とは、あまりにも違う。信じるわけにはいかない。だから叫ぶ。「黙れ! 父上がそんな臆病者であるものか!!」

 

「フン。愚王の倅は本当に何も知らぬと見える。良い機会だ。貴様の父がどれだけ愚かだったか――ヘンギストの真の姿を教えてやろう」

 

「黙れ黙れ黙れ!! これ以上父上を愚弄するなら!!」

 

 ランスは、腰の剣に手をかけた。

 

「落ち着きなさいませ! ランス様!!」

 

 ゲライントが一喝する。「安い挑発に乗ってはなりませぬ。ここで剣を抜けば、王子だけでなく、アルメキアという国、そして、我らに力添えをしていただいたコール王やパドストーの人々の顔に泥を塗ることになるのですぞ」

 

「――――っ!!」

 

 ランスは憎しみを込めた眼でカドールを睨む。今すぐ斬ってしまいたい相手だが、ゲライントの言う通り、ここで斬ることは許されない。今は戦義中。戦闘行為は決して許されない。この禁を犯せば、自分の名を落とすだけならまだしも、西アルメキアという国全体の汚点となるのだ。ランスは大きく息を吐くと、剣から手を離した。

 

 ランスが落ち着きを取り戻したのを確認したゲライントは、一歩前に出る。「――カドール。貴様の企みは判っているぞ。そうやって相手を挑発し、心を乱そうというのであろう」

 

「フン、貴様らのような雑魚相手に、企みなど使うものか」

 

「その骨面と漆黒の鎧、そして、身の丈を超える巨大な斧とて、同じであろう。およそ実戦向けとは思えぬその姿、異様な風体で相手を威圧し、隙を生じさせようという狙いだろう。そのような小賢しい策で『大陸最凶』を名乗るなど、片腹痛い。貴様には騎士たる資格はない!」

 

「ならば、貴様自身の身で確かめてみるか? この俺が、貴様の言うような小賢しい策を用いる騎士かどうか」

 

「言われるまでもない。貴様は、私にとっても主君の仇。貴様の首を取るのはランス様に譲るとしても、その前に、その骨面を我が刃で叩き割ってくれようぞ!」

 

「面白い。卑小な貴様らではどうにもならぬ現実を思い知るがいい」

 

 カドールは高らかに笑うと、手綱を引き、馬を自軍の方へ進めた。戦義の終了だ。ランス達も馬を下がらせる。

 

「……すまない、ゲライント」馬を下がらせながら、ランスは小さな声で言う。「ゲライントがいなければ、僕はあのまま剣を抜いていたかもしれない」

 

「礼には及びませぬ。私とて、ランス様がいらっしゃらなければ、あの場でカドールを斬り捨てていたやもしれませぬ」

 

 ゲライントは笑った。つられて、ランスも笑う。張っていた気持ちが緩み、少しだけ楽になれた気がした。

 

 ゲライントが笑うのをやめた。「――ところで、先ほどの話の続きですが」

 

「話の続き?」首をかしげるランス。

 

「ランス様が、西アルメキア軍のお飾り、という話です」

 

「ああ、その話か」ランスは肩をすくめた。「いいんだ。今の僕は、そう思われても仕方がない。その汚名は、これからの戦いで返上して見せる」

 

「その意気です。それに、お飾りも悪い事ばかりではありませんぞ」

 

「どういうことだ?」

 

「ご覧なさい――」

 

 ゲライントは、目の前に整列する西アルメキア軍に手をかざした。十万に及ぶ兵たちが、戦が始まるのを待っている。

 

「これらの兵、大半は旧パドストーの兵ですが、ゼメキスのクーデターから逃れ、ランス様を慕って集まった者も、少なくありませぬ」

 

 ゲライントの言う通り、今回の戦の兵の中には、旧アルメキア軍に属していた者も少なからずいる。主に、ランスの親衛隊だった兵だ。

 

 ゲライントは言葉を継ぐ。「皆、ランス様の生存と、コール王の助力を得て挙兵されたことを知り、ランス様と共に戦うため駆け付けたのです。これからも、ランス様の元には人々が集まって来るでしょう。それはまぎれもなく、ランス様という人物に惹かれたからこそ。『お飾り』と言うと聞こえは悪いですが、煌びやかさが無ければ、飾りとしての役すら果たせません。ランス様は、今の立場に、もっと自信を持って良いのですぞ」

 

 ランスは兵達を見渡し、「そうだな」と、頷いた。

 

 いよいよ、戦が始まる。

 

「では、ランス様、開戦のお言葉を」

 

 ゲライントに促され、ランスは兵たちの前に立った。

 

 そして、大きく息を吸うと。

 

「――全軍に告ぐ!!」

 

 十万の兵、全てに届くよう、ありったけの声で叫ぶ。

 

「時は来た! この戦いは、アルメキアの兵にとっては祖国奪還のため、そして、パドストーの兵には祖国を護るための、重要な戦いである!!」

 

 ランスにとって初めての戦場。当然、兵たちに(げき)を飛ばすのも初めてだ。大したことは言っていない。皆、言われるまでもなく、十分心得ていることだろう。

 

 それでも。

 

 ランスの言葉に、兵たちは武器を高らかに掲げ、呼応する。その声は、まるで雷鳴のように、戦場中に響き渡る。

 

 ランスは剣を抜き、天高く掲げた。

 

 そして、憎き敵軍の方へ振り下ろすと同時に。

 

「――全軍、突撃!!」

 

 総大将の声で、兵たちは砂埃を巻き上げ、敵を討つべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 

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