ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一六一話 ノイエ 聖王暦二一八年六月下 ノルガルド/リドニー

 白狼ヴェイナードに仕える騎士ノイエは、リドニー要塞の中を駆け回り、友人のコルチナを探していた。お昼から一緒に魔法の修業をする約束をしていたのだが、訓練場に姿を見せなかったのだ。いつものことではあるが、今日こそは本気で注意しなければいけない。強く決意し、屋上へ続く階段を上がる。コルチナがいる場所は大体決まっている。部屋にいなければ、屋上や中庭などの広い場所だ。

 

「……いた」

 

 案の定、コルチナは屋上の片隅でトレードマークのツインテールの髪を揺らしながらステップを踏んでいた。元々は町の酒場などで踊り子をしていたコルチナは、魔法の修業をサボっては、こうして踊りの稽古に励んでいるのだ。

 

「ちょっとコルチナ、なにしてるの。今日こそ魔法の修業をするって、約束したでしょ」

 

 ノイエは、自分なりに大声を出して叱ろうとする。もっとも、普段は怒ることなんてないのでなんの迫力もない。コルチナはノイエを見ると、やれやれまたうるさいのが来た、と言わんばかりに顔をしかめ、ステップの練習を中断した。そして、「ゴメンゴメン。今日はどうしても覚えたい振り付けがあるからさ。また今度にして」と、適当な感じにあしらう。

 

 三年ほど前にコルチナが仕官して以降、ノイエは何度もちゃんと魔法の修業をするよう彼女に言ってきた。だがいつも「はいはい、わかったわかった」と、適当に聞き流されるだけだった。

 

「コルチナ。あなた今どういう状況に置かれているか判ってるの? 他のみんなはちゃんと修行して戦場で戦果を挙げてるのに、あなただけ大きく遅れているのよ?」

 

 ノイエはより強い口調で言った。ノルガルドは今回の大戦で大きく勢力を伸ばしており、それに合わせ、開戦当初は新米騎士だった者たちも成長してきた。新たに仕官してくる騎士も多く、その中にはかつてレオニアや西アルメキアで大いに手腕を振るった猛者もいる。

 

 そんな中で、コルチナだけが明らかに他の者よりも成長が遅れていた。白魔法や黒魔法を覚えてほしいというノイエの願いもむなしく、いまだ初級の青魔法しか使うことができないのだ。

 

 このことは他の騎士にも知れ渡っている。古参の騎士からは「これだから若いヤツは」と聞こえよがしに嫌味を言われ、同年代の女性騎士からも「あんなのがいるから女の騎士が軽く見られる」と陰口を叩かれている。それはおそらくコルチナの耳にも入っているはずなのだが。

 

「別にいいじゃん、あたいは本来騎士じゃなく踊り子なんだし」

 

 案の定、コルチナはそんなこと気にも留めてないように言う。「何度も言ってるでしょ? あたいの夢はフォルセナ1の踊り子になることで、仕官したのは、夢への通過点だって」

 

 確かに、彼女が仕官したとき、そのことは強く言われた。ノイエもその点は理解している。しかし、だからといって騎士の修業を全くしないのを認めるわけにはいかない。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないのよ。あなただって聞いてるでしょ? これから、ノルガルドはとても重要な戦いを始めるって」

 

 先月、この国の精鋭部隊をもってリドニー戦に挑んだノルガルドは、見事、難攻不落のリドニー要塞の制圧に成功した。これは、長いノルガルドの歴史上で初めてのことである。さらに、その次節にはリドニーと並ぶ要塞である西のオークニー城も制圧に成功したのである。このふたつの勝利は、ノルガルドの帝国侵攻にとって極めて大きな(くさび)となった。二大重要拠点の制圧に成功した王ヴェイナードは、きわめて大きな作戦を決断した。そして、その実行のため、東西のカーレオンとの国境であるハドリアンとゴルレに最低限の守備隊を残し、その他の全ての騎士と兵とモンスターをリドニーとオークニーへ集結させたのである。

 

 狙うは、リドニーの南、エストレガレス帝国の王都ログレス。

 

 さらには、ログレスの東の拠点ファート、西の拠点カドベリーへも、同時に侵攻する。

 

 ノルガルド軍は、帝国首都を含む三拠点への同時侵攻作戦を始めるのだ。

 

「あなたにだって、これがどういうことか判るわよね? 陛下は、このまま一気に帝国を滅ぼすつもりなの。ノルガルドは、旧アルメキアの時代から何度も苦汁を舐めさせられてきた。前の戦争では先王様を討たれてるし、陛下のお姉様も人質に取られた。帝国に勝つことは、陛下や騎士だけでなく、この国の人たちみんなの悲願なの。そんな大事な戦いが始まるのに、踊りの稽古なんてしてる場合じゃないでしょ? お願いだから、ちゃんと魔法の修業をして」

 

 ノイエは切実に訴える。作戦ではリドニーから三都拠点へ同時に侵攻し、この城に防衛部隊は残らない。ノイエはこれまで通り王ヴェイナードに同行することになっている。そして、ヴェイナードが出撃するのは当然のごとく王都ログレスだ。ログレスを守る帝国側の騎士はいまのところ不明だが、皇帝ゼメキスが出てくる可能性は極めて高い。

 

 つまり、ヴェイナードとゼメキスが、戦場で刃を交えるかもしれないのだ。

 

 ノイエは、少しでもヴェイナードの力になれるよう、ここまでまさに死に物狂いで修行を続けてきた。これまでの戦いでも常にヴェイナードに同行し、彼の戦いをサポートし続けた。身体が弱い分魔法の取得に専念し、白・青・緑の魔法を使いこなせるようになった。その魔力は、嘘か(まこと)か、ヴェイナードやグイングラインからノルガルド1と評されるまでになっている。統魔力に関してはさらに高く評価されており、王族であるブランガーネすらも上回ると言われた。王のサポート役に徹しているためその名が大陸中に知れ渡るまでにはなっていないが、間違いなくフォルセナ大陸屈指の騎士――だ、そうである。自分自身では信じられないが、ヴェイナードからも直々にそう言われ、これほど嬉しいことはない。

 

 それに対しコルチナは、ずっと修行をサボっており、いまだ初級魔術師のままだ。実戦経験も乏しく、ノルガルド軍の中ではまだまだ戦力には数えられていない。普段は大陸を巡る旅を命じられることが多いが、それすらも真面目にやっていない節がある。恐らく旅の途中も踊りの稽古を続けているのであろう。

 

「でもさ、ログレス侵攻はもう次節でしょ? いまさらあたいなんかが修行したって、役に立てるワケないじゃん」

 

 ノイエの切実な願いも虚しく、コルチナは自分には関係ないと言わんばかりだ。

 

「そういう問題じゃないの。ログレスの戦いに勝ってもそこでいくさが終わるとは限らないし、コルチナには……()()()()()()()()でも、陛下をお守りできる騎士になってほしいの」

 

 言おうかどうしようか一瞬迷ったが、思い切って言った。病に侵されているノイエは、いつ倒れてもおかしくない状態だ。治療を諦めたとき、医師からは余命二年と言われたが、もうその二年はとっくに過ぎた。()()()()()()()()()――それは、いつ起こってもおかしくないことなのだ。

 

 だが、そんなノイエの事情を知る由もないコルチナは、あっけらかんと言う。

 

「えー? あたいなんかが陛下をお守りできる訳ないでしょ? ずっとノイエがいてあげればいいじゃん」

 

 ――それができないかもしれないからお願いしてるの!

 

 言えるはずのない言葉を、胸の奥で叫ぶ。病のことは、軍師グイングライン以外に知る者はいない。もしこのことが知られれば、いつ倒れるか判らないノイエは軍を除隊させられるかもしれないのだ。それでは、ヴェイナードを守ることなどできはしない。

 

 ノイエの苦悩をよそに、コルチナは楽しそうな顔で話を続ける。「でもさ、ノイエも物好きだよね。陛下って、レオニアの元女王様と結婚することが決まってるんでしょ? どんなに想いを寄せたって、叶うわけないのに」

 

「そ……そういう問題じゃないでしょ!」ノイエは顔が真っ赤になっていくのが自分でも判った。「この国の騎士なら、陛下をお守りするのが当然のことで、あたしなんかが、陛下の……その……」

 

 恥ずかしさのあまり顔を伏せたノイエに対し、コルチナはにひひと笑った。「でもさ、思い切って、気持ちを打ち明けてみてもいいんじゃない? どうせ政略婚なんだし、もしかしたら、陛下の方も、まんざらでもないかもよ?」

 

「そ……そんなんじゃないったら!!」

 

 自分でも思いもしなかったほど大きな声が出た。自分のヴェイナードに対する気持ちをからかわれたのならともかく、ヴェイナードをからかうようなことを言われては、さすがに我慢できない。

 

 予想外に大声を上げたノイエに対し、コルチナは目を丸くして驚いていたが、やがて「あーはいはい。まったく……冗談も通じないんだから」と、つまらなそうに言い、さらに続ける。「ま、陛下をお守りするのはノイエに任せるから、あたいは稽古稽古」

 

 コルチナはノイエに背を向け、再び踊りの稽古を始めた。

 

 ノイエは、ぎゅっと拳を握りしめた。肩が震える。胸の奥が焼けるように熱い。こんな気持ちになったのは初めてだ。

 

 ノイエは。

 

「コルチナ! いい加減にして!!」

 

 生まれて初めて、心の底からわき上がる憤りを、叫んだ。

 

「修行する気がないんだったら、もうこの国から出て行って!!」

 

 怒りは、思ってもいないことも言葉にしてしまうことを、知った。

 

 コルチナは「はあ!?」と言って振り返った。「そっちが騎士にならないかって誘ったんでしょ!? それを今さら出て行けだなんて、勝手なこと言わないでよ!」

 

「陛下のお役にたってもらいたかったから誘ったのよ!!  ノルガルドにいたいなら、ちゃんと修行して! それができないんだったら、もうこの国には必要ないの!!」

 

 一度溢れだした言葉は、簡単に止めることができないと、知った。

 

 コルチナは何か言い返そうとしたが、それを飲み込むように喉を鳴らすと、代わりに、だん、と床を踏みしめた。「あー! もうやめやめ! やる気なくなっちゃうよ!」

 

 そして、ぷいっと目を逸らし、ツインテールの髪をほどいて、階段の方へ向かう。

 

「ちょっと! どこ行くの!」と、ノイエ。

 

「どこだっていいでしょ出て行けって言ったくせに!」コルチナは振り返って、ノイエを指さした。「陛下陛下って、そっちの都合ばかりあたいに押し付けないで!」

 

 そして、また背を向け、行ってしまおうとする。

 

「待ちなさい! 話は終わってないでしょ!!」

 

 ノイエはコルチナを追いかけ、引き止めようとして、肩を掴んで引っ張った。

 

 いきなりのことに、コルチナは後ろに体勢を崩す。

 

 そこに、不運が重なった。ノイエが大きく踏み出した右足が、コルチナの左足に引っかかってしまったのだ。

 

 体勢を崩し、足も引っ掛けられたコルチナは、派手に床に転んだ。

 

「いったーい! なにすんのよ!!」

 

 転んだコルチナは、涙を溜めた目でノイエを見上げる。

 

 ここで、ノイエはようやく我に返った。

 

「ご……ごめん……あたし……そんなつもりじゃ……」

 

 胸の奥の焼けるような熱さが急激に冷やされ、締め付けられるような苦しさに変わる。

 

 コルチナは立ち上がろうとして、「いたた」と左の足首を押さえた。「足くじいちゃったじゃないの!」

 

「ごめんなさい、すぐに治療するから」

 

 ノイエはコルチナのそばにかがみこみ、治療の魔法を施そうと手のひらを向けた。

 

 その手を、ぱしん、と、払い除けられた。

 

「もういいわよ! 踊れなくなったら、恨んでやるんだから!!」

 

 コルチナはどうにか立ち上がると、足を引きずりながら行ってしまった。

 

 ノイエは、それ以上言葉をかけることができず、ただその場に立ち尽くして彼女の背中を見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 夕方になっても、ノイエは屋上に残っていた。

 

 柵に手をかけ、西の山陰に隠れようとする夕陽を見つめる。

 

 なんであんなことを言ってしまったのだろう。冷静になって思い返すと、とてもヒドイことを言ってしまった。きっとコルチナは傷ついているだろう。身体の傷は魔法で治療できるが、心の傷は、決して魔法では治らない。

 

 ――陛下陛下って、そっちの都合ばかりあたいに押し付けないで!

 

 コルチナの言葉を思い出す。その通りだと、今は思う。自分には時間が無い――そう焦るあまり、大事なことを見失っていた気がする。

 

 仕官するとき、コルチナは言った。戦争が終わったら、舞台で共演してほしい、と。

 

 音楽家の両親のもとに生まれたノイエ。子どもの頃から天性の音感と美声を持ち、若くして宮廷楽師隊に属し、『天使の歌声を持つ少女』と呼ばれていた。そんなノイエと舞台で共演することを、コルチナは本当に楽しみにしているようだった。だから、魔法の修業もよそに、ああして日々踊りの稽古に励んでいるのだ。

 

 もっとコルチナの気持ちを考えてあげるべきだった。こちらの都合ばかり押しつけるんじゃなく、彼女の話も聞いてあげるべきだった。なにより、どんな事情があろうとも、「出て行け」なんて酷いことを言うんじゃなかった。後悔しかない。

 

 とにかく、まずはコルチナに謝ろう――ノイエは、強く決意して頷く。許してくれるかどうかわからないけど、なによりも謝るべきだ。「出て行け」「必要ない」――そんなことは決して本気で思っていないと伝えよう。修行なんかより、今はとにかく謝らなくては。

 

 ノイエは、コルチナの部屋へ向かおうとした。

 

 小さな咳が出た。

 

 とっさに手のひらで口を覆う。

 

 その手に、血が付いていた。

 

 それは、ほんの小さな咳にしては、あまりにも大きく広がっていた。

 

 ――え?

 

 心の中で声を上げた瞬間、さらに咳が込み上げて来た。両手で口を覆っても受け止められないほどの血が、のどから溢れ、床にこぼれた。

 

 発作が始まったのだ。

 

 ――お薬……飲まなきゃ……。

 

 発作を抑える薬は、いつも持ち歩いている。ポケットからケースを取り出し、開けようとした。

 

 だが、さらに咳が込み上げてきて、しっかり開けることはできなかった。はずみでケースの蓋が飛んだ。薬はばらまかれ、床に広がった血の中に転がる。咳は止まらない。ノイエは、床にうずくまるようにしてなんとかこらえようとした。それでも止まらない。咳も、血も。

 

 やがて、呼吸が苦しくなる。血が気道に入ったのかもしれない。息ができない。助けを呼ぼうにも声が出ない。視界が、霞を帯びたかのように白くぼんやりとしていた。それもわずかな時間だった。今度は闇に閉ざされるかのごとく黒くなってゆく。息はできない。助けも来ない。意識が、どんどん遠のいていく。

 

 ノイエは、床に広がった血の中に、倒れた。

 

 血の色が、夕日が沈む空の色と、重なった。

 

 

 

 

 

 

 ――ごめんねコルチナ。ひどいこと言って……約束、守れなくて、本当にごめんね……。

 

 

 

 

 

 

 彼女が()()に思い浮かべたのは最愛の人ではなく、仲違いしてしまった友であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ノイエ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、立ち去ったはずの友の声を聞いた気がして、ノイエはわずかに頬を緩めた。

 

 

 

 

 

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