ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一六二話 カイ 聖王暦二一八年十一月上 カーレオン/ケール

 メリオットがデスナイト・カドールに拉致された事件から、半年が過ぎた。

 

 

 

 賢王カイは、リンニイスの西にあるケール城の一室で、眠り続けるメリオットに寄り添っていた。彼女の目は、この半年の間、ずっと閉ざされたままだ。

 

「メリオット……いつまで眠っているつもりだい? いつも、僕の寝坊をからかっていたくせに」

 

 ベッドのそばに置いた椅子に腰かけたカイは、両手を組み、眠り続けるメリオットに話しかける。半年間、毎日そうしてきた。無論、眠り続けるメリオットはなにも反応しない。メリオットがいない王宮は、まさに灯が消えたかのようだった。「たいへんたいへーん!」と走り回る姿を微笑ましく思っていたあの日々が、今はただ懐かしい。

 

 半年前、デスナイト・カドールに拉致されたメリオットを救出するため、カイとディナダンは帝国との戦いを放棄してカドールを追った。そして、あと少しで救出できると思われたその時、カドールの投げたナイフを背に受け、メリオットは倒れた。そのナイフには呪いがかけられており、以来、メリオットの意識はずっと戻らないままだ。どんなに治療の魔法を施しても効果は無く、無論、医者にも手の施しようがなかった。それは、カドールが使った呪いが古代魔法の一種であることを意味していた。

 

 死んでいるわけではない。だが、生きているとも言えない。

 

 古代魔法は、大陸一の魔術師と噂されるカイですら、その存在を古い文献で読んだことがある程度だ。詳しいことは判らない。その詳細を知っている者がいるとすれば、恐らくこの出来事の元凶であろう魔導士ブロノイルだ。だが、あれ以降姿を見せていない。

 

 眠り続けるメリオットを救うため、カイは古代魔法の調査を始めた。自国の古い書物はもちろん、あらゆる()()を使って他国の文献も調べた。古い遺跡や洞窟、古の神が祀られた島など、古代魔法に繋がりそうな場所は片っ端から探索させ、手掛かりを求めた。同時に、古代魔法ではなく現代の技術を使って呪いを解けないかも試みた。治療の魔法はもちろん、大陸中からあらゆる回復薬や解毒剤を取り寄せて試してみた。

 

 それでも、メリオットが目を覚ますことはなかった。

 

「僕は、なんのために騎士になったんだろうね」

 

 カイは、メリオットの手を取り、そっと握りしめた。

 

「前に、ディナダンにも言われたよ。『一人の人間を幸せにできない者に、多くの人を幸せにできるとも思えない』ってね。ホントにその通りだよ。メリオット一人守ることもできないのに、騎士だなんて、よく言えたもんだ」

 

 己の無力さを痛感する。静かなる賢王、大陸一の知恵者……そんな呼び名も、今はただ虚しいだけだ。望むのはささやかな幸せ――そんな小さな望みさえ、叶えることができない。

 

「メリオットは覚えているかな? あれは、君が五歳になったばかりのことだ。父上の狩りに、連れて行ってもらったことがあっただろ?」

 

 カイは、眠り続けるメリオットの意識をどうにか引き戻せないかと、話を続ける。

 

「あの時、森の中からキツネが現れて、襲われそうになった。僕は何もできなくて、危うくメリオットに大怪我をさせるところだった」

 

 幸いメリオットは無傷だったが、メリオットをかばったカイは大怪我をし、一節の間入院を余儀なくされた。そして、ようやく会うことができたメリオットは、大粒の涙を流して泣きじゃくった。

 

「あの時、僕は誓ったんだ。大切な妹を悲しませないために、強くなろう、って」

 

 カイがルーンの加護に目覚めたのは、それからほどなくのことであった。

 

 それ以降、カイは魔法の猛勉強を始めた。魔導国家と呼ばれるカーレオンには優秀な魔術師がたくさんいる。彼らに教わり、次々と魔法を取得していった。アルメキアの魔導学校へも留学した。優秀な教師と学友に囲まれたカイはみるみる成長し、やがて、大陸一の魔術師と噂されるまでになった。魔法以外にも、統魔力やモンスターについて、あるいは戦術や兵法など、戦いに必要なことは積極的に学んだ。無論、そもそも戦いにならぬよう、外交や経済政策などを学ぶことも怠らなかった。外交には欠かせない情報収集にも力を入れ、それらの分析にも力を注いだ。いくさが始まっても、決して他国に負けなることはないという、確かな自負があった。

 

 なのに。

 

「僕は、一番守りたかったものを、守ることができなかった」

 

 メリオットの手を強く握りしめる。どんなに魔法を学ぼうと、どんなに戦略を学ぼうと、どんなに政治を学ぼうと、目的を果たすことができなければ、全て無意味だ。

 

 カイは、己の無力さに顔を伏せ、涙を流した。

 

 その涙が頬を伝い、カイが握りしめたメリオットの手に、流れ落ちた。

 

 その瞬間。

 

 ぴくり、と、メリオットの手が、動いた。

 

 はっとして、カイが顔を上げると。

 

「――もう、お兄ちゃんたら、シャツがシワシワだよ?」

 

 メリオットは微笑みを浮かべながら、小さく弱々しい声で――しかし、ハッキリとした意志を持った声で、言った。

 

「メリオット――」

 

 カイは、言葉を発しようとして、やめた。

 

 そして、ただ、強く、その手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

「――ずっと、真っ暗な場所にいたの。周りに誰も居なくて、呼んでも誰も返事してくれなくて、怖くて、寂しくて、一人で泣いてた」

 

 眠り続けていた間のことを、メリオットはそう話した。それが呪いの力なのか、あるいはただの夢なのか、カイにも判らない。

 

「でもね、ずっと泣いていたら、お父さんの声が聞こえたの。『王家の血を引きし者が、いつまでも泣いてどうする。いかなる場合も、民のために為すべきことをし、その責務を果たすのだ』って、叱られちゃった」

 

「そうか、父上が」

 

 カイはほほ笑む。夢か呪いかは判らないが、それは本当に父の言葉だったと、信じることにした。

 

「だからあたし、立ち上がって、歩き続けて……そしたら、お兄ちゃんの声が聞こえたの。あたしの名前を呼んで、心配してて……その声がする方に、ずっと、ずうぅっと、歩き続けたの」

 

 カイは、毎日のようにメリオットのそばで話しかけ続けた。もしかしたら、それが通じていたのかもしれない。

 

 話をしていたメリオットは、何かに気づいたような顔になる。

 

「あたし、どれくらい眠ってたの? 帝国やノルガルドとの戦いは、どうなったの?」

 

 身体を起こそうとするのを制し、横になっているよう言った。

 

「大丈夫。メリオットは、そんなこと気にしなくていいんだ。待ってて。すぐに、医者を呼んでくるから」

 

 そう言って、カイは立ち上がる。握りしめていた手を離し、外に出ようとする。

 

「お兄ちゃん」

 

 妹の声に、扉に手をかけたまま振り返った。

 

「すぐ戻って来てね」

 

 どこか寂しそうな顔で言う妹に、「もちろんだよ」と、笑顔を返した。

 

 カイは、部屋を後にする。

 

 信頼できる者にメリオットが目覚めたことを告げ、ケール城を後にした。

 

 城の外には、約二万の兵と、ドラゴンやクレイゴーレム、グールといったモンスター、そして、ディナダンやシュスト、ボアルテにシェラたち、カーレオンの主要な騎士が待機していた。

 

 カイはその前に立つ。

 

「皆、ヤケを起こさないように。落ち着いて戦えば、勝機はあるから」

 

 短く、その思いを告げる。騎士たちは、王の言葉を信じ、力強く頷く。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 カーレオン軍は、最後の戦場へ向かった。

 

 

 

 

 

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