ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一六四話 ディナダン 聖王暦二一八年十一月下 カーレオン/ケール

 ナイトマスター・ディナダンは、カーレオン南西の岬にあるケール城の一室で、賢王カイと共に窓の外を見つめていた。いや、正確には、ここはもうカーレオンではない。前節、エストレガレス帝国との戦いに敗れたカーレオンは、最後の領土を失った。

 

「我が力及ばず、申し訳ないです」

 

 ディナダンは窓の外を見つめながら言う。城の前にはエストレガレス兵十万が整列している。もう間もなく、この城に流れこんでくるだろう。それに対抗する力は、もうナイトマスターにも残っていない。

 

「君のせいじゃないよ。全て、僕が悪いんだ」

 

 カイはそう言った。悔しさは感じられない。むしろ、どこかさっぱりしたかのような声であった。

 

 四ヶ月前の七月、白狼ヴェイナード率いるノルガルド軍は、リドニー要塞より、カドベリー、ファート、そして、王都ログレスへの三都市同時侵攻を行った。これは、ノルガルドのほぼ全軍を帝国侵攻のために集結させた、壮大な作戦であった。

 

 もし、このノルガルドの作戦に合わせ、カーレオンも帝国侵攻へ力を注いでいれば、エストレガレスを滅ぼすことができたかもしれない。あるいは、守りが薄くなったノルガルド領のゴルレやハドリアンを攻めれば、領土を拡大できたであろう。

 

 だが、カイは戦闘を放棄し、呪いの刃に倒れた妹メリオットの治療に専念した。最大の指揮官を失ったカーレオン軍がまともに機能するはずもない。帝国はこの隙を見逃さず、大胆な作戦に打って出た。王都ログレスを放棄し、全軍をもってカーレオンへ攻め込んで来たのだ。カーレオンはこれに耐えきれず、次々と城を失った。そして今日、最後の城も陥落した。

 

 敗戦の理由がカイにあることは明白だ。彼が妹の治療に専念しなければ、こんなことにはならなかったであろう。

 

 だが、そのことを責めるつもりは、ディナダンには無い。愛する妹を救おうと不眠不休で治療法を探る彼を、どうして責めることができるだろう。それどころか、メリオットの治療にはディナダンも協力した。部隊から離れ、大陸中を旅し、失われた古代魔法に関する情報を集めたり、あるいは有効な解毒剤を探した。ディナダンだけではない。副長のシュストも、宰相のボアルテも、魔術師のシェラも、ミリアも、エルオードも、リカーラも、皆カイに協力した。カルロータやヴィクトリアやシェリダンといった元々はカーレオンの騎士ではない者達も、文句のひとつも言わず進んで協力した。さらには、カーレオンに住む国民たちも、戦いを放棄した騎士たちを非難することもなく、次々と協力を申し出た。

 

 カーレオンは、国民が一丸となって、王妹メリオットを救おうとしたのだ。

 

 そして、メリオットは意識を取り戻すことができた。結果的にカーレオンという国が失われても、後悔する者はいなかった。もちろん、ディナダンもこの選択は正しかったと、信じて疑わない。

 

「しかし、あなたにゼメキスや白狼の半分でも野心があれば、この大陸はうまくいったかもしれませんな」

 

 ディナダンはカイに視線を移し、少々の皮肉を込めてそう言った。

 

 カイもディナダンを見る。「どういうことだい?」

 

「あなたが王となり、ゼメキスや白狼が仕える――これが、フォルセナ大陸統一国家の、理想的な姿だと思いますがね」

 

 オルトルートの戦いでゼメキスと対峙したカイは、魔導士ブロノイルの襲撃に対し、ゼメキスに戦い方を指示したという。また、白狼ヴェイナードも、カイの戦略に一目置いていた。ゼメキスがヴェイナードに仕える、あるいは逆にヴェイナードがゼメキスに仕える――そんな姿は想像もできないが、ゼメキスやヴェイナードがカイに仕える姿は、想像できなくはない。歴史の歯車が少し違った形で動いていたら、そんな世界もありえたかもしれない。

 

 だがカイは「買いかぶり過ぎだよ」と、首を横に振る。「僕に、そんな素質は無いさ」

 

「そうでしょうか?」

 

「それに、仮に僕が大陸制覇の野心を持つ男だったとして、そんな僕に、君は仕えてくれるのかい?」

 

「ごめんですな」

 

 ディナダンは、考えるまでもなく即答した。

 

 カイは小さく笑う。「だろう? 君がいなかったら、統一国家なんて不可能だよ」

 

「ははは、それこそ買いかぶり過ぎというものですが……まあ、世の中なかなかうまく行かないものですな」

 

 がちゃり、と扉が開き、メリオットが入って来た。

 

「あ、やっぱりまだ支度してない。早くしないと、みんな行っちゃうよ?」

 

 まるで引越しでもするようなノリで言うメリオットに、ディナダンとカイは苦笑いを浮かべた。

 

 前節に目覚めたメリオットは、半年間眠っていたとは思えないほどの回復ぶりを見せ、すでに以前と変わらない生活を送っていた。自分のせいで国が滅びたと落ち込むのではと心配もしたが、いまのところ、そんな様子はない。

 

 メリオットも手伝い、支度を始める。もっとも、ここは彼らが居住していたリンニイスの城ではないので、元々荷物は少ない。半時もせず支度は整った。

 

「さて、陛下。私は旅に出ようと思います。いまさら他に仕えたいと思える王もいませんのでね」

 

 ディナダンは荷物を背負ってそう言い、「陛下もどうです?」と、誘った。

 

「そうだね、そうしよう」カイも荷物を背負い、同意する。

 

「メリオット姫はどうされますか?」

 

 一応訊くディナダン。もちろん、兄について来ると思ったのだが。

 

「ミリアちゃんも旅に出るみたいだから、あたし、そっちに付き合おうかなって思ってる」

 

 意外なことを言う。カイも予想していなかったのか、驚いた表情になっていた。

 

「眠ってるとき、お父さんから言われたからね」と、メリオットは決意を込めた顔で続ける。「『王家の血を引く者はいつまでも泣いてはいけない、どんな時も民のために責務を果たせ』って。あたし、今回のことで、みんなにお礼を言わなきゃいけないと思うの。だから、国中を周って、みんなに感謝の気持ちを伝えて行くつもり。それが、今のあたしの責務だと思うから」

 

 メリオットの治療には、カイやディナダンら騎士だけでなく、カーレオン国民全員が協力してくれた。そのことを、彼女は一生忘れないであろう。

 

 カーレオンという国が滅びても、民は残る。それはただ国の名前が変わるだけのことなのかもしれない。いや、今回の出来事で一丸となり、国民は国の名よりも大切な絆を手に入れたのだ。

 

「ナルホド。それは良い考えですな」

 

 ディナダンはカイを見る。カイは少し寂しそうな顔をしていたが、やがて、「そうだね」と頷いた。「僕も、できる限り、みんなにお礼を言っていくことにするよ」

 

 少々予想外の展開であったが、これで良かったのかもしれないと、ディナダンは思った。この二人は仲が良すぎた。少し離れてみるのも悪くないだろう。その方が、お互いより成長できる。

 

 荷物を持ち、三人は城の外へ出た。すでに準備を終えていたミリア達が待っていた。

 

「ミリアさん、メリオットのことを、よろしく頼みます」

 

 カイはミリアに頭を下げた。

 

「お任せ下さい。まあ、危険な場所へ行くわけではありませんし、エルオードやリカーラたちも一緒ですし、大丈夫です」

 

「お兄ちゃん、あたしがいなくても、寝坊したりなまけたりしちゃダメだよ?」メリオットはカイに釘を刺すように言って、今度はディナダンを見る。「ディナダン、お兄ちゃんのこと、よろしくね」

 

「心得ました、姫君」

 

 ディナダンは優雅な仕草で礼をする。

 

「じゃあ、またねー」

 

 手を振りながら旅立つメリオットを、二人は見送った。

 

 メリオットたちの姿が見えなくなったところで、ディナダンは「ところで陛下」と言って、カイを見る。「ひとつお聞きしたいことがあるのですが」

 

「僕はもう王ではないから、陛下と呼ぶ必要はないよ」

 

 苦笑いのカイに対し、「そうでしたな」と言った後で続ける。「でも、それはこの質問を終えてからにしたいと思います」

 

「なんだい?」

 

 ディナダンは、敵の隙を突く鋭い刃のような口調で問う。

 

「陛下は、ボアルテ卿から告白されるまで、本当にメリオット姫と血の繋がりが無いことをご存知なかったのですか?」

 

 そして、その鋭い観察眼で、相手の様子を伺う。

 

 カイは表情を変えることもなく、「どうしてそんなことを訊くんだい?」と言った。

 

「いえね、あの肖像画の間に、陛下が生まれた頃の絵だけ無いことは、実は私も気付いていました。まあ、私は凡人ですから、そのことに対して特に何も思わなかったんですがね」

 

 リンニイス城の大回廊には、歴代王族の肖像画が飾られた一角がある。カイ以前の王には赤子の絵と成人時の絵と即位時の絵の三枚が飾られていたが、カイだけが赤子の時の絵が無かった。メリオットがそれに気付いたことが、ボアルテが告白するきっかけになったそうだ。

 

「私やメリオット姫も気付かれたくらいですから、陛下が気付かれていないとは考えづらい。なぜ自分だけ赤子の絵がないのか? 好奇心旺盛な陛下のことですから、そう疑問に思ったことでしょう。後は、陛下お得意の情報網を使えば、真実を知ることはたやすいと思うんですがね?」

 

 ボアルテは、この話は自分以外に知る者はいないと思っていたようだが、先王が養子を取る話が持ち上がったのはせいぜい三十年ほど前だ。一国の王が養子を取るのだから、関わった者は多いであろう。カイの本当の両親も、病や事故などに遭っていなければまだ生きているはずだ。完全に秘密にすることなど不可能であろう。どこかにほころびが生じるだろうし、その綻びを見逃すような男とも思えない。

 

 だが、カイは言う。

 

「君は、私のことを買いかぶり過ぎだよ。私は、ほんのちょっと記憶力がいいだけの、平凡な男さ」

 

()……ですか」

 

 ディナダンは疑わしい目でカイを見るが、やがて苦笑と共に目を閉じた。まあ、これからも長い付き合いになる。今日のところは、これくらいにしておこう。

 

 ディナダンは目を開け。「判りました」と伝えた。「それでは、我々もそろそろ参りましょうか」

 

 旅立とうとするディナダンに、カイは「ちなみに、どこか行く予定はあるのかな?」と訊く。

 

「さて、風の向くまま気の向くまま、と言ったところです」

 

 とぼけてそう言うと、カイは「なら、僕の用事に付き合ってもらっても、大丈夫かい?」と続けた。

 

「用事ですか? どのような?」

 

「流星のハレーを探そうと思う」

 

 カイは、真剣な眼差しになってそう言った。

 

 ディナダンも笑みを消す。「流星のハレー……流れ者の騎士ですね。一時期西アルメキアに仕えていたようですが、今は行方知れずだと聞いております」

 

「うん。彼女に会って、いろいろと話を聞いてみたくてね」

 

「ひょっとして、まだブロノイルについて探るおつもりですか?」

 

「他にやることもないからね」

 

 ディナダンは表情を緩め、呆れた声で言う。「あなたも物好きですな。もう王ではないのですから、後は帝国かノルガルドに任せておけばよいでしょうに」

 

「フォルセナ大陸の未来がかかっているかもしれないから、そうもいかないよ」そう言った後、カイも表情を緩めた「それに、僕はもう王としての情報網は失ったけど、その分、これからは政務に縛られることなく自由に調べることができる。ようやく本気を出して調査できるからね」

 

「今までは本気じゃなかったということですか。これは恐ろしい」

 

 王という立場である以上、自由に行動することはできない。王とは何かと不自由なものなのだ。それでもゼメキスのクーデターの裏にいたブロノイルの存在や、その後の暗躍ぶり、目的の一部を調べ上げたカイ。王という縛りが無くなり、自由を手に入れた今、ブロノイルを追いつめるのも時間の問題かもしれない。

 

「まあ、これは僕の個人的な問題だから、君が断るなら強制はしないけど、どうかな?」

 

 カイの問いに、ディナダンは迷いなく答える。

 

「もちろん、仰せのままにさせていただきますとも、()()()()

 

「だから、僕はもう王じゃないんだよ」

 

 やれやれ、とカイはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 聖王歴二一八年五月。

 

 

 

 

 

 

 カーレオンの賢王カイと、エストレガレス帝国皇帝ゼメキスが、オルトルートを巡る攻防で相対する。

 

 この時、賢王はすぐに兵を撤退させ、二人が刃を交えることは無かった。同日に王妹メリオットが病に倒れており、賢王はその一報を受けて撤退を決意したものと思われる。

 

 

 

 その後、賢王は妹の治療に専念するため、戦場から姿を消す。

 

 エストレガレス帝国はこの機を逃さず、二年前の西アルメキア侵攻以来の全軍での特攻を仕掛ける。司令官不在のカーレオンにこの特攻を食い止めるすべは無く、カエルセント、カルメリー、リンニイスと、次々と主要な都市を失う。賢王はケール城の防衛戦で復帰するも、時はすでに遅く、皇帝率いる部隊の前に敗退する。

 

 

 

 

 

 

 聖王歴二一八年十一月、賢王カイは表舞台から姿を消し、カーレオンは滅亡した――。

 

 

 

 

 

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