エストレガレス帝国の王妃エスメレーは、帝国の新たな首都となったリンニイス城の一室で、皇帝へ献上された品を確認していた。彼女の前には、宝石や金塊などの
品をひとつひとつ見ていくエスメレー。残念ながら今回戦いに使えそうなものは無いが、ひとつだけ気になるものがあった。一枚の大きな絵画だ。美術品が贈られてくることは珍しくない。戦争には不要なのですぐに売り払うのだが、その絵は到底高く売れるようなものには見えなかった。絵は、有名画家のサインも無ければ、豪華な額縁に入っているわけでもない。そもそも何が描かれているのかさえ判らなかった。ただキャンバス一面に青い絵の具を塗り広げただけなのだ。それでも、その一面に塗られた青色は、不思議と心安らぐ美しさがある。芸術方面には王族のたしなみ程度の知識しかないエスメレーにも、心惹かれるものがあった。
「――あのー、王妃様、ちょーっとよろしいでしょうか?」
絵をどうするか思案していると、双子騎士の姉ミラが、遠慮がちに部屋に入って来た。
エスメレーは絵を横に置いた。「なにか?」
「お忙しいところすみません。在野の騎士が来てるんですけど」
「仕官ですか?」
エスメレーは少し驚く。クーデターを起こして大陸中を戦乱に巻き込んだこの国に騎士が仕官するのは異例のことだ。歓迎したいところだが、仕官を認めるのはエスメレーの仕事ではない。
「それなら、ゼメキスかシュレッドのところへ連れて行けばよいでしょう」
そう告げるエスメレーに、ミラは、「そうなんですけど……」と、何か言いにくそうな顔をしながら続ける。「そいつ、見た目からしてメチャクチャ弱そうなのに、『自分はフォルセナ1の軍師だ』だの『最強の男だ』なんて大口を叩いていまして、陛下や総帥のところに連れて行ったら、ぶん殴られて追い出されるんじゃないかと思うんです」
確かにそれはあり得るかもしれない。二人とも、実力もないのに口ばかり達者な者を嫌う。
「でも、この国の騎士不足は深刻なので、そんなヤツでも、いないよりはマシなんじゃないかなー、と思うんです。王妃様が仕官を認めていただければ、陛下も総帥も何も言わないと思いますから、後は、あたしが適当に相手しておきます」
ミラの言う通り、この国の騎士不足は深刻だ。たとえ戦力にならなくとも、大陸を旅して武具なりモンスターなり連れ帰ってくれるだけでも、充分ありがたい。
「判りました。会いましょう」
エスメレーが認めると、ミラは礼を言い、仕官希望の騎士を部屋に呼び入れた。
「初めまして、王妃殿。ご機嫌麗しゅう。わたくし、フォルセナ1の軍師と名高いランゲボルグと申します」
入ってきた男は、王妃であるエスメレーの前でもへりくだったりせず、胸を張ったまま言った。
「……初めてではありませんね。あなたは、かつてノルガルドにいたでしょう?」
「ぎく。さ、さすがは王妃殿、素晴らしい記憶力です」
エスメレーの指摘に、男は動揺する。エスメレーはドレミディッヅ時代にノルガルド軍に属していた。王の傍系の一人としてそれなりの地位を与えられていたので、騎士の顔は末端の者まで覚えている。
男は気を取り直すようにおほんと咳払いをした。「おっしゃる通り、私はかつてノルガルドにいました。ですが、失礼ながら弟君の手腕では私の頭脳を使いこなせないと思いまして、断腸の思いで祖国を捨て、レオニアに仕官したのです」
「滅びましたけどね」と、ミラが付け加える。
「かの国では『レオニアの頭脳』と呼ばれておりましたが、私が立案した作戦が高度過ぎたためか女王が理解できず、滅んでしまいました。まあ、私の立てた『イナズマ作戦』により、首都ターラで帝国軍とレオニア軍が入り乱れて戦う中、女王は無事城から脱出できたのです」
レオニア女王は帝国軍がターラを攻める前に首都を離れ、ノルガルド領ハンバーでヴェイナードと会見したはずだ。食い違う話にエスメレーは首を傾けるが、男は構わず続ける。
「その後は、西アルメキアに引き抜かれ、そこでランス王子の右腕として手腕を振るいました」
「滅びましたけどね」と、ミラ。
「私の立てた作戦は完璧だったのですが、いかんせん高度過ぎて誰も忠実に実行できなかったのです。まあ、幸い私の立てたタツマキ作戦で、ランス王子は大混戦状態のカルメリー城から無事逃げ出すことができました」
ランス王子は帝国のカルメリー侵攻に対して交戦前に降伏し、首都カルメリーは無血開城されたはずだ。この話も大きく食い違うが、男はさらに続ける。
「そして、その後はカーレオンに仕官いたしました」
「滅びましたけどね」
「カーレオンの賢王も中々見所はありましたが、私に言わせればまだまだ青い。私の実力を認めたくないばかりに、私の作戦をことごとく却下していったのです。まあ、幸い私の立てた『レインボー作戦』によって、賢王は命からがらリンニイスの城から逃げることができましたが」
賢王が最後に防衛戦を行ったのはリンニイスではなくケールだが、もうそんなことはどうでもよいだろう。
「……と、まあ、こんなヤツなんですが、よろしくお願いします」
申し訳なさそうに頭を下げるミラ。確かにこれはやっかいな男だが、それでもやはり、いないよりはマシであろう。今は一騎士でも欲しいところである。エスメレーが仕方なく仕官を認めようとした時。
「――ランゲボルグ! てめぇはすっこんでろって言ってんだろ!」
もう一人、若い男が入って来た。
その男はズカズカと前に出たかと思うと、エスメレーに挨拶することもなく、
「なんだよ、ゼメキスのヤローはいねぇのか。いたら力比べでもして、俺の強さを見せてやろうと思ったんだが」
その頭を、後ろからミラがひっぱたいた。
「痛ぇな! なにすんだ!」
「アホか! 陛下の手にかかったら、あんたなんかめっためたのぎったぎたにされちゃうわ!」
「うるせぇ! ゼメキスなんかメじゃねぇんだよ!」
「それがこれから雇ってもらおうってヤツの態度か! 王妃様に謝れ! っていうか帰れ!」
「まったく、二人とも品性に欠ける。真の騎士たる者、常に品性がラフレシアの香りのようにかぐわしく漂っているモノであるぞ? そう、この私のようにね」
「それは世界一臭い花でしょうが! いやある意味あってるわ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始める三人に対し、エスメレーは冷静に二人の男を見つめる。先の男は話にならないが、後の男は何か感じるものがあった。まだ若く、不躾なあの態度は命知らずもいいところだが、そういう騎士こそ、今この国に必要である。
「あなた、名前は?」エスメレーが問う。
「あん? 俺か?」
後から入ってきた男は、騒ぐのをやめてこちらを向いた。
そして、腕を組み、胸を張り、その目に緋色の炎のごとき猛りを宿らせ、名乗る。
「俺はキルーフ! いずれフォルセナ最強になる男だ。ゼメキスに言っとけ! 白狼の首は俺が獲る! 文句があるヤツぁ、全員ブッ飛ばす!!」