ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第十七話 アルスター 聖王暦二一五年六月上 レオニア/ハドリアン

 レオニアの最南端に位置するハドリアンは、イスカリオとの国境を護る難攻不落の砦である。両脇を切り立った崖に挟まれた場所に位置するこの砦は、イスカリオからは一方向からしか攻めることができない。砦は高い城壁と堅牢な門に護られており、壁の上には弓兵や魔術師が配置されている。地上からは、近づくことさえ困難だ。

 

 この砦を正攻法で落とすためには、空を飛ぶモンスターで部隊を編成し、空と地上から同時に攻めなければならない。しかし、それも容易なことではなかった。レオニアには、『ロック』と呼ばれるモンスターが多数生息している。ロックは、体長二十メートルを超える鷲の姿をした巨大なモンスターだ。翼を広げると、その大きさは五十メートル近くにもなる。その巨体だけでも恐ろしい存在だが、さらに厄介なことに、この巨鳥の鉤爪には獲物を石化させる毒が含まれている。その爪で引っ掻かれようものなら、たちまち石となり、身動きできなくなるのだ。さらには、一声鳴くと数百メートル離れた者の鼓膜を破ると言われるほどの、恐ろしい鳴き声を上げることもある。ハドリアンの砦を護る騎士はこのロックを多く従えており、空からの攻撃にも備えているのだ。

 

 両脇を高い崖に挟まれた特殊な地形と、堅牢な城壁、そして、空の敵を迎え撃つロック。ハドリアンの砦は、レオニア建国以来何百年もの間、南からの侵攻を食い止めてきたのだ。

 

 だが――。

 

 今、ハドリアン砦の城壁には何十本もの梯子がかかり、城壁の上では、イスカリオ兵とレオニア兵が激しい戦いを行っていた。

 

 イスカリオ兵の目的は、城壁を越え、内側から城門を開けることである。そうすれば、待機している兵が砦内になだれ込み、砦内を一気に制圧できる。城壁を越えることができれば、この戦はイスカリオの勝利なのだ。

 

 城壁の上の戦いだけ見れば、戦況は五分五分である。しかし、城壁にたどり着くことさえ困難とされるこのハドリアンの砦において、壁上の戦闘まで持ち込んだということは、イスカリオ軍が優勢であると言わざるを得ない。実際、イスカリオ兵の士気は高く、レオニア兵は押され気味だ。このまま行けば、城門が破られるのも時間の問題だろう。

 

「――ケッ! 何が『難攻不落の砦』だ。オレ様の手にかかりゃ、こんなモンよ!」

 

 城壁の上のさらに一段高い石段の上に立ち、乱戦の様子を見下ろしながら、イスカリオ王ドリストは誇らしげに言った。

 

 すかさず、自称イスカリオの宮廷魔術師にしてドリストの太鼓持ちであるキャムデンが、揉み手をしながら近づいて来る。「さすがでございます陛下! 建国以来数百年の間国境を護ってきたこのハドリアンの砦を、わずか半日足らずで陥落寸前まで追い込むとは。いやはやこのキャムデン、大変感服いたしました。陛下の手にかかれば、このハドリアンも砂の城同然ですな」

 

「当たり前だ! このオレ様に落とせない城なんかねぇんだよ!」

 

 ドリストは愛用の大鎌を肩に乗せ、勝利を確信したかのように、高らかに笑った。

 

「しかし、陛下――」キャムデンの後ろから、政務補佐官のアルスターは恐る恐る言う。「このような卑怯な作戦を用いて、大丈夫なのでしょうか? 周りの国に、どう思われることか……グウェ!!」

 

 アルスターの言葉は、ドリストの飛び蹴りによって遮られた。「バカかてめぇは! 戦争に卑怯もクソもあるか!! 要は勝てばいいんだよ!」

 

「それはそうですが……しかし、我がイスカリオにも面子というものがあります。その辺を考えて頂かないと……ゲハァ!!」

 

 ドリストは、アルスターに更なる蹴りを浴びせる。「ごちゃごちゃとうるせぇんだよてめぇは! イスカリオの面子? んなもん知ったことか!! オレ様は、オレ様のやりたいようにやるだけだ!!」

 

「そのとおりでございます陛下!!」キャムデンが、さらにヨイショする。「卑怯だなんだという輩など放っておけばよろしいのです! 他国の三下騎士などに、陛下の高尚な作戦を理解することなど不可能ですからな!」

 

 キャムデンにおだてられ、ドリストはさらに気分良さ気に笑った。

 

 ハドリアン砦を攻めるにあたり、ドリスト取った策は、軍の作戦とは言い難いものだった。ハドリアンには多くのロックが飼育されている。当然、そのロックの世話をする、いわゆる飼育係もいるのだが、ドリストは、その飼育係に、イスカリオの息がかかった者を多く紛れ込ませたのだ。そして、城攻め前夜、城内にいるすべてのロックの爪を切り落とし、嘴をロープで縛らせたのである

 

 一見バカげた作戦ではあったが、これは大きな効果があった。爪を切られたことでロックは石化の能力を失い、嘴を縛られて鳴くこともできない。何より、突然そのような状況に陥り、レオニア兵は大いに混乱した。その混乱に乗じ、イスカリオ軍は一気に攻め込んだのである。

 

 その攻め込み方にも大きな問題があったと、アルスターは思っている。レオニア同様、イスカリオも戦闘用のモンスターを有しているが、この戦に、ドリストは最もお気に入りのモンスターであるバハムートを投入したのだ。バハムートとは、闇の飛竜とも呼ばれるドラゴンの亜種である。亜種と言っても最高クラスのドラゴンである火竜サラマンダーや黄金竜ファーブニルにも引けを取らないほど強力なモンスターだ。ロックに匹敵するほどの巨体で空を飛び、その皮膚は生半可な武器や魔法を弾き返し、口から吐き出す毒の息は小さな村程度なら一瞬で消し飛んでしまうほどの破壊力だ。イスカリオにとっては切り札とも言えるモンスターだったが、ドリストはためらうことなく今回の戦に投入したのだ。ゼメキスのクーデターに始まった大陸全土を巻き込む戦争は始まったばかりだというのに、いきなり切り札を切るような真似をして、この先大丈夫なのだろうか。アルスターの不安は尽きない。

 

 アルスターの心配をよそに、勝利を確信したかのようにしばらく笑い続けたドリストは、肩に担いでいた大鎌を構えた。「――さあて、最後の仕上げだ。ひと暴れさせてもらうぜぇ?」

 

 言うと同時に、ドリストは乱戦の場に飛び込み、大鎌を真横に振るった。次の瞬間、周囲の兵がバタバタと倒れた。

 

「うーむ、さすがは呪いの大鎌・ルインサイスだ。今日も良い斬れ味だぜ!」

 

 ドリストはさらに鎌を振るう。二度、三度、四度と振るうたびに、兵がまとめて倒れて行く。

 

「陛下! お気を付けください!」アルスターが叫んだ。

 

「ああん? こんなザコどもに、どう気を付けろと言うのだ?」

 

「敵のことではありません! 陛下がメチャクチャに暴れるので、我が軍の兵にも被害が出ております!」

 

 アルスターの言葉に、振り返るドリスト。ドリストの通った後には多くの兵が倒れているが、アルスターの言う通り、その半分近くはイスカリオの兵であった。アルスターは、倒れた味方兵に治療を施すのに大忙しだ。

 

「ケッ! 味方の攻撃に巻き込まれるようなボンクラのことなど知るか。オラァ! オレ様のルインサイスの餌食になりたくねぇなら、とっとと道を開けろ!!」

 

 さらに鎌を振り回すドリスト。巻き込まれては大変とばかりに、イスカリオ兵は逃げるように道を開けた。すると、それにつられるかのように、レオニアの兵も逃げまどい始めた。

 

「何だぁ? 張り合いの無いヤツらだ。もうちょっと骨のあるヤツはいねぇのか!!」

 

 逃げるレオニア兵の背に向け、ドリストは嬉しそうに鎌を振るった。弱い者をいたぶるのは、ドリストの最も得意とすることである。これは、しばらく手が付けられそうにないな――アルスターはため息をついた。

 

「――そこまでだ、狂王ドリスト」

 

 低く、怒りを含んだ声と共に、僧侶の格好をした初老の男が前に出て来た。

 

「ああん? なんだてめぇは?」

 

 ドリストがギロリと睨んだ。並の兵ならそれだけで震えあがるほどの鋭い眼光だが、男は動じなかった。ドリストにも負けない鋭い目で睨み返す。

 

「むむっ! あの者は確か……」ドリストの背後からキャムデンがひょっこりと顔を出し、男の顔を確認すると、懐から手帳を取り出してパラパラとめくった。「うむ、間違いありません。あの者は、レオニアの政務補佐官にして、フォルス教の最高司祭・パテルヌス殿です!」

 

 政務補佐官のパテルヌス! その名を聞いて、アルスターは息を飲んだ。補佐官とは言え、女王リオネッセは政務に不慣れであり、レオニアの政務は全てこのパテルヌスが行っていると聞いている。さらに、宗教国家レオニアの最高司祭ともなれば、実質レオニアのトップに君臨する男である。そんな重要人物が、なぜこのような戦闘の最前線に。

 

 大物の登場に動揺するアルスターに対し、ドリストの目からは急激に鋭さが消えた。まるで、パテルヌスという名を聞いて、興味を失ってしまったかのようである。

 

「ケッ! 政務補佐官だか債務整理官だか知らねぇが、線香臭い坊主なんざお呼びじゃないんだよ。とっとと失せな」ドリストは、野良犬でも追い払うように手をひらひらと振った。

 

 パテルヌスは表情を崩さず言う。「狂王ドリスト。噂にたがわずふざけた男だ。此度の貴様らの用いた策――工作員を放ち、ロックの爪を切り嘴を縛るなど、およそ軍略などと呼べるものではなぞ」

 

「ふん。貴様ら凡人に、戦の天才であるオレ様の高尚な作戦は理解できんだろうなぁ。」

 

「狂王よ。我らは争いごとを好まぬ。ただ静かな暮らしを望んでいるだけだ。戦をしたいのならば、エストレガレスやノルガルドと勝手にすればよかろう。なぜ我が国を侵略する? なぜ我らを戦に巻き込む?」

 

「決まってるだろう。オレ様はな、弱いヤツをいたぶるのが何よりも好きなんだよ! ぎゃーはっはっは!!」

 

 バカにするようなドリストの笑い声に、パテルヌスはギリギリと奥歯を噛んだ。

 

「――ふざけおって。己の楽しみのために罪のない人々の静かな暮らしを踏みにじる。貴様はただの狂犬だ。このわしが、処分してくれる!」

 

 武器を構えるパテルヌス。そして、今度はレオニア兵に向かって叫ぶ。「者ども! この戦は、我が国と、民と、そして我らが女王、ひいては、我らが神を護るための戦いである!! 天の神も御照覧である! 侵略者どもを許すな!! 我に続け!! この狂犬どもを、我が国から追い払うのだ!!」

 

 パテルヌスの声に呼応するかのように、先ほどまでドリストに怯え逃げまどっていたレオニア兵たちが、一斉に雄叫びを上げた。低下していた兵の士気が回復した。

 

 それを見ていたドリストが、ニヤリと笑う。「面白れぇ。てめぇこそ、オレ様の強さにビビッて、キャンキャン鳴きながら尻尾巻いて逃げんじゃねぇぞ!」

 

 パテルヌスに向かって鎌を振るうドリスト。迎え撃つパテルヌス。イスカリオとレオニアの兵も、彼らに続く。

 

 ハドリアンをめぐる攻防戦は、今まさに佳境を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

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