ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第十八話 エライネ 聖王暦二一五年八月下 ノルガルド/フログエル

 バタン! と、玄関のドアを激しく閉める音が台所まで聞こえて来た。かまどにかけた鍋をかき回していたエライネは小さくため息をつく。はあ、またか。あれは帰宅した父の機嫌が悪いという合図である。湯気が出そうなほど顔を真っ赤にし、ドスドスと大股で台所まで歩いてくる姿が想像できた。そして、きっとこう言うだろう。「まったく! あの若王は何も判っておらぬ!」と。

 

 台所のドアが勢いよく開き、父は、エライネの予想通りの言葉を口にする。

 

「まったく! あの若王は何も判っておらぬ!」

 

 どかり、と、椅子に座る父。

 

 エライネは鍋にフタをし、かまどの火を消した。そして、椀に水を汲み、父に渡す。「お帰りなさいませ、お父様。今日の会議は、いかがでしたか?」

 

「いかがでしたも何も無い! 王はわしの話を全く聞こうとはせぬ! なぜあのように強情なのか! 王が王なら側近も側近だ! 最近の若い輩らは、目上の者への礼儀を知らぬ!! わしを何だと思っておるのだ!!」

 

 椀の水を一気に飲み干、王と側近の愚痴を吐く父。こういう時の父に何を言ってもムダだ。エライネは満面の笑顔で頷きながら、父の頭が冷えるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 エライネの父・ロードブルは、ノルガルドの前王ドレミディッヅ時代からの重臣の一人だ。前王と共に戦場に出ることもあったが、どちらかと言えば政務に長け、文官として信頼されていた騎士である。前王は旧アルメキアやパドストーとの戦に明け暮れていたため、政務のほとんどをロードブルに任せていたほどだった。

 

 エライネはロードブルの一人娘である。十年ほど前に流行り病で亡くなった母に代わり父の世話を焼いてきたが、一年前、ルーンの加護を授かったのを機に、騎士へ仕官した。ちょうど、前王ドレミディッヅが戦死し、現王ヴェイナードが即位した頃だ。王宮では若い騎士をどんどん登用し、次なる戦に備えていた。父は猛反対だった。いま仕官したら、戦場に出される可能性もある。可愛い娘を危険な目に遭わせたくない――という父を完全に無視し、エライネは騎士となった。若い騎士の台頭が目立つノルガルドの騎士の中でも、エライネは最も若い十六歳だ。来月からは、レオニアとの国境付近にあるハンバー城への配属が決まっている。

 

 

 

 

 

 

 父の愚痴は続いている。今日は長引きそうだ。エライネはお茶を淹れると、テーブルを挟んで父の前の席に座った。

 

「――まったく! これだから今の若い輩はダメなのだ! わしらがヤツらの歳の頃は、年上の者にあのような口を利くことなど無かった!」

 

 いまの若いヤツはダメだ。昔は良かった。父の愚痴は、大体この二つで占められている。やれやれ。父も歳をとったものだ。エライネはすました顔でお茶をすする。

 

 父の愚痴の内容を要約すると。

 

 昨年の夏、ノルガルドは時ならぬ寒波に見舞われ、農作物の収穫に大きな影響が出た。食糧の収穫量は例年の半分にまで落ち込み、もともと寒冷地で食糧生産量に憂いのあるノルガルドでは大きな痛手となった。

 

 これを受け、ロードブルは各地の農家で生産する作物を見直すことにした。冷害に弱い米や麦・芋類などの生産量を減らし、比較的冷害に強い(ひえ)(あわ)などの生産量を増やす計画を立てたのだ。これにより、再び寒波に襲われたとしても、食糧生産量の落ち込みは抑えられ、被害を最小限にできると考えていた。

 

 だが、この計画にヴェイナード王が待ったをかけた。どの地域のなんの生産量を減らし、どの地域でなんの生産量を増やすのか、また、それにかかる費用と日数、冷夏に陥った時の総生産量、例年通りの気候や逆に猛暑であった時の総生産量などを予測して具体的に数値化し、資料にまとめて提出せよと仰ったそうなのだ。計画を実行するかは、その資料を皆で精査してから判断する、とのことである。

 

「――何が資料だ。そんなもの作らなくとも、冷害に強い作物を育てれば冷夏に陥った時に食糧不足に悩まされずに済む、そんなのは当たり前ではないか。そんな簡単なことも判らんのか、あの若王は」

 

 父の愚痴は続いている。エライネは、ただ黙って聞いている。

 

「ドレミディッヅ様の時代はこんなことは無かった。前王は、我らのことを全面的に信頼されており、政務に口出しすることなど無かったのだ。それなのに、今の王は何かと口を出してくる。我らに任せておけばよいものを」

 

 ロードブルはさらに水を飲もうとしたが、椀の中はすでに空だ。

 

「――エライネ。すまないが、水をもう一杯貰えるか」

 

 椀を差し出すロードブル。声の勢いは治まったが、それは気持ちが落ち着いて来たのではなく、ただ喋りすぎて疲れただけだろう。

 

 エライネは椀に水を注ぎ、父の前に置いた。父は、二杯目の水も一気に飲み干すと、ふう、と、大きく息を吐き出した。

 

 再び父の前の席に座るエライネ。「少しは落ち着きましたか? お父様」

 

「何を言う? ワシは、ずっと落ち着いておる」

 

「そうですか。とてもそうは見えませんでしたが、ま、いいでしょう」

 

 エライネは、すました顔でお茶をすすった。

 

「なんだ? 何か言いたそうだな?」

 

「もちろんです。言いたいことは、山ほどあります」

 

「なら、言ってみなさい」

 

 エライネは首を振った。「いいえ。今のお父様に何を言ってもムダそうなので、やめておきます。さあ、話が終わったのなら、出て行ってください。夕飯の準備をしなければいけませんので」

 

 ロードブルは顔をゆがめた。「なんだね、その言い方は。わしを邪魔者みたいに」

 

「聞くに堪えない愚痴を言う今のお父様は、夕飯の準備の邪魔でしかありません」

 

 どん、と、テーブルを叩く父。「何を言う! お前は、わしが間違っているとでも言うのかね!」

 

「はい。間違っていると思います。でも、どこがどう間違っているのかを言っても、どうせお父様は聞く耳を持たないでしょうから」

 

「さっきからなにかね! 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい!」

 

 どんどんとテーブルを叩きながら、声を荒らげる父。エライネは胸の内で大きくため息をついた。娘とは言え、女性を相手に、テーブルを叩き大声を上げて威嚇する父。お城でも、このような態度で他の人と接しているのだろうか? 前王ドレミディッヅ時代と違い、今のノルガルドには女性の騎士も少なくない。エライネはすでに慣れているため何とも思わないが、中にはこういう態度に委縮してしまう娘もいるかもしれない。普段なら適当にあしらうところだが、今日は、ガツンと言っておいた方がいいだろう。

 

「判りました。では、言わせていただきますが、農作物の生産量を変更するために資料を提出するというのは、極めて当然のことだと思います。毎年冷夏になるとは限りませんから、例年通りの気候だった時や、猛暑だった時などの生産量を考慮し、総合的に判断する必要がありますからね。それに、こういった計画は国の予算を使って行われるもの。つまり、ノルガルド国民からの貴重な税金を使わせてもらうのです。無駄遣いはできません。国にとってちゃんと利益のあるものでないと、陛下としては承認できないでしょう」

 

「何を言うか! わしの計画は、国にとって利益のあるものに決まっておる!」

 

「でしたら、それをちゃんと資料にまとめて提出し、陛下たちご説明して、納得していただければいいだけの話ではないでしょうか? それを、お父様は『やりたくない』と駄々をこねている。私には、お父様には陛下を説得する自信が無いようにしか見えません」

 

「何をバカなことを。いいかね? 前王ドレミディッヅ様の時代は、資料の提出など必要なかったのだ。前王は我らを全面的に信用されておった。それが、今の王は何かと口出しを――」

 

「昔は昔、今は今です。ノルガルドの現在の王はドレミディッヅ様ではありません、ヴェイナード陛下です。お父様はノルガルドの騎士。つまり、ヴェイナード陛下に仕えているのです。ならば、陛下の方針に従うのは当然のこと。どうしても陛下の方針に従えないと仰るのであれば、いさぎよく引退するべきではないかと」

 

 ロードブルは、いっそう強くテーブルを叩いた。「黙りなさい! 政務の事を何も知らないクセに、口出しするんじゃない!」

 

「言いたいことがあるならはっきり言えと仰ったのはお父様でしょう? 都合が悪くなると頭ごなしに怒鳴って黙らせようとするのは、良くないですよ?」

 

「な――親に向かって生意気な口を利くんじゃない! 誰のおかげで大きくなれたと思っている!」

 

 顔を真っ赤にし、額の血管が今にもきれそうなロードブル。エライネは、そんな父のペースに飲み込まれないよう、あくまでも静かな口調で、淡々と話す。

 

「それが今の話と何の関係があるのでしょうか? 育ててやったのだから黙っていろというのは、あまりにも横暴だと思います」

 

「ええい、うるさい! 半人前が偉そうな口を利くんじゃない! もういい! 話は終わりだ! 出て行きなさい!!」

 

 ばん! と、両手でテーブルを叩いた後、台所の出入口を指さすロードブル。

 

 よし、最後の仕上げだ。エライネは椅子から静かに立ち上がると。

 

「――判りました。今まで、お世話になりました」

 

 深く、頭を下げた。

 

「な……何を言っている?」まるで冷や水でも浴びせかけられたかのように、きょとんとした顔になるロードブル。

 

「エライネは、お父様のためを思って申し上げているのに、お父様は、エライネのことが邪魔なのですね」

 

「いや、そういう訳では――」

 

「仕方ありません。出て行きます。二度と戻りませんので、ご安心を。ああ、でも、夕飯の支度が途中でした。これだけは済ませますので、少しだけ、お待ちください。終わったら、すぐに出て行きますので」

 

 そう言うと、エライネは父に背を向け、テーブルから離れた。まな板の上に玉ねぎを置き、猛烈な勢いで刻み始める。

 

「あ、いや、なにもこの家から出て行けと言っているわけじゃあない」しどろもどろになる父。

 

 エライネは玉ねぎを刻むのをやめ、父を振り返った。刻んだ玉ねぎのせいで、目からは涙が溢れ出している。「ああ! 家を追い出されたかわいそうなエライネは、行くあてもなくさ迷い、食べるものもなく道端で野垂れ死ぬのですわ! お父様が出て行けなどと仰ったばかりに!」

 

 エライネは、両手で顔を覆い、泣くマネをした。見え透いた芝居ではあるが、それでも効果は抜群だろう。いつの時代も、父は娘の涙に弱い。

 

 ロードブルは、大きくため息をついた。「判った判った。怒鳴ったりして悪かったよ。機嫌を直しておくれ、エライネ」

 

 エライネは、パッと顔を上げる。「では、出て行かなくても良いのですね」

 

「もちろんだとも」

 

「ではでは、エライネの話を、聞いてくれますね?」

 

「うむ……まあ、仕方あるまい」

 

「仕方あるまい?」

 

「あ、いや……もちろん、聞くとも」

 

「ありがとうございます。では、言わせていただきますが――」

 

 エライネは涙をふくと、再び椅子に座り、話し始めた。さっきまでの父を挑発するような冷淡な口調ではなく、今度は、真剣な口調で。

 

「お父様は、『前王時代は良かった』と、よく仰いますね。確かに、前王ドレミディッヅ様は、政務の全てをお父様に任せ、一切口出ししなかったのかもしれません。でもそれは、お父様を信頼していたというよりは、単に、政務に興味が無かっただけではないでしょうか? ドレミディッヅ様は、戦に明け暮れ、常に戦場にいて、王宮にいることなど、ほとんどありませんでしたから」

 

「確かに、それはその通りだが、しかし――」

 

 きっ! っと、鋭い目を父に向けるエライネ。「エライネの話を聞いてくれるはずでしたよね?」

 

「あ……ああ。もちろんだとも」

 

「では続けます。ドレミディッヅ様は、政務に興味がないから全てをお父様に任せていた。逆に言えば、何かと政務に口出しするヴェイナード陛下は、戦だけではなく、政務のことも考えていらっしゃる。それはつまり、兵だけでなく、ノルガルドの全ての民のことを考えていらっしゃるということです。どちらが王として正しい姿なのかは、言うまでもありませんね?」

 

「うむ……しかしだな……」

 

「それに、陛下は、何もイジワルでお父様のやることに口を出しているのでありません。陛下の仰る通り、資料を作って提出し、きちんとご説明すれば、きっと、納得してくださいますわ」

 

「……そうだといいが」

 

「大丈夫です。お父様がやろうとしていることが、間違っているわけがありません。エライネもお手伝いしますので、頑張りましょう!」

 

 エライネは、最後に満面の笑みを浮かべ、そう言った。いつの時代も、父は娘の笑顔に弱い。

 

 ロードブルは腕を組んでしばらく考えていたが、やがて、フフッと笑った。「やれやれ。いつの間にか、一人前の口を利くようになりおって」

 

「まあ、私もお父様と同じ、ルーンの騎士になりましたからね」

 

「お前の言う通りだな。陛下が資料を出せと言うのなら、出せばいいだけの話だ。なのに、愚痴を言って、それどころか怒鳴ったりして、悪かった」

 

「いいえ。お父様なら、判ってくれると思いましたわ」

 

「農作物の生産量見直しは、確かに国の益になるものなのだ。資料を作り、もう一度、陛下と話し合ってみよう」

 

「そうです! それでこそ、お父様です」エライネは、手を叩いて喜んだ。

 

「だが、その前に腹が減ったな。今日の晩御飯は何かな? さっきから、いい匂いがしているが」くんくんと鼻を動かすロードブル。

 

「はい! 今日は、お父様の大好物。エライネの特製シチューです!」

 

 エライネは立ち上がり、かまどにかけてある鍋のフタを開けた。ナス、トマト、トウモロコシなど、寒冷地のノルガルドでは貴重な夏野菜をふんだんに使い、秘伝の調味料で味付けをして煮込んだ、エライネの得意料理である。

 

「おお。これはうまそうだ」

 

「煮込みにもう少しかかりますので、お父様は、先にお風呂に入っていてください。着替えは、すぐに用意しますので」

 

「ああ、そうしよう」

 

 台所から出て行くロードブル。エライネはかまどに再び火を入れると、ゆっくりと、シチューをかき回した。今日の特製シチューは、いつもより美味しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

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