ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第二十話 アルスター 聖王暦二一五年六月下 イスカリオ/アスティン

 イスカリオの北に位置するアスティン城内の政務室で、政務補佐官のアルスターは頭を痛めていた。今朝、部下から受け取った報告書によると、北の大国ノルガルドが、エストレガレス帝国領オークニー城を制圧したというのである。ノルガルドは、三月下のジュークス城制圧に続き、帝国の城を二つも落としたことになる。前王ドレミディッヅの死後即位した白狼王ヴェイナードは、実姉のエスメレーを人質に差し出すなど、旧アルメキアに対して弱腰の政策を行っていたように見えたが、その内では今回の大戦に備え、牙を磨いていたようである。

 

 また、イスカリオの西の隣国である魔導国家カーレオンも、帝国の南の城ソールズベリーに侵攻し、これを制圧している。カーレオンの兵力は、帝国と比べると大きく劣ると思われるが、それでもカーレオンは勝利した。カーレオン王・カイは、大陸一の知恵ものと噂されている。恐らく、戦術や用兵術にも長けているのだろう。

 

 ゼメキスのクーデターから始まった今回の大戦。開戦四ヶ月で、エストレガレス帝国は早くも三つの城を失った。しかし、このまま終わるはずがない。帝国は、今だクーデター後の混乱から抜けきっておらず、各城に十分な兵が行き渡っていないのが現状だ。ジュークス、オークニー、ソールズベリーの三つ城の守備兵は、いずれも、経験の浅い騎士が率いていたらしい。もしこれが、名のある騎士――例えば、旧アルメキアの剣術指南役を務めていた剣聖エスクラドスや、同じく旧アルメキアの宮廷魔術師ギッシュなどが率いていれば、同じ結果にはならなかったであろう。帝国は、まだその力の半分も使っていない。クーデター後の混乱も、いずれは治まるだろう。そうなれば、ノルガルドもカーレオンも苦戦は免れない。

 

 さらには、エストレガレス帝国は三城を失ったものの、先月下旬、デスナイト・カドールを総大将とする十万の軍で西アルメキアのキャメルフォードを攻め、これを制圧している。キャメルフォード守備軍十万を率いたのは旧アルメキアの王太子ランス。この戦で、カドールはランスの首を取り損ねたものの、西アルメキア防衛の最重要拠点であるキャメルフォードをわずか半日で制圧し、圧倒的な武力差を見せつけた。皇帝ゼメキスも、奪われた三城を奪還する作戦を企てているはずである。戦は、この先ますます激化していくだろう。一瞬たりとも油断はできない状況だ。

 

 ――それなのに、我が国の状況と来たら。

 

 大きくため息をつくアルスター。先日イスカリオは、帝国領ソールズベリーと、レオニア領ハドリアンを攻めたが、いずれも失敗に終わっている。ソールズベリー侵攻軍を率いたのは、狂戦士バイデマギス、万年金欠の騎士ダーフィー、旅芸人騎士ギャロ。三人とも、戦いの腕は確かだが、素行にいろいろと問題があり、イマイチ信用できない騎士である。報告書によると、この三人でそれぞれ軍を率い、正面からソールズベリーへ侵攻し一気に落とす予定だったらしい。なんともひねりの無い作戦ではあるが、三人とも頭より腕っ節の強さが自慢の騎士なので、これはこれで正しい判断だと言える。問題だったのは、作戦前夜、勝利の前祝いという名目で宴会を開いたことであった。この宴会で浴びるように酒を呑んだ三人は、作戦決行当日、大寝坊をしてしまったとのことである。その間にソールズベリーはカーレオン軍によって制圧されており、結局イスカリオ軍は何もせずに帰ってきたのだ。

 

 みっともない話ではあるが、これに関しては、戦闘自体が発生していないため、イスカリオ軍に被害が無かったとも言える。もし作戦が決行されていれば、エストレガレス、イスカリオ、カーレオンの三つ巴の戦いになり、多大な被害が出ていた可能性もある。当日バイデマギスたちが寝坊をしたのは、不幸中の幸いであったかもしれない。

 

 問題なのは、ハドリアン攻城戦だ。この戦いは、イスカリオの王ドリストが総大将として出陣し、アルスターも、太鼓持ちの魔術師キャムデンと共に兵を率いて出陣した。ハドリアンは、両脇を切り立った崖に囲まれ、城壁は高く、怪鳥ロックを多数有する難攻不落の城だ。この城を攻めるにあたり、ドリストは型破りな作戦に出た。事前にハドリアン城内に工作員を潜り込ませ、守備の要とも言えるロックの爪を切り落とし、嘴をロープで結んだのだ。さらには、混乱状態のレオニア兵に対し、イスカリオの切り札とも言える闇の飛竜バハムートをぶつけたのである。

 

 常識はずれの策と、初戦からの切り札投入。アルスターには理解しがたい作戦であったが、戦は極めてイスカリオ側の優勢だった。あと一歩で城を落とせるところまで迫ったのだが、突然ドリストが「昼寝の時間だ」と言って、勝手に撤退してしまったのである。総大将が撤退すれば、兵はそれに従うしかない。結果、イスカリオ軍は撤退し、ハドリアン攻めは失敗に終わったのである。戦況は優位だったとはいえ、こちらの被害も決して小さくはない。ドリストの気まぐれにより、被害はすべてムダになってしまったのだ。

 

 まったく、陛下は何を考えているのか――もう一度大きくため息をつくアルスター。周辺各国はこの大戦を生き残るために必死で動いている。それに比べ、どうも我が国は緊張感に欠ける。こんなことで大丈夫なのだろうか? 見通しは暗い。

 

 がちゃり、と、ドアが開き、槍を携えた女騎士が部屋に入って来た。銀の鎧に身を包んでいるが、赤黒い液体で汚れている。どうやら血のようだ。左手には大きな布袋を持っている。これも血が広がり、ぽたぽたと床に滴り落ちている。

 

「イリアさん! 全身血まみれではないですか!? いったい、どうされたのです!?」

 

 イリアと呼ばれた女は、アルスターの問いには応えず、逆に「陛下は?」と、短く問うた。

 

「陛下は城内にいらっしゃると思いますが、どこにいるかまでは……それよりイリアさん、その血は、怪我をされているのですか? 今まで、どこにいらっしゃったのです?」

 

 イリアは応えず、無言のまま部屋を出た。ドリストを探しに行ったのだろう。

 

「ああ、イリアさん! 待ってください! 怪我をしているのなら、まず治療を!!」

 

 アルスターは、慌ててイリアを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 イリアはドリストに忠誠を誓う女騎士だ。槍術に秀でた騎士で、クセはあるが強者ぞろいのイスカリオの騎士たちの中でも、その強さは群を抜いている。常に影のようにドリストに従い、感情を乱すことなく敵を殺す姿から、『キラードール』と呼ばれている。出生は不明。三年ほど前、荒野をさまよっていたところをドリストが見つけ、連れて帰ったのだ。それ以前のことは何も判らない。記憶を失っているのか、あるいはただ喋りたくないだけなのか、とにかく、全てが謎に包まれている女だ。

 

 

 

 

 

 

「――イリアさん、待ってください! イリアさんってば!」

 

 イリアを追いかけ廊下を走るアルスター。イリアは構わず、早足で進む。角を曲がったところで、ドリスト専属のメイドであるユーラと会った。

 

「イリアさん!? どうしたんですか!?」

 

 驚くユーラ。イリアは応えず、アルスターの時と同様に、「陛下は?」と、短く訊いた。

 

「陛下はキャムデンさんたちと、屋上で戦略会議をされてますが――」

 

 それだけ聞くと、イリアはまた無言で歩き出す。音も立てず階段を上がった。

 

 屋上は、ドリストとキャムデンの他に、先日のソールズベリー侵攻作戦に失敗したバイデマギス、ダーフィー、ギャロ達が集まって、酒を片手に呑めや歌えやの大騒ぎだ。これは明らかに会議ではなく、ただの宴会である。このアスティン城はレオニアとエストレガレス、そして、先日ソールズベリーを制圧したカーレオンとも国境を接している重要防衛拠点である。それを護る将たちが、こんな朝っぱらから酔っぱらって……それ以前に、バイデマギスたち三人には、西のザナス城の防衛を任せているはずなのだが、なぜここにいるのか。こんな時に他国に攻められたら、我が国はひとたまりもないだろう。アルスターは冷や汗をかいた。

 

 イリアは表情ひとつ変えず、ドリストのそばに跪いた。「陛下、戻りました」

 

「う~ん? おう、イリアか」ドリストは眠そうな目をイリアに向けた。すでにかなりの酒が入っているらしい。

 

「――これを」

 

 イリアは血まみれの布袋から中に入っている物を取り出し、差し出した。それは、朱色をした巨大な鳥の首だった。傷口からはまだ血が滴り落ちている。しかし、首が朱色をしているのは、その血によるものではない。鳥の首を覆う羽毛の色は、死を連想する血のような紅色ではなく、命の息吹を連想させる燃え盛る炎のような朱色だ。

 

 狂戦士バイデマギスが、朱色の首を見て感心した表情になった。「お? イリア。それはもしかして、フェニックスの首か? お前が一人で仕留めたのか? やるな!」

 

 バイデマギスは「がーはっは」と豪快な笑い声を上げると、杯の酒を一気に飲み干した。

 

 フェニックスとは、不死鳥とも呼ばれるモンスターで、怪鳥ロックが進化した姿である。と、言っても、進化前のロックとはかなり特徴が異なる。二十メートル程の体長は半分以下になり、鍵爪からは石化の毒が抜け、数百メートル先にいる者の鼓膜を破ってしまう程の鳴き声も失ってしまう。それだけだと弱体化したように思えるが、フェニックスは、その代わりとなる強力な能力を得るのだ。鉤爪には石化の毒の代わりに炎が宿っており、近づくだけも大火傷をする危険性がある。さらには、怪音だった鳴き声は美しい歌声となり、聞く者を癒すのだ。このフェニックスの鳴き声には実際に傷を癒す効果があり、戦場では、瀕死だった兵が再び起き上がり数十の敵を討つこともある。非常に強力なモンスターであるが、それが故に、滅多にお目にかかることの無いモンスターでもある。イリアは、一体どこでフェニックスを仕留めたのだろう?

 

 モンスターはマナの力を持つルーンの騎士によって召喚される。呼び出されたモンスターは騎士に従い、主に戦闘に使用されるのだが、中には、騎士の元から逃げ出すモンスターも少なからずいる。近年、そういったモンスターが森や山で野生化し、人を襲うといった問題が、フォルセナ大陸全土で多発している。ほとんどはヘルハウンドやリザードマンといった、いわゆる下級のモンスターだが、まれにドラゴンなどの上級モンスターが逃げ出し、野生化することもある。アルスターが旅の商人から聞いた話では、エストレガレス帝国の外れの小さな山村近くで、野生化したサラマンダーの目撃情報もあるらしい。だから、フェニックスが野生化するのも、あり得ない話ではない。無論、野生化したフェニックスなど危険極まりない存在だ。もしそんなのがいるのなら、国の治安を維持するためにもすみやかに捕獲するか処分するのが騎士の勤めである。

 

 フェニックスの首を受け取ったドリストは、値踏みするようにまじまじと眺めた。「ふうむ。時間はかかったが、まあまあ上物だな。ご苦労だった。おいアルスター! これをユーラの所に持って行きな!」

 

 ドリストは、フェニックスの首をアルスターに向かって放り投げた。慌てて受け取るアルスター。なんとか落とさずにすんだものの、フェニックスが恨めしそうな目をこちらに向けているのを見て、心臓が縮み上がる思いだった。イリアが布袋を差し出したので、押しこむように中に入れる。ユーラがこんなものを見たら卒倒するんじゃないだろうか。

 

「陛下。なぜ、これをユーラさんに?」

 

「ああん? 帽子の新しい羽根飾りに使うのだ。今付けているヤツは、前から色が気に入らなかったのだ。近くにフェニックスがいて、ちょうど良かったぜ」

 

「おお! 帽子の羽根飾りにフェニックスを選ぶとは、さすが陛下でございます!」キャムデンがいつもの通り揉み手をしながらおべっかを言う。「フェニックスは不死の象徴と言われております。その羽根飾りは、陛下のような無敵の男にこそふさわしいと言えましょう!」

 

「あの……陛下」アルスターは恐る恐る言う。「まさか、帽子の羽根飾りのために、イリアさんをフェニックスと戦わせたのですか?」

 

「ああん? 何か文句でもあるのか?」

 

「文句という訳ではありませんが……イリアさんは、イスカリオの大切な騎士です。もちろん、野生化したモンスターがいれば捕獲するか処分するのが騎士の務めではありますが、危険なフェニックス相手にイリアさん一人で行かせるなんて……ぐえぇ!」

 

 すかさずドリストの飛び蹴りが飛んできて、アルスターは悲鳴を上げた。

 

「アルスター。このオレ様に意見するたぁ、偉くなったモンだな」

 

「しかし、国の一大事に、イリアさんの身に万が一のことがあったら……」

 

「アホか。鳥ごときに後れを取るようなヤツは騎士じゃねぇ! もしそんなヤツがいたら、このオレ様自ら首を斬り落としてやるぜ」

 

「そんな無茶苦茶な……相手はあのフェニックスですよ? 現に、イリアさんも怪我をされ……ゲハァ!」

 

 ドリストはさらにアルスターを蹴る。「てめぇの目は節穴か? イリアの身体の血は、全部返り血だ。なあ? イリア?」

 

「もちろんです」イリアは静かに答えた。

 

「な……フェニックスを……無傷で……」驚くアルスター。イリアに怪我が無いのは幸いだったが、無傷でフェニックスの首を取るなど、それは別の意味で恐ろしいことだった。

 

「それとな、アルスター、てめぇは勘違いしてるぜ」

 

「勘違い? 何を、ですか……?」

 

「イリアはイスカリオの騎士じゃねえ。オレ様の騎士だ。何を命令しようが、オレ様の自由なんだよ!」

 

「そ……そんな……イリアさんにだって、自分の意思というものが――」

 

「へ! ゴチャゴチャとうるせぇヤツだ! てめぇのツラを見てると酒がまずくなる。とっとと失せな!」

 

 ドリストは席に戻ると、キャムデンからの酒を杯で受け、喉を鳴らして飲み始めた。

 

 これ以上は何を言ってもムダだろう。蹴られるだけ損である。アルスターは「し……失礼します」と頭を下げ、屋上を後にした。イリアもその後に続く。

 

 廊下を歩きながら、アルスターはイリアに向かって言った。「……しかし、陛下も相変わらず無茶を言いますね。イリアさんも、たまには陛下の無茶振りを、断っても良いんですよ」

 

「必要ない。陛下の仰ることは絶対だ」

 

「しかし、それでもしも命を落としたりしたら――」

 

「かまわない」

 

「え……?」

 

「陛下が死ねと仰るのなら、私はいつでも死ぬ」

 

「そんなこと……冗談でも、言うものではありませんよ?」

 

「…………」

 

 イリアは無言で歩く。その表情には何の感情も感じられないが、少なくとも、冗談を言っているようには見えない。ドリストは、割と頻繁に死刑を宣告する。アルスターやキャムデンは、もう何度も死刑宣告を受けているのだ。もしドリストが気まぐれでイリアに死刑を宣告しようものなら、イリアは本当に死ぬというのだろうか?

 

 イリアの顔を見る。相変わらず、感情のありかが判らない。彼女はいつもそうだ。陛下のそばに控えている時も、食事の時も、他の者と話をする時も、戦いの時も、そして、敵を倒す時も。

 

 ――キラードール・イリア。

 

 誰がそう呼び始めたのかは定かでないが、あまりにも彼女の様を的確にとらえたその呼び名に、アルスターは寒気すら覚える。

 

「……イリアさん。あなたの感情は、どこにあるのですか?」

 

 思わず問うた。

 

 イリアは、しばらく無言だったが、やがて。

 

「――必要ない」

 

 静かに去って行った。

 

 

 

 

 

 

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