ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第二十五話 グイングライン 聖王暦二一五年七月下 ノルガルド/フログエル

 ノルガルドの軍師グイングラインは、王の執務室の扉をノックし、名乗った。中から「入れ」と、短い声がする。グインは扉を開け、中に入った。

 

「お呼びでしょうか、陛下」

 

 グインが右拳を左掌で包むと、王ヴェイナードは、「うむ」と威厳のある声で頷き、続けた。「リドニー要塞侵攻時の兵の配備についてだがな――」

 

 やはりそうか、と、グインは心の中で思った。実の所、呼ばれた理由には心当たりがあったのだ。

 

 リドニー要塞は、ノルガルドとエストレガレス帝国の国境にある敵国の砦だ。フォルセナ大陸で最も流域面積の広いアルヴァラード河の中州に建ち、長年ノルガルドの南への侵出を阻んできた難攻不落の城である。ここを落とすために、グインは開戦当初から――いや、開戦よりもはるか以前から準備を進めてきた。兵を育成し、船や武器を用意し、空中や水上での戦いを得意とするモンスターを召喚し、そして、何度も模擬戦を行った。それらを踏まえ、先日、最終的な作戦をまとめた資料を王に提出したのだった。

 

 ヴェイナード王は、資料を机の上に置いた。「作戦の概要を見たのだが、兵の配置は、これであっているのか?」

 

「はい。何か不備がありましたでしょうか?」

 

「いや、不備という程でもないが……俺の部隊にノイエが入っているのが気になったのでな」

 

「…………」

 

 やはりその件であったか――グインは胸の内で呟いた。

 

 ノイエは、騎士になってまだ一年ほどの少女だ。現在はヴェイナードやグインの元で雑務をこなしながら修業を行っている。騎士になる前は舞台で歌を歌っていたという経歴の持ち主で、武術や魔法の経験は乏しく、まだ見習いと言っていい。

 

 ヴェイナードは手を組み、机の上に肘をついた。「リドニー攻めは、俺も前線に立つ。指揮をするだけでなく、自ら先頭に立って戦うつもりだ。厳しい戦いになる。あの娘には、荷が重かろう」

 

 グインはこれまで何度もリドニー攻めの模擬戦を行った。勝率は九割を超えているが、自軍も多大な被害をこうむるのは避けられない。その上、どんなに事前に模擬戦を重ねても、いざ実戦となると不測の事態は必ず起こる。戦闘経験に乏しいノイエは、荷が重いどころか足手まといになる可能性さえある。

 

 だが、それを踏まえても、ノイエをヴェイナードの部隊に入れることには意味があると、グインは考えていた。

 

「確かに、今のノイエ殿には少々荷が重いかもしれません。しかし、彼女には大きな可能性を感じます。時間はかかるかもしれませんが、必ずや、陛下の部隊を支える要となるでしょう。今ここで大きないくさを経験させておくことは、無駄ではありません」

 

 グインは、力強く言った。

 

「そうか……確かに、訓練で優秀な成績を収めているという話は、よく耳にするな」

 

 グインは、事前にノイエの訓練状況について調べていた。訓練を始めた頃から傷の治療や祝福といった白魔法の取得に才能を発揮しており、将来優秀な癒し手になると思われた。本来ならばそのまま白魔法の修練に励むところなのだが、彼女は最近、吹雪を起こしたり魔法への耐性力を上げるなどの青魔法の取得に励み、そこでも高い適応力を発揮している。異なる属性の魔法を取得するのはかなりの修練が必要で、まして、治療を中心とした白魔法と、攻撃を中心とした青魔法を同時に取得するのは、並大抵の努力ではできない。それを、騎士となって一年ほどの少女が行っている。あと二、三年もすれば、ノルガルド1の魔法の使い手になるであろう。

 

「判った。お前がそれほど言うのであれば、信じよう」ヴェイナードは大きく頷いた。「だが、いかに訓練で優秀な成績を残そうとも、実戦は思うようにいかぬでろう。初陣で失うにはあまりにも惜しい逸材だ。せめて、ノイエが指揮する部隊に兵の増員をしよう。ハンバーから兵を移動させられるか?」

 

「はい。もう手配は整えております」

 

 グインがそう答えると、ヴェイナードは小さく笑った。「早いな。俺の考えなどお見通しという訳か」

 

「いえ、そういう訳では……」

 

「案外、俺よりお前が王になった方が、この国はうまく行くのかもしれんな」

 

「御冗談を。そのようなこと、ある訳がありません」

 

「いや、冗談ではない。お前は俺などよりはるかに人を見る目があり、軍略にも長けている。前王が死に、わずかな血の繋がりだけで俺が王になったが、本来ならば、お前の方が王に向いているだろう」

 

「陛下、それは違いますぞ」

 

「なに?」

 

「確かに私は、軍略ならば誰にも負けぬと自負しております。この動乱の時代を生き抜くためには、軍略は王にとって必要な能力であることも確かです。しかし、それだけでは、前王ドレミディッヅの時代と、何ら変わりません」

 

「――――」

 

「私は、あなたに必ず天下を取らせてみせます。しかし、天下を取ってそれで終わりという訳ではありません。我らは、このいくさが終わった先の未来も見据えなければなりません。いくさを終わらせるということは、他国を滅ぼすということ。しかし、国が滅びてもその地に民は残ります。我々が勝利したあかつきには、祖国を滅ぼされた民をも統べなければならないのです。当然、我々は深い恨みや憎しみを受けるでしょう。王は、それら敗戦国の民の負の感情を取り除き、新たな時代を生きる力を与えなければなりません。それは軍略などとは全く異なる力。それをお持ちなのは、私ではなくあなたです、陛下」

 

「グイン……」

 

 ヴェイナードはグインを真っ直ぐに見ていた。その言葉を胸に刻んでいるかのように。

 

 グインは小さく咳払いをした後、頭を下げた。「失礼。出過ぎたことを言いました」

 

「いや、構わぬ。身が引き締まる思いだ。お前がそばにいてくれて、本当に良かった。礼を言う」

 

「……ヴェイナード」

 

 思わず、『王』や『陛下』ではなく、名を口にするグイン。今は王と軍師の関係ではあるが、本来二人は幼き頃から友人であり、前王ドレミディッヅ時代も軍で同じ釜の飯を食った仲だった。前王の死をきっかけに表面的立場は大きく変わったが、心の内は何も変わっていないのかもしれない。

 

「グイン。これからも、よろしく頼む」

 

 主君であり、友人でもあるヴェイナードの言葉に。

 

「もちろんです。陛下」

 

 グインは右の拳を左の掌で包み込み、その決意を示した。

 

 

 

 

 

 

 王の執務室を出たグインは。

 

 ――私は、間違った判断をしているだろうか?

 

 己の胸に問う。

 

 ヴェイナードの元にノイエを置く。この判断は間違っていないか? 私は、王の命を危険にさらしているのではないか? これまで、何度も自問してきたことだった。リドニー攻めの模擬戦のように、何度も、何度も。先ほど王に対して、「軍略ならば誰にも負けぬと自負している」と言った。それは偽りではないが、どんなに自信があろうとも、己の考えが完全に正しいなどとは言えない。机上で行う模擬戦と同じだ。かならず、どこかに不測の事態がある。

 

 ノイエに可能性を感じているのは嘘ではない。彼女は、時間はかかるかもしれないが、いずれノルガルド1の魔法の使い手になるだろう。

 

 だが、ノイエには、その時間が許されていない。

 

 先日、ノイエはグインの自室で倒れた。不治の病に侵され、余命はあと二年だという。

 

 ノイエがいずれ王を支える存在になるのは間違いない。だが、その前に病で倒れる可能性は十分に考えられる。発作は薬で抑えられると言っていたが、もし、戦闘の重要な場面で発作が発生すれば、薬が効くのを待つことはおろか、服む暇さえないだろう。それが、軍の敗北、ひいては王の命にかかわるかもしれないのだ。

 

 だが、それでも。

 

 グインはノイエの決意に賭けてみたかった。

 

 決して長くはない命を陛下に奉げたいと言ったノイエ。その言葉に偽りはなく、目に見えて成長している。ノイエをヴェイナードの側に置けば、その成長はさらに加速するだろう。そう信じている。これは、決して情に流されての配備ではない。

 

 それに。

 

 ノイエには、騎士としての将来性だけでなく、もっと別の部分にも期待している。

 

 いま、エストレガレス帝国には、ヴェイナードの姉・エスメレーがいる。皇帝ゼメキスの妻として。

 

 間者に探らせているが、王都ログレスにいるという以外、詳しい情報はない。ログレスはゼメキスの反乱の際、大きく混乱した。ルーンの騎士であるエスメレーならば脱出は容易であったはずだが、いまだ彼女は王都に留まっている。脱出が困難なほど厳しい監視下にあるのか、あるいは、自らの意思でログレスに留まっているのか――それは判らない。

 

 いずれにしても。

 

 このままいくさを続けていれば、ヴェイナードは、いつか辛い決断をしなければならない。

 

 そのときヴェイナードを支えることができるのは、恐らく軍略家や友人などではない――。

 

 

 

 

 

 

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