ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第二十八話 ブランガーネ 聖王暦二一五年七月下 ノルガルド/ハンバー

 レオニアとの国境を護るノルガルドの城・ハンバーで、前王ドレミディッヅの娘ブランガーネは歯がゆい思いをしていた。ゼメキスの反乱を機にノルガルドが挙兵して五ヶ月、ブランガーネの部隊には、いまだ出撃命令は出ていない。その間、軍師グイングラインは、一年前の講和で旧アルメキアに奪われていたジュークス城を戦わずに取り戻した。また、つい一ヶ月ほど前には、旧アルメキアから亡命してきたモルホルトなる余所者が、リドニー要塞に並ぶ難攻不落の城・オークニーを、わずか五万の兵で落とした。王の側近はおろか、敵か味方かも判らぬような余所者でさえ手柄を立てているというのに、自分は開戦からずっとこの城での待機を命じられている。さらに、現在グイングラインは、ジュークス城の南、アルヴァラード川の中州に建つ難攻不落の要塞リドニーを攻略する準備を進めているのだが、その作戦にブランガーネの部隊は組み込まれていない。にもかかわらず、攻略部隊増強の名目で、このハンバーから兵五千をジュークスへ移動させられた。騎士である自分を差し置いて、兵だけをリドニー攻略に使おうというのである。馬鹿にされているとしか思えなかった。

 

「いったい何を考えているのだヴェイナードは! よもや(わらわ)の力を見くびっているのではあるまいな!!」

 

 どん! と、拳をテーブルに打ち付けるブランガーネ。年老いた侍従(じじゅう)が、びくんと身体を震わせる。

 

「落ち着いてください、姫様。そのように暴れては、お手に怪我をされますぞ」侍従は恐る恐る進言する。

 

 ブランガーネは、侍従に鋭い視線を向けた。「馬鹿にしているのか貴様! この程度で怪我をするほど、妾の身体はヤワではない!!」

 

 ガツン! と、今度はテーブルを蹴り上げる。その姿に、侍従はさらに怯える。

 

「ヴェイナードめ……妾をこんな城に閉じ込めて……いつになったら妾を戦場へ出すつもりだ……」

 

 血が出るのではと思うほど強く拳を握りしめるブランガーネ。父である前王ドレミディッヅを最高の武将として尊敬し、自分も父のような武将になるべく、ブランガーネは幼い頃から武術を習った。戦場に出れば誰よりも手柄を立てる自信がある。だがそれも、戦場に出なければ意味が無い。

 

「こうなれば実力行使だ……直ちに兵を招集せよ! 出撃だ!!」

 

 ブランガーネからの言葉に、侍従は慌てふためいた。「お待ちください姫様! 勝手にレオニアを攻めてはお叱りを受けます! ヴェイナード陛下は、レオニアに対して何か策をほどこしておいでです。うかつなことをすれば、軍全体の作戦に影響が出ます!」

 

「誰がレオニアを攻めると言った? あのような軟弱な国の城ひとつ落としたところで、大した手柄にならぬ。狙うのは、もっと大きな首だ。ヴェイナードは今どこにいる!?」

 

「は!? ええっと……首都フログエルにいらっしゃいます」

 

「国の一番奥で縮こまっているという訳か。白狼の呼び名が聞いて呆れる。待っていろ。その呼び名がふさわしいかどうか、妾が見定めてやる! フログエルへ行くぞ!!」

 

「ひ……姫! なぜそのようなことを……?」

 

「知れたこと! 妾を見くびっているヴェイナードに、妾の力を思い知らせてやるのだ!」

 

 ブランガーネは甲冑を身に着け、剣と弓を取った。

 

「お待ちください! 姫! 姫の任務は、このハンバー城に留まること。勝手に兵を動かせば、レオニアの侵攻を許してしまいますぞ!」

 

「フン、あのような軟弱国、攻めて来られるものか。行くぞ!!」

 

 ブランガーネは侍従が止めるのも聞かず、部屋を飛び出した。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 フログエル城のヴェイナードの執務室に伝者が飛び込んできた。リドニー要塞攻略の準備をしていたヴェイナードは、不快な思いで伝者を見た。

 

「何事だ、騒々しい」

 

 伝者は跪き、右拳を左掌で包み込んで頭を下げた。「急報でございます! ハンバー城のブランガーネ姫が、兵を率いてこのフログエルに向かっていると!!」

 

「何!? あのお転婆姫め……」

 

 ヴェイナードは忌々しい思いで呟いた。ブランガーネがそのような行動に出た理由には察しがつく。開戦からずっと出撃命令が出ないことに痺れを切らしたのであろう。それがレオニアではなく自分自身に向けられたのは不幸中の幸いであったが、どちらにしても、今後の作戦に大きな影響が出かねない。

 

「すぐにこのことをジュークスのグインに知らせよ! いまハンバーを落とされでもすれば、全てが台無しだ!」

 

「は……はっ!!」

 

 命じられた伝者は、入ってきた時と同じ勢いで出て行った。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 兵を率いてフログエルまで来たブランガーネは、城門前で足を止めた。城門は堅く閉ざされ、城壁には多くの衛兵が集まっている。いかに前王の娘とは言え、大軍を率いて王の居城に迫れば、衛兵は迎え撃たねばならない。これ以上の進軍は反乱とみなされ、全面的な戦いとなる。さすがにそれは得策ではないし、ブランガーネの目的はそんなことではない。あくまでも、己の武威を王に示すことだった。

 

「部下どもを前線に立たせ、自分は奥で縮こまっている白鼠のヴェイナード殿はおられるか!?」

 

 城内に届くほどの大声で、ブランガーネは叫んだ。「よもや寒くて冬眠中などということはあるまいな? おられるのなら、すぐに姿を見せよ!!」

 

 何度か挑発の言葉を投げかけると、固く閉ざされていた城門がゆっくりと開いた。兵たちがざわめく。城から出てきたのはヴェイナードただ一人だった。剣を携えてはいるが、一人の兵も連れていない。

 

 ヴェイナードはブランガーネの前に進み出た。「これは一体何の騒ぎですかな、姫?」

 

 落ち着いた口調のヴェイナードに、ブランガーネは歯噛みする。大軍を率いたブランガーネの前に身ひとつで現れたヴェイナード。完全に侮られている。

 

 だが、剣を携えて出てきたのなら話は早い。

 

「――今日は、妾を見くびっているそなたに、妾の力を示しに来たのだ。速やかに剣を取られよ!」

 

「フン、私情で兵を動かすなど、やはり親子は似るものだな」

 

「なに? 貴様、それはどういう意味だ?」

 

「そなたの父ドレミディッヅは、先の戦争でゼメキスの挑発に乗って無用な一騎打ちを行った末に敗れた。そして、それが国の敗戦に繋がったのだ」

 

「何を!? 貴様、お父様を愚弄するか!!」

 

「真実を述べているまでだ。あの一騎打ちが無ければ、我らが敗れることはなかった。前王の身勝手な行動が、国を大きく傾けたのだ。今の姫も同じ。姫が兵を動かしたことで、全体の作戦にひずみが生じているのですぞ?」

 

「ええい、黙れ!! 妾だけならまだしもお父様まで愚弄するとは……断じて許せぬ! この場で叩き斬ってくれるわ!!」

 

 ブランガーネは剣を抜き放った。王に剣を向けた時点で反逆罪は免れぬが、もはやそんなことはどうでもよかった。

 

「よかろう。今日は特別に()()をつけてやる」ヴェイナードも剣を抜いた。

 

「行くぞ!」

 

 剣を振りかざし、走るブランガーネ。ヴェイナードの脳天めがけ、剣を振り下ろした。

 

 がきん!

 

 耳の奥に突き刺さる金属音と同時に火花が飛び散る。そして、とてつもなく硬いものを叩いた手応え。ブランガーネの剣は、ヴェイナードの剣に受け止められていた。

 

 挑発するようにあごを上げるヴェイナード。「随分と軽い一撃ですな、姫。これで全力ですかな?」

 

「何を!!」

 

 ブランガーネは一度間を取り、再度踏み込んだ。がら空きの腹を狙い、剣を横なぎに振るう。完全に捕えているはずだった。しかし、ヴェイナードの剣が素早く動き、その一撃も受け止める。

 

「頭の次は胴ですか? 狙いが単純すぎて、剣筋を読むまでもない。そのような攻撃では、敵を仕留めることなどできませぬぞ?」

 

「ええい、うるさい!」

 

 剣を引き、今度は喉をめがけて切っ先を突き出した。しかし、それも簡単に受け止められる。

 

 ブランガーネは攻撃の手を緩めることなく剣を振るう。肩を狙い、足を狙い、もう一度頭、そして胴を狙う。何度も何度も剣を振るう。しかし、飛び散るのは血飛沫ではなく、剣と剣がぶつかる火花だけだ。全ての攻撃が、ヴェイナードに届かない。

 

 ブランガーネは間合いを取った。肩で大きく息をする。息が乱れている。剣を握る手は痺れ、思うように力が入らない。対するヴェイナードは疲れたそぶりさえ見せず、余裕の表情を向けている。

 

 ――こんなバカな。

 

 信じられなかった。幼い頃から剣の修業を怠ったことは無い。誰にも負けぬ自信があった剣が、ヴェイナード相手に全く通じない。まるで赤子のような扱いだ。

 

「どうした? ドレミディッヅの娘の力はこの程度か?」挑発するように言うヴェイナード。

 

 その言葉が。

 

 ――娘……いまヤツは、娘と言ったのか?

 

 萎えかけていたブランガーネの心に、火を灯した。

 

 娘だから……女だからこの程度の力なのか、と、バカにされている気がした。

 

 ヴェイナードを睨む。嘲るような笑みを浮かべ、こちらを見ている。

 

 その姿が――父と重なった。

 

 誰よりもいくさを愛し、生涯戦場を駆け回った父・ドレミディッヅ。ブランガーネが暮らすフログエルの居城へ戻って来ることは、ほとんど無かった。

 

 父は、口に出すことはなかったが、心の内では、ブランガーネが娘であったことに失望していたはずだ。

 

 いくさは男が行うもの。女は家で大人しくしているもの。

 

 この国の古くから伝わる男尊女卑の風潮は、父の代でますます強くなった。

 

 父に振り向いてもらいたかった。女も戦場に立つことを認めてもらいたかった。だから、周囲が止めるのも聞かず、剣や弓の修業をした。魔法も習得した。騎士として、誰よりも努力をしてきたはずだ。

 

 だが、父はブランガーネを認めることなく、あっけなくこの世を去った。

 

 そして、女児は王位を継げぬという理由で、傍系の者が王位に就いた。

 

 女を見下すこの国の風潮が憎かった。

 

 ブランガーネは父を尊敬していたが、一方で、恨んでもいたのだ。

 

 だから。

 

「……うああぁぁ!!」

 

 雄叫びと共に、全ての力を込めて、王ヴェイナードに剣を振るった。

 

 父への恨みを、この国への恨みを込めた一撃だった。

 

 しかし――。

 

 がきん!!

 

 これまでとは比べ物にならないほどの強い衝撃が、手に伝わる。

 

 あまりの衝撃に、剣を手放してしまった。

 

 剣は、ブランガーネから離れたところに転がった。

 

 ブランガーネの渾身の一撃を、ヴェイナードは軽く剣を振るい、弾き飛ばしたのだ。

 

 崩れ落ちるように膝をつくブランガーネ。いくさの経験がないブランガーネだったが、戦場で剣を手放すことが何を意味するのかは知っている。

 

 ブランガーネは(こうべ)を垂れた。

 

 悔しかった。

 

 自分が女であることが、悔しかった。

 

 女であるがゆえに王位を継げず、女であるがゆえに戦場から遠ざけられた。

 

 女を見下しているこの国の風潮を変えたかった。だから、剣を学び、弓の腕を磨き、魔法の修練をした。

 

 だが、今。

 

 自分は、ヴェイナードの前に屈した。

 

 あれほど修業した剣が、ヴェイナードには全く通じなかった。

 

 男と女の力の差を見せつけられた――そんな気がしてならない。

 

 所詮、女は男に勝てぬのか。

 

 それが悔しかった。

 

「――剣を取られよ」

 

 ヴェイナードが抑揚のない声で言った。

 

 顔を上げるブランガーネ。一瞬、何を言われているのか判らなかった。

 

「剣を取られよ。まだ終わりではない」さらに言う。

 

 ブランガーネは自嘲気味に笑った。情けを掛けるつもりか? だが、もはや怒る気力もない。

 

「……殺すがいい。このような屈辱を受けて、生きてはゆけぬ」

 

 ブランガーネは再び頭を垂れた。勝手に兵を動かし、王城に迫り、王に剣を向け、そして敗れた。処刑されるのは覚悟の上だ。

 

「何度も言わせるでない。剣を取られよ!」声を荒らげるヴェイナード。

 

「…………っ!?」

 

 迫力に押され、ブランガーネは剣を拾い、構えた。

 

 ヴェイナードは、値踏みするような目でブランガーネを見る。「姫は剣を振るう際、狙う場所を凝視する癖があるようだ。それでは、相手に攻撃する場所を教えているようなもの。腕の立つ者であれば、相手の剣の動きはもとより、目の動きにも注意しています。そこは改善した方がよろしいかと」

 

「……な……何を言っている……?」

 

「言ったはずです。これは稽古だと」

 

「なに……?」

 

 困惑するブランガーネに、ヴェイナードはさらに続ける。「剣筋は、狙いが単純という欠点はありますが、基本に忠実という意味では、悪くないです。しかし、剣の重さに筋力が追いついていないように思います。筋力を鍛えるか、もう少し軽い剣に代えてみてはいかがでしょうか?」

 

「貴様……妾を女だからと見くびっているのか!?」

 

「そんなつもりはありませぬ。私は、この国のために、姫に強くなってもらいたいだけです」

 

「…………」

 

「さあ、続けますぞ」

 

 再び剣を構えるヴェイナード。

 

 しかし。

 

「急報!!」

 

 城から伝者が出てきて、ヴェイナードの背後に跪いた。「レオニアのダマス城より兵が出撃したとの知らせが! ハンバー城に向かって進軍しているとのことです!!」

 

「――――!!」

 

 息を飲むブランガーネ。兵たちの間にも動揺が走る。ハンバー城は、ブランガーネが兵を移動させたことで、現在護りが手薄だ。大軍で攻められたら、ひとたまりもないだろう。

 

「安心されよ、姫」ヴェイナードが落ち着いた口調で言った。「すでにジュークスに伝令を送り、グインが向かっております。ハンバーは南からの侵攻に強いゆえ、そう簡単には落ちますまい。グインが到着するまで、なんとか持ちこたえましょう。ですが、グインの部隊を動かしたことで、リドニー攻めは延期せざるを得ません。我が国の食糧事情は、姫も十分承知のはずです。わずかな進軍の遅れが命取りになる。これは姫の勝手な行動が招いた事態。そのことは、決してお忘れなきよう」

 

「…………っ!」

 

 ヴェイナードは剣を収めた。「では、今日の稽古はこれまでにしましょう。姫も、早く持ち場にお戻りください。全力で走れば、まだ間に合うかもしれませんからな」

 

 ヴェイナードは背を向け、城に戻ろうとする。

 

「ま……待て!」

 

 ブランガーネが呼び止めた。

 

「まだ何か?」足を止め、振り返るヴェイナード。

 

 ブランガーネは、血が出るほどの強さで奥歯を噛みしめたが、やがて、大きく息を吐き出すと。

 

「……今日は、数々の非礼な振る舞い、大変申し訳ありませんでした。お詫びいたします。今日の失態は、必ず戦場で挽回するゆえ、どうかお許しを」

 

 王に向かって、深く頭を下げた。

 

 ヴェイナードは笑った。「これは殊勝な。いつもの威勢は、何処に行ったのです?」

 

「黙れ。妾が己の過ちを認め、謝罪しておるのだ。黙って受け入れろ」

 

「フン、その意気ですよ」

 

 ブランガーネは頭を上げ、一度ヴェイナードを睨みつけた後、兵を振り返った。「直ちにハンバーへ戻るぞ!」

 

 どうなることかと肝を冷やしていた兵たちは、大きく安堵の息を洩らし、しかしすぐに気を引き締め直し、踵を返してハンバー城へ向かい始めた。

 

「姫、お待ちを」

 

 ヴェイナードが止めた。「もうひとつ、助言しておきましょう」

 

「……なんだ?」

 

「『女であるから見くびられている』という考えは、捨てた方がよろしかろう。その考えは、姫の成長を妨げます」

 

「……なに?」

 

「今はもう前王の時代とは違います。私は、男であろうと女であろうと、等しく扱います。『女であるから』は、もうこの国では言い訳になりませぬ」

 

「――――」

 

 ブランガーネは、無言でヴェイナードを見つめた。

 

 ……判っていた。

 

 ヴェイナードが王になって、この国は変わった。男女問わず騎士を登用するようになり、それなりの地位に就いている者もいる。父の時代には考えられなかったことだ。

 

 そう――今日、ブランガーネがヴェイナードに負けたのは、決して『女だから』ではない。

 

「……貴様ごときに言われるまでもない。今日負けたのは、妾の力が貴様に及ばなかったからだ。決して、女が男に劣っているわけではない!」

 

「その通りです。判っているのなら結構。では、失礼します」

 

 ヴェイナードは、静かな足取りで城内に戻って行った。

 

 ブランガーネは、しばらくヴェイナードの背を見つめていたが。

 

「……くそ」

 

 兵と共に、ハンバーに戻った。

 

 

 

 

 

 

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