レオニアの見習い騎士バーリンは、幼馴染のキルーフとのひさびさの再会に胸を躍らせていた。キルーフのそばにいるために騎士となったバーリン。しかし、彼女が見習いになった途端、キルーフは、南のイスカリオとの国境を護るハドリアンの防衛部隊に配属された。自分は首都ターラに残り騎士の修業を行わねばならない。キルーフと一緒にいるために騎士になったのに早々に離れ離れにされてしまい、バーリンは悶々とした日々を送っていたのだ。
今日、このターラにて、首都攻防戦を想定した大規模な訓練が行われる。キルーフは、この訓練に参加するために戻ってきたのだ。
王城内の中庭にある訓練場には、キルーフとバーリンを始め、バーリンと一緒に騎士見習いになった幼馴染のガロンワンドと、王城を護る騎士や兵士たちが大勢集まっていた。訓練を指揮するのは、騎士団長のアスミットだ。
「では、訓練の概要を説明する。この聖都ターラは、湖中央の島に建つという、フォルセナ大陸でも極めて特殊な地形上にある。周囲を湖に囲まれているため敵の侵攻に強い反面、退路が無い、兵糧攻めに弱い、などの欠点も併せ持つ。ゆえに、ひとつ行動を誤れば――」
長々とした説明に、キルーフはさっそく大あくびをした。頭を働かすことが苦手なキルーフに、こういった話は退屈極まりないだろう。そんな彼の様子を見て、バーリンはくすりと笑った。
「いいのか、キルーフ? そんな大きなあくびをして。話を聞いてないと、また隊長に怒られるぜ?」
キルーフは、ひらひらと手を振った。「いいんだよ、別に。戦いは力だ。小難しい策なんて、俺には必要ないね。あいつの話は長いだけで、聞くだけムダさ」
「まあ、それは言えてるかな。キルーフの頭じゃ、聞いてもどうせ三歩歩けば忘れるんだろうし」
「おい! てめぇ、それはどういう意味だよ!」
「あはは、言葉通りだよ」
「おい、二人とも、静かにしろよ」ガロンワンドが言った。「隊長、こっち睨んでるぞ」
ガロンに言われアスミットを見ると、怒っているような呆れているような目を向けていた。バーリンは首をすくめたが、キルーフは頭の後ろに両手を回すと、フン、と、鼻を鳴らした。
「――キルーフ」と、アスミットが静かな声で言う。「先日も言ったが、そのような様子で女王陛下をお護りできるのか?」
「うっせぇな! またその話かよ! 判ってるって言ってるだろ!!」
「口だけではなく、実際に行動に移してもらいたいものだがな。まあよい――」アスミットは、兵たち全員に視線を戻した。「説明を続ける。敵の侵攻は北、南、西、からと予想される。どこから攻められても護りは強いが、最も注意すべきは南だ。これは――」
その後もアスミットの話は続いた。キルーフはあくびを噛み殺しながら聞いているようだが、バーリンが予想している通り、どうせすぐに忘れるだろう。もっとも、バーリンもキルーフばかり見ていて、ほとんど話を聞いていないのだが。
「――では、これより訓練を始める。各自持ち場に就け」
ようやく長い話が終わった。アスミットの指示により、兵たちは攻撃側と防衛側にそれぞれ分かれた。バーリンたち三人は防衛側である。
「ようし! ガロン、どっちが敵を多く倒すか、勝負だぜ!!」キルーフは目が覚めたように威勢よく言った。
「面白い、お前には負けないからな!」ガロンも応じる。
「バーリン! お前も、遅れるんじゃねえぞ!」
「はいはい。まったく……もうちょっと女の娘らしく扱ってほしいもんだよ」
肩をすくめるバーリン。思えば子供の頃からキルーフには女の娘らしい扱いを受けたことが無い。もっとも、今さら女の娘らしく扱われても、気持ちが悪いだけだが。
「安心しろ、バーリン」と、ガロン。「何かあったら、俺がお前を護ってやるぜ」
どん、と自分の胸を叩くガロンを見て、バーリンは小さく笑う。「よく言うねガロン。子供の頃は、いっつもあたしの後ろで泣いてたたくせに」
ガロンも笑った。「はは、昔のことは言いっこなしだぜ」
「でも、ありがと」
「うん?」
「あたしにそんな風に言ってくれるのは、ガロンだけだよ」
「お……おう」
照れたのだろうか、上ずった声のガロンに、バーリンはまた小さく笑った。
訓練場には、聖都ターラと周辺の地形を簡易的に再現してあった。中央に木組みの砦を立て、その周囲に堀を設けている。橋を渡した先にはハリボテでできた城下町もあり、北西の山脈や南西の深い森なども再現されてある。かなり縮小はしているが精巧な造りで、この訓練が騎士や兵にとって非常に重要であることが伺える。
各自配置につき、いよいよ訓練が始まろうとした時。
「うん?」と、キルーフが、訓練場の門の方を見て声を上げた。「リオネッセ!?」
その声に、バーリンや他の騎士たちも反応する。門の方を見ると、確かにリオネッセが来ていた。
キルーフが真っ先に駆けて行った。バーリンはため息をつく。相変わらずリオネッセのことになると反応が早い。バーリンも後を追った。
「リオネッセ! お前、なんでこんな所に来たんだ!」
他の騎士や兵士が膝をついてうやうやしく迎えるのに対し、キルーフは村にいた時と同じ態度で接する。バーリンやガロンワンドもリオネッセとは幼馴染ではあるが、みんなの前では礼儀正しく接している。いくら幼馴染とは言え今は女王と騎士の関係であり、礼節を持って接するのは当然なのだが、キルーフにはそんなことは関係ないようだ。
リオネッセは笑顔で頷いた。「今日、みんながターラ防衛戦の訓練を行うって聞いたから、あたしも参加しようと思って」
「馬鹿! 訓練は遊びじゃねぇんだぞ!」
「うん。もちろん判ってる。だからこそ、参加したいの。みんなが頑張ってるのに、あたしだけ何もしないなんて、イヤだから」
リオネッセも、キルーフには村と変わらない態度で接している。やれやれ、と、バーリンはまたため息をついた。
アスミットもやって来て、跪いて胸の前で手を組んだ。「女王陛下。このようなところまで足をお運びいただき、恐れ入ります」
リオネッセはアスミットを見た。「アスミットさん。お願いします。あたしも、訓練に参加させてください」
「ダメだダメだダメだ!」と、二人の間に割って入るキルーフ。「訓練ったって、木剣や木槍を使うから、怪我だってする! お前に何かあったらどうすんだ!? おい、アスミットも何か言ってやれ!」
アスミットはあごに手を当て少し思案していたが、やがて。
「よろしいでしょう。中央の城に控えてください」
意外にも、訓練への参加を認めた。
「おい! お前、なに言ってんだ!」キルーフは顔を真っ赤にしてアスミットに詰め寄る。
アスミットは、キルーフのペースに巻き込まれず、相変わらず冷静な口調で言う。「我々は、あらゆる事態を想定しておかねばならぬ。もし、本当にこのターラを攻められ、そして、万が一にも王城に迫られた場合、陛下を脱出させることも想定しておかねばならぬ。女王にご参加いただけるなら、より精度の高い訓練を行うことができるだろう」
「だからって、リオネッセが怪我したらどうすんだ!!」
「それは、そなた次第だな」
「何?」
「キルーフには、女王の護衛に就いてもらおう。もし女王が怪我をするようなことがあれば、そなたには重い罰を与えるゆえ、気を引き締めて行うのだな」
「な……っ!」
言葉を失うキルーフ。そんな彼を見て、バーリンは小さく笑った。さすがに隊長だけあって、キルーフの性格をよく判っている。これまでどこかやる気が無かったキルーフだが、これで本気になるだろう。
アスミットは女王を見た。「では、作戦と脱出の手はずを説明いたします。キルーフも、今度はよく聞いておくのだな」
「クソ! 判ったよ!!」
女王を交えた訓練の説明を始めるアスミット。キルーフは、ときどき頭を抱えながら、必死で覚えようとしていた。
説明が終わり、リオネッセとキルーフは持ち場に就いた。バーリンも戻る。
キルーフは、まだ敵役の兵が動いてもいないのに、リオネッセをかばうように前に出た。「いいか、リオネッセ。俺の側から離れるんじゃねぇぞ。お前のことは、絶対俺が護ってやるからな」
「うん。キルーフがそばにいてくれるなら、安心だよ」リオネッセが笑顔で応える。
「お……おう……」キルーフは、照れたように頭をかいた。
そんな二人の様子を見ていたバーリンは。
「……やれやれ、今日も暑いねぇ」
照りつける太陽を見上げ、そう呟いた。久しぶりにキルーフに会い、心が躍っていたのに、また悶々とした気分になる。
バタン! と、訓練場の門が開き、兵が駆け込んできた。アスミットの前に跪く。
「急報です! 北のダマス城より、シャーリン殿とイスファス殿が出陣し、ノルガルドのハンバー城へ侵攻したとの連絡が!」
その報に、アスミットはもちろん、その場にいた全員が戸惑いの言葉を上げた。
「馬鹿な!? あの二人には、ダマスの警護を命じていたはずだ! なぜ討って出た!?」アスミットは伝者に詰め寄るように訊く。
「詳細は不明ですが、ハンバーで何か動きがあったようです! ゆえに、現場の判断で動いたものと思われます!」
「何があったとしても勝手に動くとは……」アスミットは忌々しげに呟いた後、兵たちを振り返った。「すまぬ、皆の者! 私は城に戻る! 訓練は予定通り行ってくれ!」そう言った後、今度は女王を見た。「女王も、戻りましょう」
「あ……はい」
アスミットは訓練の指揮を部下に任せ、女王と共に訓練場を出て行った。
キルーフとバーリンは、お互い顔を見合わせると。
「……なんなんだ? まったく」
「さあ?」
二人で肩をすくめた。