ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第三十一話 ティース 聖王暦二一五年十一月上 イスカリオ/ザナス

 イスカリオの北西の国境を護るザナス城の中庭で、新米騎士のティースは木の陰に隠れ、気持ちを落ち着かせようとしていた。彼の手には、綺麗に包装された小箱がある。今日は、彼の想い人の誕生日だ。小箱はそのプレゼントである。これを渡し、あわよくば告白を……いや、さすがにそれは早いか。プレゼントした後、デートに誘ってみようか? それも、なんだか恩着せがましいような気がする。だからと言って、プレゼントを渡して終わりというのも味気ない。どうするのが一番か……思い悩んでいると、目的の人がやって来た。考えがまとまっていないが、まごまごしていると行ってしまう。ティースは、意を決して木の陰から飛びだした。

 

「や……やあ、ユーラ!」

 

 緊張のあまり上ずった声が出てしまう。

 

 やって来た少女――ユーラは、一瞬目を丸くした後、ニコリとほほ笑んだ。「おはよう、ティース」

 

 ティースはごくりと息を飲み、ユーラの前にプレゼントを差し出した。「ユーラ、今日、誕生日だろ? これ、プレゼント! 受け取ってくれ!」

 

 プレゼントを受け取るユーラ。「ありがとう。開けていい?」

 

「ああ、もちろん」

 

 ユーラは丁寧に包装をはがし、箱を開けた。扇状の海貝の貝殻にいくつものビーズをあしらったブローチだ。内陸の都市が多いイスカリオでは海貝のアクセサリーは珍しく、新米騎士のティースには決して安い買い物ではなかったが、今日のために思い切って購入したのだった。

 

 ――うわぁ、綺麗! ありがとうティース! すっごく嬉しい! これはお礼よ! チュッ♪

 

 ……という反応を期待していたティースだったが、予想に反し、ユーラは。

 

「…………」

 

 無言で、ブローチをじっと見つめていた。反応が薄い……と言うよりは、無反応である。

 

 ティースはユーラの顔を覗き込んだ。「……あれ? 気に入らなかった?」

 

「……あ、ううん、そんなことない。ありがとう。嬉しいよ」

 

 と、言ったものの、ユーラはまたブローチを見つめ、黙り込んでしまう。

 

「無理しなくていいんだぜ? 気に入らないなら、はっきりそう言ってくれても。オレ、センスないからなぁ」自嘲気味に笑うティース。

 

「あ、ゴメンゴメン。ホントに、嬉しいの。ただ……」

 

「ただ……?」

 

「今日、あたしの誕生日なんだなって、思ってただけ」

 

「へ? 今日、誕生日だったよな?」

 

 首を傾けるティース。ユーラの誕生日は、自称イスカリオの天才軍師・キャムデンに頼み込んで教えてもらった。見た目はインチキ臭い詐欺師だが、彼の持っている情報は正確で、間違ってはいないと思う。

 

 ユーラは小さく首を振った。「本当の誕生日は判らないの。あたし、親に捨てられて、教会の孤児院で育ったから」

 

「え? そうだったのか?」

 

「うん」

 

「そうか……それは……なんと言うか……大変だったな」

 

 予想外の展開に、ティースはなんと言っていいか判らない。ただ、告白するような雰囲気ではないことだけは、なんとなく判った。

 

 

 

 

 

 

 ティースは、騎士になってまだ二年の若者だ。現在十七歳。以前は街の盛り場を練り歩く不良少年だったが、十五歳のときにルーンの加護を受けたのをきっかけに、更生のためにと親に無理矢理仕官させられた。イスカリオに仕官して更生できるのかははなはだ疑問ではあるが、意外にもそれなりの効果はあった。ティースは、誰かに仕えるなどまっぴら御免だったので、早々に脱走を企てていたのだが、お城で出会った少女・ユーラにひと目惚れし、心を入れ替えたのだ。以来、一人前の騎士を目指し、精進する日々である。

 

 ユーラは、ティースよりもひとつ年下の十六歳。教会の孤児院で育ったが、十四歳のとき、ルーンの加護を受けたのをきっかけに仕官することになった。と、言っても、いまのところ戦場に出ることはなく、もっぱら狂王ドリストの身の回りの世話をしている。ドリスト専属のメイドのような存在だった。

 

 

 

 

 

 

 黙ってブローチを見つめるユーラに、ティースはばつが悪そうに頭をかいた。なんだか悪い事をしてしまったような気もする。恐らく、教会に拾われた日が十六年前の今日で、その日を誕生日としたのだろう。ユーラにしてみれば、誕生日のたびに親に捨てられたことを思い出すのかもしれない。

 

「あたしね――」と、ユーラがゆっくりとした口調で話し始めた。「孤児院にいた頃は、すごくいい子だったの。大人の言うことは何でも聞いて、我がままを言ったり、反抗することなんて無かった」

 

「……そっか。オレとは大違いだな。オレなんて、ガキの頃は親に逆らってばかりで、毎日怒られまくってたぜ。ホント、ダメなヤツだった」

 

 ユーラは首を振った。「ダメなのはあたしの方だよ。あたし、大人の言うことを聞いていないと、また捨てられるんじゃないかって、怖かったの。だから、大人に気に入られようと、無理してた」

 

「…………」

 

「でね。ルーンの加護に目覚めて、教会の人に言われるままに、十四歳のときに仕官することになった。ここでもいい子でいて、追い出されないようにしなきゃ、って、思ってた。それで、お城に来て、ドリスト陛下にご挨拶をしたのだけれど、そのとき、陛下はあたしに一振りの剣を授けてくださった」

 

「け……剣を?」

 

「うん。あたし、剣なんて初めて持ったし、とても重くて、怖くて、今にも泣き出しそうだった。そうしたら、陛下はこう仰ったの。『お前は今、生きるも死ぬも自分で決められる自由を手に入れた。これからは、自分の身は自分で守れ』って」

 

 目を丸くして驚くティース。騎士になるとは言え、十四歳の娘にいきなり剣を渡し、その上、自分の身は自分で守れ、なんて、ヒドイ話だ。まあ、陛下らしいと言えば陛下らしいが。

 

 ユーラは、静かに微笑んだ。「陛下って、お優しい方だよね」

 

 ティースは頷いた。「そうだな。陛下はホントに優しい……なんだって?」

 

「陛下は優しい方。ひと目見ただけであたしの本質を見抜いて、あたしに最も必要なものを授けてくれた」

 

「えっと…ユーラ、何を言って――」

 

「あたし、大人の前でいい子でいることで、大人に護ってもらってたの。でも、そんなのはいつまでも続けられない。いつまでも、誰かに護ってもらってるだけじゃダメなんだって、教えられた。あたしは、いい子でいるっていう重い鎧を着て、動けなくなってた。陛下は、その鎧を脱がせてくれたの。ドリスト陛下は、本当に優しい方――」

 

「…………」

 

 ティースは、黙ってユーラの話を聞いていた。正直に言えば、彼女が何を言っているのか判らない。ドリスト陛下が優しい? 全く理解できない。

 

 ユーラはさらに話を続ける。「あたし、教会の人に言われるままに騎士になったけど、その日、決めたの。陛下のために戦おう、陛下の力になろう、陛下に尽くそう、って。それが、あたしが騎士になった理由なんだって。陛下がくださった恩に報いるために、あたしは戦う」

 

「そ……そっか。立派だな、ユーラは」

 

「ティースは、どうなの?」

 

「へ? オレ?」

 

「うん。ティースは、何のために戦うの?」

 

「何のため……それは……」

 

 ゴクリ、と、息を飲むティース。

 

 ――それはユーラ、君のためだよ!

 

 キザっぽいセリフが頭に浮かぶ。こんなことを言うと引かれてしまうだろうか? だが、これはまぎれもない本心である。ティースが城を脱走せずに騎士を続けているのは、彼女がいるからに他ならない。これは、想いを告げるチャンスだ。言え、ティース! 言ってしまえ!

 

「オレが、戦うのは……」

 

「戦うのは?」

 

「オレが、戦うのは……き……き……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 いつの間にか、二人の側に、槍を携えた女騎士が立っていた。

 

「うわぁ!!」

 

 驚きのあまり尻餅をついて転ぶティース。立っていたのはドリストの忠臣イリアだ。いつからそこにいたのだろう。全く気付かなかった。

 

「あ、イリアさん。おはようございます」ユーラは全く驚いた様子もなく、いつもの調子で挨拶をした。

 

 イリアは静かに口を開いた。「……陛下が、出撃用の帽子をお探しだ」

 

「あ、判りました。すぐに行きます。ティース、プレゼント、ありがと。今度お礼するからね」

 

 ユーラはドリストの部屋に向かって駆けて行った。イリアも、足音も無く去って行く。

 

 ティースは、中庭に一人残され、ぽつんと佇んでいたが、やがて、大きくため息をついた。

 

 ――なんのために戦うの、か……。

 

 ユーラの言葉を思い出す。彼女は、ドリスト陛下の恩に報いるために戦うと言った。そんな立派な理由は、今のティースには無い。なんだか、自分が小さな存在に思えて仕方なかった。

 

 豪快な笑い声が中庭に響いた。狂戦士バイデマギスと、ダーフィー、ギャロの三人がやって来た。三人とも、イスカリオでは腕の立つ騎士である。

 

 バイデマギスがティースに気付いた。「おう! ボウズ!! 元気か!!」

 

「あ、兄貴、おはようございます」ぺこりと頭を下げるティース。

 

「ちょうど良かった! これからお頭と敵の城を攻めるから、お前も来い!」

 

「へ? 城攻めですか? でもオレ、アルスターさんに、この城の警備を命じられてるんですけど」

 

 それを聞いて、バイデマギスは豪快に笑った。「がーっはっはっは! あのあんちゃんの命令なんざ、あって無いようなもんだ! いいから一緒に来い! こんなところでじっとしてちゃ、強くなれんぞ!!」

 

 バイデマギスはティースの頭に腕を回し、無理矢理連れて行こうとする。

 

「痛ぇ! 痛ぇっすよ兄貴!! 頭が潰れる!!」

 

「あん? この程度で痛いとは軟弱なヤツだ! もっと体を鍛えろ!!」バイデマギスは、ティースの頭を抱えて揺さぶった。

 

 ダーフィーが笑った。「ムチャ言うぜ。ダンナの馬鹿力で絞められたんじゃ、ストーンゴーレムだって白目向いて倒れちまう」

 

「違いないでヤンスねぇ」と、ギャロも笑う。

 

「お? そうか? すまんすまん」

 

 バイデマギスはティースを解放すると、また豪快に笑った。

 

 ティースはくらくらする頭をポンポン叩き、なんとか正気を取り戻した。「ところで兄貴、ひとつ、訊いてもイイっすか?」

 

「お? なんだぁ?」

 

「兄貴たちは、なんでこの国の騎士になったんっすか?」

 

「あん? どうした? 急に」

 

「いや、オレ、親に無理矢理仕官させられてここにいるんで、あんまり大した理由が無いんですよ」

 

「がーっはっは! そんなモン気にするな! 俺は楽しいからここにいるんだ!」

 

「へ? 楽しいから、ですか?」

 

「ああ! お頭と一緒に暴れ回るのは、何より楽しいぜ! あんな面白い王様は、他にいねぇからな!!」

 

「違いないでヤンスねぇ」ギャロが同意した。「あっしもここに来る前はいろんな国を旅しやしたが、ドリスト陛下ほど面白い王様は、他にいなかったでヤンスねぇ」

 

 二人の言葉を、ダーフィーは鼻で笑った。「二人とも、不謹慎だぜ? もっとちゃんとした理由は無いのかよ」

 

「じゃあ、ダーフィーのダンナは、なんでこの国に仕えてるでヤンスか?」

 

 ダーフィーは、親指と人差し指をくっつけて円を作った。「決まってるだろ。金がいいからだよ! 陛下ほど金払いのいい王様はいないぜ。手柄を立てなくても、面白いことをすれば褒美をくれる。賭け事にもすぐ乗って来るし、いい金づるだぜ」

 

 ギャロは呆れ顔になった。「ダンナの方がよっぽど不謹慎でヤンスよ」

 

「違いない! がーっはっはっは!!」バイデマギスは、やはり豪快に笑う。

 

 訊いたオレがバカだった――ティースは、小さくため息をついた。

 

 ――でも。

 

 面白から、金のため――そんな不謹慎な理由がまかり通るのが、この国のいい所だ。

 

 だったら、好きな女のために戦っても、いいはずだ。

 

 ティースはパンパンと頬を叩くと。

 

「ようし! オレもこの戦いで手柄を立てて、強くなってみせるぜぇ!!」

 

 空に向かって叫んだ。

 

「お! いいぞボウズ! その意気だ!! がーっはっはっは!!」

 

「これは楽しみでヤンスねぇ」

 

「張り切りすぎて、ヘマするんじゃねぇぞ」

 

 四人は、敵国目指して出撃した。

 

 

 

 

 

 

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