カルメリー城の個室にて、ランスはテーブルの上にフォルセナ大陸全土の地図を広げ、今後のいくさの展望を思い描いていた。地図は現在の各国の領土を色分けし、各地に大小さまざまな大きさの騎士の人形を置いている。人形の大きさは各城に配備されている大まかな兵数を表したものだ。現在のフォルセナ大陸の勢力図と言える。
ランスが旧アルメキアを脱出して間もなく半年。ゼメキスのクーデターから始まった争いは、大陸全土を巻き込んだ大きないくさとなり、各地で領土の奪い合いが起こっている。北のノルガルドや南のカーレオンは帝国から領土を奪い、南西のイスカリオ・レオニアでも戦いが始まっている。各国の動向は気になるが、今のランスにとって最も問題となるのは、やはり三ヶ月前のキャメルフォード陥落である。キャメルフォードは西アルメキアの南北を繋ぐ重要拠点である。ここをエストレガレス帝国に落とされたことにより、西アルメキア軍は南北の行き来が極めて困難になった。特に、北のノルガルドとの国境を護る城ゴルレは完全に孤立した状態になっている。もし他国に攻められれば、援軍や物資を送ることはおろか、兵の退却さえままならない。ゴルレの騎士や兵が全滅などということになったら、この国はさらに大きな痛手を負うことになる。もちろん、懸念はそれだけではない。キャメルフォードは首都カルメリーに直結する都市でもあり、二つの都市間に防衛拠点は存在しない。西アルメキアは、喉元に刃を突きつけられた状態なのだ。これは、他でもないランスの失態が招いた事態だった。先日のキャメルフォード防衛戦に、ランスは総大将として出陣した。敵の総大将は皇帝ゼメキスの腹心カドール。初陣であるランスとの力の差は歴然で、アルメキア軍はわずか半日刃を交えただけで撤退することになった。今の西アルメキアの窮地の責任はランスにある。現在、西アルメキアはキャメルフォード奪還の準備を進めているが、その作戦は旧パドストーの王太子メレアガントらが中心になって行い、ランスは組み込まれていない。屈辱的ではあるが、不平を言う資格はない。先のいくさでの敗因は、明らかに自分にあるのだから。自分に力があれば、このような事態に陥ることはなかった。やはり、自分にはこの国を率いる資格はないのではないか。
大きく首を振り、邪念を振り払うランス。いまさら自分の無力さを嘆いたところで何にもならない。力が無いのならば、力をつければいい。それには、剣術や魔法などの武の修業はもちろん、戦略・戦術を練る修行も同様に行わなければならない。いや、君主たる者、むしろこちらの方が重要と言えるかもしれない。ランスは、勢力図を前に、今後の戦況の変化を思い描く。西アルメキアは一刻も早いキャメルフォードの奪還が望まれるが、帝国はどう出るだろうか?
エストレガレス帝国は、先のいくさでキャメルフォードを落としたものの、北のオークニーと南のソールズベリーという城を他国に奪われている。帝国にとってオークニー城は、西アルメキアのキャメルフォードと同等の重要拠点だ。ここを他国に奪われたままでは、帝国は西部での身動きがとりづらくなる。さらに、南のソールズベリーも落とされたことにより、南部も緊迫した状態だ。キャメルフォードを奪われた西アルメキアは苦しいが、帝国も同等かそれ以上に苦しいのかもしれない。
エストレガレス帝国は、かつてアルメキアで最強を誇ったゼメキス軍が中心になっている。その武力の高さは脅威だが、国土が大陸中央に位置するため、国境が四つの国と隣接しているのが枷となっている。そのため、高い武力を各所に分散させざるを得ないのだ。実際、先のいくさで総大将を務めキャメルフォードを落としたカドールは、そのまま城には留まらず後退した。現在キャメルフォードの護りには中堅騎士が入っている。カドールがどこにいるのかは不明だが、南のカーナボンに兵が集まっているとの情報もあり、ソールズベリーの奪還作戦を進めているのかもしれない。西アルメキアにとっては、キャメルフォードを奪還するチャンスだ。
ドアがノックされた。入るように促すと、ランスの側近・ゲライントが入って来て、左胸に右拳を当てた。
「失礼します、ランス様」ゲライントは、テーブルの上の地図を見た。「……ほう、戦略の研究ですかな?」
「ああ。君主たる者、戦況の見極めは大切だからね」
「では、ランス様は今の戦況をどう見ますか」
「自国だけ見ていると極めて苦しい状況だけど、全体を見ると活路も見えてくる。帝国にキャメルフォードを落とされて危険な状態だけど、帝国もオークニーとソールズベリー落とされ、我が国と同等かそれ以上に危険な状態だ。キャメルフォードの奪還は、そう難しくないのかもしれない。もちろん、楽観はできないけどね」
「なるほど。悪くない分析です」
「もっとも、今の帝国の苦しい状況は、我が国ではなくカーレオンとノルガルドによってつくられている。近いうちに行われるキャメルフォードの奪還作戦に、僕は組み込まれていない。そのふたつが残念だけどね」
「まあ、そう気落ちすることもありますまい。ランス様は今、力を蓄える時。焦りは禁物ですぞ」
「ああ。判っている。ところで、何かあったのか?」
「はい。在野の騎士が参っております。あ、いえ、あの者を在野の騎士の申して良いものか……」
「うん? どういうことだ?」
「まあ、一度お会いしてみるのがよろしいかと」
「そうか。判った。会ってみよう」
ランスは、ゲライントと共に謁見の間へと向かった。
高座に上がったランスは、広間に控えている者を見て目を丸くした。在野の騎士の謁見ということで、跪き頭を垂れているものと思ったが、その者はつぶらな瞳を爛々と輝かせてランスを見ている。まだ子供のあどけなさが残る少年……と言うよりは、誰がどう見ても子供だ。十歳前後と言ったところだろうか。
「えっと……君が、在野の騎士……?」戸惑いながら訊くランス。
「ハイ! ボク、アルサスと言います!!」少年は、右手を真っ直ぐに挙げて答えた。
ランスはゲライントを見た。ゲライントは苦笑いを浮かべ、顔を伏せた。
再び少年を見るランス。「えっと……アルサス。君、いくつなの?」
「ハイ! 十二歳です!!」
学校の授業のように元気よく答えるアルサスに、ランスはさらに戸惑う。ルーンの加護が目覚める時期は人それぞれで、幼少期や生まれながらに加護を受ける者も決して珍しくはないが、十二歳での仕官はあまりにも早すぎる。旧アルメキアやパドストーでは戦場に出るのは十五歳以上と決められており、それもランスのような王族や伝統ある名家である場合がほとんどだ。一般的には二十歳前後であろう。
戸惑うランスをよそに、アルサスは目を輝かせたまま続ける。「ランス様って、本当にその若さで王様なんですね」
「え? あ、いや、まあね」
「ボクも、将来ランス様のような王様になりたいんですが、どうすればなれますか?」
「え!? 君が王様に!?」
戸惑いを通り越して混乱するランス。ゲライントを見ると、下を向いて肩を揺らしている。笑いをこらえるのに必死な様子だ。
「えーっと、王様ねぇ。どうやったらなれるかなぁ」
フォルセナ大陸にある国の王はほぼ世襲制だ。王の子供、もしくは血族が次の王になる。数少ない例外が、神託によって選ばれる宗教国家レオニアと、クーデターによって生まれたエストレガレス帝国だが、それをこの少年に勧めるわけにもいかない。
ランスが困っていると、ゲライントがようやく助け舟を出した。「アルサス。王になるためには、まずはそれにふさわしい人物になる必要がある」
アルサスは首を傾けた。「王にふさわしい人物?」
「そう。身体を鍛え、勉強をするのだ。王は、剣や槍などの武術、魔法、戦略、そして、政治についても高い知識が必要となる。どれが欠けても、立派な王とは言えぬぞ。ですな? ランス様」
当てこすりな視線をランスに向けるゲライント。ランスは「う……まあ……そうだね……」と、曖昧な返事をした。
ゲライントの言葉に、アルサスの目はさらに煌々と輝く。「じゃあ、ランス様はやっぱり、剣も魔法も、政治とかの勉強も、ぜんぶぜんぶできるんですか!?」
「うん? あ、いや――」答えに窮するランスだが、ふっと、笑みがこぼれた。こんな無垢な少年を相手に、見栄を張っても仕方ないことに気が付いた。だから、アルサスの目を真っ直ぐに見て言った。「アルサス。僕はね、まだ王様ではないんだよ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。僕はまだまだ未熟で、剣や魔法の腕も、戦略や政治の知識も、十分とは言えない。それに、今の僕はエストレガレス帝国との戦いに勝って、生まれ育った国を取り戻さないといけないんだ。僕が王様になるのは、その時と決めてるんだ。ゲライントの言う通り、王様になるには、まずそれにふさわしい人間にならないといけないからね」
アルサスはぽかんとした表情になったが、しばらくすると目に輝きが戻って来た。「さすがランス様です! ボク、尊敬しちゃいます!!」
「ありがとう、アルサス」
「判りました! じゃあ、僕も王様になるために、まず騎士になって、ランス様のもとで勉強します!!」
「え? あ、いや、ホントに判ってる?」
「はい!!」
屈託ない笑顔で返事をするアルサス。ゲライントは、声を上げて笑った。
「おいゲライント、笑ってないで、なんとか説得してくれ」
ランスの助けを求める声に、ゲライントは笑うのをやめた。「アルサス。そなたの気持ちはよく判った。しかし、この国では戦場に出るのは十五歳以上と決められているのだ」
「え? そうなんですか」
「ああ。それまでは学校に通って勉強し、家では両親の手伝いをするのだ。もちろん、騎士になりたいのなら身体を鍛えることも忘れてはならんぞ?」
「……判りました」アルサスは肩を落とした。
「いやはや、しかし、将来が楽しみな少年ですな、ランス様」ゲライントはランスを見る。「王位への純粋な憧れと、恐れを知らぬ物言い。子供の頃のランス様そっくりですなぁ。そう言えば、何処となく風貌も似ておる――」
ゲライントの表情が、急に硬くなった。値踏みでもするかのように、アルサスの姿を見る。
「うん? どうした? ゲライント」
ゲライントは「いえ――」と言った後、何かを考えるような顔になったが、やがて。「アルサスよ。そなたの御両親は、仕官のことを知っているのかね?」
「はい。僕は生まれつきルーンの加護があったので、子供の頃からずっと、『騎士になれ!』って、言われています」
「ふむ。きちんとご両親に確認を取る必要はあるが……判った。アルサスよ、特別に、そなたの仕官を認めよう」
「本当ですか!? やったぁ!!」アルサスは、両手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねた。
「おい、ゲライント。何を言ってるんだ? こんな子供を騎士にするなんて」
「いえ、なにも今すぐ戦場に出すわけではありませぬ。そもそもこの国では、騎士になるためにはまず訓練所に通わなければなりませぬからな。訓練所には特に年齢制限はありませんので、十五歳になるまで、そちらで修業させれば良いでしょう。それに、騎士の務めは、なにも戦場に出るばかりではありませんからな」
「うん――?」
「あ、いえ、こちらの話です」ゲライントはアルサスを見た。「ではアルサス。まずはご両親に会わせていただきたい。正式に同意が得られれば、訓練所に入る手続きをしよう。そこで、真面目に修行するのだぞ?」
「ハイ! 頑張ります!!」
アルサスは、ゲライントに連れられ出て行った。まったく……何を考えているのか。ランスは小さくため息をついた。