ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第三十六話 バーリン 聖王暦二一五年八月上 レオニア/ターラ

 レオニアの新米騎士バーリンは、訓練場へ向かう途中、中庭に一人たたずむキルーフを見つけた。首都防衛を想定した大きな訓練が終わったのが昨日。すでに南のハドリアンへ戻ったものと思っていたが、何をしているのだろう? キルーフは中庭中央の噴水のへりに腰かけ、ガックリと肩を落としていた。遠目に見ても落ち込んでいると判る。何かあったのだろうか? バーリンは声をかけた。

 

「よう、キルーフ」

 

 声をかけた途端、ばっ! と顔を上げるキルーフ。何か期待したような表情だったが、声をかけたのがバーリンだと判ると、あからさまに落胆した表情になった。「……なんだよ。バーリンかよ」

 

「なんだよ、とはご挨拶だな。こんなところで何してるんだ? ハドリアンへ戻ったんじゃないのか?」

 

「いいだろ、別に。昼過ぎに立つ予定だよ」

 

「そうか。あ、そうだ。お前に渡すものがあったんだ」

 

「渡すもの? なんだよ」

 

 バーリンはポーチを探り、中から一本の白い羽を取り出した。「綺麗だろ? ちょっと前に、森の中で見つけたんだ。お前にプレゼントしようと思ってな」

 

 羽を受け取ったキルーフは、「ありがとな」と、覇気の無い声で言って、懐にしまった。

 

「なんだよ、せっかく人が空腹に耐えて持って帰ってやったのに。やっぱりお前には、ウサギの燻製肉の方が良かったか? 喋るけど」

 

「あん? 何の話だよ」

 

「何でもないよ。それより、女王陛下にあいさつはしたのかい?」

 

「あん? 知らねぇよ! そんなこと!」

 

 怒ってそっぽを向くキルーフ。実に判りやすい反応だな、と、バーリンは思った。

 

 まあ、声をかける前から判っていたことではある。明らかに落ち込んでいる様子のキルーフ。彼が悩む理由はひとつしかない。

 

 バーリンはキルーフの正面に回り込み、顔を覗き込んだ「ははーん。さては、陛下とケンカしたな?」

 

「な……なに言ってんだよ!」

 

 キルーフは顔を赤くし、声をさらに大きくする。明らかに動揺している。本当に判りやすいヤツだ。

 

 バーリンはさらに問い詰める。「しかもそのケンカは、一方的にキルーフが悪いんだろう?」

 

「な……てめぇ! さては覗き見してやがったな!!」

 

「覗き見なんてしなくても、いまのキルーフの様子を見てたら、それくらいの想像はつくよ。単純なんだから」

 

「うっせぇ! ほっとけ!」

 

 キルーフは、またそっぽを向いてしまった。

 

 やれやれ、と肩をすくめるバーリン。要するに、早くハドリアンに戻らなければいけないのに女王とケンカしたせいで戻るに戻れなくなったというわけだ。キルーフに片思いしているバーリンにとって女王は恋敵であり、本人の言う通りほっといても良いのだが、まあ、彼との付き合いも長い。ここは、一肌脱いでやるか。

 

「ようし。特別に、あたしが相談に乗ってやろう」

 

 一瞬こちらを見て目を丸くしたキルーフだが、またそっぽを向く。「ケッ! 女なんかに相談できるか!」

 

「おやおや。こういう時だけ女扱いかい? 訓練の時は、やれ敵を倒せだの、やれ油断するなだの、容赦なく命令して来たくせに」

 

「うっせぇな! それとこれとは、話は別だよ!」

 

 声を荒らげるキルーフ。いつもなら、ここでケンカを始める所だが。

 

「まあ、そう言うなよ」バーリンは、落ち着いた口調で言った。「一応あたしも陛下と同じ女の娘なんだし、男のキルーフには判らない乙女心とか、教えてあげられるかもよ?」

 

 いつもと違うバーリンの態度に、キルーフは困惑した顔になる。「……なんだよ……調子狂うな……ったく……」

 

 バーリンが「ほれほれ」と促すと、キルーフはぽつりぽつりと話し始めた。

 

 ――だが。

 

 話を聞いたバーリンは。

 

「……はあああぁぁぁ」

 

 大袈裟にため息をついた。

 

「なんだよ、そのため息は。相談に乗ると言ったのは、お前だろ」

 

「確かにそうだけど、言ったことを後悔してるんだよ。まさか、これほどバカバカしい話だとは思わなかった」

 

 バーリンは、もう一度ため息をついた。

 

 キルーフの話を要約すると、ハドリアンに戻る前にリオネッセと散歩でもしようと思い、誘ったが、騎士団長アスミットと話をしていて断られた。二人がキルーフを邪魔者扱いするので、腹が立ってアスミットをぶちのめそうとしたら、リオネッセに頬を叩かれ、村に帰るように言われた。と、いうことである。誰がどう考えても悪いのはキルーフだし、女王だって本気で村に帰れと言った訳ではないだろう。素直に謝ればすむ話だ。実に簡単なことである。

 

「……判ってるよ」

 

 キルーフがつぶやくように言った。さっきまでの勢いはどこへやら。急にしおらしくなったので、今度はバーリンが毒気を抜かれてしまった。

 

 キルーフは続ける。「あいつは――リオネッセは、この国の女王になった。俺は、あいつのことが心配で騎士になったんだ。あいつが、女王なんて重い立場に、一人で耐えられるわけがないと思った。オレが支えてやらなきゃ、って、思ったんだ」

 

「――うん」

 

「でも、フタを開けてみれば、あいつは俺が考えていたよりも、ずっと強かった。毎日国のことを考えて行動し、女王としての責務を十分に果たしている。あいつは、俺の助けなんて必要なかったんだ。それで――」

 

 そこまで言って、口を閉ざすキルーフ。

 

 言わずとも、バーリンにはその続きが判る。

 

 自分が、とてもちっぽけな人間に思えた――そう言いたいのだろう。

 

 リオネッセの成長には、バーリンも驚いている。キルーフやバーリンだけではない。二人と幼馴染のガロンワンドも、神官騎士団長のアスミットも、政務補佐官のパテルヌスも、この国のみんなが、開戦後のリオネッセの気丈な姿に驚いたはずだ。ノルガルドとの会談で白狼に脅された時は一歩も引かなかったというし、訓練にも積極的に参加して優秀な成績を収めている。就任当初の頼りない姿は、もう微塵も感じさせない。

 

 だから。

 

 キルーフは、自分が置いて行かれると思ったのだろう。

 

 日々成長し、女王の責務を全うしているリオネッセに対し、キルーフが騎士という立場に馴染んでいないのは明らかだった。粗暴で短気な彼には規律に厳しい騎士という職そのものが向いていないというのもあるが、加えて、上官である神官騎士団長のアスミットが、何事も理論で解決しようとするタイプの人間だというのが致命的だろう。頭を使うのが苦手な人間と頭を使うことで全てを片付ける人間。二人の相性は最悪だ。アスミットがどんなに戦術を教えようともキルーフが全てを理解できるはずもなく、彼は、騎士として成長できない自分に苛立っているのだろう。

 

 ――そうか。キルーフは……。

 

 どくん、と、バーリンの胸が鳴った。彼は、あたしと同じだ。

 

 キルーフを追いかけ、キルーフのそばにいたくて騎士となったバーリン。しかし、彼は遠く離れた国境の守備を任され、バーリンは首都に留まり訓練の日々。たまに一緒になっても、彼はいつもリオネッセのことばかり考え、バーリンのことを見てくれなかった。それが辛かった。苦しかった。

 

 でも。

 

 キルーフも、同じように、辛く、苦しかったのかもしれない。

 

「――さてと、そろそろ行くか」

 

 キルーフが立ち上がった。

 

「――え? 行くって、どこに?」

 

「ハドリアンに戻るに決まってるだろ? イスカリオの連中が、いつ攻めて来るか判らないからな」

 

「……陛下のことは、どうするんだ?」

 

「どうもしないよ。あいつは、俺がいなくても大丈夫だ。お前やガロンもそばにいるしな」

 

「…………」

 

「話聞いてくれてありがとな、バーリン。ちょっとは気が晴れたぜ」

 

 そう言って、キルーフはさわやかに笑った。

 

 バーリンは、いつも首に下げているペンダントを握りしめた。淡いブルーの石を革の紐に取り付けた簡素なもの。子供の頃、キルーフからプレゼントされたもの。高価なものではないが、バーリンにとっては何よりも大切なものだ。

 

「じゃあな、バーリン。訓練が終わったら、また会おうぜ」

 

 そう言って、行ってしまおうとするキルーフを。

 

「――待って」

 

 バーリンは止めた。

 

 キルーフが振り返る。「うん? まだ何かあるのか?」

 

 バーリンはペンダントを見せた。「これ、覚えてるだろ? 子供の頃、キルーフがくれたやつだ」

 

「ああ。もちろん、覚えてるぜ」

 

「あの頃のキルーフは、何でもかんでも陛下――リオネッセが一番だった。川で魚が釣れた時も、山で綺麗な花を見つけた時も、いつでも、最初にリオネッセに持って行った。でも、この石はあたしにくれた。あの頃から、あたしは……」

 

 ――ちょっとまて、あたしは、何を言うつもりだ。

 

 自分の言葉に戸惑うバーリン。今は戦争中だ。恋愛にうつつを抜かしている場合じゃない。まして、キルーフとリオネッセがケンカしている隙に付け入るなんて、卑怯だ。

 

 でも――もう、止められそうにない。

 

 キルーフのことが好きだった。

 

 子供の頃から、ずっと好きだった。

 

 リオネッセと違い、あたしなら、ずっとそばにいてあげられる。あたしなら、あなたのことしか見ない。あたしなら――決して、あなたを置いて行ったりしない。

 

 だから、リオネッセじゃなくて、あたしを見てほしい。 

 

 ずっと胸の内に秘めていた想いを、伝えようとした。

 

 だが。

 

「……ああ、スマン。その石、ホントはリオネッセにプレゼントするつもりだったんだ」

 

「……へ?」

 

 あまりにも予想外の言葉に、バーリンは目を白黒させる。今、彼はなんと言ったんだ? ホントはリオネッセにプレゼントするつもりだった? ちょっとなに言ってるか判らない。

 

 キルーフは、人差し指で頬を掻いた。「あの日、川原でガロンと競争したんだ。どっちが綺麗な石を見つけて、リオネッセに喜んでもらえるか、って。ガロンのヤツ、キラキラ輝く宝石みたいな石を見つけてよ。それに比べたら、俺の見つけた石なんて、そこら辺に転がってるのと変わらなくてな。とてもリオネッセに見せられるようなものじゃなかった。だから、お前にプレゼントしたんだ」

 

「…………」

 

 じわじわとキルーフの言うことを理解していくバーリン。理解していくにしたがって、握りしめた拳が震える。胸の奥から怒りが湧きあがる。

 

「――っていうか、あの時、そう言って渡したよな?」何も悪い事をしていないような顔で言うキルーフ。

 

「……聞いていない」

 

「え? そうだっけ? いや、言ったと思うが……まあ、そう言われたら、言ってないかもな」

 

 バーリンは、怒りに震える拳を、キルーフのみぞおちに思いっきり打ち込んだ。

 

「ゲハァ!」

 

 前のめりになって倒れるキルーフ。激しくせき込んだ後、顔を上げた。「いきなり何すんだ!」

 

「うるさい! お前は、十年以上乙女心を踏みにじっていたんだよ! 死んで詫びてほしいくらいだ! いや、死んで詫びろ! その噴水に飛び込んで溺れ死ね!」

 

 顔から火が出る思いのバーリン。リオネッセに渡せないからバーリンに渡した――そんな話は聞いていない。いや、キルーフは言っていたのかもしれない。キルーフからのプレゼントということで、舞い上がって聞いてなかったのかもしれない。どちらにしても、そんな適当な感じでプレゼントされたものを、これまで大事にし、まして告白しようとした。それが死ぬほど恥ずかしくなった。噴水に飛び込みたいのはこっちだ。

 

「……まあいい。あたしにも、多少は非があるのかもしれない」

 

「なんなんだよ、全く」キルーフはお腹を押さえて立ち上がる。「で、話の続きは」

 

「もうどうでもよくなった」

 

「なんだよ。リオネッセのことで、何かいいアドバイスしてくれると期待してたのに」

 

「うっさい! そんなの、自分で考えろ!!」

 

「なんなんだよ、全く。じゃあ、俺は行くぜ」キルーフは片手を挙げた。

 

 本来ならす巻きにして聖都の湖に沈めたいところだが、なんとかこらえるバーリン。そんなことで手を汚す価値さえないクズだ、この男は。そう思うと、少し気分が楽になってきた。大きく息を吐き、心を落ち着かせる。

 

「まあ、キルーフのことだから、自分が悪い事は判ってんだろ?」

 

 バーリンは、どうにか普段と変わらぬ口調でそう言った。

 

「……まあ、な」

 

「だったら、素直にリオネッセ――陛下に謝れば終わる話だ」

 

「それができないから悩んでるんだろ」

 

「どんなに悩んだって、謝る以外選択肢はないよ。あんたは頭より体だろ? あれこれ悩むよりまず行動。さっさと謝ってこい。謝らずにハドリアンに戻ったって、ずっともやもやしたままだぞ?」

 

 キルーフはうつむいて考えているようだったが、やがて「……そうかもな」と言って、顔を上げた。

 

「うん」

 

「ありがとな、バーリン。じゃあ、ちょっくら行って来るわ!」

 

 さっきよりもさらにさわやかな笑顔で言って、キルーフは城に駆けて行った。バーリンは手を振ったが、もう振り返ることはなかった。

 

 それでもバーリンは、彼の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 キルーフが去り――。

 

 中庭に一人たたずんだバーリンは、じっとペンダントを見つめていた。

 

 いつの間にか、涙があふれていた。

 

 キルーフがあたしにくれたもの。リオネッセではなく、あたしにプレゼントしてくれたもの――そう信じて、ずっと大事にしてきた。でも、そんなのはあり得ない話だった。彼がリオネッセしか見ていないことは判っていた。でも、この石のおかげで、ひょっとしたらあたしも彼にとって特別な存在になれるのかもしれないと思っていた。そんなワケないのに。彼にはリオネッセしか見えていない。どんなに想い続けても、彼の心の中にあたしはいない。たとえこの想いを伝えても、あたしは永遠に、彼の特別な存在にはなれない。それが、ハッキリと判った。

 

 バーリンはペンダントをはずし、噴水に捨てようと、振りかぶった。

 

 でも――。

 

 涙がさらにあふれてきて、彼との思い出が、次々とあふれてきて。

 

 

 

 どうしても、捨てることができなかった。

 

 

 

 

 

 

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