ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第三十八話 パテルヌス 聖王暦二一五年七月下 レオニア/ターラ

 首都防衛を想定した大掛かりな訓練を終え、レオニアの最高司祭パテルヌスは政務室へと戻ろうとしていた。その途中、通りかかった城の中庭で、噴水の縁に腰を掛けた魔術師シャントゥールの姿を見つけた。なにやら暗い顔をしている。彼も先ほどの訓練に参加していたが、何か失敗でもしたのだろうか? 気になったパテルヌスは、声をかけてみることにした。

 

 パテルヌスに気が付いたシャントゥールは立ち上がった。「これは、パテルヌス司祭」

 

「シャントゥール、どうした、暗い顔をして。訓練で何かあったか?」

 

「いえ、そういう訳ではありませんが……この戦いは、いつまで続くのかと、考えておりました」

 

「……そうか」

 

 シャントゥールは、少し迷ったような表情だったが、やがて続けた。「我らは、ノルガルドやエストレガレスと違い、他国へ侵攻しません。もちろん、私もその考えには賛同していますが、攻めて来るものを撃退するだけでは、いつまでたっても終わらぬのではないかと」

 

「確かにな……だが、我らにはそれしか道は無い」

 

「ええ。それは私も覚悟しております。ですが……」

 

 シャントゥールは顔を伏せた。

 

 シャントゥールの言う通り、レオニアは他国への侵攻をせず、攻めて来た者を撃退するしかできない。敵国が疲弊し、諦めるのを待つしかないのだ。しかし、敵はノルガルドやエストレガレスだけではない。南のイスカリオからはすでに侵攻されているし、西のカーレオンや西アルメキアも、ともすれば戦闘になるかもしれない。戦いはいつ終わるのか――正直、パテルヌスにも皆目見当がつかない。まさに神のみぞ知る、である。

 

 パテルヌスはシャントゥールの肩に手を置いた。「今日はもう仕事はあるまい? どうだ。わしの部屋で、一杯やらぬか?」

 

 顔を上げたシャントゥールを連れ、パテルヌスは自室へと向かった。

 

 シャントゥールはレオニアでは中堅の騎士の一人だ。現在二十八歳。僧侶が多いレオニア騎士の中では珍しい魔術師である。二十二歳の時に結婚をしたがなかなか子宝に恵まれず、昨年の秋、ようやく男児を授かった。その息子が可愛くて仕方がないらしく、寝返りをうてるようになったとか、歯が生え始めたとか、這い這いできるようになったとか、ちょっとした成長を周囲に嬉しそうに話し、子煩悩ぶりをいかんなく発揮している。それ行為は同僚だけでなく、上官のパテルヌスやアスミット、果ては女王リオネッセにまで及ぶため、もはや『親バカ』と言ってもよいレベルだった。

 

 自室のテーブルに着き、酒を注いだ盃を合わせる二人。パテルヌスは半分ほど呑むと、「息子の様子はどうだ?」と訊いた。

 

 シャントゥールは、先ほどまでの暗い顔から一転、目をキラキラさせて話し始める。「おかげさまで、大きな病も無く元気に育っております。この前など、ペンを持って文字を描きはじめました。見てください」

 

 シャントゥールは懐から四つ折りにした紙を取り出し、パテルヌスの前で開いた。それはただ黒いペンでぐりぐりと書きなぐっただけのもので、パテルヌスには文字にも絵にも見えなかった。

 

「いやあ、まだ一歳にも満たないのにもう文字を覚え始めるとは、私も驚きです。将来が楽しみですよ。物心ついたらすぐに魔法の勉強をさせ、ゆくゆくは宮廷魔術師になればと思っております」

 

「相変わらずの親バカぶりだな」パテルヌスは苦笑いと共に盃を口に運んだ。

 

「何を仰います。私がバカなのではありません。息子が天才なのです」再び紙を四つ折りにし、懐にしまうシャントゥール。再び、表情が暗くなった。「此度のいくさ、せめて息子が大人になるまでには終わってほしいものです」

 

「子供を戦場には出したくないか」

 

「当たり前です! どこの世界に、我が子が戦場に出ることを喜ぶ親がいるでしょう!?」

 

 険しい顔で声を荒らげるシャントゥール。だがすぐにはっとした表情になり、「いえ、失礼しました、パテルヌス司祭」と、詫びた。

 

 パテルヌスは首を振った。「かまわんよ。わしには子がおらぬが、そなたの気持ちはよく判るのでな。こう言っては失礼かもしれぬが、わしには、女王陛下が自分の娘のように思えるのだ」

 

「司祭は、誰よりも陛下に目をかけていらっしゃいますからね」

 

「うむ。いずれ陛下が戦場に立つ日が来るのかと思うと、生きた心地がせぬよ」

 

「リオネッセ様は、女王であると同時にこの国の騎士……しかも、誰よりも魔法の才があると伺っております。此度の訓練にも積極的に参加されていましたし、部下ばかりに戦わせ、自分は首都で控えている今の状況に耐えられないのかもしれませんね」

 

「陛下らしいと言えば陛下らしいのだがな……」

 

 二人はしばらく無言で酒を呑んだ。

 

 二杯目の酒を杯に注ぎながら、パテルヌスは、「戴冠式の日を覚えておるか?」と訊いた。「それまではどこか頼りなかったリオネッセ様が、王の冠を授かった瞬間、場の空気は一変した」

 

「ええ。もちろん覚えております」

 

 国の全てを神に委ねているこのレオニアでは、国を治める者も神託によって選ばれる。一年半前、前王の崩御に伴い選ばれたのは、政務の経験などまるでない、片田舎に住む十六歳の娘であった。パテルヌスを始め、城の者全てが国の行く末に少なからず憂いを持っていたのだが。

 

「――陛下が戴冠した瞬間、わしの胸から憂いは吹き飛んだ。あの凛々しい姿を見て、この国の未来は希望に満ちていると悟ったのだ。その考えは間違いでなかったと、今でも信じておる」

 

 パテルヌスは盃の酒を一気に飲み干し、続けた。「ところが、現実はどうだ? 就任後一年ほどで、この国はかつてないほどの戦乱に巻き込まれてしまった。歴代のレオニア女王の中で最も心根の優しい女王が統治するのが、このような戦乱の時代とは……こんな試練を与えた神を恨むこともあった」

 

 シャントゥールは空になったパテルヌスの盃に酒を注ぐ。「今の言葉は、最高司祭としてはかなり問題がありますな」

 

「そうだな。まあ、酒の席の戯言と見逃してくれ」

 

「心中、お察しいたします」

 

「だがな……いまは、この戦乱の時代だからこそ、リオネッセ様が女王になられたのかもしれぬと思うようになった」

 

「……ほほう」

 

「リオネッセ様の優しさに触れ、心を洗われぬ者はおらぬであろう。ノルガルドの白狼も、エストレガレスのゼメキスも、リオネッセ様の慈愛に触れれば、心を入れ替えるのではないか……わしは、そう信じておる」

 

 達観したかのような表情で話すパテルヌスを見て、シャントゥールは苦笑いを浮かべる。

 

「なんだ?」と、パテルヌス。

 

「いえ――どうやら、パテルヌス司祭も、立派な親バカのようですね」

 

「なに?」ギロリと睨むパテルヌス。

 

「おっと。怒らないでください。非礼は詫びます。それに、私も司祭と同じ気持ちです。リオネッセ様ほど清い心をお持ちの方は、いらっしゃいませんからね」

 

「――ああ」

 

「陛下の思い……他国の王にも届くと良いですね」

 

「そうだな……いつになるかは判らぬが、それまで、我らで女王陛下を支えなければならぬ」

 

「負けられませんね」

 

「ああ」

 

 二人はお互いの盃をもう一度満たし、国と女王の幸を祈り、盃を掲げた。

 

 

 

 

 

 

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