レオニアの新米騎士バーリンは、キルーフが去った後も中庭に残っていた。もう訓練が始まる時間だ。なのに、行く気になれない。噴水の縁に腰掛け、首に下げたペンダントをじっと見つめる。子供の頃、キルーフからプレゼントされた青い石。ずっと大事にしていた。でも、彼はこの石を、本当はリオネッセにプレゼントしたかったそうだ。そんなものをずっと大事にしていたなんて……いっそ捨ててしまいたいが、それさえもできない。もう、どうしていいのか判らない。
中庭にガロンワンドがやって来た。バーリンを見つけ、駆け寄ってくる。「こんなところで何してるんだよバーリン。もう訓練は始まってるぞ? 隊長はカンカンだ」
「……なんだ、ガロンか」ため息をつき、視線を落とすバーリン。「ゴメン。今日はとても訓練に出る気分じゃないよ」
「どうした? 具合でも悪いのか」
「別に……ただ、何のために騎士になろうとしてるのか判らなくなったんだ。もう村に帰ろうかなって思ってる」
「……キルーフのことか?」
はっとして顔を上げるバーリン。「な……なんでそう思うんだよ?」
「お前をずっと見てれば判るさ。お前は、キルーフのそばにいたくて騎士になったんだろ? それが騎士をやめて村に帰るって言うのなら、理由はキルーフ以外にないだろう」
「ガロンなんかに見透かされてるようじゃ、あたしもおしまいだな、はは……」バーリンは自嘲気味に笑った。
「なあ、バーリン。アイツはやめとけ。アイツは、リオネッセのことしか見てないよ。子供の頃から、ずっとな。リオネッセもたぶん同じだろう。あの二人の間に割って入るのは不可能だ」
「ついさっき、そのことをイヤというほど思い知らされたよ」
「……そうか」
ガロンはそれ以上詮索せず、バーリンの隣に腰を下ろした。
「ガロン? 何やってんだよ。あんたは訓練に行けよ。隊長に怒られるぞ?」
ガロンは首を振った。「お前が行かないなら、俺も行かない。お前が騎士をやめて村に帰るって言うなら、俺も帰る」
「ふん。心にも無いこと言っちゃって。同情なんていらないよ。あんたもリオネッセのことが好きなのは知ってるんだからな」
ガロンは目を丸くした。「……なにを言ってる?」
「さっきキルーフから聞いたよ。子供の頃、川原で、どっちが綺麗な石を見つけてリオネッセにプレゼントするか、競争したんだろ? それで、ガロンが宝石みたいな石を見つけたって」
ガロンは顔を伏せた。「ああ……そのことか」
「はん。どうして男っていうのは、ああいうおしとやかな女をすぐ好きになっちゃうんだろうね? あの娘だって、腹の中では何考えてるか判ったもんじゃないよ。あんたとキルーフに奪い合いをさせてお姫様気分なのさ。ま、実際女王様になっちゃたけどね」
そう言った後、バーリンの胸を後悔が襲う。リオネッセはそんな娘じゃない。彼女とも幼馴染だし、ずっと仲が良かった。なのに、キルーフが振り向いてくれないという理由で、あの娘を貶めるようなことを言うのは間違いだ。すぐに「ゴメン、リオネッセは、そんな娘じゃないよね」と、訂正しようとした。
だが。
「よせよ。リオネッセは、そんなヤツじゃない」
ガロンが、バーリンよりも早くそう言った。なんだかそれが無性に腹立たしかった。だから。
「ほーら、そうやってすぐにあの娘のことをかばう。やってられないよ。あんたも、あたしに同情なんてしてないで、あの腹黒女の所に行けばいいだろ?」
さらに貶めるようなことを言う。こんなことを言っても、リオネッセの立場が悪くなることなんて無いだろう。逆に、バーリン自身の立場が悪くなるだけだ。
「やめろ、バーリン。そんなこと言っても、自分がみじめになるだけだ」
そんなことは判ってる。判ってるが、もう止められない。元々みじめな人間だったんだ、あたしは、だったら、とことんみじめになってやる――バーリンは、さらに言う。
「あんたがプレゼントしたっていう石、あの娘が身につけてるところ、見たことあるかい? 無いだろ? どうせすぐに捨てちゃったに決まってるさ! あんたたちをもてあそんで喜んでるのさ、アイツは」
「――渡してない」
バーリンの言葉を遮るように、ガロンはそう言い切った。
「……え?」
一瞬、何を言われたのか判らず、バーリンは目をぱちぱちさせる。
「俺は、リオネッセに石を渡してなんかいない」
ガロンは、更に力強い口調で言った。
「……どういうことだよ」
「川原で石を探したのは本当だ。だが、『どっちが綺麗な石を見つけてリオネッセにプレゼントするか競争しよう』っていうのは、キルーフが勝手に言い出しことだ。俺は宝石みたいにキラキラ輝く石を見つけたが、リオネッセには渡していない。その証拠に――」
ガロンはポケットを探り、胡桃ほどの大きさの石を取り出した。「今も、ずっと持ってる」
燃えるような深い朱色をした石だった。なのに、光の加減で、黄色っぽく光ったり、青く光ったり、あるいは、それぞれの色が入り混じってマーブル模様を描いたりしている。不思議な石だ。
「……え……と……なんで、渡さなかったんだ?」
バーリンが戸惑いながら訊くと。
「俺がこれを渡したかったのはリオネッセじゃない。お前だ、バーリン」
ガロンは、まっすぐな目でバーリンを見て、そう答えた。
「……ガロン……何を言ってるんだ……」
戸惑うバーリンの手を取るガロン。
その手のひらに、そっと石を置いた。
そして。
「俺がずっと見ていたのはお前だ。お前が好きだ、バーリン」
突然の告白に、バーリンはなんと言っていいか判らず、ただ口をぱくぱくとさせる。胸が激しく鼓動する。
その間も、ガロンはずっとバーリンを見つめている。
「……冗談、だろ?」
バーリンは、ようやくそれだけ言った。
「俺はこんな冗談は言わない」
ガロンの表情は変わらない。意思の固さが現れた表情。それは、想いの強さの表れだった。
「……なら、なんでこの石を、もっと早くプレゼントしてくれなかったのさ」
バーリンがそう言うと、ガロンは、悔しさをにじませた声で「渡せるわけないだろ」と言い、そして「先にキルーフからプレゼントされて、すごく嬉しそうにしているお前の顔を見たら、とても渡せなかった」と続けた。
確かに、あのときキルーフからプレゼントしてもらって、バーリンは心の底から喜んだ。嬉しさのあまり、ガロンにも話したように思う。すぐにペンダントにして、いつも身に着けていた。
バーリンは、ごくりと息を飲んだ。「……本気、なのか?」
「もちろんだ」
ガロンは力強く頷いた。
正直に言って、バーリンはガロンのことを幼馴染の一人だとしか思っていない。ガロンの方もそうだと思っていた。恋愛感情を持ったことなど無いし、持たれていると感じたこともない。あまりにも突然の告白だったので、バーリンの胸には戸惑いしかない。
「……ゴメン……少し……考えさせて」
そう言うのがやっとだった。
「ああ。俺はずっと待ってる」
ガロンは迷いの無い口調で言い、優しく微笑む。
そして立ち上がると、「待ってるからな」と言って、中庭を出て行った。
ガロンが去った後も、バーリンの胸の鼓動は治まらない。
手のひらを広げ、ガロンから貰った石を見つめる。
その石は、キルーフから貰ったものよりも、ずっと大きく、そして、ずっと輝いて見えた。