ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第四十二話 アルスター 聖王暦二一五年七月下 イスカリオ/アスティン

 朝。イスカリオの北の国境を護る城アスティンで、政務補佐官(奴隷)のアルスターは、宮廷魔術師(奴隷)のキャムデンと共に会議室へと向かっていた。今日の会議は非常に重要だ。ここアスティンは、東にレオニア領ハドリアン、北にエストレガレス領カーナボン、そして、北西には帝国領からカーレオン領となったソールズベリーがあり、三国と国境を接している極めて重要な城だ。よって、現在イスカリオの騎士のほとんどがこの城に集められている。現在のイスカリオの方針は東のレオニアを攻めることだが、そちらばかりに集中すると背後から攻められかねない。この先どう軍を動かすか、非常に難しい所だ。

 

 会議室のドアをノックし、中に入る。

 

「いや~陛下、今日もお召し物がよくお似合いで。夏のトレンドを取り入れたのですな。さすが流行の最先端を行く男は違いますな」

 

 揉み手をしながらさっそくヨイショするキャムデンだったが。

 

「……おや?」

 

 会議室にドリストの姿は無かった。いるのは、とんがった帽子をかぶり、鏡の前で熱心に化粧をする女魔術師だけである。

 

「ヴィクトリア殿」と、アルスターは声をかけた。「陛下はどちらに?」

 

「陛下でしたら、西のザナス城に行かれましたわよ?」ヴィクトリアは化粧の手を休めることなく答える。「なんでも、カーレオン領のハーヴェリー城に、ナイトマスターのディナダン様が守備に就いたので、早速攻め込むとか」

 

「何ですと? 我々に断わりも無く、勝手なことを」

 

 キャムデンが揉み手をやめた。「まあ、陛下が我々に断ったことなど、一度も無いですからな」

 

「まったく……まずレオニアを攻めると仰ったのは陛下なのに」ため息をつくアルスター。

 

「仕方ないでしょうな。レオニアは宗教国家。騎士とは言っても僧侶ばかりで、陛下とは戦いの趣味が合わぬでしょう」

 

 キャムデンの言葉に、ヴィクトリアが「それは言えてますわね」と同意した。「レオニアは線香臭い坊主ばかり。わたくしの趣味にも合いません。あーあ。わたくしも、陛下にお供すればよかったですわ。ナイトマスターのディナダン様。ウワサでは、大陸最強の剣士だとか。一度お会いしてみたいですわ」

 

 化粧をやめ、手を組み、恋する乙女のようなうっとりした顔になるヴィクトリア。ちなみに既にアラサーと呼ばれる歳である。

 

 アルスターは呆れ顔で言う。「ヴィクトリア殿。イスカリオの騎士として、そのようなことを言うものではありません。カーレオンに寝返ると思われますぞ?」

 

「あら? わたくしは、強い殿方にお仕えするのが信念です。今の所、ドリスト陛下より強い方に出会ったことがありませんのでこの国にお仕えしていますけど、もし、陛下を負かすような殿方がいらっしゃったなら、わたくしはすぐにでもその方のいらっしゃる国へ行かせていただきますわ」

 

 頭を抱えるアルスター。どうもこの国の騎士は、イマイチ忠誠心に欠ける。

 

 ヴィクトリアは、ドリストが王に就任したあと仕官した騎士である。美人だが性格の悪さと香水のキツイ香りに定評があり、暇なときは一日中鏡に向かっているほどのナルシストだ。それでも、かつては旧アルメキアの魔導学校に留学していたそうで、その実力は確かである。狂戦士バイデマギスや万年金欠剣士ダーフィーたちと同じく、ウデは立つが極めてクセの強い騎士の一人だ。

 

 アルスターは腕を組んだ。「しかし、陛下不在で、レオニア攻めはどうすれば良いのでしょう?」

 

「それに関しましては、陛下より作戦をお預かりしてます」化粧を終え、くしで髪をとかし始めるヴィクトリア。

 

「作戦? どのような?」

 

「はい。『もしレオニアの坊主どもに城を奪われなどしたら、二人とも死刑だ』とのことです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……それは作戦ではなく、ただの脅しです」

 

 やれやれ、と、アルスターは肩を落とした。まあ、陛下の勝手な行動は今に始まったことではない。ここは鬼の居ぬ間になんとやらだ。休暇を貰ったつもりで、のんびりと過ごそう。

 

 などと思っていたが。

 

 トントン、とノックの音がして、新米騎士でドリストの専属メイド・ユーラが入って来た。

 

「アルスターさん、敵が攻めてきましたが、どうしますか?」

 

 のん気な声で言う。

 

「……ユーラさん。近所の酒屋が御用聞きに来たのではないのですから、もっと緊張感を持って報告してください」

 

「わかりました。で、どうしましょうか?」

 

 判ってないような口調だ。この娘は見た目はマジメそうだが、実は陛下側の人間なのかもしれない。

 

 ……などと言っている場合ではない。敵が攻めて来たのなら一大事だ。

 

「ここはイスカリオの領地。陛下がいらっしゃらないとは言え、敵の好きにはさせません。ユーラさん。すぐにみんなを集めてください!」

 

「みんなと言っても、いま城にいる騎士は、ここにいる方で全員です」

 

「……はい?」

 

「バイデマギスさんとギャロさんとダーフィーさんは、陛下と一緒にカーレオン攻めに行きました。もちろん、イリアさんもです。ミゲルさんとリュシアさんは帰省中で、ティースは修行の旅に出てます」

 

 またまた頭を抱えるアルスター。イリアさんやバイデマギス殿たちはともかく、この国では良識派のミゲルさんやリュシアさんまで不在とは……肝心な時に役に立たないヤツらだ。他の騎士には期待できん。せめて、私だけでも頑張らねば。

 

「仕方ありません。キャムデン殿、我々だけで行きますよ」

 

 アルスターがそう言うと、キャムデンは心底嫌そうな顔になった。

 

「まったく……弱いあなたの分まで働く私の身にもなってほしいものですね。良いですか? 勝利は私の手柄、敗北はあなたの責任。これを覚えておいてください」

 

 ――くそう。我慢しろ、アルスター。これもイスカリオのためだ……耐えろ……耐えるんだ。

 

 アルスターは、必死で湧き上がる怒りを抑えていた。

 

 キャムデンは自慢の口髭をくるくると指に巻きつけた後、ピンと弾いた。「では、レオニアのおバカさんたちに、役者の違いを教えてさしあげましょう」

 

 部屋を出ようとするキャムデンに、ユーラが言う。「いえ、キャムデンさん。攻めてきたのはレオニアではなく、エストレガレス帝国です」

 

「……はい?」

 

 ユーラはメモを取り出した。「えーっと、伝達によると、総大将はカドールさん、参謀はギッシュさん、主攻はエスクラドスさん、だそうです」

 

 カドールは言うまでもなく、皇帝ゼメキスの右腕にして大陸最凶のデスナイトだ。ギッシュは、旧アルメキアにおいて王から最も信頼されていた魔術師で、現エストレガレス軍ではゼメキスに代わって総帥の座に就いている。エスクラドスは、旧アルメキアの剣術指南役で、『剣聖』の異名を持ち、カーレオンのナイトマスター・ディナダンと並び大陸最強と名高い剣士だ。三人とも、早くも『帝国四鬼将』とか『帝国四天王』とか『帝国四大実力者』などと呼ばれている。ちなみにもう一人は誰だか判らない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「あー、ヴィクトリア殿」キャムデンは髭をいじりながらヴィクトリアを見た。「確か、陛下からの命令は、『この城をレオニアから守れ』でしたな?」

 

「そうです」

 

「帝国からの攻撃に関しては、特に指示を受けていない?」

 

「そうです」

 

 キャムデンは「なるほどなるほど」と頷き、今度はアルスターを見た。「アルスター殿。どうでしょう? ここは一旦、南のブロセリアンデまで後退する、というのは?」

 

「何を言うのです! 誇り高きイスカリオの騎士として、戦わずに撤退するなど、できるはずもありません!」

 

「うむ。さすがはアルスター殿。良い覚悟です」

 

「……ですが、相手は帝国四鬼将。我々が戦っても、勝ち目はゼロに近いでしょう」

 

「むしろゼロやマイナスでしょうな」

 

「どうせ負けるのであれば、兵の被害を最小限に抑えるのが戦術というものです」

 

「うむ。その通り。これは尻尾を巻いて逃げるのではありません。次の戦いに向けて兵力を温存する、いわば、戦略的撤退なのです」

 

「でも――」と、髪をとかし終えネイルのチェックに入ったヴィクトリアが言う。「陛下にそのような言い訳は通用しませんわよ? 戦わずに撤退した、なんてことがバレたら、二人とも、死刑を宣告されるのではありません?」

 

「まあ、我々はすでに陛下から二五五回も死刑宣告されてますからな。いまさら一回くらい増えたところで、たいした違いはないでしょう」

 

 キャムデンの言葉に、アルスターも「その通りです」と頷き、ユーラを見た。「ではユーラさん。我が軍の兵と、相手方にも、撤退の旨を伝えておいてください」

 

「了解でーす」

 

 子供のように手を挙げ、部屋を出て行くユーラ。アルスターとキャムデンは荷物をまとめ、ヴィクトリアの身だしなみが整うのを待ってアスティン城を後にした。

 

 

 

 

 

 

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