ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第四十三話 ディナダン 聖王暦二一五年八月上 カーレオン/ハーヴェリー

 カーレオンのナイトマスター・ディナダンは、ハーヴェリー城の門から単身外に出た。城門からは西と南東に向かって街道が伸びているが、その南東側、イスカリオ領ザナスへと続く街道に、多くの敵兵が集まっている。報告によるとその数六万。現在ハーヴェリーは、イスカリオからの侵攻を受けている状態だ。

 

 そのイスカリオ軍から、先ほど戦義の申し入れがあった。戦義とは、フォルセナ大陸に古くから伝わる儀式で、両軍の代表者が戦闘の前に言葉を交わす行為である。戦義中は一切の戦闘行為が認められておらず、策や計略を用いることも禁じられている。戦義の申し入れがあっても必ずしも応じなければいけないわけではなく、ディナダン自身この儀式がどうも好きではなのだが、相手がイスカリオということで、受けてみることにしたのだ。

 

 城門から少し離れたところに敵の代表者の姿があった。遠目に見ても誰だかすぐに判る。深紅の鳥の羽をあしらった派手な帽子をかぶり、金色と赤色のプレートを交互に重ねたこれまた派手な鎧を身に着け、身の丈を超えるほどの大きな鎌を持っている。戦場であんな格好をしたら目立ってしょうがないだろうに……ディナダンは苦笑しながらその人物の元に歩いて行った。

 

「イスカリオから戦義の申し入れとは珍しい、と思ったが、変態国王自らお出ましとは驚いたね」ディナダンは、先制攻撃とばかりに得意の毒舌を振るう。「一応確認しておくが、戦義中の戦闘行為や、戦義を利用した計略は禁じられている。それくらいはご存知だよな?」

 

 ディナダンの言葉に、イスカリオの代表者――狂王ドリストは、含んだ笑みを浮かべた。「んっふっふ~。安心しな、ナイトマスター。このオレ様が相手をしてやるのだ。罠なんて姑息なマネはしねぇよ。正々堂々と戦おうではないか」

 

「面白いことを言うな。その言葉を信じろと? あんたの噂は我が国にも届いてるよ。やりたい放題無茶放題。戦いの腕は確からしいが、頭の中がカビてたんじゃあ、真っ当な騎士とは言えないね」

 

「ん~、それは違うな、ナイトマスター。騎士は強さが全て。強い騎士こそが真っ当なのだ」

 

「お? 顔に似合わずいいことを言うじゃないか。でも、いいのかい? その言い分じゃ、あんたより俺の方が真っ当ってことになるが」

 

 ディナダンの挑発に、ドリストは嬉しそうな笑い声を上げる。「クーックックック。面白れぇ。気に入ったぜぇ、ナイトマスター。すぐに白黒つけてやるから、楽しみに待ってな」

 

「そうだな。すぐに決着はつく。楽しみにして――」

 

 いつの間にか、二人のすぐそばに槍を携えた女騎士が立っていた。

 

「――――!!」

 

 反射的に間合いを取り、腰に携えた剣に手をかけるディナダン。

 

「おおっと、ナイトマスター! 戦義中の戦闘行為はご法度だぜぇ? まさか知らんわけではあるまいなぁ? ま、オレ様は別に構わんがな。そっちがその気なら話は早い。この場でケリをつけるかぁ? クーックック!」

 

 笑いながら鎌を向けるドリスト。その鎌の刃には、ちゃんと覆いがかぶせてある。女騎士の槍も同様だ。変わり者が多いイスカリオの騎士でさえ儀式の鉄則を守っているのに、こちらから破るわけにはいかない。

 

 ディナダンは剣から手を放した。「――まさか。ちょっとした余興だよ」

 

「んっふっふ~。その割には随分ビビッてたようだがなぁ? まあいい」ドリストは女騎士を見た。「――で、どうしたんだ? イリア」

 

 イスカリオのイリア――噂には聞いたことがある。狂王ドリストに影のように付き従い、表情ひとつ変えず敵を葬る女騎士。付いた二つ名が『キラードール』。

 

 ――この俺が、あれほど接近されるまで気付かぬとは……。

 

 ディナダンの背を冷たいものが走る。戦義中とはいえ、油断など微塵もしていない。周囲は身を隠すような物もない。なのに、近づく気配さえ感じなかった。恐ろしい相手だと認めざるを得ない。

 

 イリアは、ディナダンには全く興味を示さず、ドリストを見た。「アスティンがエストレガレスに攻められたとの報告が。アルスター殿とキャムデン殿は撤退したそうです」

 

「なに!? あの腰抜けどもめ。帰って説教だな!」ドリストはディナダンを見た。「おいナイトマスター! 悪いが、ちと用事ができた。てめぇとの勝負は、また今度にしておくぜ。じゃあな!」

 

 そのまま下がるドリスト。しばらくすると、後方に控えていた六万の兵も後退し始めた。本当に撤退するようだ。

 

 やれやれ、と肩をすくめるディナダン。ただの頭のイカれた国王と思っていたが、どうやらそれだけでもないらしい。まあ、そうでなければ一国の王など務まらないだろう。たいして興味はなかったが、これは、案外やっかいな相手になるかもしれんな。

 

 ――いや、それよりも。

 

 ディナダンは、先ほどのイリアの報告が気になった。

 

 エストレガレス帝国が、イスカリオ領アスティンを攻めた。

 

 帝国の騎士が南部に集中しているという報告はディナダンも受けていた。カーレオンは、六月の下旬に帝国からソールズベリーという城を奪っている。ソールズベリーは帝国の南の重要拠点であり、ここをカーレオンが押さえておくことで、同盟国西アルメキアへの支援になる。これが、カーレオンの静かなる賢王カイの考えだった。実際、帝国は多くの兵を西アルメキア方面から南部へ移動させた。

 

 しかし、その矛先はソールズベリーではなく、イスカリオ領のアスティンへ向けられた。恐らくこれは、カイでさえも予想していなかった動きだ。

 

 そう言えば、ゼメキスのクーデターの件も同様だった。カイは、ゼメキスがクーデターを起こすことを事前に予見していた。だが、そのクーデターは失敗し、ゼメキスは処刑されると予想していたようだ。しかし、実際にはクーデターは成功し、ゼメキスは皇帝となった。

 

 大陸一の知恵者と呼ばれるカイの考えが、ことエストレガレス帝国のこととなると、ことごとくはずれている。

 

 ――いったい、帝国で何が起こっているのだ。

 

 ディナダンは言い知れぬ不安を抱え、ハーヴェリー城へ戻った。

 

 

 

 

 

 

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