ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第四十五話 カイ 聖王暦二一五年八月上 カーレオン/リンニイス

 王都リンニイスにある居城内の執務室にて、賢王カイは集めた資料に目を通しながら、頭の中で今後の展望を思い描いていた。二ヶ月前、カーレオンはエストレガレス帝国の南の玄関口ソールズベリーを制圧した。これは自国の領土を広げるためではなく、同盟国西アルメキアへの支援が目的だった。

 

 西アルメキアは五月下旬、心臓部とも言える城・キャメルフォードを帝国に制圧された。帝国はそのまま首都カルメリーへ侵攻することも考えられ、開戦直後にもかかわらず西アルメキアはいきなり苦境に立たされた。しかし、カーレオンがソールズベリーを制圧したことにより、帝国は主力部隊を西アルメキア方面から南部のカーレオン・イスカリオ方面へ移動した。情報によると、現在ソールズベリーの北東にあるカーナボンの城には、大陸最凶のデスナイト・カドールや、旧アルメキアの剣術指南役で剣聖の異名を持つエスクラドス、旧アルメキアの宮廷魔術師で現在は帝国軍の総帥となったギッシュなどが集まっているらしい。恐らく、近いうちにソールズベリーの奪還に来るものと思われた。

 

 ソールズベリーの護りは信頼のおける騎士に任せているが、帝国の主力部隊が相手では到底太刀打ちできない。しかし、帝国の主力部隊が南部に集まっているということは、その分、西部は手薄になっているということだ。現在西アルメキアは、老王コールの息子・メレアガントが中心となり、キャメルフォード奪還作戦を進めている。メレアガントは人の上に立つ器には無いが武の力は極めて高く、恐らくこの作戦は近いうちに成功するだろう。そうなれば、カーレオンは早々にソールズベリーを放棄し、南のハーヴェリーまで撤退するつもりだ。ハーヴェリーは、カイが最も信頼を寄せる大陸最強の剣士・ディナダンに守備を任せている。彼に任せておけば、たとえ相手が帝国の主力であっても、そうそう城を奪われることはない。

 

 だが、いつまでも自国に引きこもっているわけにはいかない。この戦乱の時代を生き残るためには、他国に打って出て領土を拡大する必要がある。だが、それを行うだけの軍の力が、現在のカーレオンには無い。

 

 カイは、現時点でカーレオンが抱えている最大の問題を、騎士不足だと考えている。

 

 カーレオン軍には、大陸最強の剣士ディナダンがいる。カイ自身も、本意ではないが大陸一の魔術師と噂されている。同門の魔術師シェラの魔力も強力だ。この三人をはじめとした優秀な騎士がいるものの、騎士の総人数という点において、実はカーレオンはフォルセナ大陸六国の中で最も少ない。現時点では最低限ハーヴェリーの城を護るだけで良いので現在の騎士数でも問題ないが、今後領土を拡大していくならば、騎士不足は深刻な問題となるだろう。早々に新たな騎士を募る必要がある。

 

 ――お兄ちゃん! お兄ちゃん!! 大変大変!!

 

 遠くでメリオットの騒ぐ声が聞こえ、カイは考えを中断した。妹がくだらないことで大騒ぎするのはいつものことだが、本当に大変なことが起こった時は、少しだけ声が高くなる。今日の声はまさにそれだ。

 

 バタン! と、勢いよく扉が開いて、メリオットが部屋に飛び込んできた。「お兄ちゃんお兄ちゃん! 大変よ! 大変なんだって!!」

 

「どうしたんだい、メリオット? ハーヴェリーが、イスカリオから攻められたのかな?」

 

「そうなの! 狂王ドリストが大軍を率いてお城に迫って来て……って、なんでお兄ちゃん、知ってるの?」

 

「いつも言ってるだろ? 簡単な推理だよ」

 

 カイは小さく笑うと、妹に説明し始めた。

 

 開戦当初、イスカリオの王ドリストは、東の宗教国家レオニアに攻め込んだ。国境の砦ハドリアンを落とす直前まで追い込んだものの、途中で撤退。以降、イスカリオはレオニア方面には手を出していない。ドリストは他国から狂王と呼ばれるほどの奇行で知られ、いくさを行うのは国のためではなく自分自身が楽しむためだと言われている。宗教国家であるレオニアの騎士は僧侶が中心で、ドリストとは戦いの趣味が合いそうにない。恐らくすぐに興味を失うだろう、と、カイは予想していたのだ。

 

 そこに来て、西のカーレオン領ハーヴェリーに、大陸最強と名高い剣士ディナダンが守備に就いた。そうなれば、ドリストはこれまでの戦況などあっさりと捨て、ハーヴェリーに侵攻してくる――これが、カイが事前に推理していたことである。

 

「……なーんだ。せっかくお兄ちゃんが驚くと思ったのに。つまんないの」

 

 妹の言葉に、カイは苦笑いを浮かべる。あらかじめ予想していたとはいえ、他国の侵攻を受けたとなれば国にとっては一大事だ。そんな重要な出来事を、兄を驚かすという目的で報告するとは……どうもメリオットは、今回の戦争に対する危機感が足りないように思う。一国の姫として、ここまで呑気に構えているのは問題があるかもしれない。

 

 もっとも、今回のハーヴェリー侵攻に関しては、カイもさほど危機感を持っていなかった。イスカリオの王ドリストは戦いの腕は確かだが、現時点ではまだディナダンには及ばないだろう。その他の騎士や兵力・モンスターの力を分析しても、ハーヴェリーが落とされる可能性は極めて低いと考えている。

 

「――それにしても、意外だよね」メリオットは腕を組み、首を傾けた。「イスカリオが、自国の領土を護るために戦わずに兵を退くなんて。狂王ドリストにも、案外まともな面があったんだね」

 

「……え?」

 

 妹の予想外の言葉に、カイははっとした表情になった。「メリオット。いま、なんて言ったんだい?」

 

「なにって、イスカリオが戦わずに兵を退くなんて意外だね、って言ったんだけど」

 

「イスカリオは、戦わずにハーヴェリーから撤退したのかい?」

 

「そうだよ? ディナダンとドリストが戦義をしてる途中、イスカリオ領のアスティンがエストレガレスの軍に攻められたの。だから、ドリストはハーヴェリーから兵を退いてアスティンへ向かったって話だけど……あれ? お兄ちゃん、ハーヴェリーが侵攻されたことは、もう知ってるんじゃないの?」

 

「あ、いや……ゴメン、メリオット。その件、詳しく聞かせてもらえるかな」

 

 カイは、机の上の資料を片付けると、フォルセナ大陸の地図を広げた。

 

 メリオットの話によると、イスカリオ王ドリストは兵六万を率いてザナスよりハーヴェリーを攻めた。その少し前、エストレガレス帝国は、デスナイト・カドールを中心とした軍が、カーナボンからアスティンへと侵攻。アスティンを護るイスカリオ軍は戦わず南のブロセリアンデへと後退。アスティンは帝国に占領されたそうだ。帝国はそのまま兵を東のレオニア領ハドリアンへ向けたらしい。イスカリオは、狂王ドリストが中心となり、奪われたアスティンを取り戻そうとしている。

 

 メリオットの話を聞き、カイは信じられない思いで地図を見ていた。帝国がアスティンを攻め落とし、そして、レオニアへ侵攻する。これは、全く予想していなかった動きだ。

 

 ふと顔を上げると、メリオットが目を細めてこちらを見ていた。

 

「……なんだいメリオット、その顔は」

 

「お兄ちゃんって、前に、『帝国はソールズベリーを奪い返しに来る』って、言ってなかったっけ?」

 

「ああ。確かにそう言ったよ」

 

「でも、帝国はアスティンを攻め、レオニアへ向かった……お兄ちゃんの予想って、全然当たらないね。この戦争が起こる前のゼメキスのクーデターも失敗するって言ってたし。王様なんだから、もっとちゃんとした予想をしなきゃだめじゃない」

 

 からかうような口調のメリオットに、カイは苦笑いを浮かべる。彼女の言う通りなので、返す言葉も無い。

 

 だがそれは、笑い事ではなかった。

 

 これまでのカイの予想は、決して適当に考えて出した訳ではない。多くの情報を集め、ひとつひとつを精査し、長い時間をかけて計算した結果導き出したものだ。その考えには絶対的な自信を持っていたが、ゼメキスのクーデターは成功し、帝国軍はソールズベリーの奪還ではなくアスティンからレオニアを攻めた。メリオットの言う通り、エストレガレス帝国の動向に関して、カイの予想はことごとくはずれている。それはつまり、エストレガレス帝国にはカイを上回る知恵者がいるということだ。

 

「でもさ――」と、メリオットが話を続ける。「今の帝国の動きって、結構ムチャクチャじゃない? これって、あたしたちにとっては、領土を広げるチャンスかもよ?」

 

「どういうことかな?」

 

 メリオットは、地図の中心よりやや下、エストレガレス領カーナボン付近を指さした。「帝国は、四鬼将の内三人が、兵を率いてカーナボンからアスティンへ侵攻した。帝国は高い兵力を持っているけど、領土が広いから決して十分とは言えない。なら、カーナボンやオルトルートは、護りが手薄なんじゃない? いま攻めれば、簡単に落とせるかもしれないよ?」

 

 メリオットの話に、カイはフフッと笑った。「そうだね。メリオットにしては、よく考えた方だと思うよ」

 

「……じゃあ、なんで今、ちょっと笑ったの?」

 

「ことはそう簡単じゃないんだよ」

 

 カイは、地図の下部、カーレオン領のハーヴェリーを指さした。現在、ナイトマスター・ディナダンが守備に就いている城である。

 

「まず、大前提として、ハーヴェリーを護っているディナダンの部隊は動かせない。これは、なぜだか判るかい?」

 

「バカにしてるでしょ? 前の会議のとき聞いたもん。ハーヴェリーの北のソールズベリー城は、今、シェラさんとシュストさんが護ってる。もしハーヴェリーを落とされでもしたら、ソールズベリーは孤立して、二人が取り残されてしまう、って」

 

「そう。ハーヴェリーは、いま我が国にとって最も重要な城だ。だから、ナイトマスター殿に任せているんだよ。いまハーヴェリーの部隊を動かすことはできない」

 

「でも、うちの騎士はディナダンだけじゃないんだし、他の騎士……なんなら、お兄ちゃんやあたしで、なんとかならないの?」

 

「僕が部隊を率いて攻めれば、カーナボンやオルトルートを落とすことは十分可能だよ。でも、我が国の兵力は、決して十分じゃないんだ。帝国領を攻めると、どうしても、ソールズベリーの護りが薄くなってしまう。もしその隙を突かれ、帝国やイスカリオからソールズベリーを攻められ、落とされでもしたら、どうなると思う?」

 

「それは……帝国領を攻めた部隊は、孤立してしまう」

 

「そう。それは、絶対に避けなきゃいけない。だから、僕たちは今、兵を動かすことはできないんだ」

 

「そっか……」

 

「それと、帝国がレオニアを攻めたのも、決して無茶な動きではないよ」

 

「なんで? もし今、イスカリオにアスティンを奪い返されたら、レオニアを攻めている帝国軍は、孤立しちゃうじゃん」

 

「そう。だからこそ、帝国はアスティンの護りを固めているはずだ。我が国が、ハーヴェリーの護りを固めているようにね」

 

「それってつまり、うちのディナダンみたいに、国で一番腕の立つ騎士が、アスティンの護りに就いているってこと?」

 

「そういうことになるね。それが誰なのかは何とも言えない。大陸最凶のデスナイト・カドールか、剣聖エスクラドスか、あるいは、ゼメキス自身が護ってるってことも考えられる。なにせあの帝国だ。誰が守備に就いても、簡単には落とせないだろうね。今回の帝国の動きは、一見無茶に見えるけど、すごく理にかなってる。ただ――」

 

「ただ?」

 

「…………」

 

 ただ、ひとつだけ判らないことがある。それは、なぜこのタイミングで帝国がレオニアに侵攻したのか、だ。帝国の動きは決して無茶ではないが、ソールズベリーの奪還を放置してまでレオニアを攻めることにどんな利点があるのか? それが、カイには判らない。利点が判らない以上、どんなに理にかなっていようと良策とは言えない。

 

 だが、もし、今回の帝国の動きに、カイにさえ判らない利点があったとしたら……?

 

「――お兄ちゃん?」

 

 急に口を閉ざしたカイを、メリオットが不思議そうな顔で見る。

 

「……いや、なんでもないよ。とにかく、今回の帝国の動きは、決して無茶ではないよ。カーレオンやイスカリオの現状をしっかりと把握してなきゃ、できない戦略だね」

 

 カイはごまかすように言った。

 

「ふうん――」と、メリオットが感心したような顔になる。「じゃあ、帝国の軍師って、すごく頭がいいんだね」

 

「……そうなるね」

 

 メリオットの言う通り、今の帝国には優れた軍師がいるとしか思えない。しかし、それは誰だ? 旧アルメキア軍の総帥で現エストレガレス皇帝のゼメキスは生粋の武人だ。戦略よりも武力に頼った戦いを得意としている。このような奇策を用いる男ではない。

 

 では、旧アルメキア時代の軍師・モルホルトか? 確かに彼は軍略に優れている。しかし、彼は他国の情報を収集する能力に欠けている面があった。今回の帝国の動きは、カーレオンやイスカリオ内の状況をしっかりと把握していなければ不可能だ。モルホルトにそれほどの情報収集能力があるとは思えない。何より、彼はアルメキア滅亡後、国を捨て、現在はノルガルドに身を寄せているはずだ。今回の帝国の動きは、モルホルトの戦略ではありえない。

 

 では、帝国樹立後、ゼメキスに代わって軍総帥の座に就いた魔術師ギッシュか? 彼のことはよく知っている。カイは、かつて旧アルメキアの魔導学校に留学しており、ギッシュとはともに魔術を学んだ仲だ。魔導学校卒業後、ギッシュは旧アルメキアの魔術師団へ入り、そこで才能を発揮した。その才能を王ヘンギストに認められた彼は宮廷魔術師に任命され、その後、王へ様々な献策をし、厚い信頼を得た。彼の魔力や知略はカイに勝るとも劣らない。だが、今回の帝国の戦略は、恐らくギッシュのものではないだろう。彼は知略に優れた男ではあるが、アルメキア時代の彼はあくまで宮廷魔術師であり、王へ献上した策は内政に関するものばかりだ。それは戦略とは決定的に違う。今回の帝国の戦略は、いくさというものを熟知した者でないと不可能だ。ギッシュも戦場に身を置けばいずれは戦略の才能を開花させるだろうが、今の彼はまだ戦場での経験が浅い。こんな奇策を用いるとは考えにくい。

 

 ――やはり、帝国には僕が把握していない未知の力が働いている。

 

 そう考えると、カイの背を冷たいものが走る。ただでさえ強大な武力を持っているエストレガレス帝国に、自分を上回る知恵を持つ者がいる――それは、カーレオンだけでなく、周囲の国全てにとって、とてつもない脅威だ。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 メリオットが顔を覗き込んで来たので、カイは考えを中断した。「なんだい? メリオット」

 

「いま、寝てなかった?」

 

「まさか。ちょっと考え事をしてただけだよ」

 

「怪しいなぁ……お兄ちゃんって、ちょっと目を離すとすぐに寝ちゃうから、油断できないんだよね」

 

 苦笑いを浮かべるカイ。カイは考え事をする際、脳を十分に動かすために身体中のエネルギーを脳に集めるようにしている。そのため、じっとして動かないのはもちろん、本気で考え事をする時は横になったりする。本来脳を動かすというのはそれほどのエネルギーを消費するのだが、そのことを何度説明しても、メリオットからの理解は得られない。

 

「それで? これからどうするのがベストなの?」メリオットが訊いた。

 

「今まで通りだよ。ハーヴェリーとソールズベリーを護りつつ、西アルメキアがキャメルフォードを奪還するのを待つ。そのためにソールズベリーを占領したんだからね。今回の帝国の動きは予想外だったけど、兵力が南部に集中している点は変わらない。我が国に被害が及んでいるわけでもないし、むしろ、帝国やイスカリオの目が他に向いたから、僕らは動きやすくなったかもしれない。今のうちに戦力の増強をしないとね。今はとにかく騎士を集めることが重要だ。騎士の人数が少ないままだと、我が国はこれ以上領土を拡大していくのが難しいからね」

 

「でも、仕官者はずっと募集してるけど、誰も集まって来ないね」メリオットはまた眼を細めてカイを見る。「やっぱり、お兄ちゃんが王様として頼りなさそうだからじゃないの?」

 

「これは手厳しいね。これからは気を付けるよ。それより、ただ募集するだけじゃなく、こちらからも、もっと積極的に勧誘しなきゃ駄目なのかもね。メリオット。誰か、ルーンの加護を受けた人に心当たりはないかい?」

 

「うーん。そう言われてもねぇ……」メリオットは腕を組んで考え始めた。

 

 トントン、と、ドアが叩かれた。カイが入るように促すと、宰相のボアルテが入って来た。

 

「失礼します、陛下、メリオット姫。姫のお友達と仰る方が来られていますが」

 

 メリオットは首を傾けた。「お友達? 誰だろ?」

 

「ミリア様と仰っております。旅の画家とのことですが」

 

 それを聞いたメリオットの顔が、パッと明るくなった。「え! ミリアちゃんが!? うわぁ、すっごく久しぶりだよ!」

 

「誰だい? その、ミリアちゃんっていうのは?」カイはメリオットに訊いた。

 

「旅をしながら絵を描いてる女の娘なの。二年くらい前、お忍びで街に出たとき知り合って、仲良くなったんだ。それからもカーレオンに帰って来るたびに遊んでるの」

 

「つまりそれは、僕に内緒で何度もお城の外に出てるってことかな?」

 

「最後にミリアちゃんに会ったのは、もう半年くらい前だよ。ゴメンお兄ちゃん。あたし、行って来るね」

 

 メリオットはごまかすように言い、部屋を出て行った。

 

「……やれやれ」

 

 カイは、深くため息をついた。

 

「ところで陛下、その、ミリア殿ですが」ボアルテが言葉を継いだ。

 

「――うん?」

 

「姫のお友達と仰っても、正体も判らぬ者を城内に入れるわけにはいきませんのでいろいろと話を伺ったのですが……どうもその者は、ルーンの加護を受けているようなのです」

 

「ルーンの加護を? それは確かかい?」

 

「はい。間違いないかと。仕官の意思があるのかは判りませんが、陛下も一度会われてみてはいかがでしょう?」

 

 ふうむ、と唸るカイ。もし優秀な人材ならぜひとも騎士として迎えたいところだ。旅の画家ということだが、メリオットの友達ならば少なくとも信用できないような人物ではないだろう。

 

「そうだね。兄としては妹のお友達がどんな人なのかも気になるし、会ってみるとしよう」

 

「では、ご案内いたします」

 

 カイは、ボアルテと一緒に執務室を出た。

 

 客間の前まで行くと。

 

「――ミリアちゃん久しぶり!! 帰って来てたんだね!!」

 

 ドアが閉じられているにもかかわらず、外まで声が漏れてきた。

 

「はぁい、ついさっき戻ったところです。真っ先にメリオット姫にご報告をと思いまして」

 

「もう、姫なんて呼ばなくていいよ。今まで通り、メリオットって呼んで」

 

「あは。では、遠慮なく」

 

 声からすると、メリオットよりも少し年上のようだ。メリオットにも負けないほどの大きな声で話している。やれやれ、と、苦笑いするカイ。もし彼女が騎士になると、騒がしいのがもう一人増えることになるかもしれない。まあ、メリオットの友人ならそうなるのも当然かもしれないが。

 

「それで、今回はどこを旅して来たの?」メリオットが訊いた。

 

「主にノルガルドの方へ行ってたの。あっちの方は大変よ~。去年の夏、季節外れの寒波に襲われちゃってさ。農作物が不作で、食糧不足が深刻ね。特に、地方の貧しい土地じゃ、飢饉がかなり広がってるみたいよ」

 

「そうなんだ。他には、どこに?」

 

「その後はアルメキア――今は、エストレガレス帝国ね――を通って帰ってきたんだけど、みんなクーデターで混乱してるのかと思ったら、そうでもなかったわね。国民はむしろ、新たな王様に期待してるみたい。まあ、前の王様が王様だから、仕方いんだろうけどね」

 

「ふーん。いろいろあるんだね。それで、どんな絵を描いたの? 見せて見せて!」

 

 メリオットに促され、友人は絵を取り出したようだ。

 

 カイは客間の前に立ち、今の話について考えた。ノルガルドが昨年の夏、時ならぬ寒波に襲われた……初めて耳にする情報だ。ノルガルドは寒冷地であり、慢性的な食糧不足に悩まされている。その上冷夏であったとすれば、極めて重大な問題になっている可能性が高い。帝国の話も重要だ。ゼメキスのクーデターは国民に受け入れられている。前王ヘンギストは一部で愚王と陰口を叩かれており、カイ自身何度か謁見したことがあるが、確かに快い人物ではなかった。ゼメキスのクーデターは、むしろ国民から望まれていたのだろうか? そうなると、案外内部の結束は固いかもしれない。

 

 ノルガルドにエストレガレス。いずれも、非常に重要な情報だ。もちろんカイは各国の情報収集に力を入れているが、国に留まって得られる情報はどうしても限られてしまう。やはり、現地でないと得られない情報は多いようだ。

 

「……陛下、いかがなされましたか?」

 

 ボアルテの声で、考えを中断する。「いや、なんでもない。話が盛り上がってるみたいだから、少し待つよ。ボアルテは、もう下がって構わないから」

 

「そうですか。では失礼して」

 

 ボアルテは頭を下げると、奥へと下がった。

 

 メリオットとミリアは、絵を見ながらいろいろと話をしている。どうやらミリアは風景画や人物画を好んで描く画家のようだ。かなり話は弾んでいるが、残念ながらそれ以上他国の有益な情報は得られなかった。

 

「ところで、メリオットちゃん」ミリアが少し声のトーンを下げて言う。「戦争の方は、大丈夫なの? エストレガレス帝国が、南部に侵攻してるって聞いたけど」

 

「そうなの。今のところうちの方には攻めて来てないけど、これからどうなるかはわかんないんだよね。お兄ちゃんが頼りないから、あたしも心配だよ」

 

「そっか……」

 

「それと、今は騎士不足が深刻な問題かな。カーレオンは領土が狭いし、北の西アルメキアとは同盟を結んでるから、護りに徹する分には問題ないんだけど、これから領土を広げていくとなると、今の騎士の人数じゃ、全然足りないね」

 

「そうなんだ。じゃあ、あたしも手伝おうか?」

 

「え? ミリアちゃんが?」

 

「うん。実はあたし、ルーンの加護を受けてるの。今まで誰にも言ったことないんだけどね」

 

「そうなんだ。でも、いいの?」

 

「もちろん。メリオットちゃんが困ってるのを放っておけないし。それに、戦争の経験は無いけど、ずっと一人旅を続けてたから、盗賊や野生のモンスター相手には、何度も戦ったことがあるの。こう見えても、結構強いのよ?」

 

「ホント? やったぁ! ミリアちゃんが一緒だと嬉しいよ! ぜひお願い! 決まりね!」

 

「……って、お兄様の許可を取らなくて大丈夫なの?」

 

「平気平気。お兄ちゃんは、あたしの言うことには逆らえないから」

 

 やれやれ……カイはため息をつくと、ドアをノックし、客間へ入った。「お話の途中、失礼するよ」

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

「お兄様……ということは、カイ国王陛下!?」

 

 驚き、膝をついて頭を下げようとするミリアを、カイは制した。「ああ、いや、そのままで大丈夫だよ」

 

「そうそう――」とメリオットは手をひらひらと振って言う「王様なんて形だけで、寝てばかりのグータラさんなんだから」

 

「メリオットは、もう少し僕のことを敬った方がいいかな」ため息をつきながら言い、カイはメリオットに視線を戻した。「ミリアさん。話は今そこで聞いていた……と言うより、メリオットの声が大きくて聞こえて来たんだけど、ルーンの加護を受けているそうだね」

 

「はい。僭越ながら、何かお手伝いできればと思います」

 

「ありがたい話だよ。こちらからも、ぜひお願いしたいね」

 

「やったぁ!」と、メリオットが両手を挙げて喜ぶ。「じゃあ、今日はミリアちゃんの歓迎会だね! さっそく準備しなきゃ!」

 

 メリオットは客間を出て、台所の方へ走って行った。

 

「……やれやれ。騒々しい妹で、すまないね。もう少しおしとやかにしてほしいとは思うんだけど」

 

「はは……心中お察しいたします。ところで陛下。わたくし、長年旅しながら絵を描いておりますので、各地に友人・知人がおります。その中にはルーンの加護を受けている者も少なくありません。陛下さえよろしければ、ご紹介させていただきたいのですが」

 

「本当かい? それは助かる。ぜひお願いするよ」

 

「ありがとうございます。それでは、折を見てお連れいたしますので」

 

 ミリアはうやうやしく頭を下げた。外から話を聞いていたときはメリオットと同種のお転婆な娘かと思ったが、なかなかしっかり者のようである。

 

「ミリアちゃーん! ちょっとこっち来てー! 早く早く!」

 

 遠くでメリオットの声が聞こえてきた。ミリアは、「はいはーい。すぐ行きますよー」と返事をすると、もう一度カイに礼をし、ミリアの元へ向かった。

 

 これは、思わぬ人材に巡り合えた、と、カイは思った。各地の情勢に詳しく、ルーンの加護を受けた友人も多い。何より、うるさい妹の面倒を見てくれる。それが何よりありがたい。これで、余計なことに煩わされず、いくさに集中できそうだ。

 

「ちょっと! お兄ちゃん! 何してんの! やることは沢山あるんだから、お兄ちゃんも手伝ってよ!!」

 

 ……前言撤回。御守り役が一人増えたところで、負担軽減にはならないかもしれない。

 

「やれやれ……」

 

 カイはため息をつき、妹の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

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